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1-9 母との話

――カリスラント王宮、王妃の部屋――


「アンネ、貴女今回もアスに会えてないのね?」


「はい。どうも、避けられているような気がします……」


 アスというのは、私の上の兄、アスフェルジェン。昔は私ととても仲が良かったが、私の海軍が注目を集めるとだんだん疎遠になった。先の戦争で私が大きな成果を上げてから関係がよりギクシャクして、最近は全く会ってない。


 ちなみに、私に四人の兄妹がいるが今回は一人も会えなかった。姉と妹は国外に嫁いだから会えないのは普通。騎兵バカの下の兄は今陸軍の演習のために北部に行ったから仕方がない。上の兄は普段王宮にいるから、会おうと思えばいつでも会えると思ったが、結局今回も会えなかった。


「はぁ……あの子ったら、次にアンネに会えるのはいつになるかわからないのに……アスのことを許してあげてね。最近あの子に心ない言葉を言う人が多くてね。貴女が女王になれるように自分から王位継承権を放棄すべきと」


「やっぱり、そんなことを考える人がいますね」


 まぁ大体そんなことじゃないかと思ったよ。本当迷惑だよね。私は別に女王になりたくないのに……王位継承権を放棄できればいいけど、お父様にそれが悪手だと言われた。人々から見るとまるで私が圧力に屈して、不当な扱いを受け入れたみたい。そんな風に誤解されると最悪の場合デモが起こる。やっぱり私が急いで探検に出るのは正解だね。私が国内にいないなら、そんな無益なことを考える人もそのうちいなくなるだろう。


「これだけは信じてね。アスは別に貴女のことが嫌いになったわけじゃないわ。ただ今は、貴女の前でいい兄でいられる自信がないから、つい逃げ出しただけ」


「……もしかして、私がやりすぎたのがいけなかったかな。それとも、アス兄様の顔を立てるように一部の功績を譲ったほうが良かったでしょうか」


「それは違うわ。立派な王になるには、たくさんの壁を乗り越えなければならない。貴女の大きすぎる功績なんて、中でも一番低くて脆い壁なのよ。それくらい自分でなんとかしてもらわないと」


 うわ出た!お母様必殺の「なんとかしなさい」。昔私も「海軍のことが忙しくて淑女教育と両立できないよぉ」って泣きついたら、「王女にとって淑女教育が本業よ気合でなんとかしなさい」というありがたいお言葉が返ってきた。お母様が軍のことに関わらなくて本当によかった。もし軍のお偉い方がこんなじゃ攻撃狂信の精神論者を量産するだけよ。


 そして話題は私の姉妹たちに移った。


「正直、貴女が探検に出る前に、一度妹のところを訪れるべきだと思うわ。今は貴女の優れた船があるから簡単に会えるようになったんじゃない?」


 私は年が離れた姉のことが苦手なのはお母様もよく知っているから、無理に会ってとは言わない。でも妹とはすごく仲良し。はぁ、できるなら私もあの娘に会いたいよ。でも今の情勢ではちょっと難しい……


「お母様、これはそんな簡単な話ではありません。私が内海諸国を訪問すると、国内にも国外にも大きな刺激を与えます。国内の拡張主義者たちの勢いをつけるようなことはしたくないし、私のことを脅威だと思う外国の人々が過剰反応するのも面倒です」


「そこまでの影響があるの?向こうに行くだけで」


「海軍とはそういうモノなんです」


 お母様がとても残念そうな顔をしてるから、なにか代案がないかを考えてみる。


「……私がこっちに戻る頃にはもう情勢が落ち着いたと思います。その時は私が行くのではなく、船を回してあの娘を迎えましょう。二ヶ月くらいの帰省旅行って感じで。それならお母様もあの娘に会えますよ」


「まぁ、それはとても良い考えだね」


 話に一段落ついて、お母様がファルナのほうを見ると、私は思わず身構えする。だって前回お母様はファルナにいきなり平手打ちした。その後私が怒ってお母様が泣いて、言い合いになって……結局まともに話ができなかった。今思い返せば、あれはちょうど私とファルナが付き合ってることが周知の事実になったとき。きっとお母様はそれを受け入れられず、はけ口がない感情を解消するためにファルナを責め立てたんだろう。


「……ファロネールシアさん。前会った時手を上げて、本当にごめんなさい」


「どうかお気になさらないでください。マールシレン様がアンネ様を思う気持ち、痛いほど身にしみました」


「あら、それは皮肉のつもりなの?」


「お母様!ファルナはそんなことを考えるはずがありません。もう意地悪しないでください!」


 ファルナを守るために立ち上がって、前に出る私を見て、お母様は苦笑して、ため息をつく。


「意地悪なんてするわけないじゃない。心配しなくていいわ。あれからわたくしも色々考えたの。やはり非凡な人物には一癖も二癖もあるものね。まさかそれが自分の娘のことになるとは思わなかったわ」


「非凡な人物って……私は、別にそんな……」


「でもこれだけは正直に答えてほしいの。ファロネールシアさん、貴女の昔の婚約者の死因について……本当に心当たりがないのね?」


「っ!お母様!怒りますよ!」


 よりによって、ファルナが一番気にしてることを……!


「アンネ様、大丈夫です。とても大事なことですから、マールシレン様が気になるのも当然です」


 本当は分かっている。お母様がなぜそんなことを聞くのか。もしファルナが本物の「呪いの令嬢」なら、次に危ないのは私じゃないかと心配している。それでもファルナにそんなことを聞くのは私が許せない。


「……わかったわよ!ファルナは何も言わなくていい、私が答えますから。とにかくファルナは何も悪くありません!全部偶然なんです!偶然でなければ、もうファルナの才能と美貌に嫉妬する神様による運命の悪戯としか考えられません!」


「……前回もそうだったけど、本当ファロネールシアさんのことになると必死なのね。昔貴女が淑女教育をサボって、海軍禁止令を食らった時でも、こんな風にならなかったわ」


「……当たり前です。あれは、私に非があるから、罰を甘んじて受け入れました」


 お母様にそう言われると、冷静になってちょっと恥ずかしくなった私は席に座り直す。


「あっ、そうだ。アンネ、貴女のカリー=ネレィーミムの衣はまだ失っていないのね?」


「カリー?ネレム?ゴロモン?……ごめんなさい。どういう意味なんですか?」


「うそでしょ……そんなことも分からないの?貴女は本当に……はぁ、わたくしにはもったいないくらいよく出来た娘だけど、淑女教育だけは落第ね」


 ファルナが耳打ちで教えてくれた。カリー=ネレィーミムとは、とても美しい羽衣を所有する花の女神の一柱。嫉妬する他の女神の画策によって羽衣に矢が放たれたとき、カリー=ネレィーミムはまさか自分の体で矢を防ごうとした。しかし結局矢は女神の体を貫通して羽衣も突き破った。あまりの悲しみでカリー=ネレィーミムは血の涙を流し、それがネレムの花の赤い露の由来とされている。神話にそんな話があったから、カリー=ネレィーミムの衣を隠喩的表現で使うと、それは女性にとって非常に大切な物。時には命よりも大事。しかしやがては貫かれると定まっている……


「な、なななっ、なんでそんなことを聞くんですかお母様!」


「大事なことだから聞くのよ。で、失ったの?失ってないの?」


「あっああぁ、当たり前でしょう!大体、私に、そんな相手、いませんし……」


 声がだんだん小さくなり、まともに答えられない私ではなく、お母様は恥ずかしそうに微笑むファルナのほうを見る。貴女の相手ならそこにいるじゃない、と言わんばかりに。


「代わりにわたくしがお答えいたします。神に誓って、わたくしはアンネ様の羽衣を奪うような真似はしていません。そして、アンネ様の羽衣はまだ失っていないことを、わたくしはこの目で確かめました」


「ファ、ファルナ……」


「マールシレン様が聞いているから、正直に答えるしかないでしょう」


 くそっ、こいつ……もっともなこと言ってるけど、本当は私の反応を楽しみたいだけなのね……しかも神に誓うだなんて、よくそんなことが言えるのね。何回も私をおどかすように指を挿れたくせに……いや、本気じゃなくてそういうプレイなのはわかってるけど……もしかして興奮するあまりに本当にやってしまうじゃないか、私は毎回ハラハラするのよ……


「……とりあえず、まだ失っていないのね。それを確認できてよかった。貴女たちが付き合うのはもう反対しないわ。でもこれだけは約束してほしい。アンネのカリー=ネレィーミムの衣は大事にしなさい」


「お母様、そんなことしても、意味が……」


「わかっているわ。貴女はおそらく一生結婚できない。でも将来のことどうなるかは誰にも分からないのよ。もしかして貴女にとっての運命の相手が現れて、様々の困難を乗り越え貴女と結ばれるかもしれないわ。その時のために羽衣は大事に取っておくのよ」


「その、そう仰っていても……」


「わたくしは別に、貴女たちを無理させるつもりはないのよ。貴女たちが愛し合うのに、そこにこだわる必要がないじゃない。男女の交わりと違って」


「……そうですね」


 要するに、あそこを使わなくても私たちは行為に及ぶことができる。ならその羽衣とやらを取っておくようにしなさい、とのことね。


「あとは……ファロネールシアさん。もしさっき言ったように、アンネに運命の相手が現れたら、貴女はどうするつもり?」


「……わたくしは、アンネ様が幸せになれるならそれでいいと考えております。わたくしは身を引けと命じられても文句はありません。許してもらえるならアンネ様とともに一人の男性に仕えてもいいです。ただアンネ様が望むようにするだけ」


「……約束しましょう。貴女がアンネのために尽くしてくれるなら、そのときが来ると貴女の幸せに最大限の配慮をするように、わたくしが力を貸します」


「ありがとう存じます」


 私を蚊帳の外に置いたまま二人が勝手に決めた。もやもやするけど、まぁ……私は結婚するつもりなんてさらさらないしね。私はファルナさえそばにいてくれれば十分。今の話はちょっと嫌な感じだけど、それでお母様が安心するなら我慢してもいい。


「そういえば、さっきは聞きそびれたけど……ファロネールシアさんの方はどうなの?」


「……それは、わたくしの、カリー=ネレィーミムの衣のことでしょうか」


「えっ。お母様、そんなこと聞かなくてもいいではありませんか」


「ん?あら……そういうことなのね。まさかアンネ、貴女がやったの?それとも……」


 うう、しまった。ファルナを守りたい気持ちが先走って、迂闊なことを言ってしまい、お母様に悟られてしまった。


「大丈夫です。アンネ様。これはわたくしの素行に関する質問ですから。娘を任せる相手に、親として気になるのは当然です」


「ファルナ、無理をしなくてもいいよ。代わりに私が後でお母様に話しても同じだから」


「大丈夫です。これはわたくし自分で伝えるべきことです」


 ファルナの手をそっと握る。こうなってしまった以上、もうお母様に真実を話すしかない。ファルナがどこの馬の骨かもわからないやつにやられたなんて誤解されても困るし。できればもうファルナにあんな辛いことを思い出させたくないけど、私にできるのはこうして勇気づけるだけ。


「わたくしが12歳の誕生日を迎える直前のことでした。わたくしの婚約者になると死の運命から逃れられない、という話がもう社交界の噂になっていました。あの頃のわたくしは思い詰めて、きっと正気ではありませんでした。父がわたくしのことで思い悩むのが見るに忍ばないから、もういっそわたくしになんの価値もないほうがいいと……自殺も考えたけど怖くてできないし、なら自分を傷物にするしかありません……わたくしは、自分の手で……道具を使って、散らしました」


「そう……辛かったのね。他に誰かがそのことを?」


「わたくしの両親は知っています」


「それなら問題ない。わかっていると思うけど、これはもう貴女個人の名誉だけの問題じゃない。王家の……いいえ。カリスラントを二度も救った英雄の名誉に関わることだから、誰にも話さないようにね」


「心得ております」


 お母様の言い方はちょっと大げさだと思うけど……仕方ないか。こんなセンシティブな話題だから、実際にやましい事情がなくても、噂になったら途中から捻じ曲げられて、大変なことになりかねない。王家にまつわる逸話なんて、娯楽に飢える市井の人々の大好物だし。



――カリスラント王宮、碧空の離宮、アンネリーベルの部屋――


「ねぇ、ファルナ。さっきはごめんね。お母様があんなことを聞いたせいで、嫌なことを思い出させてしまった……」


「気にしないでください。辛い出来事だったのは確かですが、わたくしもそのお蔭で、国にこの身を捧げる決意ができました。もしわたくしがあんな暴挙をしなかったら、そのうちお父様がわたくしと婚約してくれる人を探し出すでしょう。そうなればわたくしが海軍士官学校に入ることもなく、今こうしてアンネ様の傍にいることもありません……だから、これでよかったのです」


「辛いことを無理にいい話にしなくても……いや、私が悪かった。この話はここまでにしよう」


「……不用意な言動で、マールシレン様に気取られてしまったと、アンネ様はきっとそう思うでしょうが……わたくしは嬉しかったです。わたくしのことを大切にしてくれて」


 部屋に戻ってくつろぐ私たち。この茶菓子美味しいね、とファルナに勧めようとしたとき、ファルナが帰りの支度をしてるのに気づいた。


「あれ?帰っちゃうの?今日はここに泊まる予定じゃなかった?」


「そのつもりでしたが、マールシレン様と昔話をしたから、急にお父様達に会いたくなりました。探検に出る前に、もう少し親孝行しようかと」


「うん。それがいいと思うよ。いつこっちに戻るかわからないしね」


 ……ん?そういえば、妙だね。ファルナはこの離宮でするのが大好きなはず。「そんな大声を出してよろしいのですか?メイドに聞かれるかもしれませんよ」みたいなプレイを毎回ノリノリでやったし……


「それに、急いで用意しなければならないモノができましたしね」


 あっ、これたぶん、やばいやつだ。猛烈に嫌な予感がする。ファルナが離宮でのプレイを諦めても用意したいモノだから、絶対ろくなやつじゃない。


「ふふっ、楽しみに待っててくださいね」


 まぁ、嫌な予感がする、と言っても、ファルナは私が本気で嫌がるようなことをするはずがない。もっと正しい言い方にすると、多分こんな感じかな……先に覚悟を決めた方がいい、ということだ。


ネタバレになりますが、非常に重要なことだし、気になる方もいると思うのでこれだけは明言します。ネタバレがどうしても嫌な方はこの先読まないようにしてくださいね。























アンネの母が望むような、アンネの将来の運命の相手は一生現れません。この世界に百合の間に挟まる男なんていらないですから。アンネの母があんな話をしたのは、やっぱり娘にはノーマルに戻って欲しい願望です。他に意味は特にありません。フラグとかでもないです。あ、でもこの話は次回のファルナが用意するモノにつながるから、やっぱり意味はあるかもしれませんね。


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