表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書けなくなった作家擬きが出会ったのは甘党少女でした。  作者: 神無桂花
甘党少女と追い縋る影。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/72

甘党少女の栄養補給。

 「ただいま戻りました」


 凪は、当たり前のように鍵を開けて、珍しく制服姿で現れた。


「宿題考査、ばっちりです!」

「……そうかい」


 それ以外に返す言葉は無い。

 あの日、凪は学級委員長を名乗る、桐原早苗なる人物と会い、何か影響が出ると思っていたが、次の日には平然と過ごし、そして、宿題考査を終え、明日か始まる彼女にとっての長期休みをどう過ごすか、考えているようである。


「さて、荒谷さんは夏休みまだ終わらないんですよね」

「あぁ、十月からだからな」

「長いですねぇ」

「毎日を勝手に夏休みにしている人の言う事か」

「あはは!」


 部屋に響く笑い声は、本当に楽しげだ。

 地雷を踏んだと一瞬思ったが、そういうわけでも無いらしい。


「今の生活、結構気に入っているので、手放すつもりはありませんよ」


 凪はそう言って、ケラケラと笑い始めた。



 

 「ふむ……」

 頬杖ついて、さっきまで自分が書いていた文章を眺める。

「甘ったるいな」


 何となく、凪と風呂入った時と、海辺を歩いた時の事を描写してみたのだ。少し捏造して。 


「荒谷さん。コーヒーとホットミルク、どっち欲しいです?」

「……ミルクで」

「はーい」


 まぁでも、こんな風に気持ちを吐き出して行けば良い気もする。

 うん。小説の中で消費して行こう。


 そうなると、もう少し描写を増やしていきたい気がしてきた。誰かに見せるわけではない、ただの自己満足だが……やるか。


 認めざるを得ない。凪に魅力を感じている自分を。

 だからこそ、大切にして、凪をちゃんとした、恐らくこれからをちゃんと生きていける真っ当な人間と一緒に、でなければ、一人でも力強く生きていける人に成って欲しい。

 俺の信者を名乗って時間を消費させるのは、勿体ない。


「はい、できましたよ」

「ありがとう」


 マグカップを二つ持ち、凪は目の前に座る。


「いただきます」


 程よく暖められた、安心する甘味が口の中に広がる。

 よし。

 少しだけ頭が疲れていることに気がついた。感じていなかった疲れが癒された。


「……凪」

「はい」

「トイレ行きたいなら、行けば」

「い、いえ、そんな訳ではありません。というか、もしそうだとしても、直接指摘するのは如何なものかと。デリカシーです」

「はぁ」


 目の前でもじもじされて、気にするなという方が無理な話だろ。


「じゃあ、何だ? 言い辛い事か? 怒らないから言ってみろ」


 まぁ、怒らないから言えと言われて素直に言う奴も、本当に怒らないやつも少数派だろ。


「その、あの。栄養が、欲しいです」

「君が作るご飯はわりと栄養バランスしっかりしていると思うけど」

「そ、そうじゃなくて」


 恥ずかしそうに、ほんのり顔を赤らめ、下を向いて、でも目だけこちらに向けて。


「あの、甘味をください。その、砂糖たっぷり目の、小説……」

「は、はぁ……」


 今まさに、俺が書いているのは、凪と風呂に入ったと時の事。

 多分、かなり甘々に仕上がっている。が、これ、見せて良いものなのか。


「荒谷さん。今書いているの、見せてもらって良いです?」

「いや待て。落ち着け。これはホラー小説でな。凪の求める話じゃない」

「なら荒谷さんと甘い時間を過ごさせてください!」

「なんでそこまで欲しがる!?」

「ちょっと、心が、疲れたので」


 にへら、と頬を緩ませ、少しだけ、儚さを感じさせる。

 そんな顔を見せられて、何もしないほど、俺の感情は死んでいない。


「……わかったよ」


 ノートパソコンの画面をそのまま凪に向けた。


「……これは、お風呂に入った時のです?」

「あぁ」

「書いて、くれたんですね」

「まぁな」


 書いてて、こんなのセクハラだろとも思った。けど、書かれた本人は嬉しそうに読んでいる。読まれてる俺ばかり恥ずかしい。


「甘くて、良い」


 頬が落ちるのではというくらい緩ませる。横から手で挟みたくなるな。


「荒谷さんの、『我が家のメイド。』に出会った時、私は心がすり減って、無くなるのではと思っていた時の事でした」

「はぁ」

「これに出会った時、心が、すり減ったと思っていた心が、戻ってくる感じがしたのです。胸の奥が、じんわりと、温まっていく。そんな」

「なんで、泣いてんだよ」

「えっ?」


 凪が目元を拭った手はきっと濡れている。


「あはは、何でですかね? 自分でもわかりません」

「……ったく。こっち来い」

「えっ?」


 ……自分から抱きしめるのは、初めてか。

 凪に命令されてとかなら、何回かあるけど。


「私、何も命令してませんよ」

「うるせぇ」

「……ありがとう、ございます」

「お前が言うのはおかしいだろ。俺が勝手にしてるんだから」

「それでも、嬉しいので」

「安上がりな奴」


 凪の匂いは、安心する。

 ミルクと、あと、ココアの匂いも感じるな。コーヒーもだ。


「私の、居場所。喫茶店と、家と、ここも、居場所で、良いですか? もう、学校には、無いので」


 頭を撫でた。弱々しくて、守りたくなる。

 でも、だからといって、俺は凪をこのままにしておけなかった。

 駄目だろ、このままにしては。

 このままの凪を受け入れたら、俺がいなくなったあと、凪はどうすれば良いんだ。

 逃げ方だけではなく、立ち向かい方も、必要だ。


「荒谷さん。何で辛そうなんですか?」

「えっ……?」

「荒谷さんの抱きしめ方、弱っている時の抱きしめ方です」

「そんなこと……」

「ありますよ。縋るような感じで」


 ポンポンと背中を叩かれる。なんで俺が甘やかされてんだよ。


「荒谷さんは、誰かがいなきゃ、駄目な人ですから。私がいますよ」

「凪。俺に構うのは、時間が勿体ないぞ」

「私の時間ですから、私が使い方決めます」


 むっ……。

 俺が作家を志すとバレた時、父親に言った事は、「俺の人生の使い方に口出すんじゃねー」だったな。そんな風に言った事を何故今思い出すんだ。反論できなくなるじゃん。


「それとも、荒谷さん、私の事、嫌いです?」

「嫌いな奴を、抱きしめるかよ」

「ふふっ」


 凪の抱きしめる力が強まった。

 くそっ、強い。

 何も言えなくなってしまった。

 ズルいと思う。


「さて、そろそろ夕飯作りますかね」

「今日は?」

「そうですねぇ、何が良いかなぁ。何かリクエスト、ありますか?」

「うぅむ」


 考えるのを半分放棄していたから、すぐに思考に移れなかった。


「オムライス」

「好きですねぇ、荒谷さん」

「実際、美味しいと思う」



 「はぁ」


 一人になって、ベッドに沈んだ。今日は寝たい。

 いや、凪のおかげで結構健康的な生活を送れているから、ある程度すると眠くなるのだ。そして朝しっかり起きている、

 それに、無理に起きていようとすると、風呂に連れ込まれるからな。あれは心臓に悪い。


「ん?」


 玄関の鍵が開き、静かに扉が閉まり、鍵がかかる音。非常チェーンは、凪が俺の部屋にいる時だけ、凪が部屋にいることがバレないために着けている、から今はかけていない。


「えっ……」


 すぐに出ては行かない。何者で目的は何か、あとは何だろう、ヤバい人なら、ここにいるのがバレるのが一番マズい。

 が、侵入者は真っ直ぐに俺の部屋に来た。

 嘘だろ……。

 息を潜める。

 ベッドの前に止まる。

 どうする。

 薄目を開いた。女が立っている。


「荒谷さん……」


 そうか細い声で呟いた凪は、ベッドに入って俺を抱きしめ、そのまま寝息を立て始めた。


「……はぁ」


 不良少女め。夜中に家を出るって、全く……。

 さっきベランダからちらりと見た喫茶店は、まだ電気が付いている。

 もはや放任だろ、こんなの。


「なるほどな」


 縋るように抱きしめるって、こういうことか。凪は俺を離そうとしない。しがみつくように、腕に力が籠っている。


「俺で良いのかねぇ」


 頭を撫でると、少しだけ、身体に入っていた力が抜けて、表情が和らいだ。


「今は、これで良いのかな」


 よくねぇよ、と自分の中にそんな声が響いたけど、でも、今だけはと無理矢理納得させた。














 




 







  





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ