祭り2
――ドォーン
地面を揺らすような轟音が街へ響き渡った。
広場で演奏されていた楽しげな音楽が止まる。笑い声が消え、人々が音がした方へと視線を向けた。
「……何の音でしょう?」
ライラが不安そうに呟いた、その時だった。
「魔物だ!」
誰かの叫び声が街中へ響く。
次の瞬間、祭りの空気は一変した。
「逃げろ!」
「子どもたちはこっちだ!」
「騎士様に連絡しろ!」
先ほどまで笑っていた人々が、家族の手を引きながら一斉に走り始める。
屋台の主人たちは慣れた様子で荷物を片付け、街を警備していたの騎士たちは駆け出していった。
その様子を見たルシアンの表情から笑みが消える。
「カイル、セレーヌ。ライラを頼む」
「はい」
「承知いたしました」
二人は短く頷いた。
王ではなく、一人の戦士としての空気がルシアンから溢れ出す。
「ライラ、君はセレーヌ達と一緒に避難していてほしい」
「いいえ、ルシアン様。ご一緒させてください」
「だが……」
「少しですが、訓練は受けています。足手まといにならないよう頑張ります。それに、敵がどれほどの数が分からない以上、カイル様やセレーヌの戦力は必要です」
ライラの進言にルシアンが少しだけ迷った。いつもなら即断する場だ。ライラの言葉には説得力があった。これがライラ以外の言葉ならば、直ぐにでも頷き連れて行っただろう。けれどルシアンの脳裏には倒れたライラの姿が、こびり付いている。
(敵の情報がない以上、ライラの戦力は貴重だ。だが今度こそ、俺に守り切れるのか?)
けれど、どれだけライラが愛しくても、やはりルシアンは王だった。民を守れる確率が高い選択肢があるのに捨てることはできなかった。
「……セレーヌの側を決して離れないように。行こう」
戦場となったのは南門の近くだった。すでに戦いが始まっている。
魔物は一体。
だが、その巨体は先日討伐した魔物の2倍以上はあった。
漆黒の体毛に岩のような四肢。
真紅に染まった瞳が街を睨め付ける。
騎士たちの剣が命中しても、その巨体は僅かに揺れるだけだった。
「囲め!」
フォルテリア騎士団長の声が飛ぶ。
騎士団は中央、左右へと展開し魔物を逃さないように囲い込んでいた。
そこにルシアンが駆けつけた。
「状況は?」
「……陛下。敵は一体。……けれど、ご覧の通り強大です」
「ノクティス王城に伝達し、第一騎士団、魔法師団の派遣を要請せよ。俺とカイルは今よりフォルテリア騎士団に合流する」
「ハッ」
「ライラ王女とセレーヌ、カイルは後団に。ライラ王女の護衛に数名、騎士を回せ。カイルは後団より援護を。俺は打って出る」
命じ終えると同時にルシアンが戦闘中の騎士達に混じる。その剣へ光が宿った。
「はぁっ!」
鋭い一閃。ふわりと飛び上がったルシアンの剣が魔物の肩口を切り裂く。
だが。
「グォォォォ!」
魔物は咆哮を上げ、巨大な腕を振るった。
「陛下!」
フォルテリア騎士団長が叫ぶ。
ルシアンは間一髪で飛び退くが、その衝撃だけで石畳が砕け散った。
「強い……」
カイルが低く呟く。その巨体から予想はついたことだった。けれど、こんな巨大な魔物が現れたのはノクティス王国であっても久しぶりのことだった。
(魔の森が静かになった代わりに、その奥にいた強力な個体が現れたのか……?)
嫌な予感がカイルの胸を過る。これほどの魔物が現れたのは10年前のあの時以来だ。
嫌な予感を振り払うかのように、カイルは闇魔法を操る。巨大な漆黒の弓を作り出して、同じく闇夜のような黒い矢を放つ。けれど魔物は、その矢を歯牙にもかけない様子だった。傷ひとつ付けることなく矢が消えていく。……まるで吸い込まれるように。その瞬間、魔物の巨大が一回り大きくなった。
魔物の腕が再びルシアンに振るわれた。ルシアンは剣で、その爪先を弾く。周りの騎士団が手足に切り付ける。けれど、どの攻撃も魔物に致命傷を与えることはない。むしろ攻撃を受けると魔物が大きくなっているようにライラは感じた。
「闇属性の剣を持つ者は攻撃を止めろ!」
同じようなことを思ったのだろう。カイルの叫ぶような声が響いた。騎士たちの一部が手を止める。それを狙ったかのように魔物は動いた。
立ち上がり、鋭い爪を振り下ろそうとする。その先に立つのはルシアン。血に塗れて地に伏す彼がライラには見えるかのようだった。
(ダメ……!)
ライラは考えるより先に覚えたばかりの闇魔法を使っていた。魔物の身体から、黒い泥水のような闇が、溢れ出してライラへと流れ込む。
水底に落とされたように息が苦しかった。
――それでも
(負けない!)
――ギャオォン
魔物が苦しげに吠えた。
巨体がふらつき縮み、その動きが目に見えて鈍くなる。好機を見逃すルシアンではない。彼は剣に光を纏わせて飛び上がり、魔物の首を落とした。
ライラは、その光景に安堵して地に膝をついた。
「ライラ様!」
駆け寄ったセレーヌが慌てて肩を支える。
「大丈夫ですか!」
「だ……大丈夫……です」
そう答えたライラの声は震えていた。
前とは違う。
身体の奥へ入り込んだ闇は、前より、ずっと重かった。
泥水が血管を流れていくような感覚に身体が冷えていく。胸の奥へ、冷たい何かが少しずつ積もっていく。
「ライラ様、お顔の色が……」
「平気……です……」
ライラは笑おうとした。
けれど笑顔が作れない。
指先は凍えるように小さく震えていた。
「ライラ!」
前線で戦っていたルシアンが駆けつけてライラを抱き上げた。
「……やっぱり足手まといに、なってしまいましたね」
「そんな事はない。君のおかげで勝てたんだよ、ライラ」
その言葉に、ホッとしたように、ようやく小さく笑って。ライラは、また闇へと落ちた。




