第142話〜Shall we dance?〜
闘技場の真ん中に咲く、血のような薔薇。
ロウル・ラ・プリース第一王女。
金髪の縦ロールを揺らし、紅いドレスと扇子が、舞うように彼女を彩っている。
美しい見た目とは裏腹に、その笑顔は狂気そのものと言った様相で。ドロシーとアイチェはそんな彼女を遠く見つめていた。
「素敵な笑顔ですわね、さすがこの国を象徴する第一王女殿下ですわ」
ドロシーはにっこりと笑みを浮かべ、ロウルに呼びかける。
「あら、ありがとう。伝統ある高貴な血がながれていることを誇らしく思いますわ。ところであなた、どこの肥溜めの産まれかしら?」
顔は笑いつつもバチバチと火花を散らす両者。
(こ、怖いッス〜!!)
そんな二人の間に、ごくごく普通の狸人の少女がひとり。
泥沼の女の戦いに巻き込まれていた。
「そこの雑草はなかなかやりそうですが、あなた⋯⋯」
ロウルがアイチェのほうを向く。
そして、ハンッと笑いながら、
「根無し草⋯⋯。いや、浮草かしら? 死にたくなければ隠れていなさい。あとでかくれんぼに付き合ってさしあげますから」
アイチェは槍を構え、キッとロウルをにらみつける。
「な、舐めないで欲しいッス! 私だってブバスティスの戦士ッスよ!!」
彼女がそう言うやいなや、ロウルは魔武具『紅孔雀』を構え、熱風を飛ばしてきた!
――鳳仙花――
ドロシーとアイチェの間を割くように、炎が駆け抜ける!
「あつっ!」
アイチェが熱にひるんだ、その瞬間。
「ほら、弱い」
突然、目の前に現れるロウル。
――鬼灯――
真っ赤な拳がアイチェの脇腹に向かう!
「んんー!!」
アイチェは咄嗟に、足を曲げてガードした!
その足には海魔石で作られた魔武具。
ジュゥゥと鉄の焼けるにおいを発しながらも、ロウルのアーツドライブは、その爆破のチカラをかき消されたようだ。
「へぇ⋯⋯」
ロウルはそのまま腕力のみでアイチェを飛ばす!
アイチェの細い身体はコロシアムの鉄柵に叩きつけられた。
「装備は一級品ですのね、でも⋯⋯」
ロウルはまたしても紅孔雀を構えた。
「中身が浮草ではねぇ!」
――鳳仙花――
空気さえも焦がすような熱風がアイチェに向かって吹き荒れる!
――風切羽――
ドロシーの回し蹴りにより発せられた風が、炎の軌道を変えた!
「さすが雑草。レディらしからぬ力強さですわ」
ロウルはお上品にころころと笑っている。
「お生憎様。わたくし、ただ守られるだけの女じゃありませんの」
ドロシーは美しくビッと足で空を蹴ると、ロウルに向けて戦闘の構えをとった。
「旦那様と共に未来を切りひらく。戦う淑女ですわ!」
にやりと笑みを浮かべ「ごめんあそばせ?」と、挑発するドロシー。
ロウルはパンッと紅孔雀を閉じ「でしたら⋯⋯」と、突撃の構えを取る。
「切りひらいて見せなさい。このロウルチャンを倒せるならね!」
ロウルは足のマナを火炎に変え、爆風にのって襲いかかってきた!
――紅牡丹――
思いがけないスピードのロウルに、ドロシーは咄嗟に上段蹴りをロウルの顔面へと向ける!
ロウルはそれを左腕でガードすると、ドロシーのお腹に思いきり蹴りを喰らわせた!
「ぐっ⋯⋯!!」
ドロシーはすべてのマナをお腹に集中させる!
「派手にトびなさい」
――紅牡丹――
コロシアムの観客席まで、金網を貫通して吹き飛ぶドロシー。
彼女は自らの身体が傷つくのをいとわず、ひたすらお腹だけにマナを集中している。
そんな彼女を見てロウルは「なるほどなるほど」とニヤリと笑った。
「お腹にあの赤いオオカミの子が⋯⋯」
そう言ってクスクスと笑ったロウルは、苦しそうに倒れるアイチェとドロシーを後目に、モンスターたちと戦うビートとシロウの方へ視線を向けた。
「愛する人との恋愛物語⋯⋯」
バッと扇子を開き、顔を隠すロウル。
「それは美談として語られますが、ロウルチャンにはピンと来ませんわ。だって⋯⋯何千、何万と同じことを繰り返してきたのでしょう?」
彼女は汚らしい笑みを浮かべた。
「それはもはや日常。退屈ですわ⋯⋯」
――悲劇こそ、この世を彩るスパイス。
もはや立っているのもやっとのビートとシロウは、この世のモノとは思えない殺気に背筋を凍らせた。
「なん⋯⋯!」
「まずい!」
――鬼灯――
モンスターへとその狂気の拳を向けるロウル。
「やめろ!!」
ビートは、自らの身体を盾とした。
「ほらね、美しい物語の完成⋯⋯」
大きな爆発と共に吹き飛ばされるビート、それを壁に叩きつけられまいと、シロウが最後のマナを込めてキャッチした!
「ビート殿⋯⋯しっかりするでござるよ!」
ビートは口から大量の血を吐きだし、気絶している。
一昼夜、狂ったように襲いくるモンスターを傷つけまいと手加減をしながら戦い続けた彼は、とうの昔に限界など超えていた。
アイチェとドロシーは、上体を起こしながらそれを見つめる。
「ビートくん⋯⋯」
「ビート⋯⋯」
そんなブバスティスの面々を見ながら、ロウルは身をよじり高らかに笑った。
「素晴らしい⋯⋯ですわっ!!」
そして、アイチェとドロシーに向かってさけぶ。
「あなた達、良い殿方に恋をしましたわね!」
その一言に顔を真っ赤にするアイチェ。
「ちょ!!」
その姿を見ながらドロシーは(いや、アイチェ。バレバレだと思いますわよ)と、心の中で突っ込んだ。
「ビート? と、シロウ? と、言うのですか? このお二方、な〜んでロウルチャンに捕まったと思います〜?」
ロウルチャンは扇子で口元を隠しながら言った。
「ロウルチャンが『女』だから、ですわよ」
彼女の顔は口元こそ隠れては居るが、その目元から『どれほど醜い笑顔を浮かべているのか』を如実にあらわしていた。
「フフッ⋯⋯シロウとかいう兎の亜人は、スキルドライブにマナを込めるのが遅れましたし、ビートとかいう赤いオオカミは、アーツドライブを撃つのを一瞬、躊躇しました」
彼女はゲスな笑みを浮かべ、高らかに話し続ける。
まるでミュージカルのように。
「な〜んて素敵な殿方なんでしょう!? 顔も良いですし! ロウルチャン好みの、高潔で強い精神をお持ちの方々ですわ〜!」
「あなた⋯⋯!」
「ゆ、許せないッス⋯⋯」
「ロウルチャンはね、心の強い方が大好きなんですの。心の強〜いオモチャが壊れる瞬間は最上のエクスタシー⋯⋯。ほら、お遊戯なんかでも、簡単すぎるとつまらないでしょう?」
そういうとロウルは、もはや満足に身体を動かせないビートとシロウの元へと向かった。
「例えば⋯⋯そこの浮草。タヌキのあなた」
突然の指名にギョッとするアイチェ。
「なんっ!」
そんなアイチェを見ながら、ロウルはシロウの髪をグッと引っ張り、顔を近づけた。
「ロウルチャンはね、アーツ・観察眼で、人の心が読めますのよォ〜? あなたの恋を見て差しあげます」
「な、なにを⋯⋯!」
ロウルはふむふむと、シロウの顔を見た後。
嘲笑うようにアイチェの方を向いた。
「ざ〜んね〜ん! あなた、恋愛対象として見られておりませんわ〜! というか、女として⋯⋯ですわね! まあ、それだけちんちくりんですとね〜」
「アイチェ! 戯言ですわ! 耳を貸さないで!」
ドロシーのフォローむなしく、アイチェは大粒の涙で地面をぬらしていた。
失恋。告白することすら叶わず⋯⋯。
「うぅ⋯⋯」
ロウルはゴミを見るような目でアイチェを見つめる。
「ほ〜ら、簡単に折れた」
――ブチィッ!
なにかがキレる音に気付いたロウルは、ハッと観客席の方を見た。
ドロシーの身体から、向日葵のような黄色のマナがバチバチと吹き出している。
「あなた⋯⋯ご自分がなにをなさったのか、わかっておりますの?」
ガラガラとガレキを蹴飛ばし、天高く、美しく舞いあがったドロシーは、アイチェの元へと降り立った。
そして、アイチェの頭を優しく撫でる。
「アイチェ、すこし休んでいなさい」
ドロシーの暖かさに、ついに声を上げて泣く狸の少女。
「なにをしたのかと言われましても、事実を述べただけですわ」
ロウルは悪びれもせずに答える。
ドロシーはキッとロウルをにらみつけ、怒気を込めて言い放った。
「違いますわ。あなたは何もわかっておりません」
ロウルは「はぁ?」と、漏らした。
そんな彼女を意にかいさず、ドロシーは続ける。
「女の子の大切な恋心を、一生に一度の告白を⋯⋯。あなたは踏みにじったんですのよ」
ドロシーの目から赤い光が漏れ、足がさらに輝きを増す。
「結果がどうという話ではございません! 事実か虚偽かなんて関係ありませんわ! 乙女の一生の宝⋯⋯! 思い出⋯⋯! あなたにそれを穢す権利は無かったというのに!!」
アイチェが履いていた魔武具が、パキパキと音をたててバラバラになっていく。
そして、それは
『主人に従うように』。
『魔法をかけるように』。
ドロシーの美しく、長い足を覆っていく。
「あなた⋯⋯なんですの? その足」
思わずうろたえるロウル。
蒼く透きとおるように輝く、海のブーツ。
凛とした彼女の高潔な魂をあらわすように、コツコツと美しく鳴る高いヒール。
美醜の価値観が人とかけ離れたロウルでさえも見蕩れるたたずまいで、ドロシーはビッと戦闘の構えに入った。
――魔武具【蒼海魔靴】――
ネズミを白馬に。
カボチャを馬車に。
汚れた女性をお姫様に。
一縷の望みを現実に変える。
魔法のブーツ。
そして、それは穢れた魂を持つ者が、身の丈に合わない幸せを掴むことを決して許さない。
呪いの足切りブーツ。
「わたくし達は、あなたを⋯⋯! ラ・プリースの血を、統治者と認めない!!」
ドロシーの太陽のようなマナを吸い、蒼海色に輝くそれは、ビュフィムに操られていたモンスターたちの『悪しき魔法』を打ち消した。
そのまま、どさりと倒れるモンスターたち。
「鐘が鳴るまでに終わらせます。わたくしと一曲、踊ってくださいまし。ロウル・ラ・プリース第一王女殿下」
ロウルはドロシーに負けないほどの紅くどろりとしたマナを発し、それに応える。
「雑草風情が。ダンスの心得はあるのかしら」
ロウルはドロシーを挑発するため、あえてシュートスタイルで相手をすることに決めた。
「あなたの誇りである『ダンス』でお相手してさしあげます。格の違いを見せてあげますわ」
扇子を閉じ、両手をにぎりしめ、片足をあげるロウル。
そんな彼女に、ドロシーは告げる。
「Shall we dance?」
蒼海のマナを身体にまとい、うっすらと背中にマナの円環を作りだしたドロシーは、ロウルを舞踏会へと招待した。




