第139話〜その魂は輪廻を外れて〜
プリース王国・首都パイナス南。
ギコム畑を抜け、猫じゃらしのような草原を超えた先にある、南の山手前の平地。
スピルドの率いる八千の兵と近衛騎士が、ブバスティス帝国へと下った元王国民のいる『街』へと到着。
パイナスの誇りであったクリーム色の美しい城壁がそのまま利用され、騎士たちのプリース王国民としてのプライドはズタズタである。
「こ、ここを落とすなんて無理だろ〜⋯⋯」
スピルドは鼻水を垂らしながら、ぽつりとこぼす。
それを見た近衛騎士たちはヒソヒソと耳打ちをし、スピルドの元へと向かった。
「スピルド様。それでは、参りましょう」
「お、おう⋯⋯!」
(チッ! 見張られてんな⋯⋯)
スピルドは冷や汗をかきながら『どうしたら自分が生き残れるか』に、全神経を集中させている。
(とりあえず突撃するしかねぇ。乱闘になったら、その時に逃げれば良い。なんたって俺様は飛脚だからな!)
覚悟を決めた彼は、大声で叫んだ!
「全軍!! 突撃ぃぃー!!」
その瞬間であった。
――矜恃咆哮――
高さ10メートル近くある城門がひと一人分開いたかと思うと「ガォォォォー!!」という獅子の咆哮と共に、黄金の閃光がスピルド軍へと向かってきた!
「な、なんだありゃ!!」
「ユキヒメ流・体術奥義!!」
スピルドが呆気に取られていると、今度は城壁の上から、金と黒の光を螺旋状にまとったモノが高速で飛来!!
「鴉天狗の誇りの一刀! 受けるが良い!」
――枯山水・勇往邁進の型――
――須佐之男――
ブバスティス帝国・特記戦力・ライオとクロウガ。
二人のスキルドライブが八千の兵を襲う。
「うわばばばばばばば!!」
その技は兵たちを殺さないように避けて放たれた。
先ほどの凱竜天のように、深くえぐられる地面。
直径30メートルの刃物で斬られたかのような跡を残す。
それらがマナの激流と共に、騎士たちの目の前に現れた。
あまりにも強大なそのチカラは、王国の騎士たちの脳内から『勝利』という二文字を消し去るには十分な威力であった。
「死にてぇヤツは前に出な?」
「投降するなら命は保証してやる」
二人は背中を預けあい、騎士たちに向かって構えた。
騎士の額から、ぽたりと冷や汗が落ちる。
「こ、降参しま〜すぅ〜」
高速の健脚を持つプリース王国・遠征部隊・隊長スピルド。
高速の投降である。
――――――
エータが居ないため本当に屈しているのかわからない一同は、騎士たちの装備をはぎとり、すくない縄で縛っていく。
無職は捨ておいても問題ないので、縄はジョブ持ち優先に使われた。
(ちくしょう⋯⋯逃げるタイミングを完全に見失ったぜ⋯⋯)
隊長ということで、いの一番に縛られるスピルド。
(しか〜し! こんな事もあろうかと、隠しナイフを仕込んであるのだ!)
パンツの中からするりと刃物を取り出し、こっそりと縄を切ったスピルドは辺りを見渡した。
そして、一人の亜人を見つける。
「みなさん、追加の縄をお持ちしました!」
漆黒の美しい翼を持つ少年・ハネチヨである。
(ちょ〜ど良いのがいんじゃ〜ん)
なんという僥倖。
ニタリと醜く笑ったスピルドは、足にすべてのマナをそそぎ込んだ。
――全速脚――
そのままハネチヨの背後にまわりこみ、喉元にナイフを突きつけるスピルド。
「うわっ!!」
「キャー!!」
「スピルドだ!!」
「刃物を持ってるぞ!」
まさかの事態にうろたえる面々。
「は、ハネチヨ!!」
スピルドよりも近衛騎士たちが危険と判断し、そちらを警戒していたクロウガは完全に虚をつかれた!
(ぐぅ⋯⋯不覚⋯⋯!!)
一筋の汗がほおを伝う。
「一歩でも動いてみろ! このガキの命はねぇぞ!」
ハネチヨの首筋にナイフの先端が刺さる。
「――――――ッ!!」
痛みに耐えるハネチヨは、ぐっと目を閉じた。
「ほぉ〜? 泣きわめいちまうかと思ったが、なかなか根性あるじゃねぇか。人質にしやすくて助かるぜぇ」
「僕は武士だ。泣きわめいたりしない」
スピルドの腕で首をしめられているハネチヨは、苦しそうにスピルドに言い放つ。
その目には鴉天狗一族・次期当主としての誇りが宿っていた。
「くくく⋯⋯ブシドーってヤツか? なら、このまま大人しく南の山まで付いてきて貰うぜ⋯⋯。俺様が安全な場所へ逃げきれるまでな⋯⋯」
すこしはその生意気な口を閉じると思っていたスピルドは、思いがけない言葉を聞く。
「無理だ。僕の父上がいる」
「なに?」と、眉をひそめるスピルド。
「かならずお前を討つ。鴉天狗を⋯⋯ブバスティスを舐めるな!!」
その言葉に心底イラついたスピルドは、
「人質だからって無傷で済むと思うなァ! 痛めつけるくらいの事は出来るんだぜ!!」
と、ハネチヨの翼に思い切りナイフを振りかざした!!
「ハネチヨ!!」
クロウガの叫び声が響く。
(父上!!!!)
ハネチヨは、きたる痛みに耐えるため、ギリリと奥歯を噛みしめた。
――その時だった。
スピルドの背後に、巨大な漆黒の影。
「相変わらずだな⋯⋯てめぇ⋯⋯」
――豹影爪――
「ぐばらっ!!」
ハネチヨを傷つけんとしていたナイフが、スピルドの手首ごと宙を舞った!
「ひぃぃぃやぁぁぁー!! お、俺様の手が! 手がぁぁぁー!!!」
思わずハネチヨを手放し、右手をおさえるスピルド。
そんな彼の目の前に、ゆっくりと歩みを進める豹の亜人、ヒョウドル。
スピルドは痛みに耐え、顔を上げた。
「い、いぎでだのかぁぁぁ!!」
漆黒の肌。
血走った生意気なあの目。
大きな火傷痕。
(間違いない! あの時のガキだ!)
スピルドは、ぐるぐると思考を回転させる。
(逃げろ! 俺様!!)
プリース王国・随一のスピードを誇る彼は、その健脚にかけて、全マナをそそぎこむ!!
――全速脚――
(よし! 逃げきれ⋯⋯!)
――隕石猛襲――
スピルドの真上から、クレーターを作るほどの衝撃が飛来!!
「ぶごぉぉぉぉ!!!!」
背中にそれをモロに受けた彼は、内蔵を破裂させ無様な声をあげる。
「だ、だんだごれ⋯⋯だにが⋯⋯」
背中から感じたことの無い、ただならぬ気配を感じるスピルド!
否。
感じたことがある!!
スピルドは、どこかで!!!
「本当に救えないね、君」
それは目から真っ赤なオーラを発し、背中に黄金のマナの円環を作り出したピグリアムであった。
――未来予知眼――
森羅万象、すべてを見透かすその瞳は、スピルドがヒョウドルに襲われた後、どのような行動に出るのかを完璧に予測していた。
「あぎゃばばはぁぁー!!」
あの時の得体の知れない恐怖がよみがえったスピルド。
潰れた胴体をひきづり、這いつくばって進む。
その姿を、脱走兵、亡命してきた国民、騎士団、近衛騎士。全員が戦慄しながら眺めていた。
(ブバスティス帝国を舐めてはいけない⋯⋯)
ずりずりと血の道を描きながら進むスピルド。
「お、おでさまは! いぎる!!」
スピルドは全身にマナを込め、身体強化でなんとか立ち上がった。
――全速脚――
もう一度、高速で走り出すスピルド。
――脱兎如――
それを予測し、その巨体からは想像できないほどの速度で回りこむピグリアム!
「はぇ!? なんっっ!!」
ピグリアムのジョブ【料理人】。
アーツ【鑑定眼】【食育】。
これらを極めた時のみ扱える、この世界で彼だけのアーツドライブが発動していた。
――血成肉成――
『食べた生命のアーツドライブを模倣する』。
どんな食材にも敬意を評し、筋肉の構造、骨格までをつぶさに観察しつづけた彼の強力なドライブである。
――羚羊角――
ピグリアムから、マナで作られた角が生え、それがスピルドの身体に衝撃を与える!!
「がばはー!!」
大きくのけ反ったスピルドの背中から、漆黒の爪が襲い来る!!
「二十年越しの約束を果たす時が来たぜ⋯⋯」
ヒョウドルは、ガルルルルル!と、ノドを鳴らしたかと思うと、漆黒のマナを激しく身体にまとった!!
「殺してやる!!!!!!!」
背中から、この世の物とは思えないほどの殺気を感じたスピルドは、
「んんぴぃぃぃー!!!!」
と、断末魔をあげた!!
「えぐりバラけろォォ!!!!!」
――闇夜爪・三日月――
巨大なマナのドリルと化したヒョウドルは、魔素爪を最大の硬度とし、『キュィィィン!!』という『死の音』を発しながら、地面をえぐり進む!!
「ア''ーーーーーーーッ!!!!!!」
スピルドは、両腕両足を四方に吹きとばしながら、回転し宙を舞う!!
「ごうざん!! ごうざん!! ごうざんじます!! ずびばぜんでじた!! ずびばぜんでじたぁぁー!!!!」
もはや何がなんなのかわからない、宙を舞う『なにか』。
それが、きたならしい音で、喚いている。
しかし、彼は、もう取り返しがつかない所まで来ていた。
――絶対に人質にしてはならない人を、人質にしてしまったのだから。
怨霊のような物を鞘から漏らし、高速で天空を舞う一筋の光。
「貴様には、死すらも生ぬるい!!」
目から真っ赤なオーラを発し、背中に漆黒の円環をたずさえた鴉天狗の姿が一人!!
その手には、鴉天狗一族の誇りである『クロノハバキリ』ではなく、亡き好敵手・サムライオーガより賜った妖刀『鳴鬼喚鬼』が握られていた!!
「その魂!! 輪廻の輪に還れると思うなよ!!」
――禍津日神――
スピルドの身体が、横一文字に一刀両断される。
すると、その身体は、地獄の底から来たりし漆黒の業火に焼かれ、その魂ごと燃やし尽くされた。




