第144話〜引き継がれなかった想い〜
ハロルドとエータが死闘により、ガラガラと崩れ落ちる王城。2000年の歴史を誇るパイナス城はもはや見る影もない。
エータはウォーハンマーを振り、ハロルドは魔武具【聖王冠】【王之威厳】を駆使し、マナを増幅させ、鋼の拳でそれをさばいていた。
王冠とマントはそれぞれ魔素強化と身体強化をハロルドに付与しているようだ。
ハロルドの身体はどんどんと大きく、さらに隆起していた。
それは4メートルに及びそうなほど⋯⋯!
「お前⋯⋯人間か?」
人外へと変貌しつつあるハロルドに向かって、エータは冷や汗をかきながら告げた。不気味。あまりにも不気味すぎる。
「我は、『王』だ! このコクシ大陸を統べるべき! 『王』だ!!」
人間を超越したと言いたいのであろうハロルドは、エータの問いに下卑た笑いを返している。
魔武具はハロルドと共に巨大化。
どうやら魔武具は使用者のマナに反応し、その形すらも変えるようだ。
ハロルドは上体をぐぐぐとひねり、右手にマナをこめ始めた。攻撃の準備であることは明白。
「器じゃねぇんだよ!」
エータはそう叫ぶと、もう一度ウォーハンマーにマナを込める。その真っ直ぐな『想い』と共に。
両者の身体、そして空間に、バチバチと電流のようなマナが流れる。
――凱竜天成――
ウォーハンマーから放たれる体高5メートル、全長数十メートルもあるマナの龍!!
それを見たハロルドは「待ってました」と言わんばかりにニヤリと笑った!
――押収――
亡き英雄ダストンと、エータの誇りが乗った龍。
それが力でねじ伏せられるように、マントの中へと吸収されていく。ハロルド王が民衆にしてきた行いのように⋯⋯!
「なに!?」
苦しそうに消えゆく龍。
エータがうろたえた、次の瞬間!!
――凱竜天成――
ハロルドがひらりとマントをひるがえすと、なんと先ほどエータが撃ったアーツドライブが飛び出した!
「おいおいおい! ウソだろ!?」
まさかの事態に危機的状況へと陥るエータ。
いま彼は、戦闘能力やステータスを大きく落としている。
と言うのも、逃げてきたプリースの民衆をモンスターや敵兵から守るため、戦闘部隊にジョブやアーツ、スキルを返しているからだ。
「迅速だけでも借りておくんだった!」
そう思っても時すでに遅し!
何かを借りようとウィンドウで選んでいる時間はない!!
エータが大ダメージを覚悟した、その刹那。
――ピコンッ!
聞きなれた電子音が脳内に流れた!
――――――――――――
スピルドが屈服しました。
【飛脚】
【身体強化】
【蹴撃特攻】
を、獲得します。
――――――――――――
「うおっ! なんだ!?」
――全速脚――
すんでのところで龍を回避するエータ。
「あ、あぶねぇ〜! うわぁ、ピグリアムのだいっきらいなアイツのアーツかよ⋯⋯」
エータは心底イヤそうな顔をしながら「まっ、いっか。サンキュー」と、足を地面にトントンと打ち付けた。
前任者はクズであるが、アーツに罪は無い。
ありがたく使わせてもらおう。
そう思いながらエータは、アーツの感覚を身体に馴染ませていた。
「貴様⋯⋯さっきからおかしいな。いくつアーツを持っておる。お前のジョブはなんだ?」
城に侵入したときは魔道士、ここに来てからは重騎士。
そして、いまの回避は飛脚。
どう考えても普通ではないエータに、ハロルドは疑問をぶつけた。
「お前、記憶力ねぇな」
エータは「ふぅ⋯⋯」と、ため息をつく。
その姿にハロルドはイラつきながらも、エータの返答を待った。
「ずっと言ってんだろうが」
エータは遠距離攻撃をやめるため、足に大量のマナを込める。
それは瓦礫を吹き飛ばすほどのエネルギーとなって、ハロルドに突撃するための推進力へと変化した!
「俺は! 皇帝だ!!」
――破竜槌――
ハロルドの顔面へと向けられるウォーハンマー。
青白いマナが愚王の顔面を潰さんと襲い来る。
「皇帝だと!? ほざけ!!」
――王之遺産――
とっさに脇を閉めて構えたハロルドの拳に、黄金のマナが分厚く纏われた。両者のアーツドライブが激しい光を放ちながら拮抗する!
「皇帝とは、王の中の王! 種族を超え、すべてを支配する統治者の名だ!! 貴様が皇帝であるはずがない!!」
ハロルドはグググッと、ウォーハンマーを押す!
長年プリースを統治してきた彼の矜恃の為せる業だ。
「支配⋯⋯? 何度言えばわかるんだ、ハロルド⋯⋯!」
どこまでも傲慢なハロルドの物言いに、エータの目から真っ赤な光が漏れはじめる!
「人に優劣も! 上下も無ぇ!!」
そして、背中に月光の輝きを放つ『あの円環』が現れた!
「『自由』だって言ってんだろうがぁぁー!!!!」
円環からブースターのようにマナが吹き出す。
どんどんと身体をのけぞらせていくハロルド。
体躯に大きな差があり、ハロルドの方が有利なはず。
だが、エータのパワーは全てを覆し、ハロルドの巨体を圧倒する。
「ぐぅぅぅ!! なぜだ⋯⋯! 我が民たちから⋯⋯生命に関わるほどのステータスを集めたと言うのに⋯⋯!」
「なんだと⋯⋯!」
プリース王国から逃げなかった十数万人の国民、捕虜の街にいる『まだ愛国心を忘れていない人々』。辺境に住み、いま王都でなにが起こっているのか知らない人々。
そのすべての人達が、干からびるようにその生命の灯火を吹き消されようとしていた。
絶対王政とは、富国強兵を反転させるアーツドライブ。
つまり、国民全員の能力をハロルドに集める物なのだ。
――この愚王は、それを限界まで使用した。全てのステータスの強制的な徴収。そこには、生命力も含まれている。
「ブバスティス帝国とはなんなのだ⋯⋯? なぜ我はかなわぬ⋯⋯! 貴様のどこにそんなチカラがあると言うのだ!!」
次々に疑問をぶつけるハロルドの言葉など耳に入らないエータ。彼の心の中は、この愚王への憎悪が渦巻いていた。
――許さねえ⋯⋯!
日々を懸命に生き、国に属し、真面目に生きる人々。
彼らから故郷を奪い、自由を奪い、重税をかし。
あまつさえ、くだらないエゴで生命までも脅かす。
あぁ、ダメだ。
一度でも、話し合いが通じるのではと。
高圧的にやりすぎたかも、などと。
思うべきでは無かった。
こいつのせいで、世界がおかしくなったのだ!
こいつのせいで!
バスティ様は傷ついているのだ!!
――お前、自分が何やってるかわかってんのか?
血管が切れてしまいそうなほどに激昂したエータは、世界を呪詛で包んでしまうほどの怒気を込めてハロルドに問うた。
しかし、愚かなハロルドは「な、なんの事だ?」と本当にわからない様子である。
「お前の都合で、この国の人々の命を脅かして言い訳がないだろ!!」
「なにかと思えばそんな事⋯⋯! 安心しろ、高貴なるラ・プリースの血からは奪っておらん! 国とは、我らの血さえあれば続くのだからな! 国のために平民が犠牲になるなど! 日々おこなわれている事、当たり前のことであろう!!」
火に油。ハロルドが口を開けば開くほど、エータの身体を包むマナがさらに大きくなっていく。怒りと共にボルテージが上がっていくマナの奔流。
「お前⋯⋯なんで自分が押されてるかわからないって言ってたよな⋯⋯」
「ぬぅぅぅ⋯⋯!」
「これは『俺のチカラ』じゃねぇからさ⋯⋯」
「なに⋯⋯? そ、それでは我となにが違うと⋯⋯!」
この後に及んでまだわからないと言った様子のハロルド。
絶望と共にその身体に叩き込んでやるため、エータは背中の円環のマナをウォーハンマーへとそそぎ始めた。
「全然ちげぇよバカヤロー! 俺のこのチカラはな! 『みんなが望んで』俺に貸してくれたチカラなんだ!!」
金属がぶつかり合うような音を出しながら両者は間合いを取り、もう一度マナを練り始めた。
「貴様、本当にバスティの使徒⋯⋯! ありえん! 天環術を使いこなしておるのか!?」
エータは「はぁぁぁぁ!!」と、地面が浮き上がるほどのマナを込めている!
円環の回転はさらに速度を増し、エンジンをフルスロットルさせたような音が辺りに響いた!!
「ぐぬぅぅぅ! なぜプリースの血ではなく貴様が選ばれたのだ! なぜ!! なぜだ!!」
ハロルドは上体をひねり、全身全霊をかけて最後のアーツドライブの準備に入る。
ギチギチと筋肉が悲鳴をあげ、マナが高圧電線に触れたような音を出して弾けつづけた。
「跳ね返せるモンなら跳ね返してみやがれ! お前が踏みにじってきた、すべての人の想いを!!」
「わ、我は!! 王国を!! 民を!! この血をぉぉ!!」
両者が最後の一撃を放つとき。
エータの背中に亡き英雄ダストンの影が重なるのが見えた。
「だ、ダストン!?」
ハロルドの心は大きく乱れた。
この国を正しく導いてくれるであろう頼れる男。
『王国の発展』を願う自分の前にあらわれた『愛国心』を具現化したような存在。保身や野心のために近付いてくる者共とは違い、ただまっすぐに、ただ正しいことだけを。
ノドから手が出るほど欲しかった男がいま!
目の前にいる!
世間知らずな若輩者の背中に!
自分への明確な殺意をもって!!
「お、お前も我を受け入れぬのか!」
――そう叫ぶハロルドを見つめるダストンの瞳からは、一筋の涙が流れていた。
それは、ハロルドへの憎悪、失望、疑念。
そして、自らの手で決着をつけねばならないという覚悟。
なぜ、歪んでしまったのか。
なぜ、正しく居てくれなかったのか。
なぜ⋯⋯。
なぜ自分が、愛する国の王を討たねばならないのか。
悲しい、悔しい。
しかし、その想いもすべて。
エータの身体を借りてぶつけると、ダストンは決めた。
あの日、愚かにも惨殺してしまった一家の感触。
それを忘れないように。
祈るように、願うように。
もう、この先。
自分と同じ想いをする人が現れないようにと。
「「うおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!」」
エータとダストンの声が重なった。
いつ爆発するかわからないほどの超高圧縮されたマナが、ダストンの人生を支えたウォーハンマーを通して放たれる!
――凱竜王・天成――
月光の輝きを放つ体高10メートルを超える龍が、ただひとつ『ダストンの愛国心』を連れ、大口を開けてハロルドに襲いかかった!!
「ぐぬぅぅぅ!!」
――王族之系譜――
ハロルドも負けじとアーツドライブをはなつ!!
拳のカタチをした巨大なマナの塊が放たれた!!
だが、巨龍はハロルドのその『誇り』ごと喰らいながら進む!!
いとも簡単に!!
「な、なぜだぁぁぁぁあ!!!!」
襲い来る『死』を見ながら、ハロルドは亡き先代の王の言葉を思い出していた。
――ハロルド、なぜコクシ大陸は四つの国に分かれておるのだろうなぁ。我はな、一度見てみたいのだ。千年前、この大陸に住む、すべての者がプリース王国の民であったという、その姿を。
幼きころのハロルドは、その言葉を真摯に受けとめた。
そして、願ったのだ。
ただ、純粋に。
すべてを背負い、すべてを一つにと。
月女神バスティはそんな彼の願いを聞き入れ、チカラを与えた。
彼の悲劇は、先代の王が若くして母親と共に暗殺されたこと。
そのせいで、先代の王の『真意』を読み違えたこと。
そのままハロルドが王になってしまったこと。
⋯⋯そして、彼の周りに『腐った貴族』しか居なかったことだ。
導き手の居ない未熟な統治者。
先代の王の『みなで手を取り合う』という想いは抜け落ち『大陸統一』は『支配』として、実行されてしまった。
齢十にして、権力争い、静かな内政干渉、裏社会の波。それらに飲まれたハロルドは純白な魂を穢されてしまった。
だが、そんな彼の悲劇はエータには届かない。
もう助かることは出来ない。
取り返しがつかないところまで。
ハロルドは来てしまったのだから。
「ぬぅぅぅぅぅおおおぉぉぉぉおお!!!!」
4メートルまで巨大化したハロルドの肉体を、巨大な龍がその身を噛み砕かんと天へと導く。
「押収! 押収!」
必死にエータとダストンのアーツドライブを吸収しようとするが、二人の想い⋯⋯。いや、ブバスティス帝国のすべての人の想いが乗ったその龍は、ハロルドの手にはおさまらない。
「がぁぁぁぁぁぁぁああ!!」
ハロルドは牙が足の裏から甲へと貫通しながらも「食べられてなるものか」と、両手両足にチカラを込める。
だが、そんな抵抗は全て無意味だ。
「なんで! どうして! なにがダメだったのだ! なにを間違えたのだ!! 誰か、誰か教えてくれぇぇぇええ!!!!」
――お父様ぁぁぁぁぁあああ!!!!
その身を王国のプライドごと噛み砕かれたハロルドは、二千年の伝統を持つプリース王国・首都パナイス上空にて、巨大な龍と共に爆発四散した。




