乙女化は……(1)
それからも剣の練習を続け、すでに三年がたった。
リーゼロッテはめきめきと実力を付け、欠点と言えなくなるまでの成長を果たした。
アタシはアタシで、ただ剣と魔法を磨くだけでは『最弱種族の竜槍者』のジークベルトと変わらないと思ったので、『最弱種族の竜槍者』のジークベルトにはないものを身に付けようと悪あがきをし続けている。
そして、リーゼロッテとは交流を深め続けていた。
最初のうちは一週間に一度しか来なかったリーゼロッテは、今では三日に一度の割合で訪れてくれている。
会う時間が増えれば会話も増えるわけだけど、アタシにはリーゼロッテとの会話に違和感があった。
「おかしいわ……」
「どうされたのですか? ジークベルト様」
今日も剣の練習をし、楽しくお喋りをしてリーゼロッテは帰り、アタシは自室でマリアンネが入れてくれたコーヒーを飲みながら、感じていた違和感について考えていた。
「リーゼロッテよ。今日も恋愛小説についてお喋りしたけれど、反応がいまいちだった気がするのよねえ」
最初に恋愛小説を貸した日から、リーゼロッテは他の恋愛小説も借りていくようになった。
「来るたびに新しい本を借りていくから、興味ないってことはないはずなんだけど……」
頬に手をやって、今日のリーゼロッテを思い出す。
剣の練習から帰ってきて、アタシの自室でリーゼロッテと少し話した。
紅茶を飲みながら、アタシは恋愛小説の萌え話が出来る嬉しさに、今日もついつい熱く語ってしまった。
内容はリーゼロッテに貸してきた本を中心に、どこどこの場面が萌えたとか、どこそこの場面が感動したとか、運命の再会が最高だったとか、とにかく良かった場面をテンション高く語ってしまった。
オタクの悪いくせね。
冷静になって振り返ってみると、リーゼロッテはアタシが話しているのを、ただニコニコと聞いているだけだった気がする。
……気がするではなく、聞いているだけだったわね。
そこは認めましょう。
始終ニコニコとしていたから、聞いていて嫌な思いをしていたわけじゃないとは思うけど、リーゼロッテはあいづちを打つだけで萌え語りはしていなかった。
前世のオタク仲間と萌え語りした時は、お互いどこが良かったか語り合って、リーゼロッテみたいに完全な聞き役に徹する人はいなかった。
「どうも恋愛小説に対する熱さが足りないのよねえ」
まだ熱くなれる一冊に出会ってないってことなのかしら?
でも、もう三年もたっているのよ。
始めの一年はまだ読書量も少ないし、こんなものなのかなと思っていたけれど……。さすがに三年もたって、萌え語りの一つもしないっておかしくないかしら?
リーゼロッテ乙女化計画も、恋愛小説を基軸にしていたものだったから、すっかり頓挫していた。
「そうですね。リーゼロッテ様はどちらかと言うと……」
そこまで言って、マリアンネが言葉を濁した。
マリアンネは普段から表情が薄く、その顔から何を言いたかったのか読み取ることは出来ない。
「どちらかと言うと?」
アタシはマリアンネに先を促した。
マリアンネはしばし逡巡し、それから口を開く。
「……ジークベルト様が好きな物に興味があるのだと思います」
「なるほど。姉マジックね」
「姉マジック……ですか?」
答えをくれたのはマリアンネだというのに、マリアンネはピンときていないらしく、軽く首を傾げている。
「姉マジックと言うのは、お姉ちゃんの好きなものが、妹には何だかステキなものに見えちゃうって現象よ」
リーゼロッテにもそう見えているということは、アタシはリーゼロッテにお姉ちゃんと思われているということだ。
「うふふ。リーゼロッテがそう見てくれているなら嬉しいわ」
妹が欲しかったアタシとしては、良い兆候よ。
それに、仲良くなればなるほど、死亡フラグから離れることになるかもしれないものね。