第一章 動きだす世界(13)
炎が収まり黒色に変色した地面の上にうずくまっているゴールトン。
超級魔術を受け生きていられるのはやはり魔王というだけあるのだろう。だが、その服はところどころ燃えて穴が開いており、あちこちにやけどの跡がある。
「そのような強さで我に勝とうなど片腹痛いわ」
ゴールトンはルーシーに目を向ける。
そして…。笑った。
「何をわろうておるのじゃ」
ルーシーは不気味に笑うゴールトンの戦意を完全にそぐために魔術を展開しようと右手を掲げ…、られなかった。
「なっ?」
そこでさっきまでにやけていたゴールトンが今度は声をあげて笑った。
「あはははははははっは。無様だなぁ、おい」
そこまで言うと、立ち上がりルーシーの目の前まで歩いていく。
ルーシーは何とか体を動かそうとする。
(なんじゃ。どうなっておるのじゃこれは)
「何が起きてるかわからないって顔だなぁ」
「っ…」
足元にはいつの間にか魔方陣が展開されていた。
ルーシーは目の前の男を睨みつける。
「よく周りを見てみろ、ガキィ」
そこで初めてルーシーは周りにいる者たちに気が付く。
「展開完了いたしました。魔王様」
森から姿を現したのは翼人族で秘書のスフィアだ。
そして、この場所を囲い込むように数キロ離れたところに十二の気配が一定間隔に強く感じる。
「まさかっ」
「そうさ、これはお前の動きを封じるために俺様が開発した拘束魔法コンプレッシング・レストレイントだ。どうだ? 身体と魔力を拘束して使えないようにするものだ」
(なるほど。この配置は、十二人で魔方陣を構築しているということじゃな)
「ふぐっ」
そんなことを考えていると、ゴールトンの拳がルーシーの頬を直撃する。
「ハハハ! なにぼぉっとしてんだよっ」
殴られた反動で倒れたルーシーの腹をけり上げる。
「くっ」
「あぁ、もう一つ教えてやろう。てめぇがこれに気が付けなかったのはあいつ、俺様の秘書、えぇと名前
は、まぁいい。あいつが魔力と気配を隠ぺいしたからだ。どうだ」
そういいながら倒れたルーシーの前に腰を落とし、顔をのぞき込んでくる。
「ふん。部下の名前も覚えとらんとは、魔王の風上にも置けん奴じゃな。それに、結局は自分の力じゃ何
もできておらんではないか」
すると、ゴールトンの顔に青筋が浮き上がる。
「レインフォース・トリプル」
ゴールトンは立ち上がり、自身のかけられる最大の強化魔法を体に施しルーシーを蹴り飛ばした。
「ぐぅぉ」
ルーシーはそのまま木を二、三本なぎ倒しようやく止まった。
しかし、魔術障壁も身体強化も行えないこの状況で身体が無事なわけはなく。肋骨はすべて折れ、体のどこかの臓器が破裂し、口から血を吐き出す。
「だまれ、クソガキが」
そういい放ちながらゴールトンはルーシーに再び近ずく。そして、横たわるルーシーの頭を足で踏む。
「いちいちうるせぇんだよ。誰が何もできないって? あぁ! 何もできてねぇのはおめぇだろうが」
ゴールトンは容赦なく力を強める。
だが、まだルーシーの目からは光が消えない。
「い、つ、お前が、う、しろ、から、刺されるのか、たの、し、みじゃ」
にやりと笑うルーシー。
「っ…」
ついに怒りが頂点に達したゴールトンはいったん足を離し、再度強化魔法をかける。
「死ね」
「レインフォース・トリプル」
高く足を掲げる。
そして、右の足をかかとから思いっきりルーシーの顔面に向かって振り下ろした。
(く、何とかよけねば)
ルーシーも分かっていた。これを受ければ確実に死ぬと。
(頼む。動いてくれ)
かかとがもう目の前に迫る。
「っ…」
その瞬間、ここ十数日のある少年との記憶がよみがえる。
この時、初めてルーシーはあの少年といることが楽しかったということに気付く。
ルーシーは今まで、魔王の娘ということで気軽に話したり遊んだりするものはいなかった。そんなときに、召喚獣として海斗が現れた。
召喚獣は基本的に主には逆らうことができない。それ故に、謀れることも命を狙われることもない。
そういう、いびつな形であるが彼女は初めて信頼を置ける異性の人を得たのだ。それがどういうことを引き起こすかは言わずもがなである。
涙が零れた。
(かいと…)
死を覚悟し瞼を閉じる。
「…」
「やめろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
再び瞼を開けると、そこには…。
――― 大丈夫か、ルーシー ―――
もう二度と会えないと思った少年が目の前にいた。
最後まで読んでいただけるだけで感謝です。
前作「居候彼女は泥棒猫」もよろしくお願いします。




