悪を裁く審判の歌 part8
「「黒山くん!(君!)」」
詩織と真悠の2人は、絶妙なタイミングで戻ってきた彼の名を呼ばずにはいられなかった。
一方、2人に『ヤイバ』を解き放った男は不愉快そうな顔をして黒山に話し掛けた。
「黒山……? 黒山透夜か。話には……聞いている」
「そうか。俺はそこまで有名になったつもりは無いんだがな」
「フッ……。よく言う。力を行使したくても……お前がいる限り……出来ないという……奴は多い」
「当然だ。俺はその為にここにいる。ところで、お前のその切った話し方はどうにかならないのか? 正直言って不快だ」
「……聞いた通り、気に入らない……男だ」
「お互い様だろう? ……本題に入る。こうして彼女達を襲った以上、お前をこのまま返すわけにはいかない。大人しく付いてきて貰うぞ?」
「……断る」
男は再び『ヤイバ』を空中に形成した。
その数は2人へ放った数を遥かに超える数で、下手すると周囲の人を巻き込んでしまいかねない。
そして右手の人差し指で黒山の方を指し……。
「……行け」
数を数えるだけ無駄だと思わせる『ヤイバ』が黒山目掛けて発射された。
……と思いきや。
無数の『ヤイバ』は放たれることなく、吹き飛ばされながら霧散した。
「……1つ言っておくが、俺はお前からくる害意を全て拒絶している。何度やろうと無駄だ」
「噂以上だな。……だが」
今度は右手に一本だけを形成し、それを単純に黒山へ投げつけた。
刃となっている部分がちゃんと黒山を切りつけられるように投げられている。男は投擲にも長けていた。
しかし、黒山はこれも拒絶で吹き飛ばし、霧散させる。
それから男の方へ視線を戻すと、男はすでにいなくなっていた。
「逃げられたか。まさか、退却の技術まで長けているとはな……」
敵に逃げられたとはいえ、目前の危険は退けた。詩織と真悠の2人に怪我を見られない。
「ひとまず」の結果に黒山は安心し、2人へ歩み寄ろうとする。
しかし。
「……っ!?」
黒山は咄嗟に後ろへ跳ぶと、元々黒山がいた位置目掛けて黒い鞭が打たれた。
ギリギリ詩織と真悠当たることは無かった。
「な、何!?」
詩織の驚愕が混ざった疑問に答えるかのように、黒山は右の方を……つまり、攻撃を仕掛けてきた者を睨みつけた。
詩織と真悠もその方向を見ると。
「透夜ぁ!! やっっっと見つけた! 今度こそ私があんたをぶっ殺してやる!!」
触手のように蠢く影を6本背中に従え、しっかり膨らんだ胸を強調するかのように揺らしながら歩いてくる女……富永裕里香と、青い顔をして左斜め後ろを歩く男……白河現輝がそこにいた。
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黒山が全速力で詩織と真悠の元へ戻り、彼女達に迫る『ヤイバ』を無効化している一方で、裕里香と白河も駅へ向かっていた。
彼等も変える為には電車を利用しなくてはならないからだ。
裕里香がお腹を満たす為に長時間付き合わされた白河は「ようやく帰られる……!」と安心しきっていた。
だが、その安心は駅へ近づくたびに危機感に変わっていく。
(んんっ!? こ、この感じは黒か!? 最悪のタイミングだ……)
「お、お嬢。ちょっと遠回りして帰らないか……?」
「んー? 駅はもう見えてんじゃん! 今更遠回りとか馬鹿みたいなこと言わんでくれん?」
「い、いやぁ。僕はまだ帰りたくないなぁ……なんて……」
「はぁ? あんた、散々帰りたそうだったじゃん?」
「うっ……そ、それは」
「ってか、なんか騒がしくない? ま、私には関係ないこと……だけど」
「お、お嬢?」
性格がそのまま顔に出ているのか、普段からキツめの顔をしている裕里香の顔に険しさが増した。
白河の背中に冷たい汗が流れる。
「……現輝」
「な、なにかな〜?」
「あそこにいるの、ファミレスにいた女の子2人の前に立っている奴。あれって透夜だよね?」
「ひ、人違いじゃないかなー……?」
「んなわけあるか! せっかくのチャンスだし、あいつぶっ殺してから帰ろう」
「お、お嬢?」
(……すまない、黒)
心の中で黒山へ謝罪をしながら、白河は黒山の元へ向かう裕里香の後を付いていった。
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そして現在に至る。
「……裕里香」
「あ、あれ! しーちゃん、ファミレスにいた……」
「うん。そうみたいだね」
既に能力を解除していた真悠はあたふたしているが、攻撃を受けた黒山と、裕里香の同類である詩織は冷静だった。
一方、裕里香は誰が見てもわかるほどの殺気で満ち溢れている。
その殺気に応えるかのように、背中に蠢く影は再び黒山を襲った。
「くっ……!」
「透夜ぁ! あんたが今までどこにいたのかとか知んないけどさぁ、私の行動範囲内に戻ってきちゃったのが運の尽きだねぇ!」
黒山は自身の勘と身体技術を振り絞って攻撃を回避している。能力は一切使っていない。
その様子を見て真悠は疑問を感じた。
「黒山くーん! 力は使わないのー!?」
「……無理なんだよ」
「えっ?」
答える余裕のない黒山の代わりに、横で妙に落ち着き過ぎている詩織が答えた。
詩織はかつて、真悠と一緒に針岡から「重度の中二病患者」の説明を受けているので、その能力がどういうものか知っているのに加え、自身と同類である裕里香の力についても感覚で理解できている。
だから、何故黒山が能力を使わないのかの答えがわかるのだ。
「真悠や黒山君が使う力は、自身の理想が少しこじれて発生する能力と決められているけど、私や彼女が使う力は発生源が定められていないの。感情や願望、執念や本能などいろんな要因に沿って力が発現する。……今の彼女は、執念から発現させているから、発生源の違う黒山君の能力とは干渉し合わない」
黒山が『拒絶』を使って無効化出来るのは、同じ「重度の中二病患者」の能力による攻撃に限られている。
「重度の中二病患者」による力と「予測できない能力を発現する存在」による力は、どちらも共通して「実体が無い」。
本来、実体が無いもの同士が干渉することは考えにくく、そこに存在し得ないものとしてすり抜ける合うというのが正しいだろう。
しかし、実際は同じ言語を持つ人同士が感情や思想的に干渉しあうように、同じ能力同士も衝突し合っている。実体が無くとも言葉のようにぶつけられる以上、衝突し合えるのだ。
よって「重度の中二病患者」同士と「予測できない能力を発現する存在」同士は力を干渉させることが出来る。
では「重度の中二病患者」と「予測できない能力を発現する存在」はどうなのかと言うと。
例えば、全く知らない言語を話す者同士が話し合った時、話し合いとして成立するのか? という状態だ。
相手の話していることがわからない以上、どう反応したらいいのかわからないように、違うもの同士は干渉し合うことが出来ない。
「じゃあ、黒山くんはあの人の攻撃を拒絶出来ないの!?」
「そういうこと。……だけどね」
詩織はそう言って、黒山と裕里香が攻防を繰り広げているところへゆっくりと近付いていった。
もちろん、余裕は無いと言えどもそれに気付かない黒山ではない。
「……っ!? 梶谷、危険だ! 下がれ!!」
「余所見してる場合かぁっ!!」
「くっ……!」
黒山は間一髪で転がり、続く追撃も横へ転がりながら回避して立ち上がり、慎重に相手の攻撃を見極めている。
そして詩織は胸に手を当てて、黒山に向かってこう言った。
「黒山君……あなたに、力を……」
「月は出てないよ!?」
何処かで聞いたことあったような台詞だと気付いた白河は咄嗟に突っ込むが、そんな突っ込みに誰も反応できない程のことが起こった。
黒山の身体が、淡い光で包まれ始めたのだ。
「こ、これは……?」
「これで、彼女の攻撃を『拒絶』出来る」
「そんな馬鹿な……。あり得ない!!」
「黒山君。私を信じて」
「くっ……! わかった……」
黒山は裕里香の背中で蠢く6本の影に対して、右手のひらを向けて能力を使った。
すると、重度の中二病患者による能力を『拒絶』しているのと同じように6本の影も吹き飛び、霧散した。
「へぇ….…これは驚いた! 不安定な人がいきなり補助的な使い方をするとはねぇ」
「…………」
同類だからなのか、裕里香は詩織の力によって黒山の能力が自身に通用したのを理解していた。
詩織がしたこと自体は単純だ。黒山の力と裕里香の力が違う言語同士であるならば、それを翻訳してしまえばいい。
ただし、これは常に翻訳しているわけではなく一時的なもので、会話に例えてざっくり言ってしまえば、今の黒山はホンヤクコン○ャクを食べた状態だと言える。
裕里香が驚いた点はそれ自体ではなく「信頼できる相手にしか使うことの出来ない」という使い勝手が悪く、難易度の高い「補助的な使い方」をしたことだ。
そして、そんな詩織に感心する一方、黒山への怒りは募るばかりだった。
「相変わらず、あんたは女を誑かすのが上手いんだね。ほんっっっと気に入らねーわ」
「誑かしているわけではない。お前に関してもそうだ。……何を言っても無駄だということはわかっているが」
「はっ! じゃあ、大人しく私にやられて頂戴っ!」
裕里香はそう言って、右手を前に出して何かを握る化のように手を握ると、まるで最初から握られていて光学迷彩を解除したかのように、黒い鉞が現れた。
それとほぼ同時に黒山は、右手のみ武装型を発動させると、いつでも迎撃できるように左半身を裕里香へ向けて腰を落とし、右の肘を折って力を込め、構えた。
ダンクシュートでも決めるかのような高さで飛び上がった裕里香は、両手で鉞を上段で構えてそのまま黒山を真っ二つに割ろうと斬りかかる。
それに対し黒山はアッパーの要領で裕里香を迎撃する。
「今度こそくたばれ……透夜ぁ!!」
「悪いが、俺はくたばらない……くたばれないっ!!」
黒山を裁かんとする黒い鉞と、裕里香により自身に降りかかる殺意を全力で『拒絶』する禍々しい右手がぶつかり合う。
その力は思いの外強く、殺しきれずに溢れた威力はアスファルトを砕き、突風となって周囲に降りかかる。
「うおおおおおおっ!!」
「はああああああっ!!」
激しいぶつかり合いの末、負けたのは裕里香だった。
黒い鉞は木っ端微塵となり、得物をなくした裕里香は、黒山の右手から吹き出す『拒絶』の圧力によって後方へ飛ばされた。
「うっわぁぁ!」
「よっと!」
すかさず、白河が裕里香の飛ばされる先に現れ、彼女を受け止めた。
「サンキュ、現輝!」
「どういたしまして」
「くっそー、今度こそ……」
裕里香は再び黒山に攻撃を仕掛けようとするが、白河が受けたままの姿勢で裕里香を離そうとしなかった。
無理やり、力づくで振り払おうとするが、そこには男女の筋力の差が素直に出ており、振り払うことが出来ない。
「ちょっ、現輝! もういいから離してくれない!?」
「いや、お嬢。流石にここまでだと思うなぁ、僕は。……というか、これ以上は色々まずい」
「そんなん知ったこっちゃないわ! 私はね、今日こそ透夜をぶっ殺すの!」
「申し訳ないけど、僕は常に『白』でなくてはならない。だから能力を使ってでも撤退を『赦して』もらうからねぇ?」
「ふざけ……んな……。わかった、今日は帰ろうか」
白河は躊躇いもなく裕里香に『聖人となる為の容赦』を使用し、強制的に撤退を赦された(許された)。
そして珍しく、何処か申し訳なさそうな顔で黒山の方を見て後処理の話を始めた。
「さて、黒。知っての通り僕はここの担当ではないけれど、僕は常に『白』でなくてはならない。今回、君たちに迷惑をかけてしまったわけだし、せめて『帳消し』にさせてもらうよ」
「……わかった」
「それから、君を倒すのはお嬢ではなく僕であることを忘れないで欲しいなぁ。……じゃあね」
白河は裕里香の腰に左手を回すと、そのまま上昇を始めた。2人は白河の能力によって、自身にかかる重力を制御することを赦された(許された)のだ。
そして、周囲を見渡せる地点まで到達すると、右手を開いて地上へと向けた。
白河がやろうとしていることを言葉で把握した黒山は、詩織の手を咄嗟に繋いで真悠の元へ歩み寄り、2人を覆う形で抱きしめた。
「えっ、ちょっ、黒山くん!?」
「……なんかちょっと恥ずかしいけど我慢してあげる。その代わり、後でちゃんと説明してよ?」
「ああ、もちろんそのつもりだ。……2人とも、嫌かもしれないが、このまま動かないでくれ」
ほぼ同時に準備を終えた黒山と白河の2人は、互いに確認をせず、そのまま能力を発動させた。
「君たちに起こった異常な出来事を『帳消し』にする」
「俺はお前による『帳消し』を『拒絶』する」
黒山・詩織・真悠の周囲は真っ白な霧に包まれ、恐怖や好奇心でパニックを起こしていた人達は「心、ここにあらず」な無表情で立ち尽くしている。
やがて霧が晴れると、同時に黒山は2人から離れ、その直後に周囲の人は何事も無かったかのように歩き始めた。
読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。
今回は随分と夢中になって書いていたので、メール執筆→最新話更新の時には既に5000文字を到達していました。珍しく……です。
黒山と白河の因縁。これに関しては、大体大雑把にフラグが立っているくらいに話のどこかで出ていた気がします。
この章で語るには話が脱線しそうなので、また何処かでにしようと思います。
話は変わりますが、今回で50部分を達成しました!!
正直、書き始めた当時は「どーせ、やめちまうだろ」と思っていました。
それでもここまで書いてこれたのは、今までアクセスし読んで下さった方々がいたこと。ブクマをして下さった方々がいたこと。感想を下さった方がいたこと。「すごいですね」と言って下さった方がいたこと。「作者名をユーザー名にしないと損するよ」と教えて下さった方がいたこと。
色んな方のお陰で、飽き性な私でも書き続けられることができました! 本当に感謝しかありません……!
こんな自己満な小説であっても、今後も読んでくださると嬉しいです。……というか、読んで下さい!
それでは、来週もちゃんと更新する予定ですので、お楽しみに!
皆さま、良いゴールデンウィークを! ちなみに、私は何処にも出掛けません。




