3-14 脱落者 1
――再誕の暦867年6月15日、探検艦隊旗艦ラズエム=セグネール、第二休憩室――
「……もういい加減、満足してくれてもいいでしょう」
「もう少しだけ、後一着……いいえ、二着でお願いします」
「はぁ……こんな格好、本当すごく恥ずかしいんだけど……」
今は夜10時半。休暇時間に入った私とファルナは第二休憩室を利用しているけど、まだいかがわしいプレイをしてない。ただファルナと二人っきりでまったりするだけ……というより、私がファルナの着せ替え人形にされている。私に尽くしてくれるファルナを労おうと要望を聞くと、大体はこれが要求される。
「うんうん。すごく可愛いですよ。とても似合っています」
「はぁ……」
今の私は少女趣味全開のフリフリな服を着ている。地球で言えばロリータスタイルに近いかな?身長低い、実年齢より幼く見える私に確かにすごく似合うけどそこがまた腹ただしい。そんな私をファルナは自分の膝の上に乗せて、抱きしめて頭を撫でてる。鏡の中の私を眺めながら目一杯愛でるのが彼女にとって一番のご褒美らしい。本人曰く、こういう服に憧れているが自分に絶望的に似合わないから、こうして私に着せて鑑賞する。まぁ、長身でスラッとするスタイルのファルナにこんな服は似合わないね。どちらかというと、大人びる綺麗系か、かっこいい系がファルナらしいかな。はぁ、私もあういう服がいいのに……
「服はまぁいいとして……せめてこのリボンを外してもらえる?」
「そんな、そこが最高なんですよ。それを外すなんてとんでもない」
うう、頭の上のリボンをなくすだけでもだいぶマシになると思ったのに。この水色の大きいリボンのせいで、このコーデのメルヘンチックさが半端ない。19歳の私にこれは痛すぎるよ……
「次は、これをお願いします」
「うぅ、うわぁ、これ……フリル多すぎない?」
ファルナが取り出すのは黒を基調とする装飾過多な服。赤い造花がついてるファンシーなヘッドドレスまである……地球で言えばゴシック風かな?やばいよぉ、これさっきのよりも痛々しいよぉ……
「というか、よくこれだけの服を持ち込んだね……」
船の積載量に限りがあるから、勤務と関係ない私物は体積と重量が厳格に制限されているはずだけど……
「自分の荷物を減らすのに大変苦労しました。でもアンネ様のこんな麗しい姿が見ると、すべての苦労が報われたように思えます」
「もう……」
黒い服に着替えて、ファルナの膝の上に戻ると、鏡の中の自分がまるでお人形さんみたいで、とても妙な気分になる。
「……ねぇ、この服は本当に似合うの?というか、胸元がちょっときつい……」
「そうですね。確かにアンネ様の体型に、このファッションはさっきまでの服のように、最適とは言えませんが……」
「きゃっ!きゅ、急に……」
なんの前フリもなく、ファルナに胸を下から鷲掴みされる。
「この無垢な顔と小さな体に不釣り合いなほどの豊かなモノが強調されて……とても背徳的に見えて、非常にそそります」
「ちょ、ちょっと……」
こんな格好ですると言うの?恥ずかしいからやっぱり着替えてからにしたいが、耳元から来るファルナのささやきによって私の抵抗がすべて無駄になった。
しかしそんなときに、いきなりアラートの音が船全体に鳴り響く。
「ファルナ!」
「はい!」
直ちにプレイを中断して、白い軍服に着替えた私たちはブリッジへ急ぐ。
「状況は?」
「6番艦から緊急状況の信号です。火災が発生した、とのことです」
「対応は?」
「一番近い7番艦を向かわせています。ついさっき6番艦から第二報が届きました。火災は下層船室の後部で発生しました。規模はそう大きくない。時間が必要だが自力で対処可能です」
「わかった。じゃ今は艦隊全体で集合しつつ次の報告を待つしかないね」
タスリカと副艦長の状況報告が終わる頃、非番でもう就寝したインスレヤとリミアも駆けつけた。続報を待つ間ブリッジの指揮権移転を済ませて、事態の発展に備えて魔石ライトパネルの信号で艦隊の集中の動きを掌握する。
「7番艦から通話の要請です」
7番艦が6番艦の直ぐ側まで来たので、艦長は目視で見たことを報告してくれた。
『こちらから見る限り火は出ていません。煙の量を見るとおそらく被害がそう大きくありません。気になるのは6番艦の船速が相当低下しているところです。次の指示があるまでこちらは6番艦のスピードに合わせて隣で待機します』
「ああ。それで頼む」
火災の被害が壊滅的なものじゃないのは良い知らせだ。しかし火災の発生地点は下層船室の後尾、その上スピードがかなり落ちてる。これは、機関部がやられたかもしれない。まずいね……
『6番艦より報告します。先程消火作業完了しました』
「人的被害は?」
『消火作業中、海兵2名が煙を吸い込んで気絶しましたが、救護隊によると心配ないとのことです』
「それはよかった」
それから6番艦の艦長が詳細の被害状況の報告に入る。
「……火災の原因は3番エンジンと4番エンジンか?」
『はい。メカニックの検証によると、3番エンジンのタービンが断裂して、脱落した破片が隣の4番エンジンに突き刺さり、暴走させたのが原因です』
「そうなると、右側の動力は全喪失か……修復の見込みは?」
『発火源となった4番エンジンは全壊しました。3番エンジンのダメージは軽微、部品を交換すれば再稼働可能と思われますが……』
「その作業を実行できるのは、本国のメンテナンス施設だけ……」
機密漏洩防止の仕掛けがあるから、専門のメンテナンス施設以外で魔導エンジンを分解すると自壊させてしまう。これまでも似たようなエンジン故障の事故はあったが、本国の近海だから航行不能になっても僚艦にメンテナンス施設まで曳航してもらえばいい。本国から4000KM以上離れた今ではそんな簡単に解決できない。
「状況はわかった。これからの行動について検討するから指示があるまでそのまま待機するように。故障の原因究明をしてもいいがこの場所では難しいから無理せずともいい」
『それがですね……おそらく原因はもう判明したと思います。回収したタービンの破片の内側に、金属疲労によるクラックのような痕跡があると、メカニックがそう言いました』
疲労とは、応力を繰り返し受けた物体の強度が低下する現象。金属みたいな硬い素材でも強い力を受けるとかすかに変形することがある。それはあくまで一時的な状態、力が消えると復元するが、同じようなことを何百万回、何千万回繰り返すとやがてヒビが入り、最後は破壊される。長期間本国を離れてメンテナンスが難しい状況を想定したため、探検艦隊の魔導エンジンは全部新品。こんな短期間で疲労が発生するなんてありえないはずだが……
「……なんでだよ!古い部品の流用はダメだとあれほど言ったのに!なんでまだそんなことをするのよ!」
工業化していないカリスラントにとって、疲労はあまり馴染みがない現象だったが、魔導エンジンの開発によってそれが身近なものになった。それで私はエンジン工房とメンテナンス施設に、疲労の原理と特性について十分に説明した上対策を講じた。現在のこの世界の技術レベルでは疲労の初期徴候を発見するのが非常に難しい。特に物体の内部に割れ目が発生する場合なら探知不可能だ。だからタービンのような常に高速回転し続ける部品は一定期間ごとに必ず新品と交換しなければならない、という決まりを作った。でもそのルールは現場で破られがち。カリスラントは昔から金属資源が不足しているから、職人たちは倹約になりすぎた。廃棄処分すべき部品でもコンディション良好に見えるなら、それをまだ大丈夫だと勝手に判断して再び使う。以前ならそれを美徳だと見てもいいが、工業化の生産では絶対やっちゃいけないことだ。
「アンネ様、落ち着いてください!」
「ああもう、本当に頭にきた!エンジン工房に文句を言わないと気がすまない!『貴様たちがルールを守らないせいで、6番艦が西の大陸を発見する栄誉を得るチャンスを永遠に失った』とね!」
これ以上自分の感情を抑えられそうにないから、私はブリッジを出て自室に戻った。直後に入ってくるファルナの姿を見ると……気づいたら私はもう彼女に抱きついて、決壊したダムのように泣き出した。
「ファルナ……私、どうすればいいの?6番艦のみんなを、一緒に連れていけなくなった……」




