甘党少女と背負うもの。
凪が死ぬから。
どこか、そんな気持ちを抱きながら、凪に甘くしていた部分があったのは、否定しきれない。
凪が今生きていることを、少し忘れていた。凪がもう死ぬものだと諦めている部分があった。
だからその分、後悔無いように、少しの時間も無駄にしないように過ごす。それは、間違ってはいないだろう。現に、きっと凪はその思いを基に全力で生きられたのだろう。
でも、凪はそれを他人にされるのは嫌がった。
命はその人のものだと思いだから、勝手に諦めて欲しく無かったのだろう。勝手に先を望んでほしく無かったのだろう。
うん。そうだ。
俺は、凪を否定しよう。
俺は俺を否定しよう。
大好きとか、愛しているとか、そんな言葉のごり押しは大嫌いだ。でも、そうだ。
理屈だって、今の俺には、どうでも良い。
俺が今まで書き続けてきたことすら、どうでもよくなるほど。
「ふふっ」
凪は、どこか嬉しそうに笑って、身を寄せる。
「諭さんの気持ち、しっかり受け取りました」
心地良い疲れ。凪に全力で気持ちを伝えれば、ここ数日失われていた冷静な思考が戻って来た。
「やっちまったな」
「あはは、そうですね」
「でも、うん」
「良かったです?」
「それを聞かないでくれ」
はぁ。
ため息の意味は、伝えきれなくてため込んだ気持ちを吐き出しきれたことによる満足感だ。
そして、それでもなお尽きぬ気持ちを抱く俺への呆れだ。
「凪、お前は俺の最高の読者だ」
「そうですね。諭さんがそう言うなら、間違いありません」
「俺、凪を否定することって、俺自身を否定することだと思ってさ」
「はぁ」
「凪が、あまりにも、俺の書いたことそのものだから」
凪はすっと身を寄せる。遮る布一枚無い。素肌が触れ合った。
「諭さんが、私を変えたのですから。私、私が死ぬまでの日々を、書いて投稿しよう。そう思っていた時期がありました」
「思っていた?」
「はい。でも、どんな風に投稿しようと思って、サイトの小説を色々読んでいるうちに、諭さんの小説を見つけました」
「へぇ」
「読んでいたら、馬鹿らしくなっちゃったんです。私の考えていた事。何も無い日々を書き続けるくらいなら、って。必死に生きようって。残された時間を。前の私なんて、もう、思い出せません。どんなの、だったのだろう、私」
「多分、根本的に変わっていないと思うよ」
確証はないけど、そう言った。
「凪は凪だ。人間は、そんな簡単には、変われない。俺が、小説から離れきれなかったみたいに。簡単に何かをやめる事なんてできない。生きる事、やめさえないよ。俺を小説から逃がさなかったんだから、責任取れ、凪」
「ふふっ、あはは! 一本、取られました」
それから、凪のお腹に新たな命が宿ったのがわかった。
凪の両親の住むマンションの部屋にて、フローリングに額をこすりつけてしっかりと謝罪と凪への気持ちを表明した。
やれと言われていたとはいえ、お互いまだ親の庇護が必要な身分だ。
これから、俺達が生涯背負う事になる命だ。そう思いながら、まだ平たいお腹を撫でた。
「ありがとう。凪」
「何がです?」
「気持ち、受け入れてくれて」
「諭さんが、また私の欲しい言葉を、くれたので」
俺の親が、スーツと菓子折りを持って凪の両親の部屋で土下座をかました時は、どこかスッとした気持ちもあった。
それは俺の、歪んでいる部分だ。親の理想から外れた事、俺が原因とは言え、親の情けない姿を見れたこと。
性格が悪いな。うん。
「諭、お前!」
事情は聞いているはずだが、父親が手を振り上げた。まぁ、感情は理解できないわけでもない。他人の娘を傷物にしたとも取れなくはない。
ならまぁ、今は甘んじて……。
「やめてください!」
「おやめください!」
声を上げたのは、凪と、凪のお母さん、同時だった。
凪は俺と父親の間に割って入った。
「殴るなら、殴ります。覚悟はできていますね」
居心地悪そうに顔をしかめ、上げた手を下ろす。
「何かしら必要になったら、ここまで連絡下さい。その、娘さんの無事を、祈ります」
夏は完全に終わり、俺の大学が始まった。
凪と居られる時間は自動的に減る。
大変な時期の凪の傍に居たかったけど、それは、凪の両親が駄目だと。俺の将来的な地盤がしっかりとしていないと駄目だと。
そうだな。
俺がちゃんとしないと。
作家になるにしろ、ならないにしろ、しっかりしていないと。
凪と一緒になるために。
凪と一緒になるために、俺は。
そして、その時が来た。
俺と凪は、一つの約束をしていた。その日を迎えるにあたって。
前兆はあった。全く、成長しなかったのだ。
本当にいるのか? と思った。でも、凪はしばらく具合の悪そうな日々が続いていた。
「病人らしくない病人の次は、妊婦らしくない妊婦ですか」
と、苦笑いしていた。
「病気は完治しました」
色々検査して、重々しく、凪の担当医はそう言った。
誰もそれを喜ばない。凪の両親が安堵の息を漏らしたのが聞こえた。
未来を生きるのが許される宣告。凪の一年のタイムリミットの延長。
十二月の始め。すっかり寒い季節。そろそろ、雪が降るだろう。
「はい」
最初に返事したのは、凪だった。
「ありがとう、ございます」
凪は、顔を歪めて、堪えていた。約束を守るために。
俺たちは、泣かない。
今日この日は、泣かないんだ。
泣いたら、失礼だ。病気にも、その病気を受け持ってくれた存在にも。
だから、泣いちゃだめだ。
「終わってしまえば、あっけなかったですね」
しばらくぶりに、凪は俺の部屋に来た。当たり前のように。
「諭さん。私、生きられますよ」
「ん」
「諭さん」
「うん」
「小説、書いていましたか?」
「……あぁ。書いていたよ」
凪がいない間に、連載を二つ完結させた。春には新人賞に出せる小説もできる。
「凪にもお見舞いに持ってっただろ」
「はい。嬉しかったです」
正直、凪と俺がやったことの扱いはグレーだ。
解釈的には、恋愛して行為に及び、できた。だ。
もしこれが、凪の病気の治療のためにと解釈された場合、どうなるのだろう。
最近、そんな事を悩んでいる。
「諭さん。クリスマス、もうすぐですね。諭さんの誕生日、祝えなかったなぁ。ねぇ、諭さん。諭さん?」
「ん、あぁ」
「ふふっ、約束、守ってくださいね。私も、守りますから」
「わかっている。凪は、強いな」
「強くはないです。ただ、強がっているだけです、お互い、約束守るために、くっつきましょうか」
「うん」
その次の日。町は、白く、染め上げられた。
ヒロイン退場避けられて、良かった。
ここからは凪と仲良く進んでいくことでしょう。
書いてる僕が一番冷や冷やしていたと思います。




