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隣の転校生は重度の中二病患者でした。  作者: 夏風陽向
「消失する黒の存在」
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消失する黒の存在 part1

お待たせしました、新章です!

「文化祭……?」


「そ」



 僅かながらキョトンとした顔の黒山(くろやま)が独り言のように呟いた問いに対して、詩織(しおり)は短くそう答えた。


 季節は梅雨に入りそうな5月の末。夏休み前の7月に開催される、瑠璃ヶ丘高等学校文化祭……通称「瑠璃(るり)(こう)(さい)」の準備期間へと突入する為、放課後に黒山を呼び止めた詩織は、事前に説明を黒山個人にしているところだった。


 黒山が瑠璃ヶ丘高校に転入してきたのが去年の8月末。夏休み明けの初日だったので、黒山は去年の「瑠璃高祭」に参加できていない。文化祭はどこも同じように見えて、実は案外、催し方が異なっている場合が多い。


 それは瑠璃ヶ丘高校も例外ではなかった。



「他の学校とかだと、各クラスで喫茶店みたいなのをやるところもあるんだろうけど、予算や衛生面の問題があって出来ないの。その代わり、前夜祭でクラス(ごと)のパフォーマンスを披露するのと、当日の一般公開で学習発表の資料を掲示しなくちゃならない」



 詩織の話を聞きながら、黒山はその風景をイメージした。パフォーマンスというのがイマイチ明確に見えてこなかったが、1つ疑問に思うことが出てきた。



「その文化祭、生徒は楽しめるのか?」



 文化祭の内容については生徒会の役員会や文化祭実行委員会が決めることなので、今更ここで言っても仕方のないことなのだが、それでも黒山は疑問を口に出さずにはいられなかった。


 詩織と彼女の前の席に座っている真悠(まゆ)の表情が苦笑に変わり、詩織が説明を加える。



「まあ……各クラスでの模擬店は無いけど、部活単位ではやるところもあるのよね。時期的に確か、野球部は参加出来なかった気がするし、活躍している運動部は模擬店の準備どころではないから、主に作品展示をしない文化部と弱小運動部が模擬店や屋台をやっているって感じかな」


「一応、飲食物は扱われるんだな」


「うん。その他にも、生徒個人単位で講堂のステージを使って、バンドやダンスのようなパフォーマンスをする人もいるし、文化祭中限定で野外にステージが作られるから、そこでイベントが開かれたりもしてたなぁ」


「そうなのか。……それで何故、俺にその話を?」


「そろそろ文化祭の準備期間に入るから。今後のロングホームルームの時間は文化祭の準備に使われるんだけど、まずは前夜祭のパフォーマンスで何をやるかということと、学習発表の内容を決めなくちゃならないし、何と言っても、級長である私がまとめなくちゃならないから、ある程度の意見を考えておいて欲しくて」


「それは構わないが、あまり当てにするなよ? 自慢ではないがそういうのは得意じゃない」


「ちなみにだけど、黒山君が前にいた学校ではどんなことをやったの?」



 黒山は言葉に詰まった。記憶力がない方ではないが、どうやらあまり印象的な文化祭だったようではなく、思い出せずにいる。



「あー……模擬店のようなものは無かった気がするが、クラス毎のパフォーマンスみたいなのも無かった気がするな。というか、そもそも参加者があまりいなかったような気もする」


「え、それって……?」


「他の学校と文化祭が被って、そっちに参加する生徒が多かったな。生憎だが、俺は俺で一般公開の日は警戒していないといけなかったし、他校に行って戦わないといけない状況にもなっていたから、あまり文化祭には参加出来ていない」


「もしかして、今回もそんな感じになりそう?」


「どうだろうな。今回は周辺の学校にもちゃんと代表者がいるから大丈夫だとは思うが」


「そ、そうなんだ」



 真悠にはわかったが、黒山の答えを聞いた詩織は少し嬉しそうだった。



「と、とにかく、まだ具体的な日程は公表されていないからわからないけど、去年と同じなら考えていかないといけないから、よろしく!」


「把握した」



 黒山のはっきりとした返事を聞いた詩織は満足げに頷き、今日のところはもう下校することにした。


 3人で他愛のない話をしながら家に向かって歩き、途中の別れ道で黒山は2人と別れて帰宅した。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…………」



 無言で現在の住まいである沙苗(さなえ)の家に入った黒山だが、靴を脱ごうとした時に1つ、違和感に気付いた。


 明らかに、沙苗や自分のではない革靴が2人分置いてある。片方は紳士用のもの。もう片方は女子高生が履くようなものだ。


 いつも通りなら、まだ仕事をしているはずの沙苗が客に対応している声が聞こえる。家の構造上、自分の部屋に戻るには、客間の横を通過していかないといけないので、会釈は避けられないだろう。


 黒山はうんざりした気持ちを外へ出す為に深呼吸を(どちらかというと溜息に近い)し、スリッパがフローリングの床を擦る音を隠すことなく、自分の部屋へと向かう。


 そして予想通り、客間の扉が開かれた。



透夜(とうや)おかえり。ちょうど良いところで帰宅したわねぇ」


「…………?」



 黒山が訝しげな表情を浮かべながら会釈をしようと客間に顔を出すと、そこには黒山にとって文字通り「招かれざる客」がそこにいた。



「お久しぶりですね、黒。緊急の招集をかけた時以来でしょうか?」


「…………」



 座っていたソファから立ち上がり、同い年にも関わらず敬語で挨拶をした虹園(にじぞの)光里(ひかり)と、その横で座ったまま威圧感を出している光里の父、光輝(こうき)がいた。



「ああ、そうだな」



 光輝の方はチラリと見るだけで、光里には冷淡にそう答えた。


 その2人が客間にいるだけで、黒山は彼らが「誰に用があって」ここにいるのかが把握できた。


 それが誰か? 黒山自身だ。


 客に対しての対応としては無礼にも程があるが、黒山は2人を歓迎していない。尽くす礼儀もないと思っている黒山は、2人を見て感じた意外感を添えて用件を尋ねた。



「俺に何か用か? 赤が一緒にいないのは珍しいな。ついに持病が治ったか?」



 その態度に光輝は少々苛つきを感じたようだ。「大人気ない」と言ってしまえばそれまでだが、一方で黒山も年長者に対する礼儀を払っていないので、光輝の怒りは最もなものだ。


 しかし、光里には争うつもりが微塵もない。目だけで父の怒りを制止し、黒山に向き直す。



「残念ながら持病の方は治っていませんが、赤に関しては本日、休みを与えて自由にしています。私の用件はただ1つ。以前、招集をかけた時にも告げましたが、黒を連れ戻しに来ました」


「……急だな。そんな強引が通用するとは思えないが。それに、俺は『断る』と言ったはずだが?」



 黒山の態度にいよいよ我慢しきれなくなった光輝が口を出した。



「勘違いするなよ、黒山透夜。貴様の所有権は我々にある」



 そんな光輝の発言に反論したのは意外にも娘の光里だった。



「お父さんこそ、勘違いされないように。色の能力を持つ彼らに対する指揮権は私にあります。それと、黒は物ではないので、お父さんにも私にも所有権などありません」


「…………」


「それはさておき……黒の仰る通り、そんな強引は虹園家の名前があっても通らないでしょう」



 理解出来ない光里の発言に黒山は眉を(しか)めた。



「話にならないな。そんなことを言うためにわざわざ来たのか、無駄足だったな」



 相手を怒らせるような黒山の発言に対しても、光里は余裕を崩さなかった。



「確かに無駄足ですね。……正式な手続きを踏もうとすれば、ですが」


「何?」


「黒を連れ戻したい一方、梶谷(かじたに)詩織さんを守らないといけないのも事実。そこで、黒の代わりに青を置くことにしました」


「……そういうことか」



 今まで通りに転校の手続きを取るとすれば、その手続きに時間がかかるし、こんな半端なタイミングで転校するのは難しい。よって、黒山の転校はまだ出来ないのが現状なのだが、光里は正規の手続きをせず、黒山のように色の能力を持った青木(あおき)修平(しゅうへい)の能力を利用しようと考えたのだ。


 青木には『平凡となる為の虚像』という能力がある。


 この能力には、使った対象の「記憶にある人物を別の人物に置き換える」ことが出来る。ただし、実際に「やっていなかったことをやったこと」にしたり「やったことをやらなかった」ことにすることは出来ない。


 光里の目論見は、この能力を利用して「去年の2学期に転校してしたのは青木」ということにし、瑠璃ヶ丘高校の生徒や代表者達が記憶に持つ「2学期からいた黒山透夜」という存在を削除するつもりなのだ。


 転校が困難なのを盾に異動の話を退けてきたが、このような手段を取られるのであれば、黒山にはどうすることもできない。


 黒山は立場上、光里の命令を跳ね除けることが出来ないのだ。



「そういうことです。青がいれば、仮に記憶を書き換えきれなかった相手が現れたとしても、すぐに対応できます。それに、ちゃんと青にも重度の中二病患者を退けられる能力がありますからね」


「…………」


「……と言っても、すぐに実行するわけではありません。今が5月の末。6月の中旬に戻ってきてもらう予定でありますので、残り半月程、護衛や無力化をするのと同時に、心の準備をしておいてください」


「……了解した」


「それと、わかってるでしょうが、このことは他言無用で。周囲に別れの言葉を告げるような真似は絶対にしないでください」


「ああ」


「それでは連絡も済みましたので、そろそろお暇させて頂きます。沙苗さん、お邪魔致しました」


「いえいえ、大したおもてなしは出来ず……」



 黒山は虹園親子を見送ることなく、客間を出て自室へと向かい、沙苗が虹園親子を見送っていった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 黒山は自室の椅子に座って考え事をしていた。


 現在、黒山のような色の能力を持つ者達のリーダーを務めているのが虹園光里なので、彼女の命令であるならば聞き入れなければならない。


 そのこと自体に不満があるわけではない。元より自分に義務付けられた運命なのだから、それに従うのが黒山の中にある「当たり前」だ。


 しかし、黒山自身にとっても意外なことに、それを良しとしない自分がいる。


 現状にどんな感情を抱いていようが、自身の能力である『拒絶』を使ってしまえば済む話なのだが、どうしても使うのに躊躇ってしまう。



(俺は……)


(俺は、どうしたいんだ……?)



 迷いが心に出る。心に出ても答えは見えてこない。それどころか、悩んでいる一方で答えを出そうとしていないのかもしれない。


 どう考えたところで、自分が取るべき行動は決まっているのだから。



「透夜ー! ごはーん!!」


「…………」



 夕飯が出来たことを知らせる沙苗の大声で、黒山の迷いは1度保留となった。


 返事することなく、無言で椅子から立ち上がり、自室を後にして階段を降りていく。


 食卓に着くと、沙苗が心底心配そうな顔で黒山に尋ねた。



「また、何処かへ異動になるの?」


「どうやらそのようだな。恐らくだが、虹園光里が通っている学校へ編入になるのだろうな」


「ふーん……。でもさ、透夜が今更あの人達に従う必要ある? だって虹園家は……」


「その話はもう決着が付いている。確かに、奴らは俺に『失敗作』の烙印を押したが、それは撤回されているし、その時に俺の指揮権は虹園家に戻っている。それは針岡(はりおか)も知っていることだし、了承したことだからな」


「まあ、そうなんだけどねぇ」



 真顔で事実を述べた黒山に対し、沙苗は少し不服そうな顔をした。


 実のところ、黒山の指揮権に関してはかなり複雑なところがある。


 最初こそ黒山の指揮権は虹園光輝が持っていたが、なかなか『全てを覆う為の黒』に目覚めことが出来なかった黒山は、指揮権を光輝の父……かつて「旧・虹園塾」の講師を勤め、やがて黒山や奈月(なつき)が所属していた施設の先生をやっていた虹園先生へと移された。その後、暴走を経て、指揮権は針岡に移され現在に至るのだが、黒山が『全てを覆う為の黒』に目覚めたことに勘付いた虹園光輝は再び指揮権を戻すよう要求し、それが黒山の知らないところで虹園家に指揮権が戻っていたのだ。



「どうあれ、今の俺に拒否権はない。それに、青が俺の代わりに来る以上、3組はもちろん、奈月や沙希(さき)の日常生活にも支障は出ないだろう」



 去る者としては安心出来る状況には間違いないのだが、それを語る黒山の表情はどこか寂しそうだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 同日、黒山に代わり青木が瑠璃ヶ丘高校の代表者となり、詩織を守護する旨を、黒山と青木を除く色の能力を持つ7人へ連絡された。


 電話の応対こそ普段通りだった白河(しらかわ)現輝(げんき)だったが、その実、内心では光里の決定に反感を抱いた。

読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。


青木の能力『平凡となる為の虚像』の効果について説明文を入れましたが、おわかりいただけましたでしょうか? 自分でこう言ってはなんですが、自分のイメージを文や言葉にして説明するのがすごく苦手でございまして……。

「ちょっとよくわからないよ!」って方がいましたら、光里の言った通り、近々発動されますので、その時をお楽しみにして下さいますよう、お願い申し上げます!


頭の中で大まかな流れは出来上がってますが、もしかするとまた寄り道したりするかもしれませんので、その場合はお付き合い願います。


それではまた来週。次回もまたぜひ読んで下さい!

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