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5-12 クルジリオン公式訪問 4 ~二つ目の贈り物

――20分後、クルジリオン東側の船着き場――


「こ、これは……!」


 街の東に到着して、私たちと議員たちが船を降りた。ここは二つ目の贈り物を収容するために、予めクルジリオンの商業ギルド支部に借りた土地。スラムの隣の空き地だったが今は柵で囲まれ、ティアバン18頭の飼育スペースとなっている。別に秘密でもないから、事前に贈り物の正体を掴んだ議員もいるだろうが、全員驚いているように見える。西の大陸の馬は数百年前に絶滅したから、ティアバンの存在自体がテュークリムの人々にとって非常に衝撃的だろう。


 8足馬ティアバンはカリスラントが誇る特産品。非常に不思議な生態だから今まで大草原以外での畜産が実現していない。普通の馬より力が強く回転能力が高いから、カリスラントの代表的輸出品の一つとなった。私の第三世代錬金術が登場するまでは、カリスラントの交易品といえば農畜産物とティアバンくらい。カリスラントという国の象徴と言っても過言ではない。だから贈り物にも適している。


「先に確認すべきことがあります。馬が西の大陸から消えた経緯を考えると、忌避する感情を持つ人もいるでしょう。アインシリーさんたちからギーアル半島でそんな人はめったにいないと聞いて、大丈夫と判断しましたが、議員の方々はどう考えますか?」


「ああ、問題ありません。もう何百年も前のことだし、あの災いが起きたのはストリュア神聖帝国の領内ですから」


 西の大陸で最初に馬を使ったのもストリュア神聖帝国だ。馬があるからあれほど広大な領土を征服できたとも言われる。しかしある時期から馬は神聖帝国にとっての悪夢となった。「ナイトメア」という、外見は火に包まれる馬の姿で、精神攻撃が得意な魔物がいる。その魔物の一番厄介な特徴は、日が出ているうちは力を失い無害な生き物になるが、普通の馬と完全に区別できなくなる。それで昼の間は馬として街に潜入、日が落ちると大暴れ。神聖帝国領内でナイトメアが大量に発生し、多くの街が荒らされた。しかし馬がいる限りナイトメアが街に潜伏するのを防げない。最終的に馬は狩り尽くされ、絶滅した。ナイトメアの災いもそれで収束したが、今でも馬が悪魔の手先だと信じている人が多いらしい。ナイトメアの被害がそこまで深刻じゃないギーアル半島では大丈夫だろうが、神聖帝国で馬を使うのはちょっとリスクがありそうね。


「それは朗報ですね。そちらは伝承の中の馬しか知りませんし、まずはティアバンの能力を実演しましょう」


「で、殿下!そのまま乗るのですか?危険では……」


 西の大陸に馬はもういないが、狼やヘラジカなど他の騎獣を使うから騎乗用の器具についての知識はある。私が馬具をつけずにティアバンに乗ろうとすると、テュークリムの人間は慌てて止めようとするが、カリスラント側の人員は誰も動じないのを見て困惑する。というか、狼もそうだけど、よくヘラジカを騎獣にできたのね。どちらも手なづけるのがすごく大変らしいから全体的な数は少ないと聞いた。だからうちのティアバンは超有力交易品になれそうだ。


「ごめんなさいね。あなた方は正しいです。普通なら馬具をつけるべきが、カリスラント王家の場合はちょっと特殊ですから。私にとって馬具は逆に邪魔です」


 白毛のティアバンの体を優しく撫でると、なんとなく意思疎通ができるような気がする。「あなたのすごさをみんなに見せて」と、念じるようにお願いしたら、快く了承してくれたみたい。そして身長が低い私が乗りやすいように身を屈めてくれる。これは多分カリスラント王家の一種の特殊能力だと思う。もしこの世界がゲームの舞台なら、きっと私のステータス表記に「騎乗」みたいなスキルやギフトがついてるじゃないかな。こんな特殊能力があるからこそ、カリスラント王家の先祖が大草原のホースローズになれたんだろう。間に馬具があるとこの能力をフル稼働させられないのを、カリスラントの人々は知っているから、私がこのまま馬に乗るのを誰も止めない。


 ティアバンに乗って少し歩き回り、周りの地形を観察して、馬の調子も確かめる。それから柵から出て、全力で疾走する。そして頃合いを見て急回転――そう、この回転能力こそティアバンの一番の強み。ティアバンと普通の馬の最大な相違点は8本の足による優れたバランス感覚。だから普通の馬にはできない急回転もできる。この急回転を起点とする反撃は、カリスラント陸軍のティアバン騎兵の基本戦術として組み込まれている。


 テュークリムの人々から驚嘆の声が上がった。客観的に見るとかなり高度な馬術だが、普段は乗馬の練習をほどんどしない私でもこれくらいは造作もない。カリスラント王家の力の賜物だ。身体能力が高いジャイラと、騎兵バカの下の兄ならもっとすごい。人間業とは思えないほどの曲芸を魅せられる。先日ジャイラはあのフェインルーサの騎士団長イリージスクとしばらく互角の勝負を演じたが、もし馬上試合ならきっと一瞬で勝敗を決したんだろう。王家ほどでもないが、カリスラントの古い貴族家系の馬術もなかなかのものだ。多分婚姻で王家の血を取り入れたからだろう。馬術が得意な人材が多い、その上ティアバンもあるから、カリスラントは遥か昔からずっと最強の騎兵を保持している。


 空き地を一周回って、白毛のティアバンを褒めるように頭を撫でて、柵の中に戻した。議員たちの私を見る目は明らかに変わった。いくらカリスラント王家に特殊能力があるのがわかっても、馬具なしで馬を走らせるのは相当勇気がいる行動に見えるだろう。私はこんな見た目だからよく相手に侮られる。現にテュークリムの議員も私に関する情報をよく集めていて、舐めてはいけないのがわかってるはずだが、やっぱり心のどこかで無自覚に私を見下していた。だからこうして馬術を披露するのも、円滑な交渉をするために有効な一手だ。


「このティアバンを更にテュークリムに輸入できますでしょうか?」


「もちろんです。ただし生き物の輸送は大変なので、それなりの値段になるでしょう」


「構いませんよ。これは多少高価でも買うべき物ですな」


 馬を見るのは初めてでも、さすがにその有用性がよくわかっているね。素早さと耐久力を兼ね備え、駄獣にも使える輸送力、そして人に従順的。ここまで完璧な騎獣は他にいないでしょう。犬、狼やヘラジカなど現在のギーアル半島の騎獣、駄獣とは比べ物にもならない。使えるようになったら人と物資の流通も陸軍の機動力も大きく向上する。地球でも馬の導入は文明全体に大きなインパクトを与えた。新大陸に馬がいなかったのも、ヨーロッパ人がアメリカの先住民を短期間で圧倒した大きな理由に挙げられる。そう考えると、今の状況とちょっと似ているね。まぁ私に西の大陸を征服するつもりなんてないし、普通に交易品として輸出するだけでいい。


 あっ、そうだ。一つ大事なことを先に言う必要がある。でないと詐欺と思われるかもしれない。


「ご覧の通り、ティアバンは8足馬で普通の馬以上の価値があります。しかしなぜかはわかりませんが、ティアバンはカリスラントの大草原にしか生まれません」


 ずっと話して少し疲れてきたので、ここからはファルナが議員たちにティアバンの不思議な生態について説明する。ティアバンが大草原の外で繁殖すると、子世代で6足馬のティアラルバンになり、孫世代で普通の馬になる。逆に普通の馬が大草原に移住する場合、子世代はティアラルバン、孫世代でティアバンになる。


「つまり、そちらがティアバンを繁殖させて、馬の数を増やすことはできますが、ティアバンは手に入りません」


「不思議な性質ですな。カリスラントの大草原に何か特別な力でもあるのか?それならこちらも適切な土地を発見すれば、ティアバンの畜産は不可能ではないのですね?」


「はい。その可能性はゼロではありません。でもあまり期待しないほうがいいと思います。東の大陸では多くの国が千年前からティアバンの生息に適する土地を探し続けていますが、未だに成功例はありません」


「そうですか……」


 議長を落胆させる言い方だが、商売は公平公正が大事だから、無駄な希望を持たせないほうがいいね。


 ティアバン飼育の見学が終わり、一行は同じ船でクルジリオンの中心部へ引き返す。今日のスケジュールはここまで。明日から議員、クルジリオンの有力者や商業ギルドの幹部など、少人数のグループで会談する。外交と貿易関係のより詳しく、深入りの話をする予定。私がクルジリオンの街を自由に見学するのは当分先になりそう。会談の場所はリフィミシエ・ホテルだから移動する手間がなく、探検艦隊の人員の大半をフリーにできる。私が忙しくする間はみんなに街の様子を見てもらおうかな。


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