第5章。時計仕掛けの神域と、始まりの部屋。第34話。ユウコの白紙の預言書と、新たな兆候。
『ルミナス令嬢の失われた記憶 〜二つの世界を繋ぐ時計仕掛けの神話〜』
第5章。時計仕掛けの神域と、始まりの部屋
第34話。ユウコの白紙の預言書と、新たな兆候
激しいバトルの余韻を残すように、時計塔の最上階には、細かく砕け散った守護巨獣の光の粒子がダイヤモンドダストのようにキラキラと宙を舞っていた。
窓の外には、元の穏やかな夕暮れの茜空が戻っている。
カチ、カチ、と規則正しい真鍮の歯車の音が、私たちの荒い呼吸を優しく包み込んでいくようだった。
「はぁ、はぁ……。二人とも、本当にありがとう。怪我はない?」
私がドレスの裾を少し気にしながら尋ねると、ソルは魔導剣を消し、その黄金色の瞳を優しく細めて私を見つめた。
「うん、アサヒのオレンジ色の光が僕の剣に合わさった瞬間、すごく身体が軽くなったんだ。アサヒが僕を信じてくれているのが、魔力を通じて真っ直ぐに伝わってきたから」
ソルは少し照れくさそうに笑いながら、まだ私の右手をぎゅっと握りしめたままだ。
頭の記憶は毎朝リセットされても、彼の魂は、私と交わした「温度」を本能で手放したくないと叫んでいる。
「やれやれ。僕の時空魔法も、君たちのその強い絆の前には、少し影が薄くなってしまったみたいだね」
アレン様が、白銀の魔導衣についた埃を優しく払いながら、くすくすと大人の余裕を含んだ笑い声をあげた。
でも、彼の黄金色の瞳は、ソルの繋いだ私たちの手元を、一瞬だけ寂しそうに、そしてどこか独占欲を滲ませるようにしてじっと見つめていた。
アレン様は、私が一人で抱える前世の孤独に、言葉にせずとも一番深く寄り添ってくれる。
その目線に、私は胸がチクリと切なくなるのを感じていた。
「アレン、じろじろ見るなって。……それより、祭壇の様子が何かおかしいよ」
ソルの言葉にハッとして部屋の中央の『刻限の祭壇』へと目を向けた。
守護巨獣が消え去ったクリスタルの祭壇。
その真ん中から、キィィィン……と、神聖で静かな音を立てて、一冊の古びた本がふわりと宙に浮かび上がってきたのだ。
革製の表紙には、ルミナス公爵家の家紋によく似た「太陽と時計の歯車」が刻まれている。
「これは……お母様の本……?」
私が手を伸ばすと、その本は私の手のひらの上へと、吸い込まれるようにして静かに舞い降りた。
私は緊張で生唾を飲み込みながら、ゆっくりとその表紙をめくった。
しかし、中に書かれていたのは、大陸語でも古代語でも、ましてや前世の日本語でもなかった。
「え……? 何も書かれていない……?」
本の中身は、最初から最後まで、一文字のインクすら載っていない、完全な『白紙』だった。
「いや、ただの白紙じゃないよ、アサヒ様。君の手が触れている部分を見てごらん」
アレン様が私の手元を覗き込むようにして、そっと顔を近づけてきた。
彼の長い黄金色の髪が、私の肩にさらりと触れる。
見ると、私の指先が触れている純白のページの表面から、ジュワァ……と滲み出すようにして、息をのむほどに綺麗な『夕日の茜色』が、水彩絵の具のようにじわりと広がり始めていた。
それは、私の放つ「現在」の魔力に反応して、隠された預言が浮かび上がろうとしている証拠だった。
(お母様ユウコが、文字ではなく、魔力の色彩で遺した白紙の預言書……!)
その神秘的な本を見つめていた、まさにその瞬間だった。
ザザッ、ザザザザッ――――!!!
突如として、私の視界の半分を力任せに引きちぎるようにして、あの強烈な『灰色の異界(地球)』のノイズが、これまでで一番不気味なほどの鮮烈さでフラッシュバックした。
大雨が降りしきる地球の都市の景色。
しかし、今回はビルの崩壊だけではなかった。
ノイズの向こう側から、
ジリジリ、ジリジリ……
と、学園の時計塔の歯車が軋む音とはまったく違う、地球の【壊れた踏切の警報機】のような不気味な音が、私の脳裏に直接、幻聴となって大音量で鳴り響いたのだ。
「うっ……! あ、頭が……割れそう……っ!」
私は激しい眩暈と恐怖に頭を抱え、その場に激しく崩れ落ちそうになった。
「アサヒ!!」
「アサヒ様!!」
ソルとアレン様が、同時に大声をあげて私の身体を両側から必死に支えてくれた。
二人の異なる温かい魔力が私の身体に流れ込み、激しい頭痛の波がゆっくりと引いていく。
(何、いまの音……? 戦いは終わったのに、どうしてあの灰色の世界(地球)の『新しい壊れる音』が聞こえてくるの……?)
胸の動悸が、破裂しそうなほど激しくなる。私の部屋の家具(引き出し・鏡・絵・扉)に隠されていた伏線はすべて回収したはずなのに、この世界と地球の境界線には、私たちが強くなるほどに、さらに深く恐ろしい「新たな時空の乱れの兆候」が静かに、でも確実に忍び寄っていた。
「アサヒ様、その本に隠された茜色の預言……。どうやら、僕たちがこれから立ち向かうべき、さらに深い神々の試練の場所を示しているようだね」
アレン様が、私の肩を支えたまま、その黄金色の瞳を妖しく光らせて呟いた。
「どんな場所だって、僕がアサヒの盾になる。……アレン、お前には負けないからな」
ソルも私の手を握り締めながら、アレン様に向かって負けん気の強い視線を向けた。
お母様ユウコが遺した白紙の預言書の謎。そして、じれったい恋と友情を胸に秘めたまま立ち向かう、新たな世界の危機の兆候。
二つの世界の運命を救うための、ハラハラドキドキの壮絶なる時計仕掛けのファンタジーは、さらなる未知の第2章の深淵へと、激しくその運命のネジを巻き直していこうとしていた。(第34話・おわり)




