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書けなくなった作家擬きが出会ったのは甘党少女でした。  作者: 神無桂花
甘党少女と夏の亡霊。

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21/72

華は水辺に二輪。

 巨大な流れるプールを一望して、さっさと日陰に退散した。

 すっかり人々に埋め尽くされ、ただ水中ウォーキングをするだけの設備になっている。泳げず、水を掛け合う事も出来ない、これでは何のためにプールに入るのかわからなくなる。浮き輪ですら邪魔だろう。

 ウォータースライダーも行列で、子ども用の小さなプールでは、流石に小さい子どもの前では満足に遊べない。巻き込みそうだ。


「あぁ、何しに来たんだろ、これ」


 凪が行きたいと言い、影山までついてきた。まだ更衣室から出て来てないが、二人は水着で出てくる。出てきた時、俺はどう反応すれば良いのだろう。

 ベンチに腰掛け、ぼんやりと流れる雲を眺め、ため息を一つ。

 はしゃぐ声、監視員の注意する声が遠ざかっていく。空は良い。眺めていれば、段々と、現実が遠ざかっていくから。

 やたら広くて、遠い。

 目が眩むような青空。広すぎて不安になると思ったけど、むしろ、憧れを感じた。

 飛んでいけるなら、どこまでも行きたい。イカロスはこんな気持ちだったのか。



「荒谷先輩?」

「ん……?」


 視界を下ろす。意識を地上に持ってくる。


「どうした? 影山」

「駄目、です。不合格、です」

「何が?」

「女の子の、水着、褒めなきゃ、駄目、です」

「あー。似合ってるぞ」


 今の時代、普段着と変わらないデザインもあるんだな。黒のTシャツと白のショートパンツタイプって。

 艶のある黒髪は、今はお団子にまとめてある。器用なものだ。

 自分では貧相と言っていた、確かに凸凹があるわけではない。視線を下ろせばストンとそのまま足元まで行くだろう。けど、それは貧相というより、清楚な雰囲気を増す手伝いをしているように見えた。


「……凪さん、には、ちゃんと、褒めて、くださいね」

「あいつが似合うのはわかりきってる事だろ」


 目が細められる。心なしか、咎められている気がした。


「荒谷さんの、口から、評価を、聞きたいのです。凪さん、は」

「俺の評価? ……わかったよ。俺ので良ければ」


 よくわからんね。

 凪は素材は良い。それは目の前の影山にしたって同じだ。ほっとけば男どもの視線が向けられ、二人で歩かせておけばナンパでも来るだろ。軽薄な男どもは女を褒める言葉を知り尽くしている。

 まぁ、信者というのはそういうものか。俺も好きな作家に自分の作品を褒められたらうれしかったんだろうな。

 反応がもらえないのが一番きついのは、どんな創作者でも同じだろう。ほとんど反応らしい反応がもらえず、中途半端に終わったり、中ボスをラスボスに格上げして完結させたり。

 よく見る光景だ。

 そこまで考えたら、俺は謎の罪悪感に襲われた。


「その、悪かったな。正直、似合ってる」

「……! 荒谷先輩、熱でも、あります?」

「褒めたらそれかよ」

「す、すいません。い、いえ、あの、凪さんにも、そんな感じで、お願い、します」


「お待たせしました。あっ、荒谷さん、場所取りですか?」

「ん、あぁ。場所取りって、荷物があるわけでもあるまいし。人多すぎて退散してきた所だ」

「あはは、流石夏休みですね」


 更衣室の方から走ってくる凪、俺達を見つけると、笑顔を弾けさせた。

 なんというか。うん。

 まあ、予想通り、結構な視線も一緒に連れて来た。



「綺麗だな」

「? 荒谷さん?」

「ああ、いや」


 相手は女子高生。JKだ。そう、俺は今日保護者的立場だ。イメージしろ。こいつらは年下の従姉妹とか甥っ子とかそんな感じ。唯一の成人男性として引率者を務めているのだ。

 ほいほい褒めてしまっては、威厳とか、あとは、影山は言えと言うが、成人男性に唐突に褒められたら普通に気持ち悪いだろう。言葉を間違えば、視線の方向を間違えばセクハラだ。通報案件だ。


「似合ってる、ぞ」


 でも、正直な言葉がポロリと零れた。

 彼女のスタイルの良さは、水色のビキニにより、魅力を最大限に引き出している。さらに白いラッシュガードと水色という色は、なんというか、マッチしている。


「ありがとうございます」


 病気を疑われず、通報もされず、不気味がられず、満足気に顔をほころばせる。

 影山をちらりと見ると、親指を立てて頷いていた。

 「荒谷先輩にしては上出来です」と、表情は雄弁に語っている。

 もう少し言葉を尽くせとか言われると思ったけど、合格なら良いや。

 というか、絶対に俺の好みを把握したうえでのチョイスだ。ここまでどストライクで、そして凪という人間なら。


「それじゃあ、行きましょう」

「どこに?」

「プールに。水に浸からなきゃ損です」

「はいよ」


 笑みが顔から零れてるのに気づいて、わざと下を向きながら立ち上がる。

 ラッシュガードのフードを被る。日に焼けたくない。と思ったが、被った所で凪に無理矢理外される。


「駄目です」

「えっ?」


 手が握られ、予想よりも強い力に引っ張られた。


「太陽に身を晒しましょう!」


 目が眩んだのは太陽のせいじゃない。そんなものよりも眩しくて、魅力を感じられる笑顔が、目の前にあるから。




 「凪さん、可愛らしい、ですね」

「知らん」


 遊び疲れた凪は、電車の中で、俺の肩にもたれ掛かって寝ている。

 ウォータースライダー何回乗ったかな。流れるプールは何周したかな。

 まぁでも、こんだけ暑かったら、水の中は確かに気持ちが良い。頭が冷える。

 チュロスとか、フランクフルトとか、プールで食うと何で美味しいのかな。


「ったく」


 またこのパターンかよ。そう思いながら背負った。


「兄妹みたいです」

「五歳、いや、四歳差か。凪は十七になるから」


 そういえば、いつなんだろ。誕生日。

 何となく、凪には夏の雰囲気を感じている。なんとなくこの子は夏生まれだなとか、感じる。人は雰囲気にどの季節生まれか、纏っている気がする。共感できる人は、いないと思うけど。

 凪は夏が似合うな。

 影山は、秋……かな。

 悪い癖が出そうだ、頭の中で勝手に季節ごとのコーディネートを考えてしまう。


「まぁでも、似てねぇから。さて、どうするかね。俺料理とか単純なのしかできねぇぞ」

「なら、夕飯、作ってから帰りますよ」

「いや、良いよお前も疲れてるだろ」


 適当に出前でも取るか。凪もいるし。それとも、喫茶店の方に置いて行くか。……邪魔になるか。うん、出前取って食わせよう。

 寿司は、高いな。ピザが良いか、オードブルが良いか。

 それから、マンションの前まで、お互い特に会話も無く歩いた。


「荒谷先輩!」

「ん?」

「凪さん、は、その、幸せそう、ですね」

「そうなのか?」


 後ろに呼びかけても返事はない。


「とても、幸せそう、でした。学校での、凪さんを、私は、知りません、けど、でも、私に、凪さんの幸せに、手を出す勇気は、ありません」

「そうか」

「凪さんを、泣かせないでくださいね」

「お前が気にすることか?」

「凪さんも、荒谷さんも、私の恩人です」


 それだけ言って、ぺこりと頭を下げて影山は走っていく。曲がり角の向こうに、背中が見えなくなるまで見送った。

 出前一緒に食べないかと、誘う暇すらくれなかった。


「恩人、ね」


 恩を売ったつもりなんて無いんだけどな。

 今はすやすや眠る彼女を見ながらそう思う。

 二人が、水を掛け合って、笑い合っている姿を思い出した。 


「綺麗、だったな」


 そうして、マンションに入る前に何となく空を見上げた。


「……秋は夕暮れって言うけど、夏の夕暮れも、綺麗だよな」


 すっと心にまで入り込んでくる空気。さっきまでの暑さが嘘のような涼しい風。

 背中に感じる重さと熱さは不快ではない。

 俺は、今日は楽しかったと、正直な言葉で、はっきりと言える。



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