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書けなくなった作家擬きが出会ったのは甘党少女でした。  作者: 神無桂花
甘党少女と囲む影

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友人とは。

 「あの、神代さん」

「な、何ですか?」

「顔、青いですよ。具合でも……?」

「体が、拒否しているだけなので」


 トイレの手洗い場の鏡をちらりと見たら、グロッキーと言う言葉が相応しい。というか、高校のトイレ、もう少しまともに清潔感のあるデザインにできなかったのだろうか。使いたくない。これを疑問なく使っていた時期があると考えると、昔の自分凄いなってなる。


 桐原さんは、ずっと隣にいた。授業中は席が離れているが、休み時間になると、すぐに私の傍に来てくれる。本当に、私を守る気みたいだ。

 涼香さんも来るから、ずっと三人で行動する形になる。

 帰りたい、とは思う。


 ヒーターのついた教室。正直、廊下の寒さの方が心地が良い。

 コンクリート製の箱庭に詰め込まれ、常識と教養を一方的に叩き込まれる。

 政治経済の先生が、日本の近現代の政治の歴史を解説していく。

 うとうとしてきた。

 眠いなぁ。と思った時、チャイムがなった。


「おっと、ここから良い所だったんだけど。仕方がない。昼ご飯を食べる時間が無くなるな」


 どんだけ昼ごはんが楽しみなのか、先生は挨拶を省略して出て行った。


「食べましょうか、神代さん」

「桐原さん。良いのですか? お友達は」

「良いのです」


 正直、桐原さんが私の所に来るたびに、視線を感じる。ねっとりとした、観察するような。正直、居心地が悪い。


 異物が身体に入った時、身体は拒否反応を起こす。まさにあれだ。この教室は今、アレルギー反応を起こしている。


「私と一緒にいたところで、得はありませんよ」

「損得で友達付き合いとか、つまらないと思いませんか? それに、得はありますよ。不登校の生徒を連れてきて、クラスに馴染ませたとなれば、内申点はかなりのものです」


 窓に映る私の顔は、心底げんなりとしたものだった。


「だから、神代さんは私の事は気にせず、自分のために学校に来れば良いと思います。私も、自分のためにやっている事なので」


「私に利益はあるのですか?」

「利益、ですか?」

「あるのです?」


 桐原さんは指を顎にあてて考えて、そして、おもむろにスマホを取り出す。


「今は使用禁止の時間ですが、致し方ありませんね」

「何がです?」


 桐原さんのスマホ、それはメッセージアプリの画面。


「な、なんで、桐原さんが、諭さんと」

「随分前に、交換しました」

「え、えぇ……」


 結構ショック、というわけでもない。私は縛るタイプの女では無いのだから。


「ねぇ、神代さん」

「はい」

「出禁、なのですよね」

「うっ……」

「あなたが学校でそれなりに頑張ったら、私の方から諭さんを説得させてもらえないですか?」

「……くっ」

「どうですか?」


 確かに、それは有効だし、明らかな利益だ。

 迷いは、無い。


「乗ります」

「取引成立で」

 





 病気がわかって最初の頃。何回か、死ねば楽になると思った。

 そして、どうせ死ぬなら、さっさと死のうかとも思った。

 一度、台所の包丁を、自分の心臓に突きつけたことがある。

 例えばこれを鳩尾に刺したら。

 痛いんだろうなぁと。切腹って介錯いなきゃ中々死ねなくて、長く苦しむって言うし。角度を変えて上向きにして肺を狙えばとも思うが、そこまで届く威力で私は自分を刺せるのだろうか。人って簡単に死なせてくれないんだ。


 じゃあ、直接心臓を狙おうか。

 包丁を胸元に持って行った。

 私のそこそこ大きな胸を貫通して、肋骨の間を正確に通して、胸筋を貫く。無理そう……。

 じゃあ、胸の谷間……骨貫通は無理か。

 人って簡単に死なせてくれない。

 逆に、肺を切れれば、呼吸できなくなってあっという間に。人って意外とあっけない。

 大事な所をしっかり守ってるんだ。


 私はふと気づく。

 包丁を目元に持って行った。

 これを目から直接脳を狙えば……。


「やめとこ」


 多分、障害が残ってまともに動けないまま、タイムリミットまで生き残るのがオチだ。

 人は思ったより、頑丈だ。 



 くだらない事、思い出してた。 

 廊下に流れるピアノの音に引き寄せられるように歩いた。音楽準備室からだ。窓から覗く。涼香さんが、一人奏でていた。

 扉を開けて入る。ヒーターは付いていない。それでも、指の動きには正確さがあった。心があった。


「凪さん。聞いていたなら声をかけてくださいよ」

「邪魔してはいけないと思いまして」

「あはは、良いですよ。正直、昼休みみたいな短い時間では、練習にはなりません。指の運動です」


 言葉のわりに、気持ちが入っていたのは事実。 

 一音一音に、力があった。心があった。

 涼香さんの中には、それだけ込めるものがあった。


「羨ましいです」

「何がですか?」

「いえ。私の中に留めておきます」


 諭さんが感じていた苦しみが、私の中にも生まれた。

 苦しい。胸に手を添える。目を閉じる。


「凪さん。なんで、嬉しそうなのですか?」

「えっ?」

「笑ってますよ」

「えっ? あははっ」


 諭さんが感じてきた思いを追体験している。そう思うと、嬉しさもあったのは、間違いなかった。

 ちょっと、変態っぽいか。


「気にしないでください」

「は、はぁ」



 吐きそうだ。ずっと。でも、耐えられた。

 今日最後の授業の終わり。力が抜けた。あぁ、帰って良いんだ、もう。

 鞄に荷物を詰めて、ゆらっと立ち上がり、教室を出ようと思った所で、ロッカーに全部詰めて行こうと思い直して、今日使った教科書を全部置いて行った。

 重すぎるし多すぎる。鞄の寿命が縮む。


「神代さん」

「はい」

「置き勉は、如何なものかと」

「家に参考書は一通りあるので」

「むっ」


 合理を取るか、ルールを取るか。少しだけ興味が湧いた。桐原さんの判断に。


「むぅ……」


 心なしか、クラス中の注目を浴びている気がする。いや、ずっと視線はあったか。


「……良いでしょう。家で勉強するためにというのが置き勉が駄目という学校側の建前です。なら、認めましょう」

「おぉ」


 そんな声がどこからか上がった。


「じゃあ俺も、塾行ってるしー」


 そんな言い訳がましい声があちこちで上がって、ロッカーに教科書が片づけられていく。

 あぁ、これがルールが崩壊する瞬間なのか。むしろ今まで、桐原さんはよく抑えていたな。そんなルールを崩壊させた当の本人は、想定外だったのか、おろおろしていた。


「帰るね」

「あっ、私も帰ります」


 涼香さんと並んで階段を降りていると、桐原さんも慌てて着いてきた。

 女子三人の帰り道が始まった。
















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