嫉妬と強奪の女王 part2
詩織・真悠と別れてから、黒山は1人で自宅へと向かっていた。
「透夜……透夜……」
「…………。」
声が聞こえる。
黒山にとっては何度も何度も聞いてきた声ではあるが、この声は決して黒山以外に聞こえることはない。
だが、何度も聞いてきた声であるはずなのに「それ」は声的に女だとわかっても、具体的に何者なのかはわからない。
1つだけ確かに言えることがあるとすれば、黒山にとって「それ」は鬱陶しい存在だった。
「透夜……透夜……」
声はまだ続く。むしろ、ここからが本番だった。
「貴方はやはり、私がいなくては駄目なのね」
「黙れ」
「だってそうでしょう? ここ最近はどうにかなっていたけれど、結局私を頼ってきたじゃない」
「違う! 俺は俺自身の力を使っただけだ! 誰がお前のようなよくわからないやつを頼るものか!」
「……口ではそう言っても、貴方は私を求めているし、私も貴方を求めている。さあ、私と1つになりましょう?」
「黙れ!! ……っ!?」
「シッ!」
「それ」に気を取られ、咄嗟の襲撃に反応が遅れた黒山は、辛うじて相手の攻撃を躱し、地面に転がって距離を取り、立ち上がった。
黒山が現在いる場所は、普段から帰宅するのに使っている道の途中だが、人気もない上に、裏道なので何があっても目立つことがあまりない。
「それ」に対して言っていた黒山の言葉を聞いた人がいなかったのは、彼にとって幸いだが、不幸にも襲撃に遭ってしまった。
相手は男1人。中二病患者ではないが、先程の攻撃から察するに、相手は素人ではない。
「恐らく、ボクシングの経験者だろう」と黒山は予測した。
しかし、同時に不可解だった。
黒山の経験上、中二病患者に襲撃される経験はあっても、至って普通の人……ましてや、ボクシングの経験者に襲われる経験など初めてだったからだ。
(どうする? まずは無力化を図るか……?)
対処に悩んでいるうちに、相手が再び攻撃を仕掛けてきた。
「シッ!」
「ふっ!!」
いまいちキレのない相手の右ストレートをギリギリで躱し、その手を掴んで捻りながら背中へと持っていく。
そのついでに足払いをして相手を転ばし、背中で腕をひねったまま上に乗ることで、相手の身動きを制限した。
「答えろ、お前の目的はなんだ?」
「…………。」
「何故俺を襲った? 誰の指示だ?」
「…………様」
「何?」
「女王様……万歳!」
「……?」
そして相手は打ち所が悪いわけでもないのに急に気絶したかと思いきや、すぐに気を取り戻し、お目覚め1番、痛覚が襲ったようだ。
「痛い、痛い! ちょっ、離してくれ!」
「…………。」
黒山は無言で立ち上がり、彼を解放した。
「……ってあれ、なんで俺こんなとこにいるんだ?」
「記憶がないのか?」
「うん……? 誰かに呼ばれた辺りから記憶が途切れているな。誰だったっけか」
「いずれにせよ、時間も遅い。お互いに今日は帰った方がいいだろう」
「あ、ああ! そうだな! ……ってここどこだ?」
「……この道を真っ直ぐ行って出たところを左に曲がれば瑠璃ヶ丘・南駅が見えてくるだろう」
「そっからなら自力で大丈夫そうだ、すまんな!」
まるで何事もなく去っていく彼の背中を、黒山は見ることしかできなかった。
この現場を見ていた首謀者が近くにいることも知らずに。
--------------------
翌日の朝。
いつも通りに、私と真悠は一緒に登校していた。
長い坂を登っている中、坂のことを考えていると余計に疲れてくるような気がするので別のことを考えてみる。
ちなみに、この坂を登っている間、私は極力言葉を発さない。
やはりこの長い坂を毎日攻略するに必要なのは呼吸のテンポのようで、特にここ最近の体育でそれに気付いてきた。
とはいっても、真悠の肺活量は尋常ではなく、相変わらず話しながらでも余裕で坂を登っている。
あと少し! ……といったところで、私は目を疑う光景を目の当たりにした。
「ん? あれ?」
「どうしたの? しーちゃん?」
「あの人……多分上級生だと思うけど、あんな取り巻きみたいなのいたっけ?」
「あー……。最近、何かとモテている先輩みたいだねー。そういえば、今度の生徒会選挙に出るんだとか?」
「へぇ……」
私と真悠が話していた先輩……性別は女性なのだが、周りに男が群がっている。
入学してから半年経つのに、あんなのは初めて見た。……というか、現実でもあるんだなというのが素直な感想だが。
しかし、これまたその先輩は決して美人だというわけでもない。むしろ、あまり可愛くない。
群がる男子の数にも驚きだが、大したことない外見の割に取り巻きがいるのが、私にとって大きな違和感だった。(失礼だとわかっている)
--------------------
教室に着くと、先に登校していたクラスメイト達が少しざわついていた。
なんの騒ぎか? 近くにいたクラスメイトに聞いてみると「ついに恐れていた事態が起こってしまった!」と答えた。
私と真悠はその注目の先を見ると、そこにいたのは3組お馴染みの中二病こと黒山 透夜と、4組の中二病・上杉 信弦だった。
黒山はいつも通り自分の席に座っているが、上杉は黒山の目の前で仁王立ちをしていた。
「我が名は、上杉信弦! 貴公は、黒山透夜殿で間違いないか!?」
「……間違いない。俺が黒山透夜だが?」
「うむうむ! その冷静さ、噂通り見事!」
「何が言いたい?」
「ふっ。そう物騒な顔をせずとも、我が目的をすぐに話すとも!」
上杉は嬉しそうな顔で、黒山を右手の人差し指で指して、文字通り高らかに言った。
「我が同志、黒山氏よ! 我と相棒関係を結ばぬか?」
「相棒関係……?」
「左様。我と貴公の力を持ってしてこの学び舎に忍び寄る悪と戦おうではないか!」
「何!? お前、まさか!? 俺の目を持ってしても見破れない能力者だと……!?」
「ふふふ……はーっはっはっは! 我が内に隠されし力を感じ取るとは、あっぱれ!」
「…………。」
そんなところで、この教室に3組の担任である針岡先生があからさまだるそうに入ってきたのを察知した上杉は「焦らずともよい。また結論を聞きに、我が出向く!」と言って素早い動きで教室に戻った。
--------------------
「ちょっとあんた。面倒なのに絡まれたわね」
朝のショートホームルームが終わって、私はすぐ黒山に話しかけた。
4組の上杉は、名前が珍しいことから割と他クラスにも有名ではあった。
しかし、上杉は中二病真っ只中で、特にモチーフは無いらしいが、苗字が上杉謙信と同じ上杉。名前が信弦の信を信。弦を弦と読みかえれば、漢字違いで「しんげん」となる。
そのことから、自分は2人の武将の名をもらった者=強いと認識しているらしく、喋り方もそれっぽいのだ。
これを何故知っているのかというと、当時誰かが本人に聞いたらしく、それが面白おかしく噂となって広まった。
ちなみに、黒山はいじめの対象となり掛けていたが、上杉は人当たりが悪いわけでは無いので、いじめられはしなかったものの、相手をすると面倒くさいので友達はいない。
「屈辱だ……!」
黒山は悔しそうに呟いた。
「え、何が?」
「まさか、俺が見ても中二病患者だとわからない存在が現れるとは……! 奴は新種なのか……!?」
「いやいや。黒山君が見てわからないなら、あれは単に中二病なだけでしょ?」
「希望的観測は危険だ。もし、奴が能力を使えたとして、誰かに危害を加えでもしたら」
「だったら、とっくに誰かが襲われてるわよ?」
「うーむ……」
この時はこれで会話が終了したが、後になって私は思った。
私は何を根拠にそんなことが言えたのだろう? と。
思い返せば、夏休みが明けるまで「重度の中二病患者」という存在を知らなかったし、彼らが起こす事件にも巻き込まれたことはない。
いや、もしかしたらどこかで巻き込まれていて、針岡先生によって記憶を消されていただけなのかもしれない。
これ以上考えるのは不思議と危険に思い、すぐに思考を停止させた。
そして私はいつも隣にいるはずの大親友がいないことに気付く。
「あれ、真悠……?」
--------------------
詩織が黒山と話しているところ、いつも通り真悠は2人の元へ行こうとした。
しかし。
「ちょっといいかな?」
「え……?」
真悠を呼び止めたのは、3組……もっと言えば1年生ではなかった。
先程、登校時に取り巻きが周りにいた2年生の女子だ。
今は1人だけなので、どうやら取り巻きは置いてきたらしい。
「私は2年1組の鈴木 花梨。あなたが栗川 真悠さんよね? 少し話があるんだけど……」
「え、えっと……?」
こんな時、詩織が近くに居てくれれば何かしら助けてくれたかもしれない。彼女は怖いもの知らずなところがあるから。
しかし、そんな彼女は黒山と話しているのに夢中なようで、こちらに気付かない。
どこか悲しい怒りが心の中で溢れ、不思議と怖いものが何ひとつ無くなった。
ならば答えは1つだ。
「わ、わかりました!」
「ありがとう。でも、ここでは少し話辛い内容だから、次の授業に必要なものを持って一緒に来てもらえるかな?」
「はい……!」
真悠は1時間目の音楽に使うものを持って、鈴木の後をついて行った。
--------------------
確かにあまり人が来ない場所だった。
部室棟にある女子トイレ。幸いな事に、音楽室からはそう遠くない場所にあるから、授業開始の1分前でもギリギリ間に合うだろう。
しかし、あまり誰も来ない女子トイレに先輩が後輩を呼び出すなど普通に考えれば穏やかではない。
真悠は一生懸命「何かしちゃったのかな?」と考えていたが、そんな心配は無用だった。
「栗川さん」
「は、はい!」
「時間がないから単刀直入に言わせてもらうと、あなたは心のどこかで嫉妬を抱えているんじゃない?」
「え?」
何を言い出すかと思えば……。
だが真悠にとって「嫉妬」とは何なのかよくわからない。
男子に好意を抱いた経験が無ければ、恋愛の経験もない。だから身に覚えが無かった。
「で、でも私……好きな人なんていません」
「栗川さん。嫉妬というのは、何も恋愛だけに起こるものではないわ。勉強・スポーツ・芸術・仕事そして……」
「……?」
「友情」
「えっ!? あ、あの……私」
「栗川さんは、大親友である梶谷さんを誰かに取られてしまうのが嫌なんじゃない?」
「そ、そんな! ……しーちゃんは、私だけのじゃないですし……」
「でも『自分のだけ』にしたい。違う?」
「わ、私は……」
「恥ずかしがることも、自己嫌悪に陥る必要もないの。人として当たり前のことなのだから」
「当たり前の……こと……?」
「そう、当たり前のこと。だからもし、栗川さんがその気なら、私が手伝ってあげてもいいよ……?」
鈴木がどんどん近付いてくる。
真悠は後ろに下がるが、やがて壁に背中が当たり逃げられなくなる。
心臓の鼓動が早くなって、自分が何をしているのか、自分が何をされるのか、わからなくなった。
その時。
「真悠ー?」
詩織の声が廊下から聞こえた。
「あ、しーちゃん。すみません先輩。私、行かなきゃ……」
真悠は正気に戻り、鈴木と壁の間をすり抜けて、一礼をしてから去って行った。
「はぁ……」
鈴木は溜息を吐いてから、右手の親指と人差し指で摘んでいた紫色の針を床に投げ捨て、自分の教室に戻る。
鈴木が去った直後、床に落ちた紫色の針は誰の目にも触れることなく砕け散った。
読んでくださりありがとうございます! 夏風陽向です。
前回の更新からこの1週間、色んなことがありました。
ツイッターでのフォロワーさんが増えたり、ブクマ件数が増えていたり、感想をいただけたり、いつもより読んでくださった人数が多かったり……。
すごく励みになりました!読んでくださった方々や、新しくフォロワーとなってくださった方々に心からお礼を申し上げます!
さて、小説の内容について少し触れさせていただけるなら……。
今まで「中二病といえる中二病」が出てきていなかったなぁと思いました。
というわけで、出てきたのが上杉です。
今後の展開と彼らの活躍に期待していただければなと思います。
次回もまたよろしくお願いいたします!




