恋人とは。
神代凪を一日限定の恋人にする。
そんなものを誕生日プレゼントにして良いのかという疑問を置いておいて、さて、恋人とは何をする者なのか。俺のイメージする現実の恋人とか、四六時中所かまわずベタベタくっついている。夏なら暑苦しくて、冬ならヒーター代わりにその熱をこっちに寄越せと言いたくなる、謎の存在なのだが。
凪の服装、最初、メイド服で来ようとしていたのを、全力で阻止した結果、アウトレットで買った白いTシャツに黒いミニスカート、白い靴下にローファーということで落ち着いた。
何で持ってるんだ、おい。と思い聞いたら、自分で作ったとのことだった。どおりで俺が小説で書いたデザインと近いわけだ。
「さぁ、手を繋ぎましょう」
「それはわりとやってるなぁ」
「はい、なら抵抗はありませんね」
しかしながら、今日は平日。しかも夏休み明けの。
凪は高校生、下手すれば中学生に見られかねない見た目、声をかけられかねない。
「荒谷さん」
「ん?」
「堂々とするのです。私たちは大学生カップルですよ。こそこそするから、怪しまれます」
凪は急かすように手を差し出す。
「ん」
握った。
かなりの勇気を要した。それでも、景色が輝きだすわけでも、世界に愛が溢れるわけでも無い。日常にちょっとした優しさが零れるわけでも無い。
ただ、一人の男が、一歩踏み出しただけだった。
偽りの関係を、少し進めただけだった。
「どこ行くんだい? それで」
「そうですねぇ。遊びたいですよね。夏休み明けて、空いているでしょうし。色々」
「まぁ、それはそうだね」
駅前まで来ると、閑散としていた街並みに、賑わいが感じられるようになる。
人がどんどん入れ替わっていく光景は、慌ただしさと、街は確かに生きていることを実感させた。
「カラオケとか、どうです?」
「すぐそこにあるしな」
「荒谷さん、歌って踊れるタイプです?」
「いや、全然」
「じゃあ、行きましょっか」
「いや、今の会話でなぜそういう結論に……」
「行きましょう!」
予想外に強い力に引かれ、人だかりの中を歩く。
二十四時間営業のカラオケは、流石に人は少ない。平日だし。
レジでは一般の大人料金で入る事にした。凪の年齢がバレれば通報されかねない。何故か中卒の可能性に行きあたらないのが、ここ最近の世の中というものだ。凪は女子高生だが。
まぁ、そんな社会の風潮は今はどうでも良い。
「俺、あんま歌える曲無いのだが?」
「大学生は、居酒屋、カラオケに行き慣れてるイメージなのですけど」
「俺が君のイメージする大学生像にマッチすると言うなら、その認識を改めてもらわなければならないな」
そんな会話をしている間に、目の前にカラオケ店の入口が。
「ふむ……」
「一時間、くらいにしましょうか」
「だな」
もういいや。今日は凪の誕生日だ。どうとでもなれ。
先に結論だけ言っておくと、凪の歌は上手い。
この子、俺の信者であることと、不登校であること以外弱点らしい弱点無いな。
「ふぅ、この曲、二番の最初が一番難しいですね」
「早口だからね、結構。サビの高音難しそうだけど、よく綺麗に歌えるね」
「あはは。涼香さん、上手ですよ。私より」
「流石才女」
「荒谷さん、歌わないのですか? ずっと聞いてますけど」
「んー。凪の声、聴き心地良いから聞いてたわ」
正直な感想をぶつけておく。
「上手い事言っても騙されませんよ。今日はデートですから。あっ、じゃあ、デュエットしましょう。デュエット」
そう言いながら入れた曲は、歌が本編と揶揄された映画のテーマ曲だった。
「おっ、おう」
「男声パートお願いしますね」
「はいよ」
知っている曲だから良いか。
凪も楽しんでるし。
澄んだ声が狭い部屋に響く。この店の会計はこちらが持ちたくなるくらい、良い声だと思う。
集中しないと自分の歌う部分逃してしまいそうなくらいに。
一時間なんてあっという間だ。
会計を終えて外に出る頃には、暑さを感じる気温だったけど。
会計は俺が全部払ったら、きっちり半分俺に押し付けてきた。受け取らないと昼食全部奢ると脅して来たのでちゃんと受け取った。
暑さを感じる気温だけど、凪は腕を絡めてひっついて歩く。
「暑くないの?」
「暑くても、今日は恋人ですから。荒谷さんは」
「胸……」
「当ててるのですよ?」
「決まり文句を聞きたかったわけでは無いのだが。まぁ良い。次は何が良いんだ?」
「……そうですねぇ」
「あぁ、決めてないのね」
凪はきょろきょろと視線をあちこちに向け。俺は俺で結論を待つことにした。
「では、うーん。ボーリング? とか」
「別に良いぞ。凪の好きなように」
「私、やったこと無いのですよねぇ」
「まぁ、良いと思うよ。俺もやったことはあるけど、頻繁にってわけじゃないし」
しかし良いなぁ、駅前で大体遊べるって。そこまで移動しなくて良いって。
靴はレンタル、流石平日。全部スムーズだ。
久々にやるけど、ボールを持てば何となく感覚が蘇ってくる、というほどやり込んだわけじゃないが、まぁわかる。
「よいしょっと」
凪はと言えば、なんか重たげにボールを両手でもって運んでいた。
「……何してんだ?」
「荒谷さんと同じボールをと」
「いや、重そうだが。片手で持てる奴にしておけ」
大体、目安は体重の十分の一くらいだからな。凪の体重何て知らんけど。九ポンドくらいで良いか。ひょいと渡すと、恐る恐る両手で受け取る。ちなみに俺は十四ポンド。
「……諭さん」
「ん?」
「いえ、せっかく恋人なので、名前で呼びたいなと」
「別に普段から呼べば良いじゃん」
「良いのです?」
「俺は凪って呼んでるし」
「……諭さん」
「ん?」
「呼んだだけです」
「なんだよ」
名前呼ぶだけで嬉しそうって、変な奴。
転がす。良いコースに投げられた。最初からストライク取れるとは、上々だ。
「すまん。凪。ガーターなしにしておけばよかったな」
「お気になさらず。折角諭さんが選んでくれたボール、活かしきれなくて、申し訳ないです」
落ち込み気味の昼食の席。なぜか、四人掛けの席で凪は隣に座って来た。
「あの、さ。向かいに座らないの?」
「カップルは隣に座るものです」
「へぇ。知らんかった。ちなみに俺左利き」
「知ってますよ」
「このままだとぶつかる」
「ぶつかりましょう」
おかしい事をあたかも当たり前の如く、楽しそうに行ってくるから、困る。
「凪さんや」
「はい」
「カップルって、大変だな」
「同じ時間を、楽しく過ごせるって、とっても素敵です。そう考えると、奢る奢らない論争って、くだらないですね。デートは余計な見栄を張るためではなく、同じ時間を好きな人と過ごすためにある。この前借りた、荒谷さんのゲームのヒロインも、そのような事をおっしゃっていました」
「へぇ」
あぁ、言ってたな。思い出せた。
「なら、ますます隣に座る意味無いな。一緒に過ごすことが重要なら」
「これは、私のしたいことですから」
そうこうしているうちに、料理が届いた。ピザを二枚頼んだ。
凪が手早く切り分ける。
「食べましょ食べましょ」
そう言いながら、俺の口元に差し出してくる。
「何をしている」
「食べてください、私の手から」
「……ちっ」
「なんで舌打ち何ですかぁ、まぁ良いですけど。荒谷さんの冷たい反応に慣れつつありますし、根は優しいと知っていますし」
「お前のお節介がうつっただけだ」
「あはは!」
諦めて食べる。確かに美味しい。流石外食。一定の品質が保証されてる。
「凪が作った方が美味いな」
「……あ、ありがとう、ございます……」
「下ろされると食えんのだが」
「は、はい」
自分で食え、どこの王族だ、っての。俺。
「まぁ良いや。はい、凪」
「えっ?」
「三次元でやると滅茶苦茶寒い行為だけど、まぁ良いや。ほら」
俺からも差し出すと、小動物を思わせる仕草でちまちま食べ始める。何だこの、庇護欲をくすぐられる光景。と思ったけど、どうにか顔には出さなかった。




