#337「融合と習合」
伝承融合・童謡化。
黒詩の魔女が有する魔法のひとつ。
バーバ・ヤーガ、ジャヴァウォック、グレイマルキンといった存在を、その存在がモデルとされる伝承すべてと融合させ、童謡の主人公にするコトで〝伝承世界〟を操る。
歌詞は詩となり、呪文となり、歌は詠唱となって、通常の魔法行使とは異なるプロセスで奇跡を起こす超高等魔法。
しかし、ヴァシリーサが対象に出来るのは本来、童話や御伽噺と親和性の高いモノだけ。
黒詩の魔女は童女の夢と狂気、子どもらしい空想、そういった概念に特化した魔法行使に秀でている。
逆に言えば、それ以外はあまり得意ではない。
魔女であるがゆえに高次の階梯で魔法全般を使えるが、子どもというのは興味の無いコトほどおざなりにするもの。
なので、白嶺の魔女ほど、多種多様な魔法を積極的に使おうとは思わない。
それよりも、自らが保有する大魔法の派生を操作したほうが、よっぽど効率的でもあるからだ。
現実の否定。熱病にうかされて見る悪夢のような非現実具現化。
代表的なのは、やはり怪奇屋敷・魔女王国。
ヴァシリーサは空想を羽ばたかせて、自由にああいった異界を創造可能だ。
クリスの心臓を治療しようとしたのも、この魔法を利用したもの。
実際、傷を小さくして外見的には完治した状態にまでは、心臓を修復するコトが可能だった。
だが、第八の原棲魔グラマティカ。
有角神の目的は、ヴァシリーサの面を剥ぐコト。
つまり、魔女の依代となっている深層貴種の生首をヴァシリーサから分離させ、通常不可逆である人魔転変の帰結を遡行させようとしていた。
魂に干渉しようと意図して、貫手を放ったのだ。
心臓は血液と密接に結びつく重要な内臓器官。
肉体的欠損などより、魂に負ったダメージのほうが深刻だったため、クリスは瀕死状態に陥ったのである。
であれば。
“北辰星極・冬司る七獣神・伝承融合”
ヴァシリーサは歌うだろう。
童謡ではないため、不得意ではあっても。
フォークロアは親戚のようなものだから、不可能ではない。
北方大陸において、人々の暮らしと最も繋がり深い伝承とは何か?
長すぎる冬を七つに分ける。
苛烈にして冷酷な冬の姿が、七つあったから七つの冬至。
白嶺の魔女は七獣神を降し、従えた。
ならば娘である黒詩の魔女は、母親の力を継承し下僕に命じるわ。
愛するご主人様へ、ともに忠誠を尽くす若き騎士。
この者の命を永らえさせたまえ。
この者の魂を癒したまえ。
七柱のなかで最も獰猛なる冬の神よ。
「汝の名は泰山雪崩! 顎の貪狼!」
第一冬至の名のもとに、いざ、クリス・クレイコートの真名となれ。
栞を挟んで本を閉じるように。
ヴァシリーサは歌い終えた。
したがって──
「ッ!」
「やったわ!」
騎士は目覚め、その心臓には神が宿った。
魔女の眷属、冬騎士の誕生。
西の戦場は、これより大顎を開けた雪崩獣の遠吠えを聞く。
「なん──だと……?」
魔女の圧力が戦場に戻った。
大地を呑み込み攫う雪崩の鳴動が止まらない。
グラマティカは目を見開き、ギンヌンガから大きく距離を取った。
上空に浮上し、西の戦場を俯瞰。
ギンヌンガの足元さえ雪崩が覆い、自然の法則を逸脱したありえない災害が規模を拡大していく。
円心状に広がる雪崩。
それ自体はまだ、いい。
問題なのは、
「馬鹿な……業に克ったというのですか……?」
黒詩の魔女は、決して母親と再会できない。
そのような魔として転変したはず。
だというのに、これは、いくら使い魔契約といえども……まさか、そんな馬鹿なはずが……!
「それは我らの理に逆らっている! そなた、第八の法理をなんだと……!?」
盟約の裏を、どうやって掻いたのか。
思わず、グラマティカは語調をも乱した。
なれど、不愉快な事実はなおも続く。
魔女の眷属となった人間が、戦場を走り始めたのだ。
雪崩を纏い、ただの衝突それだけで軍勢を窒息と圧死の雪下に埋める疾走。
加えて、剣を振れば放射状に雪崩が起こり、雪の波濤がネルネザゴーン軍を襲う。
剣を振らずとも、殴打、掌底、徒手格闘の一撃一撃に雪崩と同等のインパクトが備わり、ただの人間が完全に冬の化身と化していた。
このままでは、西の戦場は全滅で終わる──。
さらにさらに。
「“創世前夜・滴り落ちる虚空の裂け目”ッ!!」
「ッ……!」
第五世界の怪神が、グラマティカのいる上空へ跳躍して来た。
百メートル以上のジャンプ。
巨人並みの巨体を誇るというのに、ありえない身体駆動。
もやは、グラマティカに選択肢は無かった。
ネルネザゴーン軍を守る。
その目的が叶わないのなら、戦場に残り続ける理由は無い。
もともと、この場には鯨飲濁流の本体もいないのだ。
吸血鬼の信奉者が大幅に数を減らすのは不愉快な展開だったが、ギンヌンガ、ヴァシリーサ、雪崩の騎士を相手に軍勢を守り切るコトなど不可能だと判断する。
ギンヌンガの相手だけでも、厳しいのだ。
無の毒が自分に触れる前に、異界の門扉を開けて逃走した。
「アアッ!? 逃げるのか!?」
「逃げますとも。そなたは恐ろしい。心底から恐ろしい……!」
その光景を、大地に残るネルネザゴーン軍も見ていた。
「……グラマティカ卿が、逃げた」
「おれたちを、見捨てやがった……?」
「この戦場はもうダメだぁァァ!」
第八の有角神すら逃げ出すようなカイブツと。
鯨飲濁流と同格のバケモノ、黒詩の魔女を相手に勝てるワケがないッ!
突如として湧いて出てきた謎の騎士にも、次々に軍勢が殺されていく。
そこに、
“バーバ・ヤーガバーバ・ヤーガ”
“ジャバウォックジャバウォック”
“グレイマルキングレイマルキン”
残酷童話の詩が響く。
仮にも魔に転変したモノならば、それがどれだけの絶望かは言うまでもなかった。
彼らは起こしてはいけないモノを起こした。
その報いを、大魔の加護を失った小魔どもは思い知る。
西の戦場の結末を、その行方を決めたのは忠誠心。
ただひとりの、騎士が抱きし忠誠心。
取るに足らない砂粒のような人間が、ただその一念だけで奇跡を起こした。
これは、その当然の報酬なのだった。
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──
メラネルガリアの戦場でも、奇跡は起こった。
悪逆現象の暴虐によって、窮地に陥ったメラネルガリア軍。
主戦力と言っていい黒曜石家を戦闘不能に追い込まれ、ダークエルフは女王と王太后を失う寸前。
下劣な欲望に垂涎をこぼす異形の一角獣。
ジュリウスは微かに黒曜石化してしまった槍を眺め、フンと肩を竦める。
得物は瑕ついてしまったが、この程度ならば大過は無い。
卑しい槍を血で濡らし、乙女の腹を捌いた感触に喜悦の舌舐めずり。
今度は幼子か。
突くと同時に胴が裂けそうだ。
そんな下劣さで笑みを零して、ゆっくりメラネルガリアの女王へ近づく。
間に立ち塞がる女多数に男ひとり。
男が邪魔だな、と僅かに白けたところで──
「──ああ、嘆きの声が聞こえるな? 余に救いを求める末裔らの声だ……!」
「!?」
悪逆現象は、空から降り落ちる烈しい炎を見た。
炎は剣のように燃え盛り、真っ直ぐにジュリウスを狙って突き落ちて来た。
当然、後方に回避して難を逃れるが、ジュリウスは目を疑った。
知っていたからだ。
古代北方大陸でエリヌッナデルクに参加していれば。
いや、あの大戦に参加などしていなくとも!
あの時代、栄えある王国に君臨した偉大な征服者の名は轟いていた。
まつろわぬ夷狄を滅ぼし、焦熱と熾火を司る玄き父を自称し、夜を照らしたその功績を以って冠を戴いた者。
セプテントリア王国の初代王にして永世王。
ダークエルフの英雄であり、鯨飲濁流と一騎打ちで戦った北の人界救世主。
セプテントリアの姓を持つのは、この〈渾天儀世界〉で唯一彼だけ。
「さぁ、凱旋である。煌めく夜に余の復活を謳え……!」
「ッ!」
北方大陸王、メレク・アダマス・セプテントリア。
掛け値なしに、覇王。
その剣が、ジュリウスを狙う!
刃とカラダの間に槍を挟み、ギリギリ阻むが、
「ほぅ? 阻むか? だが異形の一角獣よ、余の剣を受け止めるというコトは、人界の焔、そのすべてを受け止めるのと等しいぞ……!」
「……!?」
槍が、焦げる。
槍が、溶ける。
防御を破られ、このままで胴体を両断される。
直観があった。
ジュリウスは自ら後方に足をズラして、後ろ走りで大きく逃げる。
「ほぅ? 馬脚でも、そのような動きができるのか。奇天烈なものよ」
「──ッ」
言葉には反応せず、ジュリウスはキング・セプテントリアの全身を視界に収める。
漆黒の外套。漆黒の王冠。燃え盛る漆黒の両手剣。
特徴はやはり、古代王のそれと一致している。
だが、キング・セプテントリアは死んでいる。
鯨飲濁流と戦い、敗死した。
歴史は嘘ではない。
そのうえで、情報体であるジュリウスに本能的恐怖を与えるのならば、
──これは、これは……!
「英█現█か──!」
「惜しいな。余の場合、人工の、と枕詞がつく!」
「ッッ!?」
ジュリウスよりも、より輪郭を克明に。
ジュリウスよりも、たしかな存在感で。
ジュリウスよりも、ハッキリした肉声を放ち。
北方大陸王は再び迫る。
槍の有利などあったものではない剛力大剣。
人工の、英雄現象?
なんだそれは。なんだそれは。なんだそれは──!?
同じ情報体だから、刃が通るというのか!
これが同じ情報体だと!?
ふざけるな。ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな──!
悪逆現象は怒りに目を血走らせる。
格の差が、明確に差異を示すからだ。
女殺しの大量殺人鬼など、所詮は塵芥。
本物の輝きに比べれば、陰で囁かれるコトさえ烏滸がましいと。
世界から突きつけられる。
情報の濃度が、あまりに違う!
槍が、欠ける。
そのとき、ふと英雄の背後が武器の交錯の狭間で垣間見えた。
「オマエたちは……!」
「“凍てつく夜に炎よ踊れ。煌めく明日の希望を灯すがいい”」
「“汝は王にして救世主、そして、汝は神である”」
「“第五の地平に舞い降りよ、ここは我らの棲む世界”」
魔術。
ダークエルフの新手。
神官風の隻眼の小僧と、巫女装束の小娘が詠唱している。
人工の英雄現象。
そうか。つまり、そういうコトか。
先ほどもジュリウスの槍は魔術によって瑕を得た。
英雄現象も悪逆現象も、ともに情報体。
その成り立ちは、魔術の発動プロセスと似ている。
魔術。魔術。魔術!
世界に詐術を働くペテン!
死に生きる魔物も、ジュリウスのような現象存在も。
ともに〈壊れた渾天儀世界〉だからこそ。
矛盾が矛盾のままに受け入れられる歪み。
ゆえに、その世界にこそ干渉を行えば、情報体を殺し得る。
新たな英雄現象を、この世に召喚するコトもできるのだろう!
否、魔術大国メラネルガリアのダークエルフだからこそ、それは実現し得るのだ!
しかも、術はまだ終わっていなかった。
復活したメレク王は、徐々にその双眸を翠色から黄金に変えていく。
煌夜剣を燃やしながら、ただ北方大陸王というだけではなく。
もっと違う存在──高次元の存在へ、変化していく。
まるで、歴史に偉業を刻んだ英雄が、時に後世の人間から神として祀られるコトもあるように。
その存在規模を、天へ属するモノへ変容させる!
ジュリウスは真っ向から攻め立てられながら、歯軋りした。
「おお──そういえば、まだ名乗りを上げていなかったな」
「ッッ……!」
「余の名は、メレク・アダマス・セプテントリア──ではない」
神官と巫女。
魔術師が詠うのは、種族古来の神を降ろしめす言の葉。
必要な術式構成要素は、幸いにも揃っている。
何しろここは、荘厳なる銀嶺ティタノモンゴット。
地上で最も第五世界の理が強く、ダークエルフと巨人、双方が集まり、儀式上は過去最高に整えられていた。
だが、神そのものを降ろすワケじゃない。
第五世界の神、夜闇の王は秩序律に身を捧げ、夜を維持した。
ゆえにこれなるは、習合。
「余の真名は、メレク・モルディガーン──!!」
キング・セプテントリアと、夜闇の王が習合した姿。
まさに、大英雄の復活と神霊の降臨を同時に叶える大魔術。
悪逆現象は天に掲げられた断罪の剣を目にした。
いつの間にか、煌夜剣の輝きに白銀が混ざり込んでいる。
周囲の環境もまた、月の神殿に変化しつつあった。
第一級神話世界、夜闇の王の〈領域〉……!
「征くぞ? 悪いが末裔に手を掛けた以上、貴様を見逃す理由は無い」
「一角█とて、野卑█る獣!」
「事象改竄」
「“乙█を殺█串刺█の死走り”!」
「“月晶記録砂塵化”」
梟雄の奥義は、極めて矮小化されて何の作用も世界にもたらさなかった。
鍛え上げた武威、積み上げた悪逆の歴史、何もかもが月の表面を覆う細かな砂粒のように微細に改竄された。
後に残るのは、間抜けなまでに槍を突き上げた姿勢で隙を晒すジュリウス。
そこに、
「では死刑だ」
メレク・モルディガーンは、煌夜剣を振り落とした。
まつろわぬ夷狄を数多と屠り続けた征服者の覇剣。
罪人に判決を申し渡す王の裁定が、異形の一角獣のヘルム、複数のツノを叩き折りながら頭蓋へ直撃した。
炎が、柱となって梟雄もろともに天地を焦がす。
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tips:炎に焼かれる天地
メラネルガリアの戦場から、大量の火の粉がティタノモンゴットに舞い降りる。
黄衣の女怪、ロドリンド・コルティジャーノの邪視領域にも、その火は空から燃え移った。
もともと、完全には閉じてはいなかった〈領域〉だ。
モーディン王子とロフフェル王子の抵抗によって、肉の籠はギリギリで脱出の隙間を残していたし、魔法陣の多重展開を強引に押し潰すコトもできていなかった。
だから、肉の天蓋は炎に焼かれ、ドロドロと崩れ落ちて瓦解を始める。
「なんでよッ!? どうしてよッ!?」
ヒステリックに喚く大魔。
フェリシアは、短剣を引き抜く。




