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書けなくなった作家擬きが出会ったのは甘党少女でした。  作者: 神無桂花
甘党少女と夏の亡霊。

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28/72

甘党少女と作家擬き。

 連載を初めて、ランキングも少し駆け上がって、落ち着きを見せた。 


「まぁ、こんなものだろう」


 俺の知名度的には頑張った方だ。

 ブックマーク数は百か。丁度。流行に合わせるということを初めてやったけど。

「だけど、凪を満足させられていない」 

 一応、凪も楽しんで読んでいるようだが。

 でも、それでも、満足させるという、彼女が俺に要求したものには程遠い。


「集中!」


 そうだ、集中しろ。俺が見た世界を引きずり出せ。俺の内面ではない。俺が見た世界の内面を見るんだ。これを通して何が伝えたい。

 世界から引きずり出す。物語の素材を引きずり出す。

 見上げた空の広さを。なんとなく眺めた夕焼けの美しさを。眺めた花火の迫力を。

 自分の可能性に感じた失望を。包み込むような、温かい優しさを。期待してくれる眼差しを。信頼してくれる弾ける笑顔を。

 あぁ、そっか。

 人間、知っている以上の事は書けないのか。当たり前のようで、忘れがちな事。ファンタジーだって、知っている概念の組み合わせなんだ。

 あぁそっか。なるほど、新しい書き方なんて無いのか。

 作家に必要なことは蓄積ってか、あぁ、わかったよ。俺。俺は、視野が狭かったんだ。

 世界が広がる。見えなかったところまで見えてくる。辿り着けなかったところまで下りてこれる。どうでも良い事が、無性に大切に思えてくる。


「なぁ、凪」

「はい」


 隣に座る凪は、寄り添うように、物語に没頭する俺を、優しく見守ってくれる。


「人って一人じゃ生きられないんだな」

「? そうですね」

「作家程、世界に依存する職業って無いな」


 あぁ、そうだ。そうだよ。

 俺は決して、無駄な時間を過ごしていなかった。

 作家にとって、全ての時間が、無駄では無いんだ。

 作家として止まっていると思っていた時間も、それは蓄積。俺の中に、物語の材料として残っている。

 否定して、無駄だと、名作にヒントを求め続けてきた。でも、それだけじゃないんだ。

 無駄何て無い。どうでも良い事なんて無い。全てが大切なんだ。無駄だ、どうでも良いと切り捨てて良い事なんて、無いんだ。


「凪、手、貸して」

「はい」


 何の疑問も無く差し出される手。

 縋るように、祈るように、包み込む。

 昇華しろ、信じろ。全ては、物語だ。

 世界は物語に満ちている。





 夏は着実に終わりに近づいていた。

 エアコンの効いたマンションの一室では、キーボードを叩く音が響いている。

 心を浸すのは書けなかった、俺が無駄だと思っていた日々。

 そこには、ちゃんと物語の欠片があった。

 世界は、厳しくて、汚くて、どうしようもない程腐っていて、直すよりも、一回壊して作り直した方が手っ取り早くて、でも、俺は確かに、美しいものを見たし、優しさを感じていた。


 あぁ、そうだ。

 俺はそれを書きたかったんだ。

 美しくて優しい世界を書きたかった。

 人の優しさと美しさを書きたかった。

 人は自由で、命の燃やし方も自由だと書きたかった。

 あると信じたくて、あってほしくて、願いを込めて書いていたんだ。

 さぁ、行こう。もっと、もっと、まだ書ける。

 書きたい! 心がそう叫んでいる。全身で叫んでいる。


「小説は、願いなんだ。俺にとって」

「はい」


 掃除していた手を止め、寄り添うように、凪は隣に腰かける。 


「俺のペンネーム、神薙って、まぁ、文字通り、神を薙ぐって事なんだけど」


 物語は確かに、結末に向かっている。手は止まらない。


「こんなひどい世界に、一人の人すら救ってくれない神がいると言うなら、殺してやるって、そう思っていてさ」

「過激ですね」

「神なんかいない。いるなら、救ってくれと、思っていた」


 こんなどうでもいい独白も、凪は楽しそうに、聞いてくれる。


「神には祈らない、願わない。俺が願いを込めていたのは、小説なんだ。絵もかけない、音楽もできない、言葉に込める事しか、俺にはできない」


 できる事なんてほとんどない俺にとって、言葉を尽くすことができる小説は、魅力的に見えた。


「神がいるとすれば、それは人の無意識だよ。それに訴えたかった」


 一つの作品が、また終わる。

 これもきっと、届かない。俺が求めるほどの人には、届かない。


「荒谷さんの込めた隠し味は、それだったんですね」

「あぁ、願いは伝えなきゃ、意味がない」


 作家になれるかなんて、知らない。

 でも俺は、もう自分の願いに気づいた。気づいてしまったら、願い続けずには、いられない。


「書けそうですか? 進めそうですか?」


 今まで俺に投げかけてこなかった問い。

 多分、今の俺は心から笑っている。


「俺には雨に濡れて風邪をひいても看病してくれる天使様も、無茶苦茶な話を書いても、半泣きで完食して感想を言ってくれる文学少女も、ボロボロになって絶望して醜態晒しても、全幅の信頼と親愛を捧げて立ち上がらせてくれる鬼メイドもいないけど、何回期待に応えられなくて、裏切っても、それでも期待して信頼して、励まして、弱音もつまらない話も、全部聞いて受け止めてくれる、甘党少女がいるんでね」


 今は凪のために書こう。俺の願いを凪に聞いてもらおう。

 凪の大好きな甘くて、奥の方に隠し味がある、そんな物語を。

 願いを込めて、書こう。





 「このヒロイン、私みたいですね」

「まぁ、君をモデルにしたからね」


 多分、投稿してもランキングは駆け上がれない。流行りに乗れてないから。

 でも、俺らしさは確かに出せている。そんな気がする。書いていて苦しくない。


「とっても美味しいです。でも、なんか、ラブレターでも貰っている気分ですよ」

「そうかい」


 顔を赤くして恥ずかしがるの、なんかいつだったか、見たことあるな。


「もしかして、お前、褒められるの苦手か?」

「見た目を褒められるのは、慣れているのですけど、中身を褒められるのは、少し、恥ずかしいです」


 ソファーに寄り添って、タブレットで読んでいる凪。俺も結構恥ずかしい。隣で読まれるのは、いつまでも慣れないだろう。


「超えられましたか? 『我が家のメイド』」

「超えてはいない。比べられないから」


 方向性が違うから。


「荒谷さん」

「ん?」

「荒谷さんは、どうして恋愛ものを書こうと思ったのです?」

「前、言わなかったけ?」

「いえ、理由は聞いていません」


 画面から顔をあげて、じっと見上げてくる目。今なら、真っ直ぐに見ることができた。


「恋に、恋してたからかな。誰かに好かれるって、どんな気分なんだろうって。仕事に必要な人材とか、チームにいて欲しい人材とかよりも、恋する気持ちって、強いじゃん。その人の存在自体を、求めているから。その人の存在を、肯定しているから。だから、憧れたんだ」


 同時に、誰かをそこまで求める気持ちを、知りたかった。


「荒谷さん、恋したら物凄く一途で、真っ直ぐで、純情で、なんか今の時代珍しい恋の仕方をしそうですね。オタクは恋に夢見がちって奴ですかね?」

「どうだか」

「でも、恋人、とても大切にしそうです」

「わからん」


 そこまで自信はない。


「俺は今は、書くだけで良いよ」


 でも、認めざるをえないのは確かだ。

 凪をヒロインにした理由は、確かに、俺の心が凪に惹かれているから。それだけは確かだから。

 でも今の俺に、凪を幸せにする自信は無いから、こうして、作品に昇華したんだ。

 だからある意味、凪の、ラブレターを読んでる気分というのは、間違えていない。的を射ている。


「まだ足りないだろ、どうせ」

「はい」

「だろうな、人は強欲だから」


 凪の俺に向けている気持ちは、親愛とかそういうの。

 目を閉じる。世界に心を浸す。


「もっと書くよ。もっと色んな世界に触れて。君がもう良いって言うまで」

 

このまま完結でも良い気がする。

回収していない話もあるけど。


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