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冷遇された闇王女は、隣国の王に溺愛される  作者: 永月るか
本編

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9/26

芽吹き

 翌朝、ライラは目を覚ますと、見慣れない天井をしばらく眺めていた。

 柔らかな朝の光が窓から差し込み、白いカーテンを揺らしている。

 昨日の出来事が、少しずつ蘇ってきた。


 魔の森。

 魔物との戦い。

 身体を満たしていく、重く濁った何か。


「……」


 ライラはゆっくりと自分の手を見る。


 何も変わっていない。

 少し荒れた指先も、柔らかくはない手も、いつも通りの自分の身体だった。


 けれど、あの感覚だけは鮮明に残っていた。


 まるで濁流を飲まされるかのような、あるいは深い水の底へ沈んでいくような感覚。


 苦しくて、怖かった。

 それでも。


(あの力は……私のものだったのかしら?)


 考えれば考えるほど、不安が胸に広がっていく。


 不吉な闇属性……それは、ソレイユ光国で何度も聞かされた言葉だった。


 闇は危険なもの。

 人を惑わせるもの。

 忌むべきもの。


 そんな言葉が、幼い頃からライラの中に染み付いていた。


「……私は、やっぱり危険な存在なのかしら……」


 小さく呟いた瞬間。


「そのようなことはありません」


 返事が聞こえて、ライラは驚いて顔を上げた。

 いつの間にか部屋の入口にセレーヌが立っていた。


「セレーヌ様……」

「ライラ殿下、どうか私のことはセレーヌとお呼びください。お目覚めになられて安心しました。お加減はいかがですか?」

「大丈夫です」


 そう答えてから、ライラは少し迷う。


「……あの」

「はい」

「昨日のこと……」


 セレーヌは静かにライラを見る。

 責めるような視線ではない。

 ただ、話を聞こうとしてくれている目だった。


「私……何か、おかしなことをしましたか?」

「いいえ」

 

 セレーヌはすぐに首を振って答えた。


「でも……魔物が……」

「何が起こったのか、まだ、陛下すら掴みかねています。けれど、これだけは断言できます。ライラ殿下は何も悪いことをされていません」


 ライラは言葉に詰まる。

 自分でも何をしたのか分からない。

 不吉な闇属性……故国で言われ続けた言葉が呪いのように、彼女を不安にさせる。

 あの得体の知れない力が自分のものだと思うと怖かった。


「ライラ殿下」


 セレーヌは優しく声を掛ける。


「陛下も、カイル様も、あなたを恐れてはいません」

「……本当に?」

「はい」


 迷いのない返答だった。


「むしろ、お二人とも心配しておられます」


 その言葉にライラは目を瞬く。


「心配……?」

「はい」


 セレーヌは微笑む。


「ライラ殿下がご自身のことを責めているのではないか、と」


 胸の奥を見透かされたようで、ライラは俯いた。


 否定できなかった。


 倒れたこと。

 迷惑をかけたこと。

 自分の知らない力があること。


 全部、自分のせいなのではないかと思っていた。


「……どうして」

「え?」

「どうして、皆さんはそんなに優しいのでしょうか?」


 ライラの声は小さかった。


「私は……何もお役に立てず、迷惑しかかけていないのに……」


 セレーヌは悲しそうに目を細める。

 きっと、この少女は本当にそう思っているのだろう。

 何かを与えられる価値がなければ、優しくされることはない。

 そんな環境で生きてきたのだ。


「ライラ殿下」

「はい」

「人は、何か役に立つからといって大切にされるわけではありません」


 セレーヌはゆっくりと言葉を選ぶ。


「優しいあなたを大切にしたいと思う者もいるのです」


 ライラは目を見開いた。

 そんな考え方を、今まで知らなかった。


 

――――



 その頃、フォルテリア城の執務室では、ルシアンとカイルが向かい合っていた。カイルが口を開く。


「王女殿下の魔力についてですが、現状、危険性は確認されていません」

「そうか」

「ですが……」


 カイルは僅かに言葉を止める。

 珍しいことだった。

 普段、必要なこと以外を口に出さない彼が迷っている様を見せる。


「何かあるなら言ってくれ」


 ルシアンの声に、カイルは頷いた。


「王女殿下の魔力は、通常の闇属性とは異なるように思えます」

「異なる?」

「はい」


 カイルは自身の手を見る。


「魔力とは本来は外から取り込むものではありません。自身の魔力として生まれ、成長するものです。闇属性も光属性も、その他の属性も同じで、例え同属性でも異なる魔力は反発し、吸収などはできません」

「あぁ」

「そこで、考えてみたのですが……王女殿下は、魔力そのものが特殊なのかもしれません。王女殿下の魔力は、他者と違い他の魔力を吸収できる……魔物を弱体化できるのではないでしょうか?」


 ルシアンは黙って頷いた。

 脳裏に昨日の光景が蘇る。


 黒い靄のような、魔物から流れ出た闇。

 それを受け止めるライラ。

 もしカイルの仮定が真実ならば、ノクティス王国にとって彼女は至宝となる。


――だが


「……彼女の身体は耐えられるのか?」


ルシアンがまず心配したのはライラの体のことだった。

 

「分かりません。ですが、王女殿下自身が、闇の魔力によって傷ついた様子はありませんでした」


 ルシアンは目を伏せる。安堵と打算が脳裏を過ぎる。王としては当然の打算だ。けれど、そんな打算さえ、今のルシアンには、やましく思えてしまう。


「……不思議な子だね」

「はい」

「自分が倒れたのに、最初に心配したのは周囲の人間だった」


 カイルは何も答えない。けれど、カイルにもライラの優しい気質は伝わっていた。


 昨日、ライラは自分の身体が限界だったはずなのに、倒れる寸前まで魔物に襲われる騎士たちを見ていた。

 恐怖より先に、誰かを助けたいと思っていた。


「詳しく調べる必要があるね」

「はい」

「ただし」


 ルシアンの声が少し低くなる。


「彼女を傷つけるようなことは絶対にしない」

「承知しました」


 ルシアンの決意に、カイルは静かに頷いた。


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