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ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚  作者: 所羅門ヒトリモン
第3部 宣戦編

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#325「責任と誓い」



 巨人の兄弟が、立ち上がる。

 黒兄と白弟、ふたりの王子がそれぞれの巨躯を持ち上げ立ち上がる。

 観客席の壁まで蹴飛ばされたロフフェルは、瓦礫を払い身体をフラつかせ。

 試合会場の真ん中で、脳を揺らされ仰向けに倒されたモーディンは、焦点の定まらぬ両目を覆い、片手でこめかみを抑えると、もう片方の手で膝を支え、バランスを崩しそうになる身体を強引に叱咤した。


「まだ、だ……まだ、終わりではない……!」

「……ああ……そうだ。オレたちはまだ、負けてない……!」

「あん?」


 気絶し、たしかに意識を失っていた。

 にもかかわらず、明らかな無理をしてまで、試合の続行を訴える。

 山王の間にいるほとんどすべて。

 王や女王、地位ある者たち。

 騎士や兵、仕える者たち。

 誰の目にも勝負は明らかで、英雄、憤怒の剣が有言実行。

 名実ともに最強の座を証明し、試合はそれで、完全に決着がついていた。


 だが、モーディンもロフフェルも往生際悪く。


 自分たちの完敗を敢えて無視し、ふたり揃って「勝負はまだ、終わっていない!」と吼える。

 両腕に嵌めた腕輪、ガントレット一体型の神具。

 それぞれ可視化された神気の光を放ち、所有者の意気に応じて権能の発動を予感させ。


「……ったく。やめとけよ、王子さんがたよぉ」

「「っ」」

「勝負は着いた。これ以上やっても、結果は変わらねえ」


 英雄の覇気。

 未だ衰えを知らぬ老雄の眼光。

 圧倒的〝最強〟から威圧も顕に警告されても、ふたりはむしろ笑みを形作る。


「ハ……聞いたか、兄者」

「ああ、聞いたぞ弟よ……」

「この小さなエルノス人は、オレたちがこの程度の差を前に、諦めると思っているらしい……」

「おかしな、話だ……立場が逆なら、決して諦めない……そういう目をしている男だというのにな……」

「──チッ」


 話している間に、兄弟はついに体勢を立て直した。

 見かけだけは、完全に取り繕って。

 老いたる英雄は舌打ちし、玉座のほうを見上げた。


「オイ、巨人王ッ! どうしてまだ、試合終了の合図を出さねぇ!?」

「ッ……!」

「あれだけ偉そうにしておいて、テメェらの誇りってのはこの程度のもんなのか!? あ!?」


 誰の目にも、勝敗は明らかだった。

 種族の差や生まれの差、言語の差など関係なく。

 勝ったのはアムニブス・イラ・グラディウス。

 負けたのはモーディン王子とロフフェル王子。

 これまでの試合では、代表戦士同士の戦いが明確に結末を迎えた場合、すぐに終了の合図が出されていた。

 そう、他ならぬガンドバッハ王自身の掛け声によって。


 トライミッド連合王国の騎士、兵士たちからも、口々に「そうだ……」「そうだ!」「どうしてさっさと負けを認めないんだ!」と文句が出始める。


 いや、文句はたちまち怒号に切り替わる。


「勝ったのは我々だ!」

「オマエたちが負けた!」

「何故認めない!?」

「なにが大闘技決闘会だッ」

「結局はこれか」

「さっさと試合終了の合図を出せ……!」

「汚いぞ、ティタノモンゴット──!」


 大量のブーイングと、大量の罵倒。

 無理もない当然の流れ。

 しかし、それを受けて黙っていられる巨人たちでもない。


「だ、黙れエルノス人ども……!」

「王子たちは、立ち上がっただろう!」

「まだこうして、戦意に奮えているだろうッ!」

「余力は残っているッ」

「侮辱は許さんぞ……」

「我らが誇りを、貴様らが語るな──!」


 山王の間はあっという間に、乱闘に発展しかねない空間へ変わっていった。

 その喧騒を、トーリー王がさすがに見咎め、静止をかけようとする。

 彼は玉座のガンドバッハ王を見上げ、老王が息子たちに視線を囚われているのを確認すると、忠臣から渡された拡声石を受け取り「静まれ!」と叫ぶため、胸いっぱいに息を吸い込んだ。


 が、その前にモーディン王子とロフフェル王子が動いた。


「「 す ま な い ッ !」」


 山王の間を震わせるほどの、謝罪。

 山のようにデカい巨人が、ふたり揃って同じ言葉を発したコトで、とてつもない大音量が全体に響き渡った。

 ティタノモンゴットの兵士たちですら、それは耳を塞ぐほど。

 兄弟は場が静けさを取り戻したのを見計らって、


「……すまない。だが、少し話を聞いて欲しい」

「オレたちがいま、男としても戦士としても恥ずべき行いをしているのは、分かっている……」

「刻印騎士団、最強の英雄は……なるほど、たしかに強い」

「歌に聞く英雄が、まさかこれほどとは思いもしなかった……」

「きっと、その偉業も武勲も、どれも誇張のない真実を歌ったものなのだろう……」

「連合王国の者たちよ……」

「貴方がたがこの男を、心から慕っているのは充分に理解できる……」

「オレと兄者の悪足掻きは、さぞみっともなく映っているコトだろう……」

「……ティタノモンゴットの者たちにも、申し訳ないと思っている」

「情けない姿を……晒してしまった……」

「信頼を裏切り、皆の期待に応えられなかった……」

「自分たちの王子が、こんなにも弱かったと知って……失望したはずだ」


 それでも、まだもう少しだけこの場に立ち続けるのを、どうか許して欲しい。


「我が名はモーディン……ガンドバッハ・ティタノモンゴットの子、神具『世界を支える腕輪(アトラミシア)』の継承者……」

「我が名はロフフェル……同じくガンドバッハ・ティタノモンゴットの子、神具『世界を廻す腕輪(アリアンノルン)』の継承者……」

「オレたちはともに、王の子としてこの国に生まれ……それだけではなく、神々のご遺志にすら選ばれる栄誉を授かった……」

「父と母とは、似ても似つかぬ顔に肌……しかしそれでも、オレも兄者も王の子と認められ……この国一番の戦士とまで褒め称えられ……」

「オレたちが、()()()()()()()()()()()のを、皆が許してくれた……」


 神の転生体と言えば、聞こえはいいが。

 本来、両親のどちらの特質も受け継がずに生まれた子どもなど、取り替え仔(チェンジリング)と見なされてもおかしくないのに。

 ティタノモンゴットでは、誰ひとりとして兄弟の出生に疑念を挟む者はいなかった。

 少なくとも、兄弟が感知する範囲内では、誰もそのような話を口に出さなかったのだ。

 さながら、親が子どもの前では言い争う姿を見せまいと努力するかのように。


 モーディンとロフフェルには、王子としての立場が最初から安堵されていた。


「未だ、オレたちが神具を扱えるとは分かっていなかった時から……」

「後に知ったさ……それは父が、王命を発したがゆえなのだと……」

「だがその王命に、逆らう者などいなかった……」

「では、オレたちがこの国で、その立場に相応しく在るにはどうする……」

「分かりきったコトだ……王族、王子、戦士……その立場に備わる責任を……」

「ただ、果たすために生きるコトだ……!」


 まだ、その責任は果たされていない。

 死ぬまで、果たし続けなければならない。

 そして、王の子が自分たちの父王の意向に従うのは、当然の使命だった。

 責任の、範疇だった。


「エルノス人よ……いや、この場に集うすべての客人よ……我が父は頑迷に映っているだろうか……」

「我が父と、我が王に付き従うすべての巨人もまた、愚かな頑固者に映っているだろうか……」

「オレもロフフェルも、新しい世代だ……過去の因縁、確執などは正直に言えば分からない……」

「けれどな……だとしてもだ……ああ……オレたちには責任がある……」

「その責任から、逃げるコトだけはしたくないんだ……愛しているから」


 ──ゆえに。


「ゆえに、どうか我が父を悪く言わないでくれ……ガンドバッハ・ティタノモンゴットを王と戴く、同胞たちを悪く言わないでくれ……」

「申し訳なく思う……申し訳なく思う……が」

「オレたちはこの国の王族で、この国の王子で、この国の戦士……」


 たとえ、神具を使う度に磨り減る己を自覚しようとも。

 その()を、最初に与えてくれたのは何なのか?


「責任とは……本質的には負うものではない」

「責任とは……そう、果たすためのもの」


 ならば、神具も使わぬままに敗北を認めるなど、兄弟には決して受け入れられる話ではなかった。

 自分たちは神具の使い手としても、立場を得ている。

 立場。そう、立場。すべては立場にこそ。


「最強よ……貴方が自らを、英雄たると自認しているならば……!」

「分かるはずだ……オレたちの想いが……!」

「────」


 吼え猛り、唸りを上げる巨人。

 老雄は言葉を返さず、ただ二振りの鋼を再度構えた。

 それを以って、戦士たちの呼応は完結し、第五世界の神威が発動される。




 玉座の壇上では、ガンドバッハ王とその側近が、階下を見下ろし話していた。


「よいのですか──よいのですか!? 陛下!」

「……」

「このままでは、モーディン殿下もロフフェル殿下もッ、また神具を使われてしまいますぞ!?」

「……」

「勝負はついていた! 今ここで試合を終了させなければ、貴方の息子たちは無駄に」

「黙れッ!」

「っ──!?」

「無駄なものがあるか! 無駄!? そんなコト、二度と言うでないわッ!」

「で、ですが……!」

「なぜだ? なぜ、他ならぬ余があれを止められる……!?」


 血を分けた息子が、その使命と責任を全うしようとしている瞬間だ。

 王が王子に望む姿。

 後継に恵まれた喜びを、本来なら噛み締めてでも受け入れなければならない。

 だが父として、親としては、子が自分自身を犠牲にしてでも周囲に尽くそうとするのは、肺腑を抉られるような苦しみをもたらす。


 しかし、そんな苦しみがどうした?


 王たるもの、王族たるものの肩には、当然の宿命である。

 一番苦しいのは、一番痛くて悲しいのは、ガンドバッハではない。


「モーディンとロフフェルが、いままさに頑張っているのだッ!」

「っ!!」

「あの頑張りを、あの奮起を、余は決して無為無駄なものだと断じはさせぬぞ──ッ!」


 よって、試合終了の合図は出されない。

 これを愚かなエゴと、蔑む者もいるだろう。

 公平さを欠いた、卑劣な選択だと罵る者もいるだろう。

 甘んじて、呑み込むしかない。

 ガンドバッハ・ティタノモンゴットは、この後に起こり得るすべての展望を覚悟して決断した。


「やるがいい──モーディンッ、ロフフェルッ!!」





 父王の声援を浴びて、神具を発動したのはモーディンからだった。


「『世界を支える腕輪(アトラミシア)』よ!」


 其れは、黒白の双子巨神の兄の名を冠するモノ。

 今は遠き〈第五円環帯ティタテスカ・リングベルト〉を、宙に固定し維持するための権能。

 黒き腕輪には、円環帯(星/天体)を貫く形で支えている柱が彫られている。

 必然、有する意味は()()


 憤怒の剣は正面から、殴打を受けた。


 熱光する大剣を、折り重ねて盾にし防御。

 しかしながら、


「……っ、これは……!」

「威力はどこまでも続くぞ! オレの拳は、万物を貫き! そのダメージを縫い留め続ける!」

「! だったら、ドゥオラああああああああああ──ッ!!」

「ッ! 抗えるのか!? ッ……だが! 仮にこの拳を押し返せたとしても……!」


 世界を支えるほどの膂力には、文字通り世界に相当する絶対的な防御力が宿っている。


「巨大彗星でも持ってこない限り、この腕輪の防御は崩せない! 先ほどのように、オレをやすやすと気絶させられるとは思わぬコトだ──!」

「なら、話は早ぇな──“煮え滾る岩漿の星(マグマ・マグナス)”」

「!?」


 グラディウスを中心に、グツグツと煮え滾るマグマ・オーシャンが広がる。

 灼熱の星、巨大彗星衝突直後の地獄。

 試合会場の床に溶岩が溢れ、世界を支える腕輪(アトラミシア)の防御力にヒビが入った。

 床に足を着く者は、例外なく焼かれ、灼かれ、沈み込む。


「バカ、な……こんなコト、が……!?」

「巨大彗星が降った後じゃなけりゃ、こんな光景はありえねぇ! そうだよなァ!?」

「クッ! いったい、どんな人生を──!」

「兄者! 『世界を廻す腕輪(アリアンノルン)』ッ!」


 黒兄の窮地を救うため、白弟がすかさず神具を使用した。

 其れは、黒白の双子巨神の妹の名を冠するモノ。

 今は遠き〈第五円環帯ティタテスカ・リングベルト〉を、廻天させ、運行するための権能。

 白き腕輪には、円環帯(星/天体)を支える柱に繋がる、糸と滑車、結び目が彫られている。

 必然、有する意味は()()


 憤怒の剣はこちらも、敢えて攻撃を許した。


 見えない力が英雄の総身を雁字搦めに縛り付け、そのまま握り締める──否、押し潰そうと迫る!


「オレの両手は、万物を掌握するッ! この手掌にかざされたもの、そのすべてが掌握の対象となる──!」


 第五世界を廻天させ、かつてグルグルと引き回したほどの握力。


「兄者の拳を押し返しながらっ、どこまで耐えられる!? ──いいや! ただのニンゲンが、耐えられるはずがないッ!」

「──ただのニンゲン、だったらなぁ……!」

「!!??」


 憤怒の剣は、折れない。曲がらない。

 空間すら撓むほどの圧力を受けても、不撓にして不屈。

 神の権能を相手にして、それでもなお後退する足を持たない。


 なぜなら、最強を背負う老雄には、鋼の誓いが刻まれているから。


 一念は鬼神に通ず。

 刻印騎士団の長は、まさにそれを突き詰め続けた到達者に他ならない。

 二本の大剣が、掌握の権能を斬り払う。

 神のルールを押し除けて、人が抱きし千の呪句(イノリ)を強引に押し通す。


「俺はッ、“誰かのための怒りの剣アムニブス・イラ・グラディウス”だああああああああああ──ッッ!!」

「「!」」


 勝敗はここに。

 真に決着を迎えて、結末を刻む。

 黒白の兄弟巨人は、倒された。


 大闘技決闘会、三日目。


 勝ったのはやはりトライミッド連合王国で。

 負けたはのもやはり、ティタノモンゴットだった。





────────────

tips:席を立つルナール


 小国家連合の観客席から、ルナールの男は立ち上がった。

 試合の結果を確認し、男にはもはや選択肢が無かった。

 他の亜人たちも同様に、席を立ち上がる。

 彼らは疲れ果て、諦めきったように重い足取りで、けれど何処か諦めきれない苦しそうな顔で。

 試合会場の真ん中へと、進み始める。

 「ハ、ハハ……ダメ、なんですよ……それだけは……」

 ルナールの男は、フラつき、頭を抱えながら、泣いていた。



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