7-35 探検艦隊司令の影武者
――再誕の暦869年2月17日、港町サーリッシュナル、カリスラント王立海軍士官学校、校長室――
気球班の件を無事解決して、第二回探検への準備はほぼ終わった。でもそんなとき、諜報機関「片目片足のカラス」の提案により、探検艦隊は新たの施策を検討する必要が生じた。かなりイレギュラーな施策だから、顔合わせはいつもの会議室ではなく、隠密性が高い校長室を借りた。
今日の主役として私とファルナの前に座ったのは二人の少女。左はローアドム公爵令嬢プリシミーレ、まだ13歳の士官学校一年生。私の従妹でもある。もう一人はノリンストン候爵令嬢ミラテールシア。こっちはファルナの従妹。去年卒業した士官学校8期生の成績優秀者。一昨年私の最後の講義で助け舟を出してくれたことはまだ記憶に新しい。今は情報管理士官の下積みを終えたばかり、長めの休暇の後は新任参謀として第四艦隊に編入する予定。でも今日の面談の結果によって赴任前に所属が変わるかもしれない。
「王家の使いから話を聞いたと思うが、あなたたちはこの任務について、どれくらい把握している?」
どっちが答えるべきかを決めるために二人は視線を合わせる。そしたら年上のミラテールシアではなく、身分が高いプリシミーレが口を開く。
「西の大陸、特にストリュア神聖帝国からの情報収集を妨害するために、私たち2名はお二方に誤認されるように偽装して、別行動します」
王家の使いという体裁だが、あれの正体は「カラス」の人間だ。立てた作戦も「影武者」という、非常に諜報機関らしい提案。カリスラント海軍の移動能力を駆使すれば、見た目が私に近い人間を別の場所に送り出すのも簡単。私の行方を追う人を惑わす効果は十分だ。でも私はあまり乗り気じゃない。
影武者に選ばれるくらいだから、二人の容姿は私たちと共通点が多い。プリシミーレは私の従妹だけあって、髪色はほぼ同じのプラチナ。まだ子供と言える年齢だから体格も近い。顔はそんなに似てないが、後ろ姿、もしくは遠くから見るだけでは見分けにくいだろう。ミラテールシアのほうも髪色はファルナと同じ、人目を引く神秘的な紫。ファルナのような特徴的な巻き毛ではないが、そこは帽子を被るなどの工夫でカバーするかな。大事なのはこのプラチナと紫のコンビで姿を現すこと。これだけピンポイントに条件が揃うと、大抵の人は私とファルナだと誤認するだろう。
「王家からの要請だからといって、拒否権がないわけでもない。これは絶対に必要なことではないから。あなたたちが望まないならやらなくてもいい」
「アンネ様は、私たちがこの任務についてほしくないのですか?」
「そうよ。既に一人前のミラテールシアはともかく、プリシミーレはまだ一年生。これから学ぶときでしょう?しかもこれは非常に特殊な任務。一般的海軍の仕事とは全然違う。どう考えても、あなたたちのキャリアにとってプラスにならない」
「私たちのことを案じてくださるのですね。でもアンネ様の方は?この任務は、アンネ様のタメにならないのですか?」
嘘を言いたくない。でも従妹の言い分を認めるとどうなるかは目に見えてる。
「……すごく役に立つよ」
「なら、これは私たちがやるべきことです。ミラテールシアさんも、そうですよね?」
「はい。わたくしも同じ思いです」
「アンネ様、お二人の気持ちを無駄にしてはなりません」
「はぁ……わかったよ。ただし忘れてはいけない。あなたたちの本分は海軍士官と学生。私の替え玉として振る舞う必要があるのは外に出るときだけ。ではファルナ、二人の扱いについて詳しい説明を」
「はい。プリシミーレさんは3番艦に搭乗しますが、普段は生徒らしく勉学することになります。なるべく勉強環境を整えますが、船上では限界があります。代わりに3番艦の乗組員全体がプリシミーレさんの指導に当たります。特にミラテールシア、お二人の任務上一緒にいる時間が多いので、あなたには家庭教師のような役割を果たしてもらいます」
学校ではなく、船で勉強するプリシミーレは他の誰にも体験できない、特別な学生時代を過ごすことになる。もし将来士官学校が分校や遠隔授業などの施策を導入するなら、プリシミーレの経験を参考できるかもしれない。
「理想的な状況ではあなたの勉強が大きく遅れることはないと思う。でも同級生たちとの環境があまりにも違うので、首席と成績優秀者の選考からは外すしかない。そういう在学中の栄誉を掴むチャンスは永遠に失うのよ。本当にいいのね?」
「はい!そんなことより、アンネ様の役に立つ方が嬉しいです!」
「ミラテールシアは基本3番艦の参謀として務めてもらいます。今回の探検は元々3つ分隊で行動するように計画されています。3番艦の参謀は貴女一人なんですが、参謀長や副司令補佐のような高い権限はありません。そこ大事だから間違えることがないように」
「わたくしに分隊の方針を決める権限はなく、分隊全体のコンディションに気を配るのが主な仕事になります。この認識は正しいでしょうか」
「そう。3番艦分隊は単独行動してるときでも指示通りに動く立場だ。新任のあなたにとってもそのほうがやりやすいでしょう」
第二回探検は船9隻で基本3つ分隊で動くのは最初から決まったが、3番艦分隊に影武者的な役割をやらせると動き方を少し変える必要がある。本来の計画では独立性が低いので参謀を配置しないが、ミラテールシアが加わるならちょうどいい。
「責任が少ないとはいえ、参謀は貴女しかいないので、必要な時艦長や副艦長の代行になって、ブリッジを引率するのも役目です。後は探検関係のスキルと知識補強。外洋航海に必要不可欠の水面下監視用レーダーの講習を受けてもらいます。現在の計画では、アンネ様の偽りのスケジュールを作るために、今年の夏までに3番艦分隊はクルジリオン、アルスト、ラージアンス、この3つの街を訪れます。後に現地に関する資料を支給するので、予め目を通すように」
こうして見ると、やることはかなり多いね。急に配属が変わるから仕方ない。ちなみにラージアンスはカーチマス王国北部の港町。私もまだ行ったことがない。カーチマス大使から話を聞いただけで、まだほぼ情報がない。
「ギーアル半島を南から巡るのですね。フーレレヤには行かないのですか?」
「フーレレヤを知っているのね。確かにストリュア神聖帝国領内にあなたたちを派遣するのが一番効果的だ。でもさすがに危険すぎるから行かなくていい」
「あの、私も西の大陸に関する資料を読んでもいいですか?」
「いいよ。でもプリシミーレは勉学が本分……こうしようか。テストに合格するたびに資料を支給する」
最後に確認するのは一番大事なこと。二人の安全確保について。
「私に会おうとする神聖帝国の人間はそこら辺にうろついているだろうが、3番艦分隊は彼らに追いつかれないように行動する。現地で会うギーアル人のトップはあなたたちの任務を知っているから、これで問題発生の可能性はほぼないだろう。万が一ストリュア人と鉢合わせたら、面会の約束がないなど適当な理由であしらう。その後私のほうで一度表に出るから、あなたたちがまとわりつかれる心配はない。相手が身柄確保のつもりで強硬手段に出るなら、あなたたちが無理する必要はない。さっさと自分は本物じゃないと認めてもいい。相手も無駄に外交問題を起こしたくないから、諦めてくれるだろう」
「二人は高い身分だから人質にされる危険もあるので注意してください。この任務に従事する間その場しのぎの身分詐称をしても構いません。海兵隊もいるのでそんな事態になる可能性は極めて低いと思いますが」
ストーカーたちは私の拉致に成功したらもう皇帝選で勝ち同然だと考えるはず。でも私の偽物は拉致してもどうにもならない。人質にして交渉してもすぐに露見する。神聖帝国の上層部が容認するとは思えない。だから二人はいざというとき正体を明かせば大丈夫と思う。
「では、本来なら卒業時にもらう軍礼服を、特例で今から支給する。後で採寸に行くように。それと、これを」
私はプリシミーレに黄色の装飾を手渡す。非常に大事なものだから、普通ならこれを授与するのは正式な式典でなければならない。こんな誰も見てないところであげるのは異例中の異例だ。
「これは司令を意味する装飾。普段使うのは許されない。あなたが私の替え玉として人前に出るときだけ服につけるように」
「……はい」
少し震え声のプリシミーレは装飾を大事に保管する。これで第二回探検に向ける人事調整は終わった。2月下旬の慣熟訓練を無事済ませて、3月15日、探検艦隊は再び西へ出発する。




