第155話〜ブバスティス帝国・建国〜
ビートが生み出した魔狼が直撃したオリオン・バークライト。
彼が肉塊となり空中から落ちる際、一筋のアーツドライブが放たれていた。
――毒蛇鞭――
マナで作られた紫色のヘビの鞭。
それが彼の身体を絡めとり、貴族街の庭園にいるビュフィムの元へと導いた。
その肩には、ロウル姫が担がれている。
「不器用なんだから⋯⋯」
ボロボロになったオリオンを小脇に抱えて、ビュフィムは言う。
「王家の隠し通路は外にも繋がってるはず⋯⋯とにかく、逃げなきゃね」
そう言って、庭園にある吹きさらしのティースペース、ガゼボのテーブルとイスの下にある隠し通路へと入るビュフィム。
「この二人がプリースの妄執から脱するなんて思っちゃいないけど⋯⋯」
二人を抱えてのっしのっしと地下道を歩く彼の目には、希望の光が灯っていた。
「でも、死んだらそこで終わりよ。泥水すすってでも生きなきゃね」
エータたちの元へ行けば、罪を精算し、明るく真っ当な未来が約束されていたであろうビュフィムは、暗い地下道を進む。
その両腕に、自らの罪を同じくする者を抱えて。
彼らを逃がすのは、彼の矜恃に他ならない。
「いつか返しに行きましょう。私たちが食いものにしてきた、すべての人たちに⋯⋯。罪をしっかりと償って⋯⋯。一緒にどん底まで落ちてあげるから⋯⋯」
怯えたオークの瞳、殺してきた数々の命。
彼らの断末魔が脳裏にこびりついて離れない。
罪の重さに苛まれるビュフィム。
彼はしっかりとその『罪』を抱え、
地下道の闇の中へと消えた。
――――――
コクシ歴2026。7月1日。
ブバスティス帝国・建国。
初代皇帝・エータ・ミヤシタ・ブバスティス。
16歳で、コクシ大陸の4分の1を占める大国を統べる王となった。
エルフである正妻、フィエルの風のチカラを使い、首都・パイナス改め、首都・ブバスティアに、政見放送をおこなう。
ブバスティアはエータのアーツにより、パイナスの頃よりも綺麗に整備され、貧民街⋯⋯果ては、スラム街までも新築の住宅がずらりと並んでいる。
飛び散ったスライムもすべて回収し、重傷者は出たものの死者はゼロ。
余談だが、倒したスライムは非常に強力なポーションの材料になることが判明し、後々、ジーニアス魔道国に高値で売れることが決まっている。
さて、そんな戦の爪痕が回復したブバスティスの国民たちに、エータはいままさに呼びかけんとしていた。
「本日、正式にこの国をブバスティス帝国とし、この地を首都・ブバスティアとする。初代皇帝・エータ・ミヤシタ・ブバスティスが約束する。この国を、人種の壁にとらわれず、未来永劫に栄えつづける理想郷とすることを」
その言葉を、国民たちは固唾を飲んで見守っている。
「まずは、この十日間に作ってもらった戸籍により、みなの家庭環境や収益から税の見直しをした。まだ計算が終わっていないが、国民の八割の者が、半分以下になる見通しだ」
大きくザワつく民衆。
「は、半分だって!?」
「本当かよ!」
「それだけ下がれば、食うに困らなくなるが⋯⋯」
「でも、国力が落ちるんじゃねぇのか? 他国が報復で攻めてきた時に、国に金が無かったら⋯⋯」
希望を持つ者がほとんどだったが、中には不安の声も。
「国が貧しくなるのではないか、と思った賢い者も居るだろう。その点は安心して欲しい。俺は、月女神バスティ様から『アイテムボックス』なるアーツを賜っている」
「伝説のアーツを⋯⋯」
「この街を直したときに使ってたアレか」
「炊き出しの時に見たわ」
「ホンモノのバスティ様の使徒」
「みなの衣食住は、完全に保証されたと言ってもいい。ただ、目下、解決しなくてはならない問題がある。それは⋯⋯」
(((それは⋯⋯!)))
全員が、エータの言葉を待つ。
「畑が全然足りてねぇぇぇえ!!」
ん?と、首をかしげる国民たち。
そんな民衆を後目に、エータは感情をあらわにし、話し続ける。
「軍事国家かなんか知らねぇけどよ! 食えねぇモンばっかに投資しやがって! あのバカキングのハロルドが! 戸籍で管理してわかったけど、国民の数に対して食料が全ッッ然足りてねぇんだわ!!」
そして、エータは「ふぅ⋯⋯」と、深呼吸をして言う。
「だから、仕事がない貧民街やスラム街の人⋯⋯そして、亜人種のみんな。大々的に農業を開始するから、そこで働いてくれ。給料は国から出す」
今なんと言った?
仕事をくれると言ったのか?
まさかの言葉に、ほろりと涙を流す、たくさんの人々。
「ハロルドが溜め込んでた意味のない宝石類は全部他国に売り払うから。これでしばらくはしのげる。スメリバ帝国からギコムの買い付けをしてもらうよう話も進めてる。⋯⋯この間たおした青いドロドロも、ジーニアス魔道国に高く売れることが決まったしな。海が近いから、アイテムボックスで漁業も出来るだろう。だから、冬までにはかならず間に合う」
エータはガリガリにやせ細った人々の方を向いて、拳をにぎり、噛み締めるように力強く言った。
「誰も死なせない。いや、死なせないどころじゃない。みんなが腹いっぱい食えて、学びたいヤツは学べて、なりたい物になれる。そんな国にする⋯⋯約束するよ」
そんな夢物語のような国が本当に実現可能なのか?
不安を見せる人もいる。
しかし、エータを見るほとんどの人が、彼の言葉を信じているようだった。
「そんな訳で、国に雇われて畑をたがやしたい人は、後で王城まで来るように! それと、無理やり兵士にさせられてた人たちは、モンスターの討伐から街の雑務まで請け負う派遣社員⋯⋯『ギルド』って会社を作るから、そこに所属するか、そのまま退役して別の仕事につくか決めておいてくれ!」
エータは綺麗にならんだ王国騎士団のほうを見る。
「騎士団の人たちも同様だ! プリース王国にまだ愛国心があるヤツも居るだろうからな! 俺の下に付きたくないヤツはギルドに入れば良い! そこは国から独立してる自由部隊だ! お前たちの好きにしろ!」
騎士団は「そんなまさか⋯⋯」と、顔を見合わせた。
国民たちのザワつきも大きくなる。
「あ、愛国心って⋯⋯処罰しないのか?」
「皇帝陛下は反乱が怖くないのかよ」
「プリース王国時代の重役の人々はどうなるんだ」
「近衛騎士なんて、全員さらし首だろうに」
そんな彼らの考えとは裏腹に、エータの決断は甘い。
いや、『甘さ』を通り越したものだった。
「ハロルドと懇意だった貴族たちにも、特に処罰は決めてねぇ。いままで通り、領地を運営してくれ。国が保有していた土地と、オリオン騎士団長がおさめてたロックハンマー地方はもらうけどな! ただし、『居住の決定権はそこに住む人たち』に与えるから、悪政をしてたら領民が居なくなるぞ。健全な領地運営頑張れ!」
一気に不安が加速する国民たち。
「そんなの、プリース王国を取り戻そうとする人達がすぐに革命を起こすじゃない⋯⋯」
「戦争が無くなっても内乱の火が消えないんじゃ意味がねぇよ」
「内々で争うほうが悲惨なことになるぞ」
この反応は想定済みである。
彼らを安心させるため、エータはアイテムボックスからウォーハンマーを取り出した。
「いま、きっと不安に思った人が居るだろうな。中には貴族同士で結託して、俺のことをすぐさま暗殺してやろうなんて考えてるヤツも⋯⋯。でもな、やれるモンならやってみろよ」
エータの隣に、ビートが立つ。
そして、二人はマナを解放し、国が揺れるほどのエネルギーを放出しはじめた。
「いっちょかますか、エータ」
「あぁ。俺たちに楯突こうなんて、思わなくなるくらいな」
二人は目から真っ赤な光を漏らし、背中に高速回転するマナの円環を作りだす!
「な、なんだ!?」
「世界が、揺れてる!?」
「おい! 皇帝陛下の身体が!!」
「背中のアレはなんだ!?」
月光のような白、血のような深紅。
二つの光が、さらに輝きを増していく。
――凱竜天――
――牙狼穿――
放たれた二つのアーツドライブは、螺旋を描きながら天へと登っていく。
そして、それはブバスティス帝国全土に響くような音を鳴らしながら大爆発。
遠方からエータのことを見に来ていた辺境伯たちは、目が飛びでそうなほどに驚愕していた。
人間業ではない。
もし、戦場でアレを放たれたら終わりだ、と。
「俺は国民を命懸けで守る。亜人の奴隷であってもだ。理想郷を邪魔するヤツには容赦しない」
エータはまるで魔王のように、目から赤い光を漏らしながら言い放った。
「一度しか言わねぇぞ。プリース王国で作った罪はゆるそう。だけどな、ブバスティス帝国で作った罪はゆるさない」
――肉片ひとつ残さず、血族もすべて根絶やしにしてやる。
あわよくばエータの首を取り、正義の名の元に王座を得ようと考えていた貴族たちは、一斉に考えを改めた。
(((これは無理だ)))
と。
脅しも済んだところで、エータはビートに下がってもらい、お待ちかねの王女紹介タイムへと入る。
「怖がらせてごめんな。さぁ、ここからは気分を変えて花の紹介だ。俺には、三人の妻がいる。国の未来を共に創る大切な人たちだ」
美しいドレスに身を包んだ、フィエル、ディアンヌ、イーリンがならぶ。
その姿を見て、またしてもザワつく民衆。
「お、おいあの耳って⋯⋯」
「エルフ、だよな?」
「番になったら死ぬんじゃなかったか?」
「すごく小さい子も居るわね、ドワーフ?」
エータはひとしきり、民衆のざわめきを感じた後。
ゆっくりと口を開いた。
「エルフであるフィエルを見て、驚いた者も居るだろう。そうだ、エルフと人間は結ばれない。しかし、俺たちはそれを克服した。詳細は教えられないが⋯⋯」
エータがそう言うと、フィエルが顔を赤らめながら「当たり前だ! バカッ!」と、つぶやいた。
エータはぽりぽりと頭をかき、
「とにかく、俺たちは大丈夫だ。安心して欲しい。そして、亜人種との架け橋のために一緒になったわけじゃない⋯⋯」
エータは、そっとフィエルの手を握る。
「お互いに、自然と愛し合ってこうなったんだ。そこはしっかりとみんなに伝えたい」
その様子を、亜人の奴隷たちは信じられないと言った顔で見ていた。
「人間とエルフが⋯⋯?」
「自然とって言ってるけど、どうだかな⋯⋯」
「さすがに政治的な意味合いで結婚したんだと思うぞ」
そんな彼らに向かって、一人の女性のエルフが口を挟む。
「彼らの言葉は本当よ。私、この目で見たの⋯⋯」
「見たって、何をだよ?」
その言葉に、エルフの女性は「フフッ⋯⋯」と、笑って答えた。
「愛よ」
彼女の瞳は、ビュフィムの操っていたオークと同じ輝きを放っていた。
――こうして、ブバスティス帝国は無事に建国された。
悪政は無くなり、戦争も終わり、食料自給率は高くなり、物価も落ち着いた。
ハロルドによるステータスの恩恵は無くなった物の、エータが皇帝みずから開墾を手伝ってくれ、農家の数が増えたことにより、国民の就労時間と負担はむしろ減少。
大切な者と幸せに過ごすための裕福さと時間を得た彼らは、つかの間の幸福を得たのだった。
だが、彼らは知ることになる。
この世界には、まだまだ人間の悪意がひそんでいることを。




