目覚め
部屋には静かな空気が流れていた。
窓の外はすでに夜の帳が降り、蝋燭の灯りだけが室内を柔らかく照らしている。
ベッドにはライラが眠っていた。
医師の診察では身体的に命に別状はないという。
カイルとルシアンが見た限り、魔力の方も落ち着いているように思えた。
結局、倒れた原因をはっきりと突き止められないまま、時間だけが流れていく。
ルシアンは側の椅子に腰掛けたまま、ライラの手を優しく握り続けていた。
(……眠っているだけならいい)
苦しそうだった表情は今では穏やかだった。
呼吸も規則正しい。
それでも、目を覚まさないのではないかと不安が過ぎる。
その時、控えめなノックが響いた。
静かにカイルが現れる。
「何か分かったかい?」
「魔物の死骸を調べました」
「結果は?」
「死骸に残っていた闇の魔力が極端に少なくなっていました」
ルシアンが眉を寄せる。
「偶然とは考えにくいね」
「はい」
カイルは少しだけ視線をライラへ向けた。
「ですが、現時点では推測の域を出ません」
「そうだね」
ルシアンも頷く。
見たものは二人とも同じだった。
けれど確証がない。過去に例もない。
だからこそ慎重になっていた。
その時だった。
「……ん」
小さな吐息が聞こえた。
二人の視線がライラへ向く。
長い睫毛が震え、ゆっくりと瞼が開いた。
黒い瞳が、ぼんやりと天井を映す。
「ライラ王女」
ルシアンが優しく声を掛ける。
ライラはゆっくり顔を向けると、安心したように小さく微笑んだ。
「……陛下」
「気分はどう?」
「少し……身体が重いです」
上体を起こそうとするライラをルシアンは静かに制した。
「まだ無理をしなくていい」
「ですが……」
「医師にも安静にと言われている」
ライラは申し訳なさそうに俯いた。
「申し訳ございません……私のせいで、その……ご迷惑を……」
「違う」
ルシアンは穏やかな声で遮った。
「君は何も悪くない」
その言葉にライラは目を丸くする。
「でも……私……途中で倒れてしまって……」
「倒れようと思って倒れたわけではないだろう?誰も君を責める者はいないよ」
ルシアンはライラを慈しむように微笑む。
「戦いも無事に終わった」
その言葉にライラはほっと胸を撫で下ろした。
「……皆さん、ご無事だったのですね」
目覚めて最初に自分ではなく皆を案じる。
その姿をルシアンは愛おしく感じた。
「皆、無事だよ」
「良かった……」
本当に安堵したように笑うライラを見て、ルシアンの胸が少し痛んだ。
(こんな時まで自分より他人か)
どれほど我慢して生きてきたのだろう。
その優しさは愛おしい。けれど同時に危うくも思えた。
その時、カイルが一歩前へ出る。
「王女殿下。一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「はい」
「倒れられる直前、何か見えましたか」
ライラは少し考え込む。
「……黒い、靄のようなものが……」
部屋の空気が僅かに張り詰めた。
「魔物から……立ち上っていました」
「それから?」
「……私の方へ来たような気がします。でも……夢だったのかもしれません」
ライラは困ったように笑った。
「変なお話ですよね」
「いいや」
答えたのはルシアンだった。
「気になったことは、どんな小さなことでも話してほしい」
「……はい」
ライラは素直に頷く。
それ以上は思い出せないようだった。
カイルは静かに目を伏せる。
(やはり王女殿下にも、闇の魔力の動きが見えていた。……後でセレーヌにも聞いてみなければな)
ライラ自身にも、あの光景が見えていたのだ。
けれど、彼女自身にも何が起きたのかは分からない様子だった。
ルシアンはライラの表情を見つめる。
先ほどより顔色は少し戻っていた。
その事に安堵しながらも、胸の奥には拭えない不安が残る。
(君の身に何が起きている)
誰にも分からない。
だからこそ、今度こそ守り抜かなければならない。
ルシアンは眠気に抗うように目を細めるライラへ、穏やかに微笑んだ。
「今は何も考えなくていい。ゆっくり休むんだ」
ライラは小さく「はい」と答えると、安心したように再び瞼を閉じた。
その寝息を聞きながら、ルシアンは静かに椅子を立ち拳を握る。
彼女を襲った異変の正体を、必ず突き止める。
その決意だけが、静かな部屋の中で確かに燃えていた。




