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ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚  作者: 所羅門ヒトリモン
第3部 宣戦編

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#335「堕落領域」



 鯨飲濁流の大魔法発動は、ターリアの外、ティタノモンゴットの戦場全土にも伝わっていた。

 ほんの一瞬、ほんの一瞬だけだったが、地獄の太陽は舐めるように荘厳銀嶺に延焼を広げ。

 ネルネザゴーンの大魔。

 天と地とを揺るがす戦いの最中にあった、ゼオメイガスと。

 デモゴルゴンの女王、ロドリンド・コルティジャーノ。

 二体の大魔も同時に、奇しくも大魔法を発動する瞬間となった。




「“旧き教えを破壊しエルドリッチ・ワスターレ──」

「ウソっ!? 首を斬ったのに!?」

「しぶてぇなぁ、ゼオメイガスゥ──!」

「──我が新しき教えに学べ(ノウム・アカデメイア)”ァァッ!!」


 憤怒の剣、白雷聖姫、および星辰天秤塔。

 空の戦場を駆けていた彼らは、ティタノモンゴットの上空にありえない光景の顕現を見る。


 ()()()だ。


 それは、学び舎に他ならなかった。

 ただし、それはここに存在するワケがない。

 西方大陸(ゾディアス)の端、海に浮かぶ古の学園島。

 亜大陸規模の広さを誇る、エルダース魔法魔術賢哲学院は、決して北方大陸(グランシャリオ)の空になど浮かばない──!

 では、いったいこの光景は何なのか?

 ティタノモンゴットに蓋をするように、戦場全土に陰を落としてみせた浮遊島──そんな規格外の〈領域(レルム)〉を作り上げて。

 断たれた首をも再生させ、堕ちた大魔法使いは口を開く。


「……我は、エルダースを追放された。ゆえに新しき理想の学び舎を求めた」


 重厚な漆黒のローブ。

 金と黒の腕輪。

 袖や襟元を飾る金糸の刺繍。

 ローブの裏地は蘇芳と紅鶸の中間で、このデザインのローブを着るのは〈渾天儀世界〉では一部の魔法使いだけ。

 すなわち、エルダース魔法魔術賢哲学院で、長老(エルダー)の位を認められた大賢者。

 しかしゼオメイガスは、そのエルダースからこそ追放されたのだと語る。


 堕ちた大魔法使いの生前と来歴。


「……」


 老雄はもちろん、知っている。

 アムニブス・イラ・グラディウスは、十六歳の時にゼオメイガスの討伐任務に就いた。

 自身が討伐しなければならない大魔の情報を、〈目録〉を紐解き事前調査しないはずがない。

 エリンの姫、アイナノーアも、長寿種族(エルフ)であるがゆえに当時の話は記憶にある。


「この魔法を使うつもりは無かった……使えば我は、貴様への復讐心だけでなく、かつての業にも引き摺られかねん」

「いっそ、使わなければ良かったじゃねぇか」

「ハッ! さすれば我は、貴様にまたしても敗れていただろう……」


 浮遊島には、スレイプニールとグラトロンが依然として増殖と分裂を繰り返している。

 いや、その数はむしろ先ほどよりも勢いを増して、巨獣の大繁殖をも思わせるほどだった。

 中には、共食いすら始める個体もいる。


「──醜いものだ。我が理想は斯くも嘆かわしく汚泥に堕ちた。学び舎に集うモノが、斯様に知性の欠片も無いとは」

「おじいちゃん、貴方……」

「憐れみを抱くか? アイナノーア・エリン。だがこれは、貴様を殺す処刑場でもあるぞ」

「っ」


 ゼオメイガスは深紅の瞳をプリンセスに向け、その遠い後ろにいる星辰天秤塔にも殺意を向けた。


「見るがいい、これを! 我はエルダースを超えんとした! しかし現実には、あの世界最高学府を忘れられずッ、未だこうして未練を垂らしッ、違う姿でなければならないとしたはずの理想が──どうあってもあの学び舎を模した紛い物になるのを止められなかったッ!」


 老いたる魔は叫ぶ。

 ゼオメイガスが生きていた時代、エルダースは学閥闘争が激しかった。

 世界各地から知の殿堂と褒め称えられ、あらゆる賢者賢哲が学びのために集う最高峰の学問探究機関でありながら。

 実際は旧世代の長老たちに支配され、権威主義の横行するくだらない組織に成り下がっていた。

 ゼオメイガスはそれを、世界最高学府にあってはならない堕落と批判し、学びの本質からズレた在り方を声高に弾劾した。


 結果、ゼオメイガスは追放された。


 せっかく長老の位を与えてやったのに、我々の権威に唾を吐くとは何事かと。

 耐え難い屈辱。

 探究者としての誇りも何も無い。

 しかしそこからのゼオメイガスは、エルダースから追放された魔法使いとして、どこに行ってもロクな職にありつけなかった。


 ならば構わぬ。


 私財を(なげう)ち、あんなくだらぬ学び舎よりも、己こそが新しき学び舎を建設しよう。

 理想に燃えた。

 だが生きているあいだには、叶えられないと悟った。

 魔導死(リッチー)となったのは、そういう由縁だ。

 やがて、魔物として時を重ねて、ついには大魔法すら獲得したが、


「フハハッ、フハハハハハハハハハハッ! とんだ道化よ! 我はただ美しき学び舎を求めたッ! 貴様らに分かるか!? 呪文を唱え、ついに己が理想の世界を具現化するのだと喜びに打ち震えたあの瞬間──」


 ゼオメイガスが夢想した魔法学校は、エルダースにとても似通っていた。

 その絶望を以って、大魔法使いは真の奈落に堕ちた。

 才能ある者、見込みのある者、エルダースへ入学を許可された魔法使いの卵に魔術師見習い。

 多くの人間を己が〈領域(レルム)〉に攫い、強制的にゼオメイガスの思想を押し付ける。

 教えに従わぬ者は、容赦なく殺した。

 かつて己が、最も憎んだエルダースの長老たちのように。


 堕ちた大魔法使い──ゼオメイガス。


「我は、そのような魔物なのだッ! 憐れみは要らぬッ、呪いをこそ寄越すがいいッ!」

「……そこまでテメェを分かっておきながら、そうまでして俺を殺してぇのか」

「左様──いまの我は、ただ貴様へ復讐を果たすと決めた、それだけの魔ゆえに。邪魔をする者は、同じく沈めてくれる……」

「気をつけろォ! エリンの嬢ちゃん!」

「えっ!? 私──!?」

「コイツの〈領域〉はッ、特にエルフに効きやすいッ!」

「遅いわ、たわけ──ここに木漏れ日はない」

「──、あ」

「詠唱も要らなくなる! コイツに喋らせ……ッ!」


 言いながら、憤怒の剣はゼオメイガスに再度斬り掛かる。

 しかしその時にはもう、大魔法使いは万を超えていた。


 〝口にしたことが、現実に影響をもたらす〟


 勘違いしてはならないのは、〝口にしたことが、現実になる〟ではないコトだ。

 木漏れ日を否定されたことで、エルフであるアイナノーアは著しく身体機能を制限される。

 ただしそれだけ。

 聖槍のおかげで、徐々に回復もしていく。


「っ、ごめんなさい──ちょっと、時間いるかも……!」

「救助は我々が!」


 星辰天秤塔の天使たちが、大地へ落下していくアイナノーアを助けに行く。

 それをグラディウスは見送った。

 この大魔法──ゼオメイガスの〈領域〉は、あくまでもゼオメイガス自身の理想が具現化したもの。

 その理想の裏に潜む、仄暗い理性とも表裏一体。


 ──魔法使いならば、己が言霊ひとつで現実を思うままに書き換えてみたい。

 ──第八の神でもないモノが、呪文なしで神秘を操れるワケないだろう!

 ──エルダースを見返し、自分こそが正しかったのだと世界に証明したい。

 ──本当はエルフが築き上げた支配体制に入り込めなかったコトが、悔しかっただけなのではないか?


 魔法は詠唱者の心を、残酷なまでに映し出す。


「さぁ、どうした! 我はここにいるぞッ! 我が首を、もう一度ここで討ち取ってみせろよ、憤怒の剣よォォォォォォォォォ──ッ!」

「ッ! この、大馬鹿野郎がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──ッ!」


 老雄は、ゼオメイガス、スレイプニール、グラトロンの総勢を視界にすら収めきれない状況に、グッと奥歯を噛み込んだ。

 誰よりも最前線で戦い続けて来た男には、残された時間が少ないコトが、死期を悟った老猫のように分かっていた。


 だが空の戦場は、有無を言わさずさらなるステージへ進んでいく……

 





 ── 一方で、大地の戦場。


「“耽溺せよ淫奔(ルクスリア・)の地、私は(ティモレ)獣欲の女王(べスティア)”──!」


 黄衣の女怪、ロドリンド・コルティジャーノ。

 生前はエルフだった女が、大魔法を発動したコトでこちらも景色に大きな変化が訪れる。

 戦場の東側、上空。

 ゼオメイガスの〈領域〉下部、浮遊島底面に張り付くように。

 汚らしい肉の泥、肉の繭が戦場に囲いを落とす。

 囲いはたちまち、足元にも根を張っていき、荘厳銀嶺は熱気のこもった肉籠で覆われていった。


 ──否、正確にはデモゴルゴンだ。


 肉籠のすべては、どれもそういうカタチをした信じられないほど大規模の名もなき魔物!

 溶けるようにうねり、鼓動するように弾み、ブヨブヨと震える異形にして醜形。

 しかも、


「え? あっ、なんでえぇェェェ──!?」

「そんぬルゥああががアガがガガゴボぼぼッ」

「ちがッ、ちがう! 見るな、見るなァッ!」

「見ないでくれええええええ!」

「ッ、目を閉じろ! 全員、いますぐ目を閉じるんだッ!」

「おれたちみんな、邪視になってるのか──!?」

「オイでもこれッ」

「目なんか閉じたら、どうやって戦えば……ッ!?」


 大魔法の効果範囲内にいた人間。

 そのすべてが、突如として邪視に目覚める。

 デモゴルゴンの邪視。

 目にしたモノを異形醜形の魔物へ変える瞳。

 黄衣の女怪は、自らと同じ能力を強制的に他者に共有していた。

 その結果、あちこちで混乱と動揺が加速する。


 仲間がバケモノになり、自分もバケモノになり、目を閉じて難を逃れようとしても。


 そうすれば、今度は普通にデモゴルゴンに対処できなくなる。

 戦場という混乱極まる状況で、五感のひとつを封じられた人間は瞬く間に無力を晒す。

 どこに走ればいいのか?

 何を頼りに剣を振るえばいいのか?

 すぐそこにいたはずの仲間が、咄嗟に目を開いて自分を視てしまったら?


 そんな恐怖が、ほとんどの騎士と兵士に伝播していく。


 女怪の〈領域〉内部には、どんどんデモゴルゴンが増えていくのに。

 抵抗(レジスト)にギリギリで成功したのは、ルカが展開した魔法陣の内側にいた者たちだけだった。

 ただそれも、ルカが魔法陣を多重展開したおかげ。

 大魔の圧力に耐えるため、移動性能は落とさざるを得なかった。

 水晶光の浄化結界をひたすらに維持する。

 刻印騎士、ルカ・クリスタラーのリソースはそれだけに注ぎ込まれる状況になった。


 魔法陣の内側で、トライミッド連合王国軍は王を中心に誰もが背中合わせになり、両目を閉じて動けなくなる。


 それを察しながら、ルカは膝を着いてメガネを落とす。

 月の瞳と使い魔契約を結び、多少、強くなってはいたが、ルカも月の瞳も戦闘能力に秀でたタイプではない。

 未来視の演算も、いまは月の瞳がフルで行っている。

 ルカにできるのは、ほんの少し勝算の高いと思える選択肢を選ぶコトだけ。


「なん、とか……ギリギリで〝デモゴルゴン化〟は防ぎましたが……ッぐ……邪視の強制までは止められませんでした……!」

「ルカさん!」

「まッたく……っ、フェリシアさんの戦車(アレ)に轢かれて、胴体だって千切れてたのに……!」


 黄衣の女怪が、吸血鬼化さえしていなければ。

 あの一撃で勝利していたのは、ルカたちだった。

 それほどに女怪の愚かしさは底抜けであり、だが、だからこそ闇の公子は女怪を吸血鬼化していたのかもしれない。

 ロドリンド・コルティジャーノという女の魔物は、愚劣だからこそ最悪の戦場を作り上げると鯨飲濁流は分かっていたのだ。


 少し離れた戦場にいた、ティタノモンゴットも〈領域〉に囚われた。


 いや、囚われかけている。


「『世界を支える腕輪(アトラミシア)』ァァァァ──!!」

「『世界を廻す腕輪(アリアンノルン)』……ッッ!!」


 黒白の兄弟巨人は、神具を以って肉籠が完全に閉じ切るのを止めていた。

 その狭い隙間から、巨人たちが急いで退避しているようだ。


「陛下! 陛下もお急ぎください!」

「馬鹿者ッ! 余がここで退き下がれば、この場に残った我らの同胞はエルノス人どもを殺しにいくぞ……!」

「で、ですがそれは……!」

「三英傑の相手は、余がする! どれだけ業腹であってもッ、一度認めた同盟を余が壊すコトは無い……!」

「ッ……ならば我らも、お供いたしましょう──!」

「息子たちよォッ! 辛いだろうが、いましばし耐えるのだ! 〈領域〉を完全に閉じさせてはならぬ! ここは我らの地、ティタノモンゴットであるぞッ!」

「「御意ッ!!」」


 彼らは、目蓋を閉じながらも一致団結して戦いを続行していた。

 高潔であり、誇り高く、それゆえに巌のごとき不動の芯を持つ彼ら巨人族は、他者のためというワケではなく。

 ただ、自分たちの魂に誓って、恥じのない生き方を貫く。

 過去の因縁、古代の確執、すべて忘れたワケではない。

 それでも、彼らもまた北方大陸人(セプテントリオン)に他ならなかった。


 ──第一、彼らも分かっているのだ。


 古代エリヌッナデルク。

 あの大戦が起こりさえしなければ、自分たちがいがみあい、隔意を抱くコトも無かった。


 史上最もはじめに超大陸征服を成し遂げたのが、どこだと思っている?


 この〈壊れた渾天儀世界〉で、最も生きるに困難な北方大陸(グランシャリオ)

 その事実が、誇りでなかったはずがない!

 たとえ結果が無惨なものだったとしても、かつての栄光はまさに光り輝く夢のごとしだった!


 その事実までも、ガンドバッハ・ティタノモンゴットは否定しない。


 巨人王に導かれるすべての巨人たちも、王に否を突きつけない。

 なぜなら、


「余は──〝(マウンテン)〟なりッ!」


 何度打たれようと、何度骨を砕かれようとも。

 彼らにとっては、それで充分。

 言葉は不要。

 ただ歴然と、重い価値がそこには宿るのだ。


 ──だというのに!




「アハハハハハハハッ! 口だけは威勢がいいけど、目を閉じたままどうやって戦うって言うの!? もう見るからにギリギリじゃない! 当てずっぽうでそっちの攻撃が当たったところで、こっちはまだウジャウジャいんのよッ! さっさと目ん玉カッぴらいて、汚らしい不細工同士で盛りあってろウジ虫ども……!」




 女怪が放つ威圧は増大。

 千切れた胴体を再生させて、ロドリンド・コルティジャーノは肉繭から再び現れ出でる。

 大魔法を発動したがゆえに、その顔は自らの奈落を曝け出していた。

 誰に話しているワケでもなく、ただ虚空に向かって言い訳めいた言葉を捲し立てる。


「ワタシはもともと、高貴な生まれだったわ! 貴婦人だったの! 宮廷に仕える廷臣でもあった!」


 それは、黄衣の女怪が人間だった頃の話。

 エルフの女、貴族であり、高い地位にいた頃の話。

 廷臣とは、国王や領主に助言を与え、重要な政策決定に関して影響能力を持つ身分を意味する。

 軍事的指導者の役割すらあり、文化や経済の発展に多大な権力を持つ者もいた。


「だけど、ワタシが生まれた国のあの王宮では! 廷臣ってのはいつからか娼婦を指す言葉に変わっていたわ!」


 宮廷人(コルティジャーノ)

 もとが多様な役割を担う立場だったからだろうか?

 それはいつしか、〝宮廷に関わる女性〟を意味するようになり、次第に王侯貴族を相手にする高級娼婦として知られるようになっていた。


 女が権力を握るコトを、嫌う男の権力者が多かったからだろうか?

 あるいは女たちのなかにも、権力闘争のなかでカラダを使い、目的を成し遂げんとする者がいたからだろうか?


「でも、べつにそれでワタシは構わなかったわ。もともとそういうの、得意なほうだったし? そういうやり方のほうが、楽でもあったもの」


 ロドリンドは淫蕩な性質で、時代の流れを拒まなかった。

 むしろ助長させた。


「楽しかったわ! ええっ、愉しかったわ!」


 欲望に忠実である快楽。

 男をたぶらかして奢侈を尊び、ロドリンドは国を自らが望む方向にどんどん傾けていった。


 贅沢をしよう。酒池肉林を毎日やろう。

 だってそのほうが、気持ちいいし楽しいのだから。

 貴族にとって、下々を搾り尽くして享楽に耽るのは当たり前。

 淫らに乱れて踊り狂って、甘い肉の脂で唇を濡らす。


 まさに、堕落の繁栄!


「けど、ワタシの目はあるとき変わっちゃった」


 デモゴルゴンの邪視に目覚めて、時の王との情事の最中に相手をデモゴルゴンに変えてしまった。

 その結果、日頃の不品行と悪辣な振る舞いもあって、あっという間に拉致監禁。

 幽閉されて、処刑コースまでまっしぐら。


 罪状は、人間を魔物に変える化け物であるコト。


 しかし誰も近づきたがらないので、解放と偽ってお詫びと称してまで、サフラン色のドレスが贈られた。

 ロドリンドは黄熱病でコロリ。

 国ももう傾き切っていたから、浸蝕道の植物には太刀打ちできない。


「そんなバカな話がある? ないわよねぇ!?」


 死する間際にロドリンドは恨んだ。

 あれだけ自分たちも散々気持ちいい思いをして喜んでいたくせに、ワタシだけ悪者扱いなんておかしい。

 罠にかけて殺されるような悪いコト、ワタシは何もしていない。

 王がワタシの色香に惑ったのは、王妃がブサイクだったからよ。

 側室のブスどもにも、女としての魅力が足りていなかったから。


 みっともない嫉妬。


 陰険で、陰湿で、意地汚い。

 どうしてワタシが、こんなにも醜くなって死ななきゃならない。

 醜く死ぬべきなのは、どう考えても醜く生まれたオマエたちのほうだろうが! 


「ワタシはその日のうちに、デモゴルガーナになった!」


 女王に変生し、相応しい力を得て、国を正しい姿に変えてやった。


「そうするのが正しいの! そうなるのがオマエたちにお似合いなの!」


 だから耽溺しろ。

 所詮この世はロドリンドの美しさに魅惑されて、淫奔に走るだけ。

 獣欲を掻き立てるこのカラダが欲しいんでしょう?

 醜い欲望を、表へと曝け出さずにいられないんでしょう? ワタシに見られたら。

 だったら、オマエたちは今日からデモゴルゴンだ。


「それなのにっ、オマエたちがワタシを踏みつけて地べたに転がすなんてッ、あっていいワケないでしょうがァァアァっァァァァァァァァ──ッ!!」


 邪視、炸裂。






────────────

tips:彼らは英雄ではないがゆえに


 気がつくと、ジャックは剣を突き立てていた。

 「──あ?」

 寸前まで仰向けに倒れて、爆風で意識を失っていた。

 後頭部と背中には気色悪い肉の感触。

 目の前には、覆い被さるように自分にのしかかろうとしていたデモゴルゴンがいたのだ。

 意識の覚醒と同時に、頭で何かを考えるよりも早く、ジャックのカラダは懐にあった短剣を魔物に突き立てていた。

 胸を抉り、心臓を一刺し。

 手応えもあったから間違いない。

 だが、刺した後で妙な感覚に襲われた。

 魔物の眼を、知っているような気がしたのだ。

 丸太のように太い腕や、テカテカとした膚……微かに残る体毛は青くて、この数日間で仲良くなった男の名が胸中に思い浮かんで。

 「────」

 けれど、魔物はそのまま倒れ伏して、肉の泥みたいに醜くて。

 あまりのおぞましさに、反射的に下側から逃れようともがいた。

 すると、魔物はまだ息があるのか、ジャックを逃さないように抑え込んで来た。

 「ッ、うっ、クソっ! 誰か! アレス! クレイコート!」

 付近にいるはずの名前をあげて、ジャックは抵抗する。

 ジタバタと暴れて、必死に顔を背けて逃げようとする。

 しかしそうしていると、魔物がそれ以上の行為に及ばないのが分かった。

 「はぁ、はぁっ……あぁッ? なんなんだ、オマエ……!?」

 魔物は答えない。

 ただジッと、ジャックを自分のカラダで周囲から隠すように微動だにしなかった。

 「……違う……違う違うッ、違う……!」

 言い知れない確信。気のせいであって欲しいと祈るも、それは育んだ友情ゆえに広がっていく。

 ジャックは、友の瞳に、呻いた。

 「あぁあぁぁぁ……! うそ、だ……!」


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