プロローグ — 私が死んだ日
はじめまして。そして、この物語を手に取ってくださって、本当にありがとうございます。
この物語は、一人の青年が人生を終えたその先から始まります。
「もし、もう一度人生をやり直せるとしたら?」
そんな問いから生まれた物語です。
転生した先で彼を待っているのは、新しい世界、新しい出会い、そして前世では知ることのできなかった真実。
彼の二度目の人生が、ここから始まります。
それでは
『転生の向こう側』
その物語を、どうぞお楽しみください。
人は死ぬ瞬間、自分の人生が走馬灯のように脳裏を駆け巡るという。
嘘だ。
子供の頃の思い出が次々と蘇ることもなければ、後悔の数々がスライドショーのように流れることもなかった。
ただ、目を焼くような熱が全身を貫き、その直後、手足を丸ごと飲み込むような凍える冷たさと痺れが襲ってきただけだった。
僕の世界は、何か深遠な悟りと共に終わったわけじゃない。
ただ純粋に、息苦しいほどの肉体的な混乱の中で終わった。
……へえ。
これが、死ぬって感覚なのか。
まともに息が吸えなかった。
息を吸おうとするたび、潰れたストローから空気を吸い込んでいるような感覚がして、喉の奥には濃く、鉄臭い血の味だけが広がった。
自分がアスファルトの上に倒れていることだけは分かった。
頬に荒い路面が擦れる感触があったからだ。
けれど、どうして自分がそこにいるのかは、まったく分からなかった。
パニックが先に来た。
大きく、圧倒的な恐怖が。
状況を理解するための事実なんて、ずっと後からついてきた。
そして、音が聞こえた。
足音。
重く、一定で、まるで急ぐ必要など一切ないかのように、ひどく落ち着いた足取りだった。
すぐ近くでは、車のドアが大きく開いたままになっているらしい。
静かな夜の中に、ドアの警告音がピーピーと響いていた。
――少なくとも、カエデは無事だ。
それだけでも、まだマシか。
その一定で穏やかな足取りこそが、何よりもおかしかった。
今にも死にそうな人間を偶然見つけたのなら、普通は走る。叫ぶ。慌てふためく。
なのに、こいつは違う。
パニックになっていない。
ということは――
最初から、こうなることを知っていた。
少女の声が、僕のところまで届いた。
声は震えていた。
悲しみからではない。
僕にはぼんやりと分かった。
今、目の前で起きたことを、まだ頭が理解しきれていない。
「ケンジ……私まで轢いてたかもしれないじゃん」
「いや、心配すんなって」
ケンジの声は落ち着いていた。
それだけじゃない。
そこには、かすかに気味の悪い誇らしささえ混じっていた。
「ちゃんと完璧に角度を計算してたからな」
計算していた。
その言葉が、薄れゆく僕の意識の中で引っかかった。
おかしい。
ただの悲惨なひき逃げ事故で、誰が「角度を計算した」なんて言う?
ケンジという名前には覚えがあった。
意識のすぐ先。
本当なら、僕がよく知っているはずの名前。
けれど、その繋がりを手繰り寄せる前に、糸は切れてしまった。
考えを最後まで終えることもできないまま――
世界は、暗闇に切り替わった。
六時間前。
僕の人生は、どこまでも平凡だった。
アパートの静けさを、ゲームのレイド中に鳴り響いた着信音がぶち壊した。
「くそっ……」
小さく悪態をつきながら、僕はコントローラーを手放した。
けれど、画面に表示された発信者の名前を見て、手が止まる。
「よお、ハルト」
電話に出た瞬間、ケンジの声がスピーカーから大音量で響いた。
「今夜、予定変更な。ダブルデートしないか? カエデと俺、あと彼女の友達と会うんだ。もう一人必要なんだよ」
反射的に、断る理由を探して、そのまま椅子に沈み込もうとした。
僕は家にいるのが好きだった。
一人でいることに慣れていた。
けれど、モニターの光を見つめていると、突然、孤独が胸を襲った。
ずっと部屋から出ない男。
そんな存在になってしまうのは、嫌だった。
ただの笑い話のネタになるのも。
「……分かった」
僕は喉を鳴らして答えた。
「いいよ。俺も行く」
その後の四十五分間、僕は服装について考えすぎた。
最終的には、いかにも自然な感じの、気合を入れていないように見える服を選んだ。
そして、約束の時間より早く家を出た。
待ち合わせ場所には十分快く到着した。
胸の奥は、気まずさと、ほんの少しの期待で締め付けられていた。
ケンジとカエデが到着した時、二人は「四人目」を連れてきた。
ハナという名前の少女だった。
初めて紹介された瞬間、胸の中に本物の期待が芽生えた。
ハナは可愛くて、静かで、控えめな女の子だった。
けれど、ほとんどすぐに分かった。
僕と目が合った瞬間。
彼女の笑顔が、一瞬だけ躊躇った。
悪意があったわけじゃない。
ただ、あまり興味がない相手に対して、それでも失礼にならないように浮かべる、少し無理をした丁寧な笑顔。
ああ。
はい。
もう振られた。
やっぱりな。
午後はゆっくりと夕方へ流れていき、デートはごく自然に、完全に失敗に終わった。
ドラマもなければ、言い争いもない。
ただ、どう見ても相性の合わない二人がいただけだった。
奇妙なことに、火花が散らなかったことには安心していた。
これなら、後になって突然、面倒な嫉妬騒ぎが起こることもない。
僕たちはただ、噛み合わないパズルのピースだった。
夜になると、ケンジとカエデは「ちょっと用事がある」と言って、自然な流れでその場を離れていった。
僕は一人で、ハナを家まで送ることになった。
その時の僕には、友人なりの気遣いに思えた。
二人きりで話す時間を作ってくれたんだろう、と。
――今になって思えば。
あれは、僕を孤立させるための段取りだった。
僕は完璧に、配置されていた。
ハナのアパート近くにある、静かで薄暗い住宅街に着くまで、僕たちはほとんど無言で歩いた。
「ねえ、ハルト?」
ハナが立ち止まり、申し訳なさそうに僕を見上げた。
「今日のこと、ごめんね。こういうセッティング……ちょっと無理があったよね?」
僕は首の後ろを掻きながら、笑って誤魔化した。
「まあ、ちょっとな。でも、気にしなくていいよ」
「でも……友達にはなりたいな。もし、ハルトが嫌じゃなければ」
「うん」
胸の奥で、いつの間にか力が入っていた何かが、ふっと緩んだ。
「俺も、そうなれたら嬉しいよ」
ほんの短い、穏やかな瞬間だった。
本物の繋がりを感じた。
そして――
その瞬間は、一秒にも満たない時間の後に、僕から奪われた。
静かな通りに、エンジンの轟音が響き渡った。
濡れたアスファルトから反射したヘッドライトが、僕たちの目を眩ませる。
車は少しだけ速度を落とした。
安全に通り過ぎるつもりなのだと思った。
――そう思った瞬間。
偽りの安堵が生まれた。
次の瞬間、エンジンが咆哮した。
運転手がアクセルを踏み込んだのだ。
車は歩道へ向かって、一直線に突っ込んできた。
考えるより先に、身体が動いた。
僕はハナを、その進路から突き飛ばした。
そして――
衝撃。
熱。
冷たさ。
息ができない。
僕はまた、最初の場所へと戻っていた。
地面に倒れ、血の味を感じながら、開いた車のドアから鳴り続ける警告音を聞いている。
「ケンジ……私まで轢いてたかもしれないじゃん」
「いや、心配すんなって。ちゃんと完璧に角度を計算してたからな」
その言葉を、もう一度聞いた。
今度は、直前の六時間の記憶が、すべて鮮明に残っている。
そして――
すべてのピースが、暴力的なほど明確に繋がった。
デートが自然に終わるよう仕向けたこと。
ケンジが僕たちを二人きりにしたこと。
車が一度減速したこと。
そして、その直後に加速したこと。
これは事故なんかじゃない。
――処刑だった。
そして、消えかけていた意識の最後の一瞬。
本当の動機が、霧の向こうから突き刺さってきた。
ケンジはハナを気にかけていたわけじゃない。
ダブルデートを楽しみたかったわけでもない。
あいつは、僕の口座のことを知っていた。
三年間、僕が取引を続けてきた口座。
そこには、あいつが今までの人生で稼いだ金よりも多くの金が入っていた。
しかも、その口座は、僕の友人たちが誰一人として尋ねようともしなかった名前で登録されていた。
まあ、当然だ。
どうして、そんなことを聞く?
部屋からほとんど出ないような男が、奪う価値のある何かを持っているなんて、誰が思う?
でも――
あいつは知っていた。
それが、すべての理由だった。
……お前、本当に友達だったんだな。
そんな奴だったなんて。
裏切られた怒りは、痛みよりも熱かった。
最後の、焼け付くような怒りの閃光。
そして――
僕の意識は、完全にアスファルトから引き剥がされた。
虚無の中を漂うこともなかった。
神に出会うこともなかった。
ただ、完全で絶対的な暗闇があった。
そして――
何もなくなった。
ここまでプロローグを読んでくださって、ありがとうございました。
この物語の主人公、ハルトの人生は、ここで終わりました。
……ですが、これは終わりではありません。
むしろ、彼にとっては――ここからが本当の始まりです。
彼がなぜ死んだのか。
なぜ転生することになったのか。
そして、転生した先で彼を待っているものとは何なのか。
これから少しずつ明らかになっていきます。
ハルトの二度目の人生が、どこへ向かうのか。
その答えを、ぜひ彼と一緒に見届けてください。
それでは、次の物語でお会いしましょう。
『転生の向こう側』を読んでくださり、本当にありがとうございます。




