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ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚  作者: 所羅門ヒトリモン
第3部 宣戦編

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336/344

#336「さぁ詠え反撃の詩を」



 邪視の〈領域〉は、メラネルガリアの戦場へも影響を与えていた。

 炎素翠液による大爆発。

 現代に復活した神造兵器の猛威によって、ネルネザゴーン軍と悪逆現象は翠色の炎に呑み込まれた。

 その威力は、ティタノモンゴットの国土に横向きの大穴すら開ける大爆発をもたらしたが、黄衣の女怪の大魔法によって想定よりも威力は小さくなってしまった。

 肉の泥、肉の繭、肉の籠が、奇しくも防波堤のような役割を果たしたのだ。


 しかし、そんな事実があろうとなかろうとも。


「…………」

「ウソでしょ……アイツ、なんで死なないのよ……!?」


 梟雄は無傷だった。

 いや、無疵と言うべきか。

 異形の一角獣は情報体。

 ゆえにどれだけ絶大なダメージを浴びたとしても、人々の記憶、霊脈に折り重なった数多の想念こそが像を結んでしまう。

 ()()に対して、そもまともに抗しようとするのが間違い。

 遅れ馳せながら、ティアは自らの失策を悟った。


 情報体を殺すのならば、その元となっている現在の世界法則をこそ、姉に斬り殺してもらうべきだったのだ……!


 だが、気付きは遅い。

 如何に爆発の指向性を計算して罠を配置したとはいえ、隘路に誘い込んでから爆発に至るまでの時間はとても短かった。

 メラネルガリア軍は爆発の余波で再起動までに時間がかかる。

 ネルネザゴーンの怪人たちを一網打尽に殺せはしたが、悪逆現象が残っているのなら戦果とは言えない。

 妹は姉に叫んだ。

 昔から、直面した難題に解答のための道筋をつけるのは妹の役目で、難題そのものを打倒するのは姉の役目。

 だから何をすれば勝てるのかを、叫ぼうとしたのだ。


「セラスッ!」

一角█とて(ビースト)野卑█る獣(パラディーン)

「! ティアーッ!」

「──!」


 しかし、女殺しの殺人鬼はそうはさせなかった。

 悪逆を繰り返して得た技の冴えだろうとも、武には変わらぬ。

 敵があれだけの隠し球を持っていたのなら、まずは確実に仕留めてから遊興に耽ると。


「“乙█を殺█(カズィグル)串刺█の死走り(・モノセロス)”──!」

「ッッッぁ! ぐぁ──!」

「この──!」


 ティアを串刺しにし、天へ突き上げ、乙女の腹を裂くように振り下ろす。

 振り下ろす先は当然、猪突猛進型のもうひとりだ。

 怒りのあまりにジュリウスに縮地で迫ろうとしていたセラスだったが、長年ともに側で守り続けた妹が乱暴に地面に転げ回るのを見過ごすコトはできなかった。

 妹を庇うため、ただそれだけのために剣を落として大切な肉親を受け止める。


 その隙を、悪逆現象はさらに突かんとし、


「貴様アアァァァァァァァァッ!!」

「──!」


 背後から来た新手。

 ダークエルフの男。

 双子姉妹の父親、バルザダークが振るう剛剣へカウンターを返さざるを得なかった。

 黒曜公は脇腹を貫かれる。

 しかし剣を捨て、腹に刺さった槍を両手で握りしめた。

 そのまま、魔術を発動し槍を黒曜石に変換していく。


「!」

「得物がなければ、如何に情報体とはいえ奥義は使えまい……!」


 獰猛に笑うバルザダークに、ジュリウスはすかさず蹄を叩き込んだ。

 首から上だけじゃなく、悪逆現象は脚も馬のそれに変化している。

 つまり、最低でも馬の脚力そのもの。

 馬力そのものによって、バルザダークは胸を蹴り飛ばされた。

 悪逆現象ならば、どれほど倍加した力だろう。

 脇腹から槍が引き抜かれ、内臓を多大に損傷しながら、姉妹の父は戦場の端まで吹き飛ぶ。

 きっと、肋骨も砕けて肺に刺さった。ひょっとすると、心臓まで。


「セラス様とティア様を守れ──!」

「治療兵ッ! 急げッ! バルザダーク公にもだッ!」

「メランズール殿下……メランズール殿下……!」


 メラネルガリア軍は、壊滅の危機に瀕する。

 幼い女王と王太后は、懐刃(セドリック)に守られながらも、同胞が蹂躙されるのをただ見るコトしかできない自分たちに歯を食い縛り──


「私たちにも、剣を」

「!? いけません、ルフリーネ様!」

「黙れ、セドリック。これは女王命令だ」

「っ……!」


 貴種の責務を果たすため、武器を手にした。

 邪悪な下種は、もうすぐそこまで近づいて来ていた。






 ────────────

 ────────

 ────

 ──






 反対側の戦場。

 そこでは、ネルネザゴーン軍とデモゴルゴンが勢いを取り戻しかけていた。

 彼らには理由が分からなかったが、黒詩の魔女の放つ圧力が嘘のように消えてしまったからだ。

 ただし、謎のカイブツは依然として暴れ回っており、恐ろしいコトに第八の有角神と戦っていた。

 大魔と怪神の激突によって、戦場には天変地異が起きている。

 吸血鬼化した怪人たちもデモゴルゴンも、そのせいでイマイチ戦場にカラダの向きを戻せない。

 しかし、黒詩の魔女の気配が極めて小さくなったコトで、グラマティカ卿が何らかの戦功をあげたのだと考えていた。

 その歓声と鬨の声は、戦場をじわじわと囲い込んでいく。


 ギンヌンガには鬱陶しいコトこの上なかった。


「オマエ──オマエオマエオマエ、オマエェッ!」

「なんというコトだ。こんなモノが巨人どもの穴倉に隠れていたとは」

「アタシのトモダチを、よくも泣かせたなァ!」

「トモダチ……? いったいどういうコトです? なぜこんなワケの分からぬカタチに? わざわざ人格を与える意味など……」

「ブツブツブツブツ、喋るなァッ! オマエは許さないッ!」


 巨大な爪が、空を裂き地を抉る。

 比喩表現ではない。

 有角神、グラマティカは牛馬にまたがり空を駆けながら、それを絶対的に避けていた。

 当たれば死ぬどころの話ではない。

 仮にも神の一字を授かるモノとして、グラマティカにはギンヌンガの正体がうっすらと分かりかけていた。

 正直に告白すれば、もはやこの戦場から離脱したくてたまらない。

 それほどの畏怖をギンヌンガに感じている。声の調子と表情は変わらないが。


「第五世界の神は正気ではない。そなた、いや、そなたとすら呼ぶのも身の毛がよだちます」

「! アイツらを……アタシの前でブジョクするのかぁ!?」

「侮辱ですか? 違いますね。これは事実です──世界神の残した抜け殻、万物の根源たる流出口よ。いや、あるいはその複製なのですか……? 世界には必ず、似たものがどこかにあると言いますが……」

「ゼッタイに許さない! みんなの国をこんなにメチャクチャにして、そのうえアタシのトモダチまで泣かしやがった! なのに、アイツらのワルクチまで言うなんて、もうゼッタイに許さないぞ──!」

「さてどうしたものか」


 グラマティカはギンヌンガの攻撃を集中して躱しながら、しかし異界の門扉を開けて逃亡は図らない。

 ギンヌンガを放置すれば、最悪の場合、大魔数体どころかネルネザゴーン側の全滅もありえると踏んだからだ。

 グラマティカにとって、それはなるべくなら避けたい。

 しかし、ギンヌンガへの有効打なども思いつかない。

 存在規模(イデア・スケール)の次元が違うためである。

 本来なら戦いの様相を呈するのもオカシイが、とにもかくにもグラマティカはギンヌンガの相手でかかりきりになった。


 当初の目的──黒詩の魔女から面を剥ぐことも出来ない。


 魔女はすぐそこで、無様にも隙を晒しているのに。

 人間ひとりが死んだだけで、まるで人間のように泣いている。

 グラマティカにはそれが失望甚だしかった。

 呪文の原初(オリジン)を与えられ、仮にも魔神の器となったモノが、なんだアレは?


「──やはり、ゲーン陛下しか望みはありませんか」


 苛立ちから、わずかに意識が逸れた瞬間だった。


「“創世前夜(ドラウプニル)──」

「なん、と──」

「──滴り落ちる(ギンヌ)虚空の裂け目(ンガガブ)”」

「!」


 グラマティカは、束の間、〝世界を破壊する爪〟の真の姿を垣間見た。

 西の戦場が、〝無〟によって意味を失う。

 存在という存在が、その爪に掻き立てられた場所すべてでゼロになる。

 この〈渾天儀世界〉で、それはあってはならないルール違反。

 愛騎は、犠牲にするしかない。


「おのれ、第五世界」


 回避不可、防御不可、対策不可。

 グラマティカは牛馬を乗り捨て、対象範囲から自分を切り離す。

 ギンヌンガはひどく驚いた声を上げた。


「!? いまの、どうやって──」

「そなた以外にも、神はいるのです」


 グラマティカの周囲に、幾つもの呪文が浮かび上がる。

 可視化した呪文の原初(オリジン)、すなわち物質化した()()そのもの。

 魔界の法理が、周囲の空間を第八世界に近くなるよう改竄していく。

 いま、グラマティカが使い潰したのは“|どこにでもいてどこにもいない《ユビキタス・エッセ》”


転生(回収)……は、恐らく無理でしょうね」

「……?」

「そなたの爪に触れたものは、文字通り〝無くなって〟しまう……もはや何の呪文だったのかさえ、思い出せません」

「……わからないけど、アタシの爪は使うのを禁止されてるんだ。使っていいのは、オマエみたいなヤツからみんなを守る時だけって約束してある」

「なるほど。うまくやったものです」


 グラマティカは、第五世界の神──夜闇の王に、心底から感嘆した。


「彼が執心するだけのコトはある。この宇宙の半分を理解したモノ、でしたか」

「次で最後にしてやる」

「フフフ。こんなバカげた代物をガーディアンに仕立て上げるとは、やはり円環帯の主というのは侮れぬものです」


 宙に浮きながら、グラマティカは「ねえ、█████様?」と口の中で呟いた。

 西の戦場はまだまだ、荒れる。


 ──その、すぐそばの雪上。


 ヴァシリーサは泣きながら、クリスの肉体に必死に魔法をかけていた。


「認めないわ認めないわ認めないわ認めないわ認めないわ認めないわ認めないわ認めないわ認めないわ認めないわ認めないわ認めないわ」


 こんな現実は歪めてみせる。


「そうよ。そうよ。今日はまだ、クッキーをもらってないもの」


 傷の大きさを小さくしている。

 とにかく小さく、目に見えなくなってもさらに小さくなるように魔法をかけている。

 零れ落ちる涙を袖で拭いながら、ヴァシリーサは何度も魔法をかける。

 血は止まった。汚れも綺麗にした。もう傷はどこにもない。

 なのに、どうしてクリス・クレイコートの心臓は、こんなにも弱々しく音を小さくしてしまうのか。

 ヴァシリーサがどんなに魔法で現実を否定しても、失われていく命が止められない。


「ゴフッ……もう、よい……のです」

「喋っちゃダメよ! ひどいお怪我なんだから!」

「ぼくは、もう……それ、より……聞いて、くだ……い」

「イヤよ。イヤイヤ! ラズィになんて言えばいいの? 私のせいで貴方が死んじゃったなんて絶対イヤ!」

「それ、でも……お傍でまも、れず……っ、もうしわけ、ござい、ません……でした、と!」

「……!」


 黄土色の騎士は、魔女の袖を掴んで訴える。

 その両目には、どこまでも主君への忠誠心があって。

 ヴァシリーサは余計に悲鳴をあげたくなった。

 ララヤレルンの善き人々。

 自分がラズワルドの使い魔でなければ、もちろんありえない〝受け入れ〟ではあったと分かっていても、ヴァシリーサは嬉しかった。


 だからもう、許せない。


「──わかったわ」

「ぁぁ……ありが、と……ござ……す……」

「ええ。ええ、ええ! この魔法はもうやめる!」


 ()()()()()()()()()()

 だってこんなの、腹が立って仕方がない。

 自分だけの力で無理なら、今のヴァシリーサには頼れるもうひとつの力があるのだ。


「お母さん……力を借りるね」


 意識を失ったクリスに、ヴァシリーサはある呪文を呟く。


「“北辰星極・(アルクティカ・)冬司る七獣神(セプタユトラ)──伝承融合(シンクレティコス)”」


 白嶺の魔女。

 黒詩の魔女。

 両者の魔法を組み合わせた、これは新たな奇跡。

 メランズール・ラズワルド・アダマス。

 ふたりにとって、ともに掛け替えのないひとを介して手にした魂合わせ(再会)の究極。


 悲劇はもう、お呼びじゃない。


「思い知らせてあげるわ……私は魔女よ」


 魔女とは──編み出し、喚び、従えるもの。


「眷属作りなら吸血鬼なんかより──よっぽど巧いと識りなさい」


 クリスの心臓に、ユトラの獣神が一柱、憑依する。

 黄土色の騎士は跳ねた。


 ドクン! ドクン! ドクン!







────────────

tips:そして彼と彼女は


 メラネルガリアの戦場を、彼と彼女は見ていた。

 ターリアの天窓にしがみついていたのは、もう何分も前。

 鯨飲濁流が大魔法を発動した時に、彼と彼女はターリアから飛び降りるしかなかった。

 そして、天と地がそれぞれ異なる大魔の〈領域〉で塗り替えられた時も。

 彼と彼女は狭間の虚空で、滑空とも言えぬ落下の最中にあって。

 空が陰り、肉の檻に閉ざされかけた世界を知り。

 今まさに、絶対の窮地に喘ぐ故国の者たちを俯瞰してしまった。

 救いを求める声。

 けれど応える者はおらず。

 彼の兄は背後で大悪魔と戦っていて、彼女はただ彼だけが救いの手段を持っているコトを知っていた。

 だから叫ぶ。

 「もう──もう、いいのではないですか!?」

 「っ!」

 名前を、言う。

 同盟会談が終わるまでは、万が一にも聞かれるリスクを冒さぬようにと、自分たちに強く禁じていたが。

 「殿()()! ()()()殿()()()!」

 「()()()()()……」

 古き時代のメラネルガリアを破壊し、罪人として追放された少年と少女。

 第二王子とその婚約者。

 彼と彼女は、生きていた。

 無辺の〈大雪原〉を乗り越え、生き延びた。

 そしてティタノモンゴットに辿り着いていた。

 ナハトは左目を、フィロメナは右手を失って、それでもなお北の荒野に生かされた。

 だからこそ、これまでずっと姿を隠し続けた。

 死んだはずの人間。

 死んでいなければいけない人間。

 過去の亡霊が姿を現したところで、新しき時代の故国は眉を顰めるだけだろう。

 だが!

 「わたくしたちは、少なくとも! こんな終わりを見過ごすために罪を犯したワケじゃない……!」

 「──っ……!」

 「だって、そうでしょう!? 貴方と()()が望んだのは! 種族の再建であって衰退じゃない! 滅亡じゃない!」

 「ええ……そうです……!」

 「だったら! やりましょう!? たとえ間違っていたとしても!」

 もうとっくに、間違え切っているふたりなのだから。

 あの日、あの時、もっと他にやりようはなかったのか?

 そんな、後悔に突き動かされて。

 ティタノモンゴットに着いてから、方法の改善と改良を考え続けた。

 ()()()()()()()を、使う予定もなかったのに考案していた。

 もしも、もしも──益体もないやり直しを望む心で。

 「ぶっつけ本番ですよ……それでも!?」

 「準備はできていますわ……いつでも!」

 ナハトとフィロメナは、あるいはそれが贖罪の模索だったとは自覚せぬまま、表舞台に足を踏み入れる。


 ──英雄が必要なら、ああ、彼と彼女は誰より呼ぶべき名を知っている。



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