#312「ドワーフハプニング」
次の日。
「それじゃ先輩、私はヴァシリーサちゃんと作戦会議をしてきますね」
「作戦会議?」
「魔法の確認をするの。お姉ちゃん、自分にピッタリの新しい呪文を決めたみたいだから、私に見て欲しいんだって」
「お、そうなのか。じゃあ今日の試合でお披露目か?」
「べつにお姉ちゃんが負けても、私が次で勝てばいいんだから、張り切らなくていいのにねっ」
「ヴァシリーサちゃん?」
「はーい」
フェリシアとヴァシリーサ。
ふたりはテクテクと歩いていく。
この旅が始まってから、なんだかんだでふたりの仲も良くなって来たみたいで微笑ましい。
今日の試合は、昼前あたりに始まる予定だ。
試合当日ではあるが、ヴァシリーサが朝早くに顔を出してくれたので、フェリシアは直前まで魔女の手解きを受けようと考えたようだ。
ふたりで何処へ行くのかは知らないが、きっと人目を忍んで動きやすい場所に移動するんだろうな。
なんなら、ヴァシリーサの異界で特訓したって構わないワケだし。
「メラン様。おはようございます」
「クリス。おはよう」
「フェリシア様は、どちらに?」
「女同士で秘密の特訓らしい」
「なるほど。本気ですね」
クリスが「僕も身体を動かしたいなぁ」と独り言ちる。
「なんなら、少しくらい自由時間にしてやってもいいぞ?」
「え、いや大丈夫です! 僕はメラン様と一緒にいたいので!」
「朝から誤解を招きかねない発言ですな。クリス殿はそっちのケがあったのでしょうか?」
「カプリ様!?」
「おはよう、カプリ」
「はい、おはようございます」
男ふたりで少女たちの背中を見送っていたら、どんどんむさ苦しくなって来た。
カプリはクリスを、失言ネタでからかい始めるつもりのようだ。
男色疑惑をかけられて、クリスはものすごく慌てている。
「ち、違いますよ! 僕はただ護衛としてって意味で……!」
「あんま動揺しすぎるなよ、クリス。ますます手がつけられなくなるぞ?」
「左様。こういうのはサラリと受け流すか、無視するのが一番ですからな」
「自分で言うんですか!」
憤慨するクリスに、カプリはニヤリと笑った。
しかし、すぐに興味を失った顔になる。
「それはさておき」
「それはさておき!?」
「メラン殿、今日のご予定は?」
「あー、午前中はアイナノーアの見舞いかな」
「ほう。やはりエリンの姫君とも、浅からぬ仲でしたか」
「ちげーよ。単に友人として一回くらい様子を見とこうってだけだ」
昨夜の晩餐会(感想戦)で、アイナノーアが姿を出さなかったのは事実。
大した負傷はしてないはずだが、もし今朝になっても問題があるようだったらララヤレルン印の薬をくれてやる。
テレジアが調合してるから、効果は間違いない。
外套の袷を開いて、腰帯に吊るしている携帯薬箱をチラッと見せる。
「トライミッドには同盟国として、万全でいてもらいたいからな」
「なるほど。それでしたら、ワタクシは試合までザディア宰相などと話をして来ますかな」
「昨夜の成果確認か?」
「ええ。果たして小国家連合をこちら側に靡かせられたのか? 手応えくらいは聞いて参りましょう」
では、とお辞儀をしてカプリは去っていく。
正直、こういうところがありがたい。
アイナノーアの見舞いが終わったら、俺ももちろんそれを確かめようと考えていたんだが、カプリのおかげで手間が省ける。
試合が終わるまで、メラネルガリアに近寄るのもフェリシアに悪いし。
見舞いが終わったら、違うコトに時間を使えそうだ。
「んじゃ、行くか」
「あ、はい!」
クリスを伴って、お姫様が療養中の部屋へ向かった。
部屋の前には、王族の護衛のためエルフの騎士たちが立っていた。
しかし、彼らは俺たちが近づいているのには気が付かず、中の様子に意識を引っ張られている様子だった。
こちらが「なんだ?」と思ったのも束の間、理由は即座に判明した。
「アイナノーア姫ッ! 昨日の戦いは見事であったッ! あれなるは女神様の寵愛ッ! 聖槍の真価を発揮するそなたの素晴らしさッ、まさしく我らが国の誉れッ!」
「お褒めくださりありがとうございます! でもちょっとうるさいわ!」
「おおッ! そうなのだ! 我が感動ッ、感銘はッ! 声を大にして叫ばざるを得ないほどッ! 天へ届けとッ、女神様にもお伝えしたいほどッ!」
「ダァト公! 帰ってくれませんこと!?」
「そうはいかぬッ!」
「なんでよ──!」
部屋の外にいても、中の会話がハッキリ分かるほどの喧しさ。
ヴィヴラ・ダァトとアイナノーアが、朝から近所迷惑も気にせず大声でやりあっている。
騎士たちは王族の会話──下手すれば言い争いに狼狽え、いつ止めに入ればいいのかオロオロしているようだ。
「とりあえず、元気そうなのは分かったが」
「……あまり、歓迎的な雰囲気ではないようですね」
クリスさえも顔を顰めるなんて、まったく。
ヴィヴラ・ダァト。
どうやら相当に、周りが見えなくなっているオッサンらしい。
トライミッドの王宮じゃ猫を被ってそうだったアイナノーアが、思わずお嬢様口調を崩してしまうほどに迷惑だと訴えているのが分からないのだろうか?
信仰の仕方も、軽く──いや、かなり自己陶酔入ってそうな熱の入れ方だし。
助けたほうがいいんだろうな、と嘆息を漏らしかけつつ、一歩部屋へ近づいた。
だが、その前に部屋の中から別の声が聞こえてきた。
「父上! もう帰りましょうッ! まだ朝も早いッ、こんなふうにエリンのプリンセスのもとへ押しかけるべきじゃありませんッ!」
「何を言うかレオナルドッ! そもそもオマエが情けないから、父がこうして手を貸しているのだろうがッ!」
「父上……!」
レオナルド・ダァト。
部屋の中には父親だけじゃなく、息子もいたようだ。
とはいえ、この様子だとレオナルドのほうは父親の暴走を止めようとしている。
アイナノーアに対して申し訳なさそうな感情が、声にもありあり乗っていて、どうにか帰ろうとしているのが分かった。
が、そう思った瞬間──
「ええいッ、黙れッ!」
「ぐあッ!?」
「ちょっと!?」
「そんなに部屋を出て行きたいなら、オマエだけ先に出ていけばよかろうッ!」
「ぐっ……」
「レオナルド殿下ッ!」
ハーフドワーフの王子が、部屋の外に転がり出てきた。
転倒した巨漢を心配し、騎士たちがすぐに助け起こそうとする。
レオナルドの頬は、赤い。
ヴィヴラから殴られたのだと、俺たちもすぐに分かった。
親が子を殴る、ね。
「クソジジイ」
「お待ちを、メラン様……っ!」
カチンと来たので殴り込みに行こうとしたら、クリスに胸を抑えられて止められた。
「なんだ、なんで止める?」
「……プリンスは大丈夫です。落ち着いて、深呼吸して。彼を見てください」
仕方がないので、深く息を吸ってレオナルドを見た。
ダァトの王子は、呻きながら起きあがろうとしている。
見た目通り、タフな男だ。
頬を殴られぶっ飛ばされても、ダメージはそこまででもないらしい。
しかしそこに、ふわりと近寄る新たな人物がいた。
「まあ、こんなに赤く。いま癒して差し上げますね」
「な──あ、聖女聖下……!?」
「黙って大人しくしろ。アイヴィ様の『癒しの手』だ。ありがたく受け入れるがいい」
聖女、アイヴィ。
拝光聖騎士団、サー・スカイハイ。
レオナルドの傷は女が手をかざすと、見る見るうちに癒えていった。
部屋のなかには聖地の代表者たちもいたのだ。
……ヴィヴラが大声で騒ぎすぎていたのと、まさかここでカルメンタリス教の二大巨頭に出くわすとは思っていなかったので、気がつけなかった。
(──いや、違う)
部屋の中から出てくるまで、正確にはコイツら自身が自分たちの気配を消していた。
そうでなければ、国境線前の野営地で目の当たりにしたのと同じこのオーラ。
魔的なモノが一切立ち入る隙を見出せない気配。
死霊を放てば、一瞬で死霊が消滅しそうな圧倒的直観。
俺が気がつけなかったのは、恐らくなんらかの結界が部屋の中で展開されていたからだろう。
ヴィヴラはまだアイナノーアに向かって騒いでいる。
「アイナノーア姫ッ! こうなれば我が愚息のコトなどどうでもいいッ! 思えば聖槍の担い手に対して、我が愚息ではあまりに釣り合いが取れていなかったッ!」
「ダァト公。そういう話はまた後日、私のお母様を交えてお願いします。いまの貴方はとても冷静とは思えません」
「ララノアーナに話を通すまでもないッ! 我らはともにカルメンタリス教徒ッ! しからば信仰という絆で強く結ばれているッ! その絆を、より尊くッ、より光に溢れた素晴らしいものにしたいと思わんかねッ!?」
「思わないわ。私がいま思うのは、貴方は息子であるレオナルドに謝るべきだってコトだけよ」
「何を言うッ! 私は姫ッ、そなたのためを想っても言っているのだぞッ!?」
「私のためですって?」
「そうだッ! 我が愚息との縁談、あのような情けなさでは気に入らないのも致し方なしッ! しかしッ、聖地パランディウムのスカイハイ卿ならばどうだッ!」
「は?」
「そなたもそろそろ、王族として世継ぎを考えるべき年頃ッ! おおッ、想像しただけで似合いの夫婦よッ! ダァト王族として口惜しい気もあるが、しかしそれより聖地との結びつきには比べられぬッ! ララノアーナも女よ、文句は言うまいッ!」
「………………」
部屋の中の様子は、わざわざ顔を覗かせて確認するまでもなかった。
アイナノーアはキレる。
俺だってキレている。
このクソジジイはそろそろ誰かが、力づくでも黙らせたほうがいい。
人の話をまったく聞かず、ペラペラと自分勝手な理屈を並べて、他者を思い通りに動かそうとする傲慢さ。
言葉の上ではアイナノーアを褒めそやしているが、透けて見える男尊女卑。
トライミッドに悪いコトは言いたくないが、どんな国にも膿ってのは湧いてくるもんなんだな。
俺は聖地の連中に視線を投じた。状況が状況なので、特にスカイハイという空色髪の男に。
向こうも、こちらに気がついたようだ。
「アイヴィ様。群青卿です」
「あら。ではご挨拶しないとダメね」
「いえ。その前に、出来ればダァト公の言葉を否定願えますか」
「ダァト公の?」
「このままでは、無用な誤解を招きますので」
「誤解?」
「我が身も心も、ただひとえにアイヴィ様のために」
「くすくす。スカイハイは、結婚したくないのね」
「当然です。あのような妄言、我らを呼び出し何の用かと思いましたが、予想を遥かに下回ってくだらぬものでした」
「分かりました。では、そろそろお暇させていただきましょうね」
コホン、と咳払いをひとつ挟んで。
聖女アイヴィは、レオナルドの治療を終えてスッと立ち上がる。
そして、軽く黙礼。
目を開けていないのに、正確にこちらを向いて言葉を放った。
「群青卿とお連れの方、はじめまして。私はアイヴィ、こちらはスカイハイ。聖地の者です。ご挨拶が遅れて申し訳ございません」
挨拶を返さないのは、礼儀を欠くだろう。
何やらこのふたりにとっても、ヴィヴラ・ダァトの暴走は予想外のものだったみたいな会話も聞かされた。
怒りがわずかに沈み込む。
「いえ、とんでもありません。こちらこそご挨拶が遅くなり、失礼いたしました」
「まあ。聞いてた話とは違うわ」
「……失礼、なにが違うのでしょう?」
「ごめんなさい。スカイハイったら、群青卿は夜の化身で闇の穢れに満ちていて、凍屍者を操る魔王、野蛮な戦士だと言っていたものですから」
「…………」
「礼儀正しい方だったので、驚いてしまいまして」
天然なのか、わざと言ってるのか判断に迷った。
だが驚くべきは、聖女アイヴィの正直な告白を耳にしても、隣にいるスカイハイは一切表情を変えなかったコトだ。
後ろめたい気持ちとか、まるで無いのだろう。
レオナルドとクリス、騎士たちは、無礼すぎる発言に愕然としたり青ざめている。
が、今はそんなコトよりも……
「それで、中のアレは?」
「あ、そうでした。すでにお察しかと思いますが、我々も困惑していたところなのです。ダァト公にはまた別途、書面でお話しさせていただければと思いますので……ごめんなさい」
「アイヴィ様。さ、行きましょう」
「はい。それでは皆様、また」
聖女と聖騎士は背中を向け、去っていく。
南方訛りが一切ない北方エルノス語。
どちらも知識や教養は、かなりのものだと言わざるを得ない。
曲がり角に消え、姿が見えなくなるまで、その場の誰もが注視をやめられなかった。
「……群青卿。申し訳ありません。お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたね」
「プリンス・レオナルド。謝るのはまだ早いでしょう」
「……すみません」
気まずげに、レオナルドは顔を伏せる。
父親は聖女とスカイハイが立ち去ったコトにも気がつかず、まだ騒いでいる。
アイナノーアは俺の気配に気がついたんだろう(やはり結界が張られていた証拠か)。「私には群青卿がいますから!」と叫んでいた。
もっとも、それがますますヴィヴラの癇に障っているようで、部屋の中は怒鳴り声の連続だ。
この状況では、レオナルドが俺に気まずくなるのは仕方がない。
俺も同情を止められないが、残念ながら今この場で収拾をつけられるのは俺しかいない。
誤解が加速しそうで罪悪感を覚えるが、アイナノーアとレオナルド。
どちらを優先するかと言われれば、戦友である前者でしかない。
「クリス。行くぞ」
「ハ」
部屋に入る。
中で王族の怒鳴り合いをハラハラしながら、喧嘩が始まればいつでも止めに入れるように身構えていた近衛に退いてもらう。「っ、群青卿……」
俺はそのまま、ヴィヴラ・ダァトの真後ろに立った。
「そもそもあんな魔物だか人間なんだか分からぬダークエルフをッ、英雄と持て囃すのが間違っているのだッ! あのようにおぞましい死霊術師とッ、ともに戦うだとッ!? 我らが戦場で倒れれば、アレが我らを邪悪な魔力で凍屍者にしないと何故言えるッ! ロアもエリンも狂でも発したかッ!」
「侮辱はやめて。貴方こそ正気? それとも、もうとっくに聖地の人間にでもなったつもりなの? 凍屍者なんて南方の言い回しまで、し、て……」
「たわけッ! これが侮辱ッ!? 私はただカルメンタリス教徒としてッ、皆の規範となるべき正しい在り方を──」
そこで、ヴィヴラもアイナノーアが自分ではなく後ろの何かを見ているコトに気がついた。
ヒゲモジャのハゲオヤジが、煩わしそうに「なんだッ、なにを見ているッ!」と振り返る。
ヴィヴラの目に、青色が映り込んだ。
「ぁ──」
「…………」
瞬間、つい一瞬まであれだけ声を大にして騒ぎ立てていた男が、魂を抜かれたみたいに息を呑み込んだ。
俺はべつに何もしていない。
ただ間近で、ヴィヴラを正視していただけだ。
ダークエルフとドワーフ。
体格も決して、圧倒的な差は無い。
然れど。
「ァ──ぁぶッ、ブクブクっ、カ、ごぽッ──」
尋常人には、耐えられない。
俺の身に備わる魔力は、疾うに大魔のそれ。
いろいろと得難い旅をしてきたコトで、普通の大魔とも一線を画する。
ならば、存在規模は人間のそれではないし、言い換えればそれが英雄の覇気だとか言われている一端でもあるワケなんだが。
不快げに、ちょっと殺気を添えて睨む。
それだけで、ヴィヴラは泡を噴いて気絶した。
完全に倒れ伏す前に、クリスが身体を支えて近衛に声をかける。
「後をお願いして、よろしいでしょうか」
「──あ、ああ!」
「おい、そっちを持てッ」
「急いでヴィヴラ様の部屋まで運ぶぞっ」
「絶対安静にしてもらおうッ!」
ヴィヴラは近衛たちの手によって、連れ出されていく。
レオナルドも、その後をトボトボついて行った。
軽く息を吐き、ベッド上のアイナノーアを見下ろす。
「これも貸しにしていいか?」
「ありがとう。それでお願いできる?」
「いや、やっぱりチャラでいい」
「え?」
「オマエも大変だな」
「……でしょ〜?」
ハァ〜、と。
俺たちは溜め息を堪え切れなかった。
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tips:レオナルドの消沈
泡を噴いて気絶した父の肩を支えながら、レオナルドは先ほどの光景を思い返す。
あれこそ、窮地に陥った乙女を颯爽と助け出す英雄の図だ。
夢に描いた理想と違って、状況は現実的だった。
強大な力を持った敵役は、実の父。
自分の配役は、せいぜい脇役がいいところ。
何もかもが理想と現実の違いを突きつける。
群青卿はカッコよかった。
対して、僕はカッコ悪かった。
アイナノーアが彼に好意を寄せるのも仕方がない。
それでも、
「いつか、少しでいいからキミにカッコいいところを見せたいな」
たとえ好いてもらえずとも、レオナルドは愛しい星にそう思う。
と同時に、今日はリンデンの騎士長と早く飲みたい。慰めてもらいたい。
普通の人間らしく、涙をちょちょぎらせながら、そうも考えるのだった。




