第53話。始まりの朝食と、四人の優雅な日常。
第53話:始まりの朝食と、四人の優雅な日常。
カチ、コチ、カチ、コチ。
規則正しい、けれど今度はどこか軽やかで温かい鉄の音が、アルカディア公爵邸の広大な食堂に響き渡っていた。
部屋の壁に掛けられた、精緻な金細工が施された大きな時計。
時間の神々の呪縛から解き放たれたその針は、もう逆回転することもなく、私たちの新しい未来を祝福するように一秒ずつを刻んでいる。、
「――アサヒ様。冷めてしまいますから、どうぞスープをお召し上がりください」
すぐ隣から、鈴の音を転がしたような、大好きな優しい声が私を現実に引き戻した。
「あ……ええ、ごめんなさい、ソル。少し、嬉しくてぼんやりしてしまって」
私は上品に仕立てられたレースのハンカチでそっと口元を拭い、目の前の白磁のスープ皿に視線を落とした。
季節の野菜が美しく彩られた、温かなクリームスープ。
ガラス窓から差し込む朝の光が、スープの表面をキラキラと黄金色に揺らしている。
時間の神々との壮絶なバトルを終え、お母さんユウコを見送った私たちは、ついにこの平和な日常へと還ってきたのだ。
「アサヒ様が幸せそうに笑ってくださるなら、僕は何度だってスープを温め直しますよ」
ソルがスープ皿を片付けながら、眩しい黄金の髪を揺らしてニッコリと微笑んだ。
昇り立ての太陽そのもののような輝きを宿している。
神々のプログラムによって私の顔を忘れられていたあの朝の悲しみは、もうどこにもない。
今のソルの瞳には、私への確かな記憶と、狂おしいほどの愛着が満ちていた。
「もう、ソル。朝からアサヒ様に甘えすぎだよ」
ソルの後ろから、夕闇の色をした長い髪をなびかせ、呆れたように口を開いたのは夕日ちゃんだった。
彼女はメイド服を可愛らしく着こなし、私の大好きなハーブティーをテーブルに置く。
「アサヒ様、今日の紅茶は『夕日の国』のハーブを少しブレンドした特製です。ソルみたいに暑苦しくなくて、心がとっても落ち着くんですよ」
「ちょっと、夕日! 誰が暑苦しい一途な太陽だって?」
「自分で一途って言っちゃうところが暑苦しいの!」
クスクスと笑いながら二人のやり取りを見つめる。
地球にいた頃の「朝日くん」と「夕陽ちゃん」。
そしてこの世界での『朝日の国』と『夕日の国』の精霊。
二人がこうして笑顔で喧嘩をしているだけで、お母さんが手作り絵本に込めた「ハイタッチをして夜を連れてくる」という伏線が、今この場所に最高な形で叶っているのだと実感できる。
「二人とも、アサヒの前で騒ぎすぎるのは感心しないな」
その時、食堂の重厚な扉を開けて、白銀の魔導衣を優雅にまとったアレン様が入ってきた。
黄金色の双眸を優しく細め、真っ直ぐに私の元へと歩み寄ってくる。
「アレン様」
「おはよう、アサヒ。今日も一段と美しい。神々との戦いの疲れは残っていないかい?」
アレン様は私のすぐ隣に立つと、私の額にその大きな、温かい手をそっと添えた。
魔力の乱れがないかを確かめるための仕草だけれど、その大人の包容力に満ちた距離感に、私の胸はやっぱりキュンと切なく鳴ってしまう。
「ええ、アレン様のおかげで、とっても元気です」
「それは良かった。もし少しでも体調が優れないなら、俺の全魔力を使って君を一日中ベッドで抱きしめて癒やす魔法を開発するところだったよ」
「ア、アレン様……!?」
顔がカッと赤くなる。
すかさずソルが
「ちょっとアレン、さりげなくアサヒお姉様に密着しないでください!」
と割り込み、夕日ちゃんも
「そうだよ、アレン様は抜け駆けが多すぎ!」
と怒り出す。
そんな三人を見つめながら、私は胸の奥が温かいお日様の光で満たされていくのを感じていた。
(お母さん、見てる? 私、今最高に幸せだよ――)
手元にある、今はもう白紙ではなくなったお母さんの預言書。
そこには、私たち四人が笑い合うこれからの新しい未来のストーリーが、静かに、けれど確かに紡がれ始めていた。




