海辺の二人。
潮風に揺れる白いワンピース。麦わら帽子をかぶった見目麗しい美少女。
絵になるなぁ。そう思いながら、スマホのシャッターを切った。
撮れた写真は一瞬迷ったが、保存した。良い感じに凪がポーズを取る形になったし。
「あー、荒谷さん。盗撮ですか?」
からかうように笑いながら近づいてくる。
「やっぱり消すか」
「だ、駄目です。消さないでください!」
「……隠し撮りされた自分の写真を消すなってやつ、初めて見たよ」
まぁ、最初から消すなんてことはしないけど。勿体ない。
ろくに調べもせず、思いつきで来た水族館は、休館日で、仕方ないので、砂浜を散歩して、堤防沿いを歩いている。
最初は肩を落として落ち込んでいた凪も、すぐに元気を取り戻した。
綺麗な貝殻を拾ったり、平たい石を見つけたら水切りしてみたり。だだっ広い砂浜は、様々な遊びの可能性を秘めていた。
振り返れば、さっきまでそこに俺達がいた形跡が確かにある。足跡としてある。
数分すれば消えてしまう、存在の痕跡。
「結構歩いたな」
「ですね」
予定外だけど、結構楽しめた。凪と歩くだけでも、そこそこ良い時間になる。
歩いていると、なんか道沿いに並ぶお店の人に、カキとか蟹とか勧められる。
「ただ景色を楽しむだけなのもあれだし、お腹満たすか?」
「荒谷さんに任せます」
「じゃあ、なんか食うか」
カキかな。美味しそうだし。焼きガキは結構好きだ。実を食べた後、貝に余ったポン酢を飲むのが良い。
俺はようやく、スマホで周りの事を調べることをした。あぁ、少し歩けば良さそうな店がある。
「それじゃあ」
行こうか、と手を差し出した。
それがあまりに自然にやった事で、凪が手を握った所で、初めて「あっ」と声を上げた。
「どうかされましたか?」
俺の動揺を知ってか知らずか、凪は手を離そうとはしない。
手を握ったまま、止まるのも変だ。
「……行こうか」
「はい」
振りほどくわけにも行かないから、そのまま歩き出す。
凪の手を意識しないために、これから食べるであろう焼きガキに思いを馳せた。
それはそれで、食いしん坊みたいだ。
カキをひっくり返し、砂時計をひっくり返す。
セルフ焼き放題食べ放題。時間過ぎて網にまだ残ってたら追加料金。単純だが、結構初心者には難しいルールな気がする。
貝をこじ開けポン酢を垂らして、吸うように食べる。美味い。
「器用ですね。荒谷さん」
「ちゃんと焼けてれば開けやすいし」
「まぁ、そうですね」
ひっくり返していく。夏に七輪の傍に居るのもなかなか考えものだな。冷房様様である。
ビールではなく瓶コーラ。グラスもしっかり冷やしておいてくれるサービスの良さ。結構感動した。
パチっという音ともに、汁が飛ぶ。咄嗟に凪の顔に手を伸ばした。
「……熱い」
「な、何をしてるのですか、荒谷さん」
「いや、凪の顔掴みたくなったら汁が飛んで邪魔された。それだけだ」
向かい合わせに座ってよく間に合ったと思うよ。本当。
「見せてください!」
「問題ない。この程度。怪我の内にも入らないよ。それよりも食べな」
ちらりと時計を見る。水族館でなんかお洒落なランチがあったからそこで食べようと思っていたから、こうして時間に追われるとは思っていなかった。
けど、こういうのも悪くない。潮風感じながら、慌ただしくカキを開けて行くのも。
「凪の顔が火傷するより、全然良いよ。折角綺麗な顔なんだから」
「うっ」
「どうした?」
凪の手が止まる。ジトっとした目が向けられる。なんか変な事言ったかと振り返るが、思い当たる事なんて何も無い。事実しか言っていない。
「最近、荒谷さん、おかしくないですか?」
「なにが?」
「か、可愛いとか、綺麗とか、言っておけば良いと思ってません? 子どもに言うノリで」
「まぁ、実際、四歳差はデカいよな。見た目は褒められ慣れてるって言ってたし」
咎めるような視線。じーっと音が鳴って、穴でも開きそうだ。
「はぁ。良いです。もう。食べましょう」
咎めるが呆れるに変わり、凪は手早くカキをひっくり返してく。
後から知ったことだが、アルミを被せれば良かったらしい。
「水族館、行きたかったな……」
歩きながら、凪はそうこぼした。そんなに楽しみにしていてくれていたのか。
「また来るか」
「一緒に来てくれるのです?」
「んー。まぁ、良いと思うよ」
一人で行かせるわけにもいかないし。行く相手がいないなら、俺が行こう。凪と過ごす時間は、結構楽しいし。
ちらりと隣を見れば、わかりやすく嬉しそうにしてくれる。感情を素直に表現してくれるから、喜ばせたくはなる。
「楽しみにしています!」
少し先をスキップで歩いて行く。軽やかに、羽でも生えたかのように。追いつくために、少し早足で歩く。凪には夏が、良く似合う。
駅が見えてくる。丁度良く、そろそろ電車が来る時間だった。
「そういえば、私出かける度に、帰りに寝ている気がします」
「そうだねぇ。いつもおぶってる」
「なんか、すいません。今日は、起きてますから。荒谷さんと、歩きたいです」
「今日散々歩いたじゃん」
「荒谷さんと、最後まで、歩きたいです」
思わず頬を掻いた。真っ直ぐに見つめられて、恥ずかしくなった。
誤魔化そうと思って、もうすぐ高校の夏休みが終わることを思い出した。
「凪」
「はい」
「お前、何があったんだよ。本当」
「はい?」
「学校で」
電車が動き始めた。景色が流れ始めた。凪の目に冷たさが宿った。
「そうですね。荒谷さんの話ばかり聞いて、自分の話しをしないのも、卑怯ですよね」
電車の中は確かに冷房が効いている。けれど、俺と凪の周りだけ、さらに温度が下がった気がした。
「……いや、良い。お前が、話す気になったら」
あまり踏み込む過ぎるのは、良くない。
ゆっくり立ち直れば良い。
そう、誰も急かさない限り、ゆっくり歩いて良い。
誰も、急かさない限り。
マンションの前に、そこそこ見慣れた後ろ姿を見つけた。
「あっ、影山さん」
「あ、今日は、出かけて、いたの、ですね」
「はい。涼香さん。丁度良い時帰って来ました。何か御用ですか? ……あれ。そちらの方は」
凪の顔が、少しずつ強張っていく。
「お久しぶりです。神代さん」
「桐原……早苗さん……」
「覚えていてくれたのね。神代さん。新学期始まる前に、挨拶に参りました。一応、あなたのクラスの委員長よ」
「……そう、ですか」
冷たさと緊張感が交差する空間。
「一応、学校も体面上、成績優秀者だから進級させざるをえないけど、それも結構特例である事を、理解して欲しいわ」
「良いじゃないですか、理解しているのだから。勉強なんて、家でもできる。履歴書に書ける学歴が手に入れば、それで良いじゃないですか」
「でも、他の生徒はどう思うかしら? 不公平、不平等。点数さえ取れれば学校に来なくて良いなら、私やそこの影山さんだって、同じ理屈で休んで良いはずよ」
「知りませんよ……周りの事なんて知りませんよ! どうでも良いですよ! 好きにすれば良いじゃないですか! 勝手にすれば良いじゃないですか! ほっといてくださいよ!」
その叫びは、耳よりも、心を貫いた。痛みが伝わるような叫びだった。
その時の凪は、弱々しくて、抱きしめて、守りたくなる、子どもだ、凪は、年相応な、いや、それよりも下な子どもだ。大人びることを強制された子どもだ。
精一杯背伸びして、俺と一緒にいたんだ。
「……今日は、挨拶だけです。そちらの方は、保護者ですか?」
「……そんな感じだ。すまんな、取り乱して」
「いえ、すいません。こちらも急に押しかけた形になったのは、事実ですから」
桐原さんと影山さんは立ち去った。
後に残ったのは、しゃがみ込んだ凪と、どうすれば良いかわからない俺だった。
十万字突破! 大体文庫本一冊分!
次回、甘党少女と追い縋る影編開始!




