5-13 クルジリオンにて~参謀実習生編(三人称視点)
――再誕の暦867年10月5日、自由港クルジリオン、大通りの市場――
参謀実習生リエメイアはキルレンスク公爵家の分家タランスク家の令嬢。彼女はただ実習のために探検艦隊に参加したわけじゃない。先の戦争で北部地方は深刻な被害を受けた。その復興の一助になるように、西の大陸を一歩先に調査して、本家にとって有用な情報を連れ帰るのが役目だ。今回のクルジリオン公式訪問は調査を進める絶好の機会だから、リエメイアをサポートするためにキルレンスク家から人員が派遣された。彼らは増援の輸送船団と同行して、今クルジリオンの大通りでリエメイアと合流した。
「今すぐに稼げるネタを、公爵様が求めているのですか……」
「ええ。復興の出費がかさんで、今の本家は資金を不足しています。それと、今の領民に高価な商品を購入する余裕がありませんので、西の地の需要を、」
「わかっています。西の大陸で高く売れる交易品を探し出せということですね。しかし、戦乱によって一昨年からの収穫がほぼ駄目になったはず。今のキルレンスク領に輸出できる品物が本当にありますか?」
「それを探すのも僕たちの役目です。難しいのはわかっているからできる範囲でいいと、公爵様が仰っいました」
リエメイアは増援に来た二人の若い男性と調査の方針について打ち合わせする。この二人はキルレンスク家の家令補佐。一人は財務関連、もう一人は産業関連の担当。二人の話を聞いて、状況が難しいと感じるリエメイアは別の提案をする。
「ちょっと遠回りなやり方になるが、西の大陸から有力な品物を仕入れて、王都……いや、何ならもっと高く売れる内海でもいい。そういう金に余裕がある消費地に売り捌く。この案をどう思います?」
「貿易商のような動きですね。公爵様は領民の懐が潤うように、領内物産の輸出を所望しているが……リエメイア様の言う通り、そもそも売れるものがないのが今の状況ですか」
「しかし問題は二つほどあります。そのやり方なら、行き先が定められている国の輸送艦隊ではなく、自前の船団があったほうが動きやすい。それに今は仕入れの初期資金も足りるかどうかわかりません……」
「船と金ですね。私に考えがあります。うまくいくかどうかわかりませんが、両方とも解決できるかもしれません」
「わかりました。リエメイア様がそう言うなら、最初に西の大陸の特産品を中心に調べましょう」
混雑している露天市場で三人は聞き込みを始める。ギーアル語をマスターしたリエメイアのお陰で現地住民とうまく意思疎通できた。この三ヶ月でギーアルの文化を必死に勉強する甲斐があった。サポート要員の一人は金勘定に強い、もう一人は商品の目利きができるから、とてもいいコンビになった。
「……このハーブは、内海で高額で取引されてるサンシスランの香りに似ているような……リエメイア様、調べるためにこれを一本購入したいんです」
振り返って店主に話しかけるリエメイアだが、急に身構えて左手でポケットを抑え、右手が子供の痩せた手を掴んだ。その手がリエメイアの懐を漁ろうとしていたから。
「スリです!」
クルジリオンでは自分たちはアウェイ。まず状況をはっきりさせるためにリエメイアはギーアル語で大声に主張する。その声を聞いた自警団のメンバーはすぐに駆けつけるが、純白の海軍軍服を着てるリエメイアを見ると頭を抱える。
「げっ、カリスラントの客人……お前、よりによって……」
外交問題になると厄介なので、探検艦隊が来る前に自警団は街のチンピラ、スリの常習犯など問題を起こしそうな人間を集めて、カリスラントに手を出さないように釘を刺したが、結局こうなってしまった。
「まぁ、未遂ですから私から言うことはありません。自警団の方に、」
「坊やはやってないよ。この女の言いがかりだ」
「店主!何を?」
後のことは自警団に任かせるとリエメイアが思ったところで、まさか一部始終を見た店主から虚偽な証言が出るとは思わなかった。自警団は少し迷ったが、すぐに店主が知り合いの子供を庇ってると判断した。カリスラントの軍人なら嘘を付く理由がないから。しかし周りの群衆はそう思わない。
「あの子を放せ!」
「異国人の横暴を許すな!」
スリの子供に迫る自警団に、群衆が怒りをぶつける。囲まれているリエメイアは思い出す。クルジリオン支部長の責任問題にしようと暗躍している連中がいる。スリに遭遇したのは偶然だろう。店主がなぜ子供を庇うのはわからない。でも群衆の反応は明らかにおかしい。野次馬の中に煽動者が紛れ込んでるとしか思えない。
一触即発の状況に、リエメイアはサーベルの柄に手を置く。連れの二人は非戦闘員。軍人で貴族の自分が守らなければならない。しかし一般人相手にサーベルを抜くわけにもいかない。どうすればいいか迷っているとき、人混みから小石が飛んでくる。
「この人です!」
向こう側からリエメイアがよく知っている女性の声がして、クルジリオン支部直属の衛兵たちが男性一人を拘束する。衛兵の登場に群衆が及び腰になる。自警団に喧嘩を売るのとはわけが違うから。投石はリエメイアが腕で防いだ。丈夫な海軍軍服だから怪我もない。
「石を投げたのはこいつで間違いありませんね?」
「はい。通行人を煽っているのもおそらくこの人ですが、混雑していたから確証はないです」
「わかりました。後は我々が調べます。ご協力感謝します」
「カリスラントの客人に対する悪感情を煽る犯罪者」と、衛兵が群衆に事情説明して男を連行していった。子供と店主のほうは自警団の取り調べを受けることに。リエメイアたちは早速人だかりから抜け出して市場の外れに移動、助けてくれたサーリエミと合流する。
「……その、助けてくださって、ありがとうございます」
「いいえ。ちょうど困っている所を見かけましたので。そちらの方からは見えなかったが、あの状況を利用している人がいたので、急いで衛兵を呼んできました」
令嬢の二人は険悪な関係。双方の従者もそれを知っているから、かなり気まずい状況になった。ティリアス候爵家の令嬢サーリエミも似たような背景で西の大陸の情報を集める役目を引き受けた。双方が同じ日で調査を始めるのはお互いも知っているし、本来なら一緒のほうが効率がいいが、あえて別行動にした。
「今日はもうこの市場で行動しないほうがいいですね。これから街の北を回るので、私達はこれで失礼します」
「あっ、ちょっと待ってください……サーリエミさん。一つ相談したいことがあります」
まさかあのプライドが高いリエメイアがそんなことを言い出すとは、サーリエミを含む全員が予想していなかった。一同は複数の商会が拠点を置く、小丘の上に上品な建物が並んでいる北区画に。ゆっくり話せる飲食店を見つけて、話のついでに昼食をとる。
「話の前に、これまで私がサーリエミさんに失礼な態度を取っていたことについて謝りたいです」
「いいえ、どうか気にならさずに。私は、どうしてかわかりませんが、知らず知らずのうちに相手の機嫌を損なうことが多いです。きっと私が知らない間にリエメイアさんに嫌われるようなことをしましたから」
そういういつも涼しげな顔をしてるところが一番ムカつくと思うリエメイアは歯軋りして、どうにか用件を切り出す。
「キルレンスク領は想像以上の窮状なので、こちらだけの調査では手詰まり気味です。ティリアス家と手を組みたいです」
「こちらと?」
「はい。同じく西の大陸を調査しているが、元々目的が違うから競合関係ではありません。ならいっそ手を組んだほうが、より多くの選択ができるようになると考えています」
ティリアス候爵家の領地はカリスラント北東の奥地。ザンミアルや内海諸国に近いので陸路の対外貿易が栄えているが、海にアクセスできない。立地的に大陸間貿易の恩恵を受けられない。それでサーリエミたちは西の大陸の特産品を調査している。サーリエミのサポート役の一人は農業技術者、もう一人は第三世代錬金術の技術者。彼らが適切の作物、家畜、素材、もしくは製造技術を探し出し、持ち帰って領内で同じ特産品を生産、そして内海に輸出するのが目標。キルレンスク家が目指しているものと違うから手を組む余地はあると、リエメイアがそう言っている。
「理屈はわかりました。しかし、協力しても損はないのは確かだが、メリットもないと思います」
「そうやって決めつけるのはよくありません。ここはもっと柔軟な発想で行きましょう。西の大陸で獲得した物産のサンプルをどうやって領内に運ぶか、ティリアス家はまだいい手段を見つけていませんよね?」
大洋から遠いティリアス領に運ぶなら、西の大陸の貨物は港町サーリッシュナルに一旦下して馬車に移し、それから大草原を横断する長旅になる(*)。輸送量とコストが海運に劣るし、時間が掛かる上に貨物が損傷を受ける可能性も高い。もし他にいい方法があれば当然そっちを選びたい。
「そちらが運送の問題を解決してくれると言うのですか?」
「我々だけ、では無理ですが、両家の力を合わせればできます」
はっきりとしないリエメイアの言い方に、サーリエミは少し思案する。
「船を使いたいのですか?……キルレンスクは資金難。こちらに港がないから船の運用は不可能……」
「キルレンスク領にはトロメルトがあります。まだ資金に余裕があるティリアス家が金を貸してくれれば、船を購入してキルレンスクの船団を組めます」
「新型船の購入は相当待たないといけないはず。キルレンスクの力があればそれも解決可能か……?しかし、トロメルトで貨物を下しても、ティリアス領までは結局陸運の長旅になります」
「その船団が目指すのは内海です。こちらは西の交易品を内海で換金したい。ティリアス家がご所望の物産サンプルも、タリサミング(ザンミアル首都、内海西岸の貿易センター)からの河川水運の方がずっと便利です(*)」
「理に適っていますね。でもこちらの負担が大きい割に利が薄いので一つ条件があります」
サーリエミの態度に不満を持つが、この件では金を出すティリアス家の立場が強いのは確かだ。リエメイアは自分の気持を必死に抑え込んだ。
「聞きましょう」
「そちらの提案通り、ティリアス家が金を出して船を購入しましょう。でもその船はキルレンスクの物ではなく、両家共同で海運会社を設立したいです」
「……トロメルトの将来性に目をつけたのですね。流石です」
これまでザンミアル主導の西南海岸貿易はサーリッシュナルを終点としている。それでサーリッシュナルより北のトロメルトは優良な天然港湾を持ちながらあまり発展していない。これからカリスラントの新型船が増えると、トロメルトへ行く船も自然と増える。いずれは北部地方を支える物流の要になるだろう。その時になれば、当然両家の合資海運会社も設立当初の数倍の価値になる。
ティリアス家の金と、トロメルトの港湾使用権に関わる以上、当然令嬢二人の一存で決められるような話ではないが、西の大陸の調査を任されたくらいに二人は信頼されている。ちゃんと計画を立てればきっと認めてくれると二人が考える。
昼食の後、合流したままで一行が四つの商会を訪れ、それぞれ有益な情報を集めた。そして夜、リエメイアとサーリエミが一緒に船の購入と運用に関する計画書を作成した。アンネはもう海軍の長ではないが、依然として造船所に絶大な影響力を持つ。アンネにこの計画の有用性を認めてくれて、新型船の早期購入に口利きしてもらうのが二人にとっての第一関門だ。
翌朝、仲悪いはずの二人が一緒に来たことに驚くアンネだが、二人の協力で作成した計画書を読むと内心で大喜びするのは言うまでもない。




