第156話〜ビート・ロックハート〜
ブバスティス帝国を建国してすぐ、ブライが大臣に就任。
速読のアーツで国の重要書類に一通り目をとおしてくれた。
確認した旧王国・プリースの内情は『お粗末』の一言に尽き、王族と一部の貴族が利益を独占。
軍事力に頼りきり「無ければ奪えば良い」と言わんばかりの政治を続けていた。
特に、東の隣国スメリバ帝国への侵攻が激しく、エータとブライは、土地とそこに住む人々の返還を決定。
ただし、ブバスティス帝国からの提案として『ブバスティスとスメリバ、どちらに住むかは民に決めさせて欲しい』という一言を添えた。
というのも、スメリバ帝国は『亜人の差別』が激しく、亜人種の方々をそのまま返すと、奴隷としてその身を捕縛されてしまう可能性があるからだ。
スメリバ帝国は要求をすんなりと受け入れ、土地と多少の損害賠償金を払うことで納得してくれた。
「スメリバ帝国はまだ話が通じそうだな」
エータはブライに言う。
しかし、ブライの顔は明るくない。
「陛下。ここだけの話なのですが、プリース王国の先王とその妃を暗殺したのは、ほぼスメリバ帝国で間違いありません」
「マジか⋯⋯」
「はい。ですので、心を許さないようお願いいたします。人間至上主義をかかげる国ですので、亜人への差別も激しくあります」
「⋯⋯この世界は、もともと亜人種への差別が激しいんだよな?」
「そうですね。スメリバは主に重労働をさせており、勉学を禁止。さらに、神託を受けさせてもらえないので、亜人種は抵抗する術を持ち合わせておりません。ジーニアスは人体実験として利用。マクシトはその場で殺害するか、神事の生贄として使うことがあるそうです」
「⋯⋯⋯⋯」
エータの頭に、血管が浮きでてくるのを見たブライは、
「スメリバとジーニアスからは、出来るだけ亜人種の買い付けをいたしましょう。その二国はまだ融通がききますので」
と、提案してくれた。
彼の気遣いに心を暖めたエータは「あぁ、よろしく頼む」と、微笑んだ。
一人でも多くの亜人を助けねばならない。
そう固く誓うエータ。
「三ヶ月後に開かれる、ジーニアス魔道国の王女・マリュー・サイケゴゥル様主催のサミットのお誘いはいかがいたしましょうか?」
「亜人種のこともある。出席しよう」
「私も、それがよろしいかと存じます。では、手配はこちらで」
(マジで有能だな、ブライ⋯⋯)
高レベルのスピードラーニング。
本で得た知識ならば絶対に忘れないアーツ【書物完全記憶】。
それによる圧倒的な事務処理能力。
そして、善性。
ブライという有能な男が近くに居たにも関わらず、悪政を働いたハロルド。
彼に改めてあきれるエータだった。
――――――
ブバスティス帝国の地下にある巨大な闘技場。
そこは通路を作りかえ、国民たちの娯楽施設へとその様相を変化させていた。
王家の隠し通路は一部公表しないまま、緊急時の退路として確保。
一般用の入口を改めて作成。
入場料をとってライブやイベント、劇などをするスタジアムに作りかえたのだ。
特に、建国後すぐに開かれた『ブバスティス帝国・闘技大会』は大きな盛り上がりを見せ、幼少の頃より何度も死線を越えてきたビート。
そして、ミノタウロスの群れから里のピンチを救ったクロウガがワンツーフィニッシュ。
ブバスティス帝国の強さを見せつけるカタチとなった。
「よもや拙僧が負けるとは⋯⋯」
片膝をつき、肩で息をしながらクロウガは告げる。
「これだけは譲れねぇからな⋯⋯。まぁでも、本当の殺し合いだったらどうなってたかわかんねぇけど」
闘技大会での真剣の使用は禁止。
なので、クロウガはクロノハバキリを使えないハンデを負っていた。
「いえ、勝負は勝負。まぎれもなくビート殿の勝利です」
そう言って立ち上がり、右手を差しだすクロウガ。
「へへっ! サンキュー! またやろうぜ!」
二人は固く握手を交わした。
大歓声の中、優勝したビート。
彼はこの大会の賞である騎士団長の地位につき、クロウガはエータの懐刀、近衛騎士長として傍に仕えることとなった。
この大会は国民の日頃のストレスを発散させるのが主な目的なのだが、新しくできたブバスティス帝国の『みんなの強さ』を測るという思惑もあったのだ。
その兼ね合いもあり、ビートはスピード出世。
誰からも文句を言わせず、爵位と領地を与えられることとなった。
――――――
ビートが正式に騎士団長となる日。
いつもと違う正装をした赤髪の少年を、玉座にすわるエータがニヤニヤとながめている。
(うっぜ〜!!)
内心ビートはイラつきつつも、ドロシーに習った付け焼き刃の作法でエータにかしずく。
「ブバスティス帝国・皇帝、エータ・ミヤシタ・ブバスティスの名のもとに。汝、ビートに『ロックハート』の家名と、ロックハンマーの領地を与える」
「えっ? それって」
ほうけるビートに、エータは優しくほほえんだ。
そう、それはビートの父。
ダストン・ロックハートの家名と、彼の生まれ育った大地。
「ありがたき幸せ⋯⋯今後も国の発展のため、尽力いたします」
そう言って頭を下げるビートの目からは、大粒の涙がこぼれていた。
――――――
爵位を得てからしばらくして⋯⋯。
ビートと共にロックハンマーの地へとおもむいたドロシー。
そのお腹の中には、二人の可愛い命が宿っている。
丘から見下ろすロックハンマーの大地は、一面に広がるギコム畑により黄金に輝いていた。
どこまでも、どこまでも。
「前にブライが言ってたのはこれか」
ビートはウチコ領で話していたブライの言葉を思い出していた。
「美しいですわね⋯⋯」
風になびく髪をたくしあげながら、ドロシーはつぶやく。
ビートはそんな彼女の横顔に見蕩れた後、そっとドロシーのお腹を撫でた。
「元気に産まれてこい。お前にも見せてぇからよ」
自分のお腹に呼びかけるビートを見ながら、ドロシーは二人が愛を育んだ日のことを思い出していた。
――――――
付き合いはじめてすぐの頃。
鬼の住処にてビートと暮らす事にしたドロシー。
エータに作ってもらった大きなベッドの端っこで、彼女はビートに背を向け、隠れて涙を流していた。
夜になると、あの日の出来事を思い出してしまう。
みんなを守るためとは言え汚い男に奉仕した、あの日のことを。
「ドロシー?」
ビートはすぐに異変に気づいた。
「んー? なんですの? ビート」
彼に背を向けたまま、とぼけるドロシー。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
ビートは彼女を後ろからギュッと抱きしめた。
彼女のひんやりとした体に、熱を伝える。
「なぁ、ドロシー。こっち向いてくれないか?」
「⋯⋯わたくし、もう寝ますから」
「頼むよ」
「⋯⋯⋯⋯」
ドロシーはサッと涙をぬぐい、彼のほうを向いた。
「なんですの?」
ビートはじっと彼女の目を見つめ、唇を重ねようと顔を近づける。
サッとそれを避けるドロシー。
「すみません。いま、そういう気分じゃありませんから」
そういう彼女を無視して、ビートは強引にドロシーの唇を奪う。
「――――ッ!」
思わずビートを押しのける。
「ビート! 見損ないましたわ! わたくし、嫌だって言ってますのに!」
そんな彼女の両手をビートはぐっと掴み、上からおさえこむ。
「イヤ! やめて!!」
あの日の出来事がフラッシュバックし、激しく動揺するドロシー。
そんな彼女を後目に、ビートは告げる。
「ドロシー、俺を見ろ!!」
ドロシーはビクリとし、ギュッと閉じた目をおそるおそる開いてビートを見る。
そこには、最愛の赤髪の少年がいた。
「ドロシー⋯⋯大丈夫だ」
彼の目は、自分のことを心から心配してくれているであろう、悲しくも優しい瞳をしている。
「忘れさせてやる。全部、俺に任せろ」
そう言うと、ビートの目が力強い眼差しで近づいてきた。
「ビート⋯⋯」
彼から目が離せないドロシーは、そのまま彼の唇と、その全てを受け入れた。
――――――
(ホント⋯⋯むちゃくちゃなんですから)
それを思い出したドロシーは、ビートに優しくほほ笑んだ。
ビートは立ち上がり、ドロシーに問う。
「なぁ、この丘にお城建てねぇ?」
「えっ?」
あまりにも急な提案。「約束、しただろ?」そう言って、ほおをかく彼。
「ビート⋯⋯」
ドロシーの心の底から、じんわりと暖かい光のような物があふれる。
「はいっ!!」
二人は丘の上で抱きしめ合い、そして、キスをした。
爽やかな風が二人を優しく包む。
ロックハンマーの大地が二人を祝福しているようだった。




