3-13 島で英気を養う
――再誕の暦867年6月7日、無名の島、臨時本部――
仮設ベースの一角にある、天幕でできてる臨時本部。軽めの昼食を済ませた私とファルナは、参謀たちと午後の作業を始める。夜の焼肉大会以降は最低限の当番を残して数日間の休養期間に入るから、今のうちにやるべきことを終わらせておきたい。東に2日ほど進むとアルトー=アファンドリ島の拠点と遠話で連絡を取れる距離に入る。ある程度島を探索したら一度状況報告をして、必要に応じて増援とサポートを要請する予定。
この島はとてつもなく広い。探検艦隊だけで調査するなんて最初から無理だ。私の計画では探検艦隊はどんどん新しい場所に進み、発見した土地の初歩的情報を報告して、それを確実な成果に変えるのは情報に基づいて適切な人員と装備で編成された後続の増援の仕事だ。それで私たちは今回の活動範囲をこの入江の左岸だけと定めた。
島の土地を利用する、そして眠っている鉱物資源を採掘する前に、きちんとカリスラントの領地であることを示したほうが後に問題が少なくなる。でも本国で拠点化の支援部隊を組織するにも、入植希望者を募るにも時間がかかる。この島が非常に大きいのは利点だけじゃない。大きすぎるから実効支配するには膨大な時間と人力が必要。土地面積54平方KMのアルトー=アファンドリ島のときと同じようにはいかない。
地球のブラジルはかなり参考になる例だと思う。トルデシリャス条約によってポルトガルの支配はある程度法的根拠を得たにも関わらず、フランス人とオランダ人が勝手に植民地を築いて、最終的に数十年の抗争を経てやっと彼らを排除した。ポルトガルが植民地に送った人員の数に対してブラジルが大きすぎるから、他国につけ込める隙を見せた。幸い現時点この島に到達できるのはカリスラント海軍だけ。当面は他国に介入される心配がない。
「次の連絡で早速中央神殿へ依頼を出すのですか?」
「そう。文面を『魔獣の生息を確認できた』、『ダンジョンがある可能性が高い』みたいな感じにすれば、きっといい反応を示してくれるだろう」
入植地に中央神殿のダンジョン管理職と冒険者ギルドを誘致。元の計画にそれがなかったが、予想以上の発見をしたせいで急いで方向転換する必要がある。まずは中央神殿の権威を借りてカリスラント海外領地の正当性を強める。使えるカードはダンジョンと魔物素材の存在だ。今の中央神殿には喉から手が出るほどほしい。我々に協力してくれればより迅速に生産を始めることをわかったら、きっと話に乗ってくれるでしょう。それにこれはカリスラント海外領地にも大きなメリットがある。ダンジョンが地上から消されて数百年、今ではダンジョン探索のノウハウを持ってるのは、最後のダンジョン「アビス」を管理している中央神殿だけ。だからダンジョンのことは中央神殿の専門家たちに任せたほうがいい。我々は海上輸送と支援だけを請け負う。実際に労力を費やすのは彼らだから利益を多少譲らなければならないが、これが一番効率がいいはず。
「中央神殿管轄下の冒険者がこの島で魔物素材を獲得する場合、アンネ様が交わしたカネミング石交換の契約はどうなるのでしょうか?」
「そこがわからないのね。多分条件の再交渉になるかな。危険な場所に投入されるのは向こうの人員だから、交換レートが若干落ちるのは仕方ないか」
そんな作業をしている最中、副司令のケロスヘニゲムと、2番艦の参謀2人が臨時本部に入ってきた。彼らは朝から上陸の指揮をしていたため昼食の前からちょっと長めの休息を取らせた。こうして艦隊階層の人間が全員揃うのは久しぶりだ。前回は確か、アルトー=アファンドリ島を離れる前か。
「アンネ様、一つ提案がありますが、今よろしいでしょうか?」
「いいけど、どうしたの?そんな改まって」
「今回の探検はここで切り上げて、一度引き返すのを検討してみてはいかがでしょうか」
「……誰かがそれを言い出すと思ったが、まさかじいちゃんの口からとは……いや、じいちゃんだからか……」
今回の探検の主な目標は当然、西の大陸の発見だ。それをまだ達成してないのに、じいちゃんは回航を考えるべきと言ってる。理由はわかる。西の大陸をメインディッシュだとすると、この島は予定にないオードブルだと言える。しかしその量と美味しさで、オードブルでもうお腹いっぱいってのが今の状況だ。
カリスラントからこの島までの距離は約3300KM。対して西の大陸からの最短距離は推定1350KM。西の大陸の住民は多分まだこの島の存在を知らないが、私たちが接触すると彼らに大きな刺激を与える。下手をすると藪をつついて蛇を出す、距離的に有利な西の国にこの島を取られてしまう。まぁ1350KMは地球では大航海時代の前でもなんとか到達できる距離だが、海の魔物がいるこの世界では非常に高いハードルだ。最悪の事態になる可能性は極めて低いと思うが……西の大陸の文明レベルもまだわからない時点ではもう少し慎重に事を運ぶべきかな。
「私的にはそこまで消極的にならなくてもいいけど……みんなはどう思う?」
しかしどんな理由があろうと、一番重要な目標を諦めるの悪影響が大きい。この艦隊に参加した人の中に、西の大陸を最初に発見する栄誉がほしい人が大勢いるはず。そして今回はなんとか参加できたが次となると参加できるかどうかわからない人もいる。ここで引き返すと彼らの期待を裏切ることになる。
「大叔父様の考えも理解できます。しかし西の大陸の情報を十分に収集した上で慎重に接触すれば問題ないと思います」
「僕はこのまま西へ向かうべきと思います。ここにいるメンバーから西の地を発見する機会を奪うべきではありません」
じいちゃんを見詰めながら意見を言うのはスタニシア公爵令息テリークト、探検艦隊の参謀で副司令の補佐をしている。高齢でいつ引退してもおかしくないケロスのじいちゃんの代わりに艦隊副司令の一部の執務をこなし、次期副司令と目されている。
「儂のことはいい。ここはカリスラントの国益だけを考えよう。どうすべきかわかっているだろう?」
そんなこと言ってるけど、西の大陸の発見を一番楽しみにしてるのはケロスのじいちゃんだ。そう。ここで引き返すと西の大陸を見るチャンスを永遠に失ってしまいそうな人の筆頭がケロスのじいちゃんだ。だからじいちゃんは自分から言い出した。自分に配慮するな、ただ我々がなすべきことだけを考えろと。
「リミアの考えは?」
「……西の大陸では念入りに調査をしてから我々の存在を明かしましょう。それと増援の要請は多めにしましょう。これで問題ないかと」
「よし。ではそのように本国への報告と依頼のまとめを進めるように。副司令はそれ以上異論がないのね?」
正直に言うと、私は全然心配してない。私は自分が築いたカリスラント海軍に自信があるから。西の大陸に凄まじい技術レベルを持ちながら何故か外洋進出してない超文明が存在しない限り、探検艦隊が失敗する未来を想像できない。
「……そうか。やはり儂の世代の考えはもう古いのか」
ケロスのじいちゃんの表情が緩むが、そのやさしい微笑みがどこか寂しそうに見える。
「あの大戦の前も同じだったな。儂らはザンミアルが畏怖の対象という固定観念に囚われ、双方の戦力差を見誤った。もしアンネ様がご自身を信じきれなかったら、取り返しがつかない過ちを犯してしまうところだった……」
ザンミアルの艦隊と正面決戦する――私が自分の決断をみんなに伝えたとき、教え子たちは不安ながらも私を信じてくれた。でも元老たちは顔色が真っ青になって必死に私を止めようとした。戦いの結果によって私の判断が正しいと証明されたら、彼らは自分たちがもうなんの役にも立たない旧時代の遺物だと言って、次々と表舞台から降りると選んだ。ケロスのじいちゃんも引退するつもりだったが西の大陸を一目だけでも見たいから探検艦隊に参加した。私的にはそんな卑屈にならなくてもいいけど……
「副司令。前も言ったけど、あなたたちの知識と経験は海軍の発展に大きく寄与した。自分のことを卑下する必要はない」
「はい。心得ています」
確かにじいちゃんたちはちょっと頭が固いところがあるけど、0期生たちも私と一緒に海軍を築いた大事の仲間だ。ちゃんと自分のことを評価してくれないと私は悲しい。
「じゃあ、辛気臭い話はこれでおしまい。さっさと報告をまとめて、この後の焼肉大会に備えようか」
2番艦の人員も加わると作業はすぐに終わった。まぁ現段階では報告できることがそう多くないし探索の成果によって内容を追加するだろう。今は夜の行事の準備を考えよう。
「では、大会は2時間の予定で、途中で留守番を交代させ全員が参加できるようにします」
「うん。そうなると今夜の当番スケジュールはかなり乱れるね。みんな頑張って調整してね」
「宴会となればお酒を飲みたい人が多いと思いますが、どうしましょう?」
「そうね……当番がある人以外は解禁としよう。飲めなかった者は後の休暇時間に酒を支給する」
「只今戻りました。これから調査した場所の情報を報告しますが、その前に――」
戻ってきたキーミルが率いる探索隊が、戦利品を天幕の中に運んだが……なにあれ?
「こちらがアンネ様への献上品です」
差し出されたのは果実らしきものだが……上部に深い緑色の冠、全体が朱色のまだら模様で表面にたくさんのつぶつぶがあり、とても禍々しい見た目してる。
「毒検知した上で、私達が試食しました。とても美味しいです。きっとアンネ様も気に入ってくれると思います」
キーミルがダガーを使って器用に果実の皮を剥いた。中身の白い果肉から甘い香りがして、普通の果物と大差がないように見えるが……本来の外見を思い出すとどうしても抵抗感がある……えい、女は度胸だ!
「……ん、いけそうね、これ」
グロテスクな見た目の割に、味は爽やかな淡い酸味。噛みごたえがある食感も悪くない。もっと濃厚な味を好む人にはちょっと物足りないかもしれないが、私は好き。
こっちの作業もちょうど終わったし、ファルナがお茶を入れてみんなで海兵隊が採取した果物の賞味をすることに。
――3時間後――
夕日がほぼ完全に沈んだ頃。キャンプファイアを中心にみんなが焼肉を頬張る。ジャイラが仕留めたあの魔狼の他に、海兵隊が探索中で狩った鳥の魔獣や、うさぎやトカゲのような動物の肉もある。採取した三種類の野菜も添えてある。タレはカリスラントの伝統的なモノと、この島で採取した果物をすりおろして作ったモノで二種類を用意してくれた。宴会というより、この島の食材の試食大会みたいね。
「あの……アンネ様?そろそろ教えていただけますか?どうして私達だけ軍礼服なんでしょう?」
そわそわしてるリミア。それも当然かな。みんなが白い海軍軍服を着てるのに、紺色の海軍軍礼服を着てるのは彼女、そして私とファルナだけ。
「んー、そうね。もういい時間だし、始めようか」
今は午後6時50分。後10分で当番が交代するから、今から始めるとちょうど全員が見られる。私はキャンプファイアの隣りに建てた台の上に登り、例のものが入ってる小箱を持つファルナも一緒に。
「みんな、ここに注目!名前を呼ばれた者は前に!探検艦隊参謀長、リミア!」
会場が静まり、ここに集まった400人が見ている中、困惑してるリミアが私の前に来た。
「遅くなりましたが、貴官が得られるはずだった褒賞を今ここで授与します」
ファルナが小箱を開けて、中にある立派な勲章を私が取り出す。
「2年前の5月19日、ロミレアル湾での戦いで、貴官は第一艦隊旗艦ルクサーム=セグアンリペールの艦長として素晴らしい働きを見せました。カリスラントの命運を決める重大な戦で、獅子奮迅の活躍を見せた者には、相応しい栄光の証を授けます」
「アンネ様?これって、大宝章……いいのですか?こんな勝手を」
「大丈夫よ、陛下に許可をもらった」
この勲章は、元々リミアがもらうべきだったものだ。リミアは軍法会議にかけられたため祝勝会に出られず、その後もレルースイ=ラミエ神殿に睨まれて結局叙勲の話は有耶無耶になった。でも神殿の目が届かないここなら問題ない。国外にいる間、王の代理として褒賞を与えてもいいと、お父様の許しを得た。
「あなたのおかげて、カリスの草原の明日を覆い隠す闇は振り払われました」
満場の拍手の中で、私は大宝章サーヴィア・カリスランティア授与の伝統ある定型文を唱え、リミアの左胸の上にカリスラントの最高位の勲章をつけた。それをとても大事そうに両手で抱えるリミアは涙を流しながら、泣くのを必死に堪えてる。
(そうよ、リミア。あなたの人生はもう復讐だけじゃない。海軍で過ごした時間は決して無意味じゃないのよ)
この遅れた叙勲式をどうしてもやりたいから、私は出発してからずっとタイミングを見計らってた。その理由はもちろん、リミアの働きにちゃんと報いたいのもあるが、一番の目的はリミアにわかってほしい。そろそろ過去の呪縛から解放されてもいいということを。これで少しだけでも私の気持ちが伝わったらいいと思う。
予定通りこの島でゆっくりと探索しながら一週間の休みを過ごし、アルトー=アファンドリ島のスタッフにも連絡を入れた。6月14日の朝、探検艦隊は再び西の大陸を目指す旅に出発する。




