作家擬きが出会ったのは甘党少女。
結果から言うと。俺は、駄目だった。新人賞は軒並み落ちた。
就活も何もしないまま、俺は大学四年生としての一年かを終えようとしている。何も得られない、一年だ。
俺の手にあるのは、売れないと各賞で判断された、作品だけ。荒谷諭は、神薙は、売れすらしない作家だ。スタートラインにも、立てていない。
桐原は、ちょくちょくランキングで見かける。あいつには、才能があったんだ。そろそろ出版社の目にも留まっているだろう。
何も成せず、何も得ないまま、大学を、卒業する。卒論はとっくに出した。
俺は、何してたんだろうな。
凪は大学受験で忙しい。ちゃんと大学に行くことを選んだ。今日は前期の試験だ。センターの成績は上々だったし。問題ないだろう。
このマンションから通える国立を狙ってた。
相棒のノートパソコンも開かず。受験当日だというのに作ってくれた朝食にも手を付けず、ただこうして、ソファーでだらけている。
あぁ、本当。何してたんだろう、俺は。
これなら、最初から、身の丈に合った将来を、選んでいれば、良かった。
「諭さん、おーい。さーとしさーん」
「ん?」
「寝てたんですか? 一日中」
「いや。冷蔵庫の中見てみろよ」
「えっ?」
凪は、言われた通り、冷蔵庫の中を確認した。
「えっ」
そこには、きっと俺が昼間、雪道を超えて買ってきたホールケーキが入っている事だろう。
「受験お疲れ様」
「まだ終わってませんよ。これで駄目だったら、後期受けなきゃいけないので」
「凪なら、大丈夫だろ」
凪が受験すると聞いた時、正直、驚いた。
驚いたけど、同時に、嬉しかった。ちゃんと、前を向いていると。今と、その先を、見ていると。
「なぁ、凪」
「はい」
「俺、その……どうすれば、良いかな」
「諦めますか?」
凪は、優しかった。
俺に、諦めるという選択肢を、見せてくれた。
そうだ、今から就活して、一年アルバイトで食いつないで、という手も取れる。
このマンションは、出なきゃならない。凪のご両親は追い出さないかもしれないが、正直、頼るのは、心苦しかった。
「あき、らめ……」
手をグッと握った。爪が食い込んで、痛みが頭を冷静に戻してくれる。
「いやだ、あきらめ、たくねぇ」
ここで諦めたら、一年を否定してしまいそうで、怖い。
俺が書き続けたことが、このまま消えるのが、怖い。
二十年くらいたって、ファイルを整理した時、懐かしいと呟きながら読み返して、何だこれ、と思うのが、怖い。
「はっ、はぁ。きっと、この一年も、無駄じゃないんだろうな」
「当たり前です」
「それでも、こえーよ。諦めんの」
「そりゃそうですよ」
「凪は、いつも、励ましてくれるな」
「それが、私のやりたいことですから。もう一度、はっきりと言ってみてください。諭さんの答え」
荒谷諭は、天才ではない。売れる作品を生み出せていない。いつ生み出せるのかも、わからない。それでも。
「諦めたく、ない」
「よく言えました。では、私から提案しましょう」
「何を?」
「うちの親に、雇ってもらっては?」
「は?」
「家賃は給料から天引き。食事は私から。部屋はこのままで良いでしょう」
「な、何を……?」
「喫茶店で働くのです。夜のバーの方は参加しなくて良いので。私といちゃいちゃする時間無くなりますし」
「いや、緩すぎない?」
「私の命の分の恩の支払いを、親はしたいと、ずっと言ってましたから」
「んな、だって、俺がやった事なんて」
その……うん。
「私を好きになってくれて、私を愛してくれて、ありがとうございます」
「んな、いや、そんな、俺が勝手に抱いた感情だから」
「それでも。私たちにとっては、有難いことなんですよ。諭さん。人一人の命を救うとは、そういう事です」
凪の目は、真剣そのもの。背筋が思わず、ピンと伸びる。
「助けて終わり、じゃないのです。ちゃんとその後、生きて行けるようにしなきゃいけないのです。そして、感謝されているなら、その感謝を、しっかり受け取らなきゃ、いけないのです」
これは、聞いた話だ。
自殺しようとした人を止めて、警察に突き出す。止めた人はとても褒められるけど、助けられた人は職を失い、精神は病んだまま。何も変わらないどころか、環境は悪化する。それは、助けたというのだろうか。地獄は地獄でも、生き地獄に落としたと同義ではないか。
だったら、助けないで見殺しにした方が、その人のために、なったのではないだろうか。
俺は、凪を助けたつもりは無くても、事実として、周りの認識としては、助けたのか。
「あぁ、わかったよ。俺は凪を助けた。それが周りの認識なんだな」
「はい。ようやく受け入れるのですね。なら責任を取ってくださいね。私の寿命を延ばした責任」
「あぁ」
「父さん達からの恩返し。感謝。しっかりと受け取ってくださいね」
「わかった」
そう、助けた責任だ。
勝手に助けたんだから、最後までちゃんと助からせろって事だ。
「それで、お前がこうして今、カウンターでコーヒーを淹れてると」
「あぁ、そういえばお前、ドラムじゃなかったのか?」
「別にドラムしかできないわけじゃねぇよ。他の楽器も理解しようとバンド時代、ギターもキーボードもやってたんだぜ。その時の事が活きただけだ」
「旅から旅のミュージシャンねぇ」
市川は今度メジャーデビューするとかなんとか。人気アーティスト様が目の前で俺の淹れたコーヒーを飲むって、変な気分だ。
「まっ、流石にもう旅はお仕舞だけどな。まぁ良いや、彼女できたし。そろそろ一ヶ所に留まらねぇと、あいつの帰る場所がわからなくなっちまう」
「デビュー早々スキャンダルとか、笑えないんだが」
「んー? 音楽関係からのお付き合いだから。まぁ、大丈夫だろうよ」
「は?」
まさか……いや、俺の知ってる音楽関係者何てあと一人しかいないから、連想しちゃっただけだろ。
「お前のお察しの通りだよ」
「は? 復縁したの」
「いえーす」
マジかよ。
「色々あったんだよ」
今海外でオーケストラと共演とかしている彼女が、こんな軽薄そうなやつを結局選んだのか。クラシック界が涙で溢れそうだ。
桐原さんは大学生になってすぐにデビュー。アニメ化までされ、映画化も達成していた。順風満帆の作家生活。それでも俺を先生と呼ぶから、正直なるべく会いたくない人物だった。
今は東京にいる。たまに連絡は取っている。
そして俺は。
個人で出版を始めてみた。とりあえず電子書籍で。
SNSでも積極的に宣伝と交流を図り。とりあえず、買ってくれる人はいる状態。
売れるか売れないか何てやってみないとわからない。審査員の頭でっかちな判断を覆してやると、奮起した。
とりあえずWEBで書いていた物のリメイク版、新人賞用に書いた公開していない物は全部商品として売りに出したから、品ぞろえは豊富な方だろう。
そこにさらに新作を売り出す予定だ。
これで話題になれば良い。
とりあえず、俺の作品に惚れ込んでくれ人が、確実に一人はいるんだ。
それだけでも、他の作家たちよりは、幸せだろう。
それでも贅沢は言わせてくれ。俺は売れたいと。もっともっと、登って行きたいと。
諭と凪の物語は、ここで完結です。ありがとうございました。
作家には二種類のデビュー作があると、僕が通う大学の教授から教わりました。一つは自分のためのもの、一つは流行りに乗った売れるためのもの。
僕にとってはクラスメイトなメイドが、売れるための物。今回の甘党少女は、自分のためのですね。
僕がこれを機に足を洗うか。それとも懲りずにまた何か書くは、わからないです。
でもとりあえず、この作品をクリックして、ここまで読み進めていただいて、ありがとうございました。




