#305「再会と要望」
いよいよちゃんとした再会だと思うと、俺もちょっと緊張して来た。
山王の間で双子姉妹とは会ったけど、あの場は個人的な再会を喜ぶというより、公的な立場や周囲の視線を意識せざるを得なかったので、どちらも互いに心からの再会ムードではなかったように思う。
異母姉であるテルーズとも、顔は突き合わせていない。聞いたのは女王然とした声だけだ。
なので、メラネルガリア用に割り当てられた宿泊区画に足を踏み入れ、褐色肌の女騎士たちにやたら恐縮されながら案内されて。
女だらけの大所帯に少々まごつき始めたクリスを横目にしながら、ついにその扉を目前とした時。
俺はひとつ、策を講じようと思った。
「申し訳ありませんが、お付きの方はこちらで待機をお願いいたします」
「えっ、しかし……」
「ここから先は、女王陛下がお許しになられた者だけが入室できますので」
「ご安心ください。安全は保証いたします」
「ささっ、お付きの方もどうぞこちらでごゆるりと」
「メ、メラン様……!」
「ああ、それじゃ待っててくれ」
「メラン様ぁ……!」
顔を赤くして、クリスが情けない声をあげながら、近くの側仕え室にドナドナされていった。
俺の護衛というコトで、どうもかなりのVIP待遇を受けられるようだな。
美人に両脇どころか前も後ろも囲まれて、ウブな少年みたいに連れ去られてしまった。
他種族に排他的だったメラネルガリアは、完全に過去になったのだろうか?
ともあれ、思わぬラッキーだ。
てっきり、俺はこのまま〝家族ノリを友だちに目撃される〟みたいな小っ恥ずかしい展開を覚悟していたからな。
感動の再会をひとりでこなせるなら、そっちのほうが正直気が休まる。
「それでは、開けますね」
「ごめん。ちょっと待ってくれ」
「……え? あっ、はい!」
親切な女騎士さんに断りを入れつつ、しばし両腕を組んで思案に沈む。
恐らく、この中には懐かしのメンツが何人かいるだろう。
問題はそれが、テルーズ、セラス、ティア、だけではなく、他にどれだけ揃っているかだ。
ルフリーネとセドリックがいたら、俺は完全に泣くと思う。
さすがに要人を一気に外へ出しすぎだと思うので、無いよな? とは思うんだが、テルーズとセラスとティアは、俺を泣かせるためなら平気であのふたりをティタノモンゴットまで連れ出しそうだ。
耳を澄ませる。
が、やはりメラネルガリア。
ダークエルフの聴覚がどれだけ優れているかを知っているから、盗聴対策やら防音対策やらはしっかりやっているらしい。
扉一枚隔てただけなのに、まったく部屋の中の様子が分からない。
再会はできるだけ、カッコよくやりたいのに。
これじゃあ心の準備ができないぞ……?
「あ、あのぅ……なにか問題でもございましたか……?」
「え? あ、いやいや。大丈夫。ちょっと緊張してるだけなんで」
黙って仁王立ちしていたら、女騎士さんに心配されてしまった。
苦笑して「ハハ」と誤魔化すと、女騎士さんはハッと息を呑んだ。
道中、ほとんどのダークエルフが俺の顔を直視しようとはしなかった。
時刻は夜。
俺の両目はすでに青色真っ盛りなので、きっとそれが怖かったんだろうなと思っていたが、どうやらこの女騎士さんも同じなようだ。
山王の間では凄い光景を見せられたけど、やっぱり恐怖感情・忌避感情のすべてが消えたワケではないらしい。
しかし、ちょっと意外だったのが、
「──なんて、気取らない方……」
「ん?」
「っ! し、失礼いたしました……! そのっ、殿下があまりにも、セラスランカ様やティアドロップ様のおっしゃる通りな方だったもので……!」
「ああ……〝貴族ならぬ蛮族〟?」
「い、いえ! 男性の貴石貴族、貴種の頂点に立つ最後の男系王族にしては、あまりに平らかなる視点をお持ちだと……!」
「……平らかなる視点かぁ」
それはまた、ずいぶん大袈裟な言い方だが。
俺はただ黒色信仰に馴染みが無かっただけでもあるんだよな。
結局、最初からそういう環境でフラットに生まれ育っていたら、どうなっていたかは分からない。
セラスとティアからしたら、かなりのカルチャーショックだったかもしれないけどな。
「大袈裟な評価だ。俺はそこまで大した人間じゃないってのに」
「……お、恐れながら、私もそうは思いません……今日この時を迎えるまで、実は半信半疑でおりましたが……確信いたしました」
「ええ……?」
女騎士さんがひどく感動した顔で、片膝を着いてしまった。
ちょっと判断が早すぎる。
けれど、やっぱり今のメラネルガリアでは、旧体制を牛耳っていた貴種の男に関して、疑いの目を向ける者がいるんだな。
だけどそれを、そのまま同じように差別に転化させていないのは、あのクーデターによる変化と、テルーズたちが頑張った証拠かもしれない。
いや、その頑張りはまだまだ継続中なんだろうけど。
「ありがとう。でも、確信はしないでくれ」
「……え?」
「確信はそこで終わりだろ? 理解は疑うコトで深まる。疑念のない信頼は盲信と変わらない。これは友人からの受け売りなんだが、宗教とかも大事なのは受け取り方だそうだ。だから何事も、〝受け取るコト〟をやめないほうがいい……なんてね」
「────」
客観的に見て、王族の立場をほっぽり出して国を出ていった男からこんなことを言われても、偉そうに聞こえるだけだろう。
しかし、ララヤレルンでも日頃から生き神・現人神扱いを受けたりしているので、アイナノーアとの会話の後、特に思ったんだよな。
誰も彼もが俺を特別な者だと認識し、そう扱うようになって来たけど、俺だけは常に問いかけ続けないといけない。
オマエは、どうして彼女たちを失ったのか。
オマエは、どうして城塞都市を守れなかったのか。
前を向いて歩き続けながらも、時々、そこを振り返るのは忘れてはいけない。
「ハハ、急に何をって感じだよな。ごめん、忘れてくれ」
「──いえ。お言葉、しかと刻ませていただきました」
「……ところでなんだけど」
「ハ!」
「このなか、誰がいるって教えてくれたりする?」
「……それは、えっと……?」
「いや、テルーズとかがいるのは分かってるんだけど、他にもいるのかなって」
「……申し訳ございません。私は先ほど、ここの番を交代したばかりで……」
「ああ、そっか……」
「必要であれば、是非確認させていただきます!」
「いやいや! それはいいよ」
扉の前まで来てるのに、なんで自分で部屋の中に入らないで他人に確認させているんだって話になるだろうし。
もうそこまで来たなら、さっさと入れよって話だもんな。
こうなったら、みっともなく泣いてしまう覚悟で入るしかないか。
セラスとティアの前で、あんまり泣き顔とか見せたくないんだけどなぁ……壁際でハグすれば見られなくて済むかな?
「よし、分かった。開けてもらっていいか?」
「ハッ!」
女騎士さんが扉を開ける。
俺はそして、部屋の明かりに目を細めて──
「やっと入ってきた! お久しぶりですメランズール殿下! このバルザダークッ、一日万冬の想いでこの時をお待ちしておりました! 我が愚女たちとの婚姻はいつにしましょうか!? 今日にしますか!?」
「いやオマエかよ」
ドアップで出てきた黒曜公の笑顔と胸板で、視界を埋め尽くされた。
「ちょッ! どきなさいよお父様!」
「空気を読んでお父様!」
「セドリック! あのアンポンタンをどかせ! ルフリーネを差し置いてなんて図々しい──!」
「バルザダーク公ッ、お控えください!」
「メ、メラン? メランいるの? 母はここですよ〜……?」
「ぬ!? この男、重い……!」
「セドリックさんどいて! ──斬るわ」
「セラス! ──やって」
「馬鹿者どもが! 女王の部屋で流血沙汰を起こすな! ──やるなら縄にしろ」
………………………………………………。
「えっと」
俺は女騎士さんに無言のままニッコリ微笑み、そのまま後ろ手で扉を閉めた。
まったく、これは完全に予想外だ。
想像の百倍、騒々しい……!
「オイ。涙が完全に引っ込んじまったぞ」
それから、ひとしきり感動の再会ってヤツを終えて。
「それで? 群青卿ってどういうコトなのよ」
「ララヤレルン太公ってどういうコトなんですか?」
「まぁ、そういう話になるよな」
騒がしかった部屋の空気も静かに落ち着いて、口を縛られたバルザダークが隅っこで簀巻きにされたまま真面目な話が始まった。
ウー! ムー! と唸り声が聞こえるが、ほとんど全員、BGM程度にも気に留めていない。
部屋の内装は豪華というより厳かな雰囲気で、壁と天井には壁画が描かれている。
俺たちサイズの建築物でも、ティタノモンゴットらしい景観は損なわれていない。
きっとセプテントリア王国時代に、巨人と親交が深かった種族が手がけた部屋なんだろう。
壁画には巨人と小さな種族が同じ火を囲んでいるところが、壮大な筆致で描かれていた。
テルーズは一番奥の一番大きい椅子に座り、その前には長方形の卓。
卓を囲んで各自が適当に座りながら、俺はテルーズの真向かいに席を用意された。
いまはソファに腰を下ろしている。
が、左側にはルフリーネがピッタリくっついていて、そのすぐ後ろにはセドリックが昔みたいに立っていた。
「メラン。本当に大きくなりましたね? 母は貴方がこんなに立派になって、嬉しく思います」
「はい母上……ですが、その、ちょっと距離が近くないですか?」
「ずっと離れ離れだったんですよ? しばらくはギュッとさせてください」
「オォオォォォオォォ……」
コテン、と首まで傾けて寄りかかってくるルフリーネ。
それを見たセドリックが後ろでダバダバ泣いている。
男泣き、しまくっている。
あれから無事に体の傷を癒して、元気に仕事に復帰したってのは嬉しいコトだったが、大事な女王陛下がポツンとひとりになっているぞ。
国を出た俺よりも、テルーズのそばにいるべきじゃないか?
「いつまで泣いてるんだよ、セドリック」
「ウォォォッ! 若様がルフリーネ様とォォォォォ……!」
ダメだ。話にならない。
ルフリーネはルフリーネで幸せを噛み締めているのか、目を閉じてジーンと浸っているし。
実母でも外見が若々しいから、余計に照れくさい。
セラスとティアからの視線が気になる。
「ラズワルド?」
「あ、ああ。まぁ説明すると長くなるんだが、群青卿ってのはララヤレルンをもらうときに必要になった肩書きだよ」
「キザすぎない?」
「目の色から取ったのかしら?」
「あー、まぁ」
「まったく」
「うちを出ていって十年と少しよね? 結局それで太公になってしまうのなら、やっぱりメランズール殿下には下々の上に立つ運命があったんじゃないかしら」
「どうせ貴族に戻るんだったら、メラネルガリアでもよかったじゃない!」
「ああ。そう言われると思ってた」
けれど、これもいろいろと事情があってのコトだしな。
「まぁ許してくれよ。俺がララヤレルンを選んだのは、俺みたいなヤツらを迎え入れて楽に暮らせるようにしてやりたいって想いがあったからでさ」
「……それ、メラネルガリアじゃ無理だったって言いたいワケ?」
「無理じゃないかもしれないけど、ハードルは高い。違うか?」
「セラス。そんなイジケないで」
「べ、べつにイジケてなんかないわよ! ……ただ寂しいだけ」
「っ」
ツンデレ幼馴染が可愛すぎて死ぬ。
ティアドロップも「まぁ」と唸った。
姉が素直に心情を吐露するのは珍しいからだろう。
「でも見て、セラス」
「なに?」
「メランズール殿下、私たちが贈ったプレゼントをまだ持ってるみたい」
「!」
ギュルン! と視線がこちらの腰元に集中する。
黒曜石の短刀、携帯薬箱。
どちらもあれから肌身離さず持ち歩いている。
少々、使い古びているかもしれないが。
「ふ、ふーん? まだ持ってたんだ?」
「当たり前だろ? 俺の宝物だ」
「そう」
プイ。
セラスは顔を逸らし、足を組んで頬杖をついた。
黒い肌でも仄かに熱を溜めているのが分かる。
ティアドロップも機嫌が良さそうだ。澄ました顔をしているが、耳をピクピク揺らしている。
「チョロい女たちめ。結局、あれだけ溜め込んでいた文句を一割も言わんとはな」
「「テルーズ様!?」」
と、そこまで一部始終を黙って観察していたテルーズが、如何にも嘆かわしげに溜め息をこぼした。
幼き姉は椅子の上で足をぷらぷらさせ、子どもっぽい仕草をしながらも、顔はえらく疲れ果てたOLみたいになっている。
「オイ、不肖の弟」
「なんですか、陛下」
「初対面の時の当てつけか? 普通に姉上と呼べ。我々は家族だ」
「……なんですか、姉上」
「よし。ではそろそろ、オマエにも故国の状況というものを教えてやろう。我々がこの同盟会談に、何を求めてやって来たのかも合わせてな」
ズバリ、話は簡単だとテルーズは言った。
「ぶっちゃけ国が維持できん。いろいろ遷都を繰り返したが、ナハトのアホのせいで何処でも食料不足にブチ当たる。このままじゃメラネルガリアは滅びかねん!」
え、マジ?
セラスとティアに顔を向けると、手を上に向けてマジと肩を竦められた。
「そもそもうちって、大魔術式に頼って大規模放牧を行なっていたでしょ?」
「言い換えれば、大魔術式が無ければあそこで食糧生産なんて無理だってコトなのよね」
「家畜も大半が死んだし、国を養うだけのインフラが全然維持できない」
北方大陸の中央地帯、〈大雪原〉に隣接した国土では然もありなん。
「いよいよジリ貧。ちょうどそんな時に、やれ同盟会談、やれ群青卿だの! これは天の救い? それとも絶望への手招きなのかしら?」
「鯨飲濁流の復活を報されて、しかもそれにオマエが関わっていると来た! 国力も衰えて軍隊すら急拵え。そんな我々がどうやって大魔の脅威に晒されながら生き延びていける?」
「答えは奇しくも、アンタにあったわ」
つまり。
「オマエはダークエルフだ。私たちの家族で、同族だ。ならば、もちろん──帰るべき場所は分かっているだろう?」
メラネルガリアはメランズール・ラズワルド・アダマスに、故国への帰還と相応しい立場へ収まるコトを望む。
その能力と驚嘆すべき力が、国を救うために最も必要なモノだと結論を下して。
「ねえ、ラズワルド? 私たちもアレから、良い国を目指して頑張って来たわ」
「メランズール殿下が、いつ帰ってきてもいいように」
「決してかつてのように、居心地の悪い国ではないと約束するぞ」
だから、戻って来てくれない?
それが、三人──ひいてはメラネルガリア全体の要望らしかった。
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tips:王太后と執事と黒曜公
ルフリーネとセドリックは、かつて恋仲だった。
新体制に移行後、セドリック・アルジャーノンはルフリーネの護衛職に戻り、ロイヤルガードの長になっている。
しかしバルザダークは、ふたりがまたそれ以上の関係に戻っているのではないかと睨んでいた。
あるいは、そうした関係に戻りつつあるのではないかと。
「良いコトです。愛する者が生きているのなら、今度は決して手放さないようにするべきです」
もはやふたりを阻み、止められる者は何処にもいない。
バルザダークは羨望を自覚する。
と同時に、もはや自分には叶わぬ幸福を娘たちで実現したいと意欲を強めた。
ゆえに、
「アダマスとオブシディアンを結びましょう」
「黒曜公。それはえっと、当人たちの意思もありますから」
「ええ。ですから、結びましょう」
「バルザダーク公……」
「はい。なにか?」
「若様はすでに、お相手がいるらしいのです……」
「はい。それがなにか?」
頬を引き攣らせるルフリーネとセドリック。
群青卿の情報を耳に入れてから、密偵を放っているのが自分たちだけだと思わないでもらいたかった。
メラネルガリア貴石貴族の生き残りは、いまなおそういった手腕に長けている。
今の調子で若い者に任せていたら、五百年くらいかかりそうなのだ。
「我が愚女たちと殿下の仲を進めるのに、ちょうどいい起爆剤ですね」
ふたりがドン引きしている顔になっても、バルザダークは至極真面目だった。
愛は結べる内に結んでおくべきなのだから、何もおかしいコトなど無いのに。




