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7-34 呪われの過去から追いつく影

――再誕の暦869年2月8日、港町サーリッシュナル、カリスラント王立海軍士官学校、会議室――


 少し暖かくなってきた2月の午後、私は久しぶりに士官学校に来た。今日は珍しくファルナがいない。彼女の前でしたくない話だから、家族の元に帰る隙を狙った。というより、この話をするために彼女を実家に戻した。一人では心細いので、ホーミルマとリエメイアいった参謀陣のサポートで臨む。ちなみにサーリエミはテリエニア専制公国へ支援するために内海に派遣され、今は帰還している道中。


「アンネ様、わたくし達を呼びつけたのは、気球班の件ですか?」


「その通り。長話になりそうだから、座っていい」


 長机の向こうに三人の生徒が座った。代表して発言するのは観測員のドルースゥ公爵令嬢グランシャー。さすがに高位貴族だけあって、私相手でも臆せずに話せる。同じ班の仲間は下級貴族出身でかなり緊張しているみたい。彼女たちは海軍士官学校の三年生だが、探検艦隊に気球班が足りないと聞いて、実習生として参加したいと申し出た。


「あなたたちの訓練記録は見た。なかなかのものね」


「恐縮です」


 机にグランシャー班の資料が置いてあるけど、既に目に通したのでここでめくる必要もない。もう三年生の後半だから、実務をこなすのにちょうどいい時期だ。能力を見ても問題なさそう。でも……


「でもあなたたちは船での勤務をまだ経験していない。やっぱり実習は近くの海で行ったほうがいい。探検艦隊は長い期間本国を離れるから実習先としては不適切だ」


「お言葉ですが、第一回探検ではリエメイアさん達は実習生として参加して、見事やり遂げました」


「参謀と気球班ではわけが違う。あなたたちもわかっているでしょう?空では一歩間違えると大怪我する。探検の途中では十分な治療を施せない場合が多い」


「それくらいの危険は、わたくし達が海軍に入ると決めた時点で覚悟しました」


 私の隣にいる参謀たちはグランシャーの言い分が正しいと思っているみたい。今のは少し過保護だと私も自覚している。


「……アンネ様、腹の探り合いはやめましょう。わたくしが志願する動機を疑っている、その真意を知りたい……そうでしょう?」


 王女に対して不遜とも言える物言いに、ホーミルマとリエメイアは険しい顔になる。


「……わかった。回りくどいのはここまでだ。あなたとファルナの因縁を考えると、どうしても裏があるように思える」


「因縁……確かに、そう言えるかもしれません。わたくしは、そんな風に思っていませんが……」


 4人の婚約者が次々と若死したことから、ファルナは「呪いの令嬢」と呼ばれるようになった。3人目までは事故、病死、使用人による毒殺、どれもファルナと明らかに無関係。完全に偶然だ。でも最後の4人目だけ少し違う。ドルースゥ公爵令息、つまりグランシャーの兄は元々鬱病の傾向があったらしい。でも症状が急激に悪化するのはファルナと婚約してから。「次は僕だ」と、ファルナの悪い噂に怯えて、部屋に閉じこもった。そしてある日の朝、彼は首を吊った姿で発見された。葬儀の場で、幼かったグランシャーは取り乱して、「貴女が殺した」、「兄様を返して」、などの厳しい言葉をファルナにぶつけた。非常にセンセーショナルなエピソードだから、一時は社交界の話題になって、やがてファルナの悪い噂が拡散して定着した。グランシャーから見ると、ファルナは兄の仇。ファルナにとってのグランシャーは、自分の名声を地の底に貶した張本人。二人が対面したらなにが起こるか、私にもわからない。


「はっきり言いましょう。わたくしはもうファロネールシアさんのことを恨んでいないし、危害を加えようなんて考えていません」


「本当なのか?どういう心境の変化だ?」


「わたくしも少しは、大人になりましたので……ファロネールシアさんは何も悪くないということは理解しました」


 大人になった、って言ってもまだ15歳。多感な時期だ。本当に大丈夫か?


「なら、両親の猛反対を受けても、なお探検艦隊に志願する本当の理由は?」


「……わたくしの言葉で気を悪くしないでほしいです。ファロネールシアさんに悪意がないのはわかりました。しかし呪いは実在していると思います」


「はぁ?」


 鏡を見なくてもわかる。自分は今かなり怖い顔をしてるだろう。隣のホーミルマとリエメイアが動揺しているくらいだ。


「どうか落ち着いてわたくしの話を聞いて下さい。きっとこれはファロネールシアさんのせいではありません。彼女も呪いの被害者なんでしょう」


「……ファルナにそんなつもりはないが、身に宿った呪いが周囲の人間に牙を剥く、とでも言いたいのか」


「はい。仰る通りです」


 グランシャーの言葉を完全に否定することはできない。実際似たようなことを考えてる人はそれなりにいる。お母様も私とファルナの関係を危険視しているし。


「探検艦隊に志願するのは、兄様のような被害者をこれ以上出さないためです。ファロネールシアさんの周りに現れる呪いの兆候を絶対に見逃すことがないように、わたくしは観測員としてこの両目を磨き上げました。後は同じ部隊に配属されるだけです」


 こんな胸を張って堂々とストーカー宣言する人がいるとは。予想していた方向と違う話に思わず頭を抱えたいとき、こっち側にもその考えに同調する人が出てしまった。


「グランシャーさんの言う事に一理ありと思います。もし呪いが本当に存在して、アンネ様に万が一のことがあれば、カリスラントの……いいえ、全世界にとって大きな損失になります」


「リエメイアまで……」


 もしここが地球なら、彼女たちの考えを迷信だと断じるのは簡単。でも魔法が実在するこの世界だ。呪術も実在しているらしい。非常に珍しいもので、私も実際に見たことはないが……


「アンネ様に一つお願いしたいことがあります。わたくしは、ファロネールシアさんの面を向かって謝罪したいです。昔のわたくしの言葉が彼女を深く傷つけました。そのことにずっと後悔しています。探検艦隊に参加する前にそのことを清算する必要があるのも存じています」


 呪いの話はさておき、ファルナと和解したいというグランシャーの提案は歓迎すべきものである。ファルナはずっと自分の過去に苦しまれている。グランシャー班が探検艦隊に志願するのを知ってから毎日悪夢を見るくらいだ。今はもうグランシャーに恨まれていないことがわかるだけでも、心が軽くなるだろう。


 グランシャーとの話が終わり、採用するかどうかはこれから吟味すると伝えて、一旦帰らせる。ホーミルマからは「警戒する必要はあるが他に気球班の候補がいない」、そしてリエメイアは「嘘を言っているように見えない」と、否定的な意見は出なかった。後日、グランシャーはファルナへの謝罪を無事済ませ、実習生として探検艦隊に参加することが決まった。彼女は本当に余計なことを考えていないか、気球班の責務をちゃんと遂行してくれるのかはまだわからない。でもこれでよかったと思う。グランシャーと会ったときのファルナはずっと難しい顔をしていたが、私にはわかる。ファルナの内心ではすごく安堵した。


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