嫉妬と強奪の女王 part4
土曜日。
真悠が詩織の家へ遊びに行っている一方で、黒山は見回りに来ていた。
時刻は午前10時15分。休日でも人が活発になる時間帯を見計らって10時から見回りは始まる。しかし、まだ見回りは始まっておらず、本日のペアとなる人を待っていた。
「お待たせ、透夜」
「気にするな。俺もついさっき来たばかりだ」
広場にある時計台の下。ここらでは、カップルがデートの集合場所としてよく使われる場所だ。もちろん、この場所を指定したのはペアの沙希であり黒山ではない。
沙希はこの場所を指定することで、黒山が少しは色恋沙汰に興味を持ってもらうことが目的だったのだが、全く動じず普段どおりにしている様子を鑑みるに、全く効果は無かったと言えるだろう。
しかし、人の好意に対して鈍感な黒山でも、沙希の遅刻を責めるほど無神経で無かった点は、沙希にとって評価に値した。
だがもう1つ。沙希は黒山に気付いて欲しいことがあった。
ずばり服装だ。
いかに鈍感野郎が相手だとはいえ、好意を抱いている男性に褒められたいと女の子なら誰しもが思うことであろう。沙希も一際気合の入った私服を着て来ることで、1人の女の子として黒山に褒めてもらいたかった。
もっとも、黒山が極端に鈍いだけであって、周りの男からしたら、目の前にいる自分の恋人がいることも忘れて沙希に見入ってしまうほど、沙希は魅力的だった。
もちろん同時に妬みの視線を受けることにもなるが、沙希自身にとって今は黒山以外どうでも良かった。
「…………」
「さて、行くか」
予想はしていたものの、やはり何もコメントなしというのは気分が悪い。
沙希はそんな鈍感野郎に心底腹を立て、足を踏んでやるのと同時に、思いっきり睨んだ。
「痛っ! いきなり何をするんだ、沙希!」
「別に。ちょっとした腹いせ」
「俺が何をしたって言うんだ……」
黒山は何故沙希に足を踏まれたのかがわからなかった。
こういったケースは沙希と一緒にいるとそこそこあることなのだが、その度黒山は「何故?」と考えるが答えは出ない。
しかし黒山は、沙希の行動を「暴力」だとは思っていない。むしろ「自分が何かしたから」というところまでは自覚出来ているので、決して沙希のことを嫌いにならない。
それは沙希も同じで、沙希からすればそこらにいる有象無象の人間は「何を考えているのか読み取れる」対象なので心的な自己防衛の為に近付いたりしない。だが、黒山透夜という人間は「どんな時でも心が読めない」対象なのだ。それはつまり、有象無象からすれば沙希は「普通の人間ではない」が、黒山を前にすれば「能力を使えない普通の女の子」となってしまう。自分の能力とそれを扱える自分に対してコンプレックスに似たものを感じていた沙希だが、黒山と一緒にいるとそんなことを考える必要無くなるのがとても心地よかった。
「それにしても、まさかこうして透夜とここを歩けるだなんて思ってもいなかったわ」
「そうだな。あの時、沙希や奈月の前から去ることになってしまったのは今でも後悔している」
「それは仕方のないことだと思うのだけれど。……誰にだって事情はあるもの」
「そう……だな。そう言ってもらえると助かる」
この時、別の視点からだとはいえ2人が考えている内容は一緒だった。
奈月は「自分を女の子として見てくれる人」と。沙希は「自分に自由を与えてくれた人」と出会い、奈月と沙希にとっても3人でいた時期はとても幸せだった。
しかしその幸せは続かず、たった1年で2人の少女の元から「自分を救ってくれた少年」は去ってしまうことになり、当時はとても悲しんだ。
それから5年間、ずっと2人の少女の中には少年との別れによる寂しさが残っていたが、こうして再会することが叶い、仲間となって同じ思い出を共有できることになったのは2人の少女にとって再び舞い降りた幸せなのだ。
ましてや、カップルがデートの集合場所としてよく使われる場所を指定できるだけでも、沙希は幸せに感じた。
本来の趣旨は「見回り」だが、普通の女の子として浮ついた気持ちになれるのは、平和である証拠だ。
とはいえ、早々何事もなく終わることはないので、今回も例によって事件が起こる。
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それは、2人で大通りを歩いていた時のこと。
普段から通行人が多いその場所は、休日にもなると更に人通りが増える。
そんな中、目立つ団体が1つ。中央に女が1人いて、周りに取り巻く形で男が5人いた。
その正面から歩いてくる女が1人。取り巻き5人のうち1人を見ると、血相を変えてその男に怒鳴った。
「ちょっと! こんなところで何をしているの!? いきなり別れるとか言い出しておいて、こんな女の取り巻き!?」
「…………」
男は答えない。その代わり、中央にいた女が突っかかってきた女に話し掛ける。
「あなたは誰? 私の下僕に何か用?」
「下僕!? こいつは私の元カレよ! あんなに好き好き言ってた癖にある日突然、私に別れるって言い出したの!」
「ふーん? それは単純にあなたが魅力的ではなかったんじゃなくて? 彼は今や私の下僕。あなたにどうこう言われる筋合いは無いと思うけど?」
「……あんた、彼に何をしたの?」
「何もしていない。何もしていないのに彼は私の下僕となったの」
「いい加減なことを言わないで! さっきから彼の様子は変だし、彼を返して!!」
「まるで私が略奪したかのような言い草なのは、不愉快極まりない。ここですぐに謝罪をするのなら不問にするけど?」
「誰があんたなんかに! ……やる気ならとことんやってやる!」
「そう……。それじゃあ、大好きな元カレから存分に痛ぶってもらいなさいな。きっとあなたは彼が嫌になるだろうし、私的には彼がどうなろうとどうでもいいからね」
「なっ! ちょっ……嘘でしょ!?」
突っかかってきた女に対し、元カレだったその男は暴力を振るつもりだ。
彼は無表情で、まるでごみを捨てるかのように躊躇いもなく右手の拳を彼女へ向けようとする。
「ふふっ。良かったわね、大好きな元カレに相手されて……。私はこれにて失礼させてもらうね」
「ちょっと、待ちなさ……」
「い」を言い切る前に、彼は全力で彼女に対して右手を振りかぶる。
もちろん、その右手の拳が彼女に届くことはない。
何故なら、彼と彼女の間に黒山が入ったからだ。
黒山が彼の右手を抑えた直後に、沙希は驚いている女へと近寄り「大丈夫ですか?」と声をかける。
「え、ええ。大丈夫。……それより、あなた達は?」
「私達はただ通りかかっただけのカップルよ」
「……冗談はいいからさっさと終わらせるぞ。ただでさえ人が多い。これ以上、ことを大きくしたくないからな」
「別に冗談のつもりで言ったわけではないのだけれど……まあ、いいわ」
沙希は黒山の方から、驚いて何も言えない彼女へ視線を向ける。
「あなたの元カレ。少し怪我をするかもしれませんが、無力化を図ります。よろしいですか?」
「えっと……。あ、はい。お願いします」
「わかりました。……許可が出たわ、透夜」
黒山は沙希を見て首を縦に振ると、1度相手から離れた。
すると、相手は黒山に興味がないかのように元カノである彼女だけを見る。見られた方は誰でもゾッとする視線で。
それでも構わず黒山は再び距離を詰め、相手の顎を下から蹴り上げた。
「……こいつも同じか」
「透夜、何か言った?」
「いや。どうやらこいつは俺たち相手には何もしてこない。なら、やる事は1つだ」
黒山は、沙希の隣で軽く怯えている彼女に問いかける。
「彼を元に戻すには、あなたの協力が必要です。力を……あなたの彼に対する想いを貸してくれますか?」
「な、なにをすればいいの?」
「俺の手を握って下さい。そうしたら、あなたは全力で彼に『元に戻って欲しい』と念じて下さい」
「それで本当に彼は戻るの……?」
「約束します。でも、正気を戻した後、彼を責めないであけで下さい。彼は操られているだけなので」
「わかった……」
黒山は左手で彼女の右手を取り、右手を彼に向ける。
顎に受けたダメージから復帰した彼は、再び彼女に視線を向ける。
「ひっ!」
「念じて、大丈夫」
「う、うん……! お願い、戻って!!」
「…………」
黒山が能力を発動させると、彼女が持つ操られた状態の彼に対する『拒絶』を彼に向ける。
すると、彼は薄い青色の光に包まれ、徐々に視線が優しいものに変わり、彼を包んだ光は消えた。
「あ、あれ……? 俺、こんなとこで何をしているんだ?」
正気を戻した彼は、状況がわからないようでキョロキョロする。
「もう大丈夫。彼の元へ行ってあげて下さい」
「あ、ありがとう。……その、あなたは大丈夫?」
「……大丈夫です」
彼女は黒山と沙希に「ありがとう」とお礼をすると、恐る恐る彼に近付いて正気に戻ったのを確認すると、熱く抱擁した。
それは、彼が「元の優しい彼に戻った嬉しさ」もあるが、黒山から流れてきた「寂しく、悲しい気持ち」を心から消し去りたいからだ。
それほど『孤高となる為の拒絶』を使う代償は、普通の人間からすれば耐えられないものだということだった。
「これで取り敢えず一件落着ね」
「そうだな。針岡に報告しないと……っ!?」
一仕事終えた黒山に沙希は近付く。すると、黒山は何かの気配に気付き、沙希を抱き寄せる。
「えっ! 急にどうしたの?」
「俺はお前の『帳消し』を『拒絶』する!」
黒山が能力を発動させた瞬間、大通りに白い霧のようなものが充満し、歩いていた人たちはピタリと動作を止める。黒山と沙希の2人を除いて。
やがて白い霧が無くなり、元の晴れた大通りに戻ると、人々は何事も無かったかのように再び歩き始める。
それは、熱く抱擁した2人にも適用され「先程の出来事など最初から存在しなかった」かのようにこの場を去った。
そして黒山は抱き寄せた沙希をそっと離す。
「何……今の……?」
「……針岡による忘却は必要なくなった。それだけの事だ」
「透夜、何か知っているのね?」
「すまない。この件には関わらず、他言無用にしてくれ」
「……私や奈月では力になれないことなの? ……いえ、力になれなかったとしても仲間に言えないことなの?」
「だからこそ、この件には関わって欲しくない。わかってくれ」
黒山は沙希の整った顔から放たれる鋭い視線に目を逸らす。
「……わかったわ。この件については関わらないことにする」
「すまない。ありが……」
「その代わり」
沙希は黒山を真っ直ぐ見て、僅かに微笑みながらこう言った。
「その代わり、私たちをこの件に巻き込ませないよう、ちゃんと私たちのことを守ってね……?」
いつもの整った強気な話し方をほんの少し砕き、甘えたような雰囲気を出す沙希に、黒山は強く頷いた。
沙希も黒山に頷き返し、話題転換をする。
「さて、お昼はどうしましょうか」
「悪いが、俺に振られてもいい店を知らないぞ? ファーストフードで良ければ別だが」
「少しは勉強なさい。ほんの少し体重が増えるだけでも乙女は気にしてしまうのだから、もっと気を使うことを学ぶべきね」
「うっ……」
「でもまあ、たまにはいいかもね」
「な、なんだよ。それなら最初から……」
「ふんっ!」
「いって!!」
沙希による「気を使え」という説教とプラスして、本日2回目となる「足を踏む」という体罰(?)が施行されたのだった。
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「うーん、やっぱりねぇ」
黒山が沙希を抱き寄せ、大通りに充満した霧による帳消しを『拒絶』した姿を建物の屋上から見ていた青年はそう言ってにやけた。
白がメインである服装は、目立つようであまり目立たない。だが、屋上にいるとなると誰も気付かないはずがない。
彼は『許された』のだ。この屋上で黒を纏う男を見ることを。
彼が黒山を見つけたのは本当に偶然だった。
ただ暇潰しの為に大通りをぶらりと歩いていたら、5人の男に取り巻かれている女と、その正面から歩いて来た女が口論しているのを見つけた。
ただ純粋に「面白そうだなぁ」という好奇心でその様子を見ていると、取り巻きの1人が相手の女性を殴ろうとしたではないか。
彼にとって、その場で女が殴られた方が楽しかった。間に入った男が黒山で無ければ。
見間違えることはない。というより、黒山から出ている黒の気配に彼が気付けないはずがなかった。
そして、武装化でビルの上へ飛び、そこで黒山の行動を見ることにした。
彼は黒山の能力を見て感激した。自分の知っている黒山透夜よりも、能力の使い方にバリエーションが増えていることがとても嬉しかったのだ。
「うーん、やっぱり最高だよ、黒。今回は特別サービス! 僕の力を使って、ここで起きた出来事を全て『帳消し』にして真っ白にしてあげる」
彼は開いた右手を大通りへ向けて、能力を使った。黒山なら自分の力を『拒絶』し、何の影響も受けないことを信じて。
「じゃあね、黒。必ず……必ず僕のほうから会いに行くよ」
青年は何の痕跡の残さずに、再び武装化を使って飛び去った。自分を見た者の「自分を見た」という事実だけを『帳消し』にして。
ビルの屋上から黒山を見ていた青年の名前は白河 現輝。どれだけ歳を重ねようと、時代がどう変わろうと、周りの人が冷たかろうと、現実がどれだけ厳しくあろうと、どんな時であろうとも『白』で居続ける男だ。
読んでくださり、ありがとうございます! 夏風陽向です。
ユニーク数700を突破しました! ありがとうございます! 沢山の方に読んでいただけたというだけで、日々の励みになっております!
風邪を引きました。最近流行っているらしい、喉からくる風邪で熱が38℃出ました。
私はまだ一晩と半日寝て熱が下がったので良かったですが、皆様も気をつけてくださいね。
さて、また新キャラを出しました。名前はその場で決めましたが、この作品を書き始める前から出す予定だったキャラです。武装化を思いっきり使ってます。
次回の更新予定日は11月8日(水) 午前2時です。お楽しみに!




