番外編。猫の日。甘党少女の場合。
「荒谷さん荒谷さん。見てください見てください」
それは、俺がようやく書けるようになった頃の話だ。
「……なにしてんだ?」
「猫耳ですよ猫耳。世界猫の日なので」
「二月二十二日だろ」
「にゃんにゃんにゃんですからねぇ」
ご丁寧に猫の手ポーズまで取ってくるあたり、サービス精神が旺盛な奴だ。
「なんか、理由はわからないのですが、制定されているそうですよ」
「ふぅん」
髪色に合わせて、淡い茶色の毛並みの猫耳。
まぁ、似合うんじゃないか。いや、似合うな。
凪に惹かれている現状、迂闊にそんな、一般的に萌え要素の感じるとされる恰好をされると、心臓がざわつくから勘弁してほしい。
「どうですかどうですか? 撫でますか?」
そんな風に挑発してくるから、顎を撫でて応える。
「ゴロゴロゴロゴロ」
「猫か!?」
「猫ですよ。諭さーん。可愛い猫ですよ~。好きにして良いですよ~」
ソファに座る俺の膝の上で転がり始める。
これが本物の猫なら、今頃ズボンはガムテープ辺りで掃除だな。
「ったく」
そんな風にされると、俺の理性のタガが外れそうになるから勘弁してほしい。
仕方ないので頬をムニムニと指で突くことで我慢することにする。
「ふひひ」
手が伸びてきて、同じように顔を触られる。
「なるほど」
「何がだよ」
「諭さんが私のを触る理由、わかります」
「こんなの触って楽しいのか?」
「なんか、楽しいです」
ああ、理解されてる。
楽しい。
内面を知られてるって、凄いな。変な気分。
理解者がいるという事か。それは、なんだろう、ありがたいというか、贅沢というか。
「うん。内面知られてるって、一方的に色々掴まれてるってことか」
「あはは、そうですね。荒谷さんの好みとかは、理解しているつもりですよ。甘えたいし甘えられたいって、凄い複雑ですね」
「お互い甘え合うって、カオスだな」
「でも、書いてみれば、できているものじゃないですか?」
「まぁね」
凪は控えめにクスクスと笑う。
「影山とか、似合いそうだな」
「……なるほど」
「凪も似合うな」
「ありがとうございます」
嬉しそうに笑うけど、そんなに嬉しいのか。
褒めてもセクハラになる事があるこのご時世。元作家志望としても言葉選びに苦慮する時代だ。ため息を吐きたくなる。
イケメンが許される言葉も、フツメン以下はセクハラ扱いとか、普通にあるからなぁ。
まぁでも、凪は躊躇わず褒めても良いのか。
それはありがたいな。最低限の言葉選びで済ませられる関係は。
「ったく、可愛い奴め」
「ん?」
凪が何を言われたかわからない顔で、でも頭では理解しているようで、? が浮かんでいるような顔で、でも口元は弧を描いていて、そのままきょとんと首を傾げた。
「荒谷さん。急に褒められると、戸惑います」
「わりと褒めてると思うが」
「真っ直ぐな言葉は違うのですよ。荒谷さん」
「そうかい」
凪の身体を起こして、俺は執筆に戻るべく、部屋に入った。




