黒の孤高と集団の距離感
鎌田の一件から約1ヶ月ほどが経ち、10月中旬となった。
それと同時に、私たちが4月に入学してから半年。夏休み前はすごく平凡な高校生活だったはずなのに、夏休み明けてから転校生がやってきて、平凡な高校生活ってそもそもなんだったのか思い出せなくなりつつあった。
さて、来月に「強歩大会」を控えた10月は体育の内容が「強歩大会に向けた体力づくり」になる。
簡単に行って仕舞えば、体育が来るたび一周おおよそ3kmを3周。9km走らなくてはいけない。
早く終わればその分だけほぼ体育館内での休み時間となり、教室に戻ったり授業のルールさえ破らなかければ友達と話したりしていられるのだ。
基本的に走ってる途中は先生が見回ったりすることはないが、歩いていたりであまりに1周のタイムが遅いと、1周分プラスされてサボれば水泳と同様、補習として後日消化したければならない。
そこそこ真面目にやっている私と真悠だが、今のところ順調に走れており、補習の「ほ」の字もない状態だ。
本日もこれから体育の授業があり、学校指定のジャージに着替えてから、グラウンド用の外履きシューズに履き替え、既に校庭へと出ていた。
「はぁ……」
「しーちゃん、また溜息」
今まではすごく楽しかった体育だが、この時期だけは別。
特に運動が苦手というわけではないが、それでも持久走だけは心の底から嫌いで、ここ最近は体育の度に溜息をついていた。
そんな私の態度に真悠はうんざりしかけているようだ。
「だってさぁ、ほんと何のために強歩大会ってあるのってカンジ。あんたも知ってるでしょ? 私が持久走とか嫌いなの」
「知ってるけどー……。だからってそこまで嫌そうにしなくても……」
「ぶーぶー」
「ほらしーちゃん、始まるよ?」
体育は通常、男子と女子で分けられるが強歩大会に向けた体力づくりの時は整列する場所とスタートのタイミングに若干違いはあれど、ほぼ一緒と言っても良い。
幸い、プールとは違って男子たちもこっちをまじまじと見てこないので、その辺は気楽だ。
スタート地点の近くに整列し、教科担任が授業の出欠確認をする為、1人ずつ名前を呼んで返事をさせる。
心の中では走りたくない気持ちが沢山ではあるが、返事の態度で表してしまうとロクな結果に繋がらないことはわかっているので、挨拶と返事だけはいつも通りにする。
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点呼の後の準備体操も済ませ、スタート地点に立つわけだが、男子が先にスタートする為、男子よりほんの少し後ろからスタートすることになる。
私は基本的に真悠と補習にならない程度に歩いたり走ったりをしているが、中には本気でタイムを縮めるために走っている人もいるようだ。
さて、どうやら聞いた話によると、今回の1年生……というより、うちのクラスの男子はとても「面白い」との評判だった。
というのも、大体は長距離が得意な陸上部か、体力づくりにおいてはダントツにきつい野球部が上位で争っているわけだが、うちのクラスは非常に珍しく「運動部ではない」生徒が上位争いに参加しているのだ。
耳をすませてみれば、野球部や陸上部に所属している男子の声が何となく聞こえてくる。
「今日は絶対に負けねー!」
「中二病相手に負けるなんて屈辱だからな」
……とまあ、ただでさえ見ているだけでも痛々しい中二病を患った転校生相手にギラギラしていた。
しかし、当の本人・黒山からすればいい迷惑のようだ。
黒山曰く「俺は意識していないんだがな。まあ、俺を意識して走るだけでは一生あのままなんだろうが……」とわかったような口を聞いていた。
正直、私には関係のない話ではあるのだが、なんだろう。聞いててイラっときたので「余計なことを聞くんじゃなかった」と後悔することになったのだが。
「はい、スタート!」
先生が発したスタートと同時に男子が走り出す。そして先生は、1人ひとりのタイムを計測・記録する為にストップウォッチのボタンを押した。
後に続いて女子もスタートした。
私と真悠は初めだけ真面目に走り、先生に見えない場所まで来たらペースを落とすつもりだ。
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後ろの方で詩織と真悠がゆっくりジョギング程度で走っている(歩いている?)一方で、先頭は見えない火花を散らしていた。
と言っても、実際のところは野球部員と陸上部員が勝手に対抗意識を持っているだけであって、あくまで黒山は「マイペース」だった。
黒山は「重度の中二病患者」と戦っていく上で、2つの能力を持っている。
しかし、これらにはそれぞれ弱点があり、特に「孤高となる為の拒絶」に関しては、能力による攻撃を無効化することが出来ても、物理的な攻撃は無効化することが出来ない。
その為、戦うようになってからは自主トレを続け、技に関しては素人同然だが体力と運動神経に関しては、ほぼアスリート級なのだ。
黒山に対して対抗意識を持って走っている運動部員達は、離されることはないもののやはり追いつけないでいた。
本気で走っている彼らに対し、手を抜いて走っている(歩いている?)詩織と真悠。
黒山が周回で彼女達に追いつくのも、この授業が始まってから毎回のこととなった。
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「あ、しーちゃん。後ろから黒山君が走って来たよ!」
「あ、ほんとだ。よくもまあ、運動部相手にいつも抜かれないもんだわ」
……と私と真悠の間では他人事となっているが、一応建前上応援してあげている。(一応建前上というところが大事)
「くろやまくーん! がんばれー!!!」
「黒山君、ファイトー!」
「…………。」
普通の男子なら、にやけてもおかしくない場面ではあるが、相変わらず黒山は真顔のままで少しだけこちらを見て通り過ぎて行った。
「ちらっと一瞥」というより「目でお礼を言っている」ような感じがしたので、こちらとしても悪い気はしなかった。
それに何と言っても、言葉では答えずとも結果で応えてくれる。
それは滅多に見られない、内面的な黒山の格好良いところだと私は思っている。
さて、ここで黒山の後を追っている運動部員にも応援すれば平等なのだが、私は敢えて応援しない。
一方で真悠は、運動部員達にも応援しようとするのだが、それは私が止めている。
何故なら、男女共に人気のある真悠に応援されている黒山に嫉妬する運動部員の顔が面白いからだ。
それにきっと、ここで無闇に応援しない方が「黒山に絶対負けない」という気持ちが強くなると思うのだ。
その証拠に、この後部活が控えてる授業中だというにも関わらず、限界を越えようと彼らは本気で走るペースを上げていっているのが目に見えた。
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途中、もう1回黒山と運動部員に抜かれたものの、私と真悠も少しペースを上げて真面目に走った。
女子の方は男子ほどタイムにうるさくはないが補習にならないよう、ある程度キープもしくは縮めなければならない。
黒山と運動部員達の戦いは今回も黒山が勝ったそうだ。
野球部に入るには少し遅いが、陸上部はそうでもないようで、黒山相手に勧誘している。
走っている最中は「負けじ」と敵対心丸出しにも関わらず、走り終わると清々しく笑顔で勧誘をしていたのが、離れて見ていた私にとって少し可笑しかった。
当然、黒山は「断る」の一点張りだったが、毎回のように勧誘してくるので最近は黒山の顔が真顔から迷惑そうな顔になることが増えた。
こうして負の感情であれど、黒山が少しずつ真顔以外を見せてくれるようになり、少しずつ「3組の一員」となってきていることは、私にとっても案外嬉しいことだった。
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そんな彼らの知らぬところで、また影が2つ、彼らに忍び寄っていた。
1つは男。その男は、1年1組の教室から1人で3組の教室にやってきて「その機会」を伺っている。
2つ目は女。その女は、2年4組の教室で普段通りに座って策を練っている。
2つの影は決して、利害関係はなく接点もなく協力もしていないが、今回彼らを翻弄する存在になることには間違いないだろう。
読んでくださりありがとうございます! 夏風陽向です。
前回更新から1週間。9月から10月へと変わったわけですが、今月はかなり仕事が忙しくなっているみたいで、書く時間は少しずつあっても寝落ちしてしまう今日この頃。皆様はどうお過ごしでしょうか?
今回、初めてメール執筆機能を使ってみましたが、投稿してみるとなんだか違和感を感じてしまいますね。
実際のところ、メール執筆の方がいいのか今まで通りがいいのかはまだちょっと自分でもわかっていません……。
さて、次回の予告を少しさせていただくと、このちょっとした日常的な話から1週間程度後の話となります。
詩織と真悠の関係性に要注目です! どう捉えるかは読者であるあなた次第!
次回の更新予定日は10月11日(水)です。お楽しみに!




