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書けなくなった作家擬きが出会ったのは甘党少女でした。  作者: 神無桂花
甘党少女と夏の亡霊。

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23/72

夏の香り

 「荒谷さん口元、ソースついてます」

「ちょっ、自分で拭けるから、むぐっ」

「取れましたよ」


 使ったウエットティッシュ、さっきまで焼きそばが入ってた容器にまとめると、ニッと笑う。


「美味しいですか? たこ焼き」

「まぁ、美味い」

「さっき歩きながら食べたチキンステーキは?」

「まぁ、うまかった」

「ふふっ、ありがとうございます」


 すっかり忘れてたチキンステーキ、思い出した凪が慌ててパンに挟んで、チキンバーガーにしてくれた。


 もうすぐ花火が始まるらしい。

 人が集まるところを避け続けた結果、ショッピングモールの屋上が解放されていることを知り、そこにすることにした。

 タダで使うのも考えものだったから、一階の食料品売り場で焼きそばとたこ焼き、祭りの定番メニューを買って、それを食べながら待っていた。


「……初めてです。誰かと一緒に、こうやって花火待つの」

「お前なら誘い、いくらでも来るだろ」

「はい。来ましたよ」

「なら、行ったことない、何て事はないはずだ」


 その時の凪の目は、どうしてか弱々しく、俺は真っ直ぐに見ることができた。

 不覚にも、凪の顔立ちを観察することになる。

 バランスの取れたパーツ。大きな瞳には確かに俺が映っていて、見ていると、吸い込まれるのでは、何て思ってしまう。 

 それでも、口元は俺の投げかけた質問のせいで、きゅっと引き締められ、答えを探すように、俺を移していた瞳は泳ぎ始める。


「悪い。その、困らせるつもりじゃ、なかった」

「いえ、ただ、その、誘われても、行く気がしなかった、だけなので。い、いえ、荒谷さんに誘われたのは嬉しかったですよ!」

「あぁ、それは、ありがとう」


 まだ花火は始まっていないけど。

 緩く弧を描く凪の口元を見ていると、何となく、誘って良かった、何て思った。 

 凪の目が光が戻る。普段の俺では直視できないのに、不意打ちに、目が合ってしまった。


「あ、えっと」


 年上の俺が先に困るなんて、おかしすぎる。

 その時、一瞬の口笛のような、始まりを告げる音ともに咲いた空の花が、その場にいた全ての視線を持って行ってくれて、容赦の無い光から解放してくれた。

 花は次々と咲き乱れる。


「おぉ」

「凄いですね」


 今更ながら、凪に浴衣着てもらえば良かったと思って、同時に頭の中でそんな事を考えた自分を殴り飛ばした。

 馬鹿かよ、俺。

 今頃、バイト先、賑わっているんだろうな。

 サボっちまったな。

 本当は、今日バイトがあった。でも、凪を誘ってこうして今、空を見上げている。最悪だと思う。

 影山より酷い、無断欠勤だ。でも、欠片も後悔していない。今こうして凪と居る時間を、金に換えられたはずなのに。


「俺、ちょっと、おかしいかも」

「? 荒谷さん?」

「何でもない」


 バイトをサボった事、欠片も後悔していないから。

 凪の手を握って、花火を眺めるのが、少しだけ楽しいから。

 煙が晴れるまで待つために、花火は止まる。 

 屋上を吹き抜ける風に、少しだけ火薬の臭いが混じっている気がした。

 思うんだ。

 もし、今、この瞬間、例えば花火に混じって隕石が、空から降り注いだら。

 大地が急に崩壊したら。


「凪、もしこの瞬間、じゃ、ちょっと時間が無さ過ぎるかな。明日、世界が終わるって言われたら、どうする?」

「荒谷さん急かしてなるべく小説書いてもらって、それを読んでいたいですね」

「俺に自由は無いのか?」

「なら、明日と言わずに今すぐに、って思います。荒谷さんとこうして、近くにいるうちに」

「んな告白みたいなこと。もっと魅力的な奴に言いな」


 不満気に頬を小さく膨らませるから、それを指でつついてやる。これくらいは許されて欲しい。

 買い込んだお菓子、まだ手を着けていない。

 ポテチとか、クッキーとか。

 一つ貰おうかと思った所で、花火が打ちあがる。

 やめた。コーラを一口飲んで空を見上げた。

 俺がさっき投げかけた質問の答えを、自分の答えを考えて、思いつかなくて。


「あぁ、俺、何もかもどうでもよくなってる」


 責任とか、やる事とか、色々あるのに。どうでもよくなってる。

 世界が終わると仮定して、何かやりたいことがあればと思ったけど。

 世界が終われば、自分が死ねば、それは自動的に、何の憂いも禍根も残さずチャラになると思っている。そう思っていることに気づけるくらいに、自分を客観的に見れている。

 そうやって初めて気づいた。

 俺は自分の中身をこれ以上探った所で、良いものは書けないと。






 フィナーレを彩る。

 大地を駆け抜ける閃光。連続で打ちあがる火の花。一際大きな華。


「あぁ」


 今ここで、この屋上から飛び降りたら、どんなに気持ちが良いだろうか。

 なんて、やらないけどさ。

 俺の手を握る凪の手に、ギュッと力が込められたことに気づく。


「荒谷さん。今、何を考えていましたか?」

「は?」


 花火の音が聞こえなくなる。


「荒谷さん、今、どこかに行こうとしていませんでしたか?」


 凪が近づく。いや、凪に手を引かれ、俺の方から近づいた。


「荒谷さん。行かないで。どこにも。私を変えてくれた人、私を前に進めてくれた人。私に勇気をくれた人。まだ、傍にいて」


 縋りつくように、胸に顔を埋める。

 どうすればわからなくて、頭に手を置いた。


「変えたのは、俺じゃなくて、小説、だろ」


 そう言うと、駄々をこねる子どものように、首を振る。


「小説には、終わりがあります。でも、荒谷さんには、これからがあります。荒谷さんは、ここにいます」


 凪は、泣いてはいない。でも、それでも、訴えかける言葉には、力があった。 

 どれほどの自分を込めれば、言葉にこれだけの力を持たせられるのだろう。


「凪、俺は、俺にもう、差し出せるものなんて」

「なんで差し出す事ばかり考えるのですか。なんで自分の中で、探そうとするのですか?」

 凪につられて上を見上げた。


「世界は、こんなに広いのに、なんでちっぽけな自分の中ばかり、探すのですか?」


 あっ……。


「少しは、世界からもらっても、良いじゃないですか」



 手は繋いだまま。もう歩いてる人なんていない。みんな家に帰ってしまった。

 それなのに俺たちはこうして、ゆっくり歩いてる。家には向かっているが。

 確かに世界は広い。星空に心を浸せば自分がいかに小さく、孤独なのかがわかった。

 自分の中から見つけ出せば、心を込めやすい。

 言葉に力を込めやすい。


「凪」

「はい」

「できるのか?」

「できます」


 無条件の信頼。根拠の無い期待。

 俺はいつの間にか、凪からの書けという言葉に拒否することを忘れていた。


「うぉぉぉあぁぁぁぁ!」

「あ、荒谷さん!?」


 走り出した。

 悔しい。

 過去の自分に負けるのが。たった一人の女の子の期待にすら答えられないのが。

 ひたすら悔しい。謝ることしかできないのが。

 どうでもよくなんかない。悔しい。

 苦しくなるまで、息をするのが苦しくなるまで走った。いや、もっと走れる。


「はぁ、は、はぁ。あぁぁぁぁぁ!!」

「はぁ、荒谷さん。急にどうしたんですか? 待ってください。止まってください。着きました。着きましたよ」


 しがみつくように止められて、ようやく気づいた。マンションの前だ。

 白いTシャツは汗で肌に張り付いて気持ち悪かった。


「悔しいよ」

「荒谷さん?」

「お前の期待に応えられないのが、悔しいよ」


 上を向いたのは、涙が出ないように。振り返らないのは、凪を見ないように。

 温かいのは、凪に抱きしめられているから。

 夏の、何かが溶けたような香りに混じって、甘くて爽やかな香りがふわっと鼻腔をくすぐった。


「荒谷さんは、ちゃんと、歩いていますから。その、私が言うのもあれなのですが、焦らないで欲しいです。大丈夫、です」


 目元を拭ったのは、汗のせいじゃない。


「帰りましょう。今日は、もう遅いですから」


 きっと、凪は笑っている。眩しい笑顔に、優しさを混ぜて。

 その日、俺はやすらぎに包まれて眠った。ぐっすりと眠れたのは、久しぶりだった。

 




 


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