楽譜
琴音が入院している間はいつも水江が看病に来ていた。
ある日のことだった。
水江は看病の時にりんごをむいていた。
「琴音の好きなりんごよ」
「ありがとう、お姉さん」
琴音は少し手を震わせながら口にほおばっていた。
「お姉さん、りんごが美味しい」
「そうでしょ。果物屋さんで買ってきたのよ。琴音がりんごが好きだと言っていたから」
「ありがとう」
一方、渡辺は理恵子から琴音の伝言を聞いていた。
琴音の様子が気になっていた渡辺は、お見舞いにでかけた。
水江が病室にいるかもしれない。
そう思いながらも、自分を慕ってくれる琴音を放っておくことができなかった。
手元には楽譜を持っていた。
渡辺は病院へ到着した。
病室の近くの廊下で水江と出会った。
「渡辺さん……」
「水江さん……」
時が一瞬だけ止まるようだった。
「どうしてここに……?」
「せめて、琴音ちゃんを元気づけようと思ってここに来ました」
「渡辺さん、琴音の気持ちを知っていますか?」
「それは……」
渡辺は静かに目を伏せた。
「もう、ここに来ない方がいいと思います。琴音を苦しめるだけです」
「そうですね……」
「ここで、私と琴音の前から去ってください……私たちの想いを知っているならそうしてください」
「わかりました……」
水江は涙を浮かべていた。
「もう……」
「水江さん、せめて、琴音ちゃんへこの楽譜を渡してください。それで最後にします」
「はい……」
水江は震える手で、楽譜を受け取り病室に入った。
渡辺は病院を後にした。
悩んだすえに、琴音のベッドのテーブルに楽譜を置いた。
琴音は何気なく、窓の外を見た。
そこには帰っていく渡辺の姿が目に入った。
「先生、どうして……? ねえ、お姉さん、先生が来たの?」
「うん、具合が悪いって帰っていったの……」
「お姉さんの嘘つき。どうして、どうして……お姉さんが先生を帰したのでしょ」
「そんなことないわよ……」
「だって、先生とお姉さんは……」
「違うわよ」
「もう、お姉さん、大っ嫌い。帰って」
水江は泣きながら帰った。
琴音も泣いていた。
そして、テーブルの上にあった楽譜に気づいた。
楽譜がある……
あ、先生……
琴音は楽譜を開いた。
楽譜には琴音へのメッセージが書いてあった。
琴音ちゃんへ
この曲を、琴音ちゃんが弾けるように少しやさしく書き直しました。
急がなくていいからね。
また、一緒に弾ける日を、先生は待っています。
琴音は枕に顔をうずめて泣き崩れた。
声が枯れるまで泣いた。




