表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/14

第十二話 『彩られた夏』

神様は言った それがお前の使命だって


だから


あなたと出逢うために あたしは生まれたんだね


悠久の刻を経て 辿り着いた真実


神様に あなたに そして 運命に


ありがとう―――


この世界にはまだ たくさんの『夢』が溢れているよ 






――――――――――――――――――――――――





あれ以来、俺は心から笑えなくなった。

目覚めるたびに感じた胸の痛み、今でも忘れやしない。

―――それでも無常に、季節は巡る。



夏が終わり、秋が過ぎて、冬が到来した。俺は冬休みを利用して、一人で親父の実家を訪れた。この村の冬景色を見るのは初めてだ。

あの日、じいさんが言った言葉。屁理屈っぽく聞こえるその言葉に、一縷の希望を見出した俺は、それに賭けてみようと思った。

ただ一人、俺の事情を知っているじいさんが、冬休みと春休みもここに来いと言ってくれた。本当にありがたかった。

家に着くと、俺の到着を待っていたじいさんが居間から顔を出す。

「じいさん、来たよ」

「んん?…キミは誰や?」

「貴方の孫の…、って毎回やるの?このくだり」

「なんじゃ、つまらんヤツじゃな。もう小遣いはやらんぞ!」

「貴方の孫のパパイヤ西野です。これで満足ですか?お小遣い下さい」

「23ボケーじゃな。投げやりじゃ~イカンよ」

何も知らないばあさんも、詮索することなく笑顔で迎えてくれた。

まだ陽が出ているうちに、俺は『世界樹』へと急ぐ。真冬の寒さが身に堪えたけれど、迷いはなかった。

記憶の中の緑の草原は、すっかり枯れ果てていて、違った世界に見えた。ただ、『世界樹』だけは、あの日のままに……神々しい姿でそこに在った。

そしていつもの様に、大樹に頭を預けて眠りに就く。

この空の下で少女と出逢う―――、そんな夢を願いながら。


次の日も、また次の日も、俺は毎日『世界樹』の下でひと時の夢を見る。

雨が降る日はレインコートを着て、雪の降る日は毛布にくるまりながら、ただひたすらに眠る。

夢の内容なんて忘れることも多い。もしかしたら、違う夢を見ているかもしれない。

けれど俺は、少女の夢だけを願いながら、そっと目を閉じた。


次の夏も、二人で―――



春休みもここに来た。

居なくなってしまったキミを想うたびに、言葉に出来ない悲しみと虚しさが込み上げる。

けれど、それでも空は晴れ渡り、桜の花びらは綺麗に舞い散っていた。

世界はこんなにも光に満ちている――と、俺は潤んだ瞳で見上げてみた。

擦り切れた心でそう思えたことが、せめてもの救いだったんだ…。

足を踏み入れたその大地には、生まれたばかりの草花たちがひしめき合い、『世界樹』の周りを色付けていた。

暖かな陽気に包まれながら、俺はいつもの様に眠りに就く。

そんな日々を繰り返しながら、少女に想いを馳せた。

時折、優しく吹く風が、懐かしいあの香りをそっと運んでくれた気がした。

もしかしたらすぐ傍で、彼女がそっと見守ってくれているのかもしれない。

姿は見えないけれど、今も隣で……。



そして、再び訪れた夏―――

夏休みが始まると同時に、俺は両親より一足早く、田舎へ向かう列車に飛び乗った。

数時間の旅路の途中、移りゆく風景をただ眺めていた。大切な日記帳と、期待と不安をこの胸に抱えながら…。

隣町の駅から、今度はバスに揺られて村を目指す。

あの夏の日に出逢ったこの場所で、俺はバスを降りてまず家へ向かう。

扉を開ければ、じいさんとばあさんがいつもの様に迎えてくれた。

「何じゃお前は!?娘はやらんぞ!」

「もうえ~ちゅーねんっ!」

いい加減イラっときた俺は、怒涛のツッコミを放った。関西弁で。

荷物を部屋に置いて玄関を出ようとした時、歩み寄って来たじいさんが言った。

「京一、『ドリームカムトゥリー』じゃ。『樹』だけにな。…とにかく、ワシも祈っておるよ」

その言葉が、俺の不安を掻き消してくれた。

「じいさん…、ずっと、ありがとな。あと…そんなに上手くねぇからな、トゥリーのくだり」

「かっはっはっはっ。礼を言うにはまだ早い、さっさと行って来い。あと…結構上手いからな、トゥリーのくだり」

その隣で不思議そうな顔をしていたばあさんも、俺を見て優しく笑ってくれた。

輝く真夏の太陽の下を、全速力で駆け抜ける。

幾つもの思い出たちが蘇る風景の中を、夢中で駆け抜ける。

何から話そう…。何て伝えよう…。そんなことばかりを考えながら、俺はただ『世界樹』を目指した。

春よりも生い茂った緑の草を掻き分けながら進み、辿り着いた夏の下―――

「………………………………………」

そこに、少女の姿は無かった。

   キミを失ったあの場面が、脳裏に蘇る。

しばらくの間、俺は茫然とその場所に立ち尽くしていた。

色々なことが頭の中を駆け巡って痛かった。息切れを起こすこの身体よりも、ただ心が痛かった。これまでの全てが、無駄に終わった気がした。

二度と戻らない『時』は、涙に変わった。

「……もう、疲れたな」

俺は絶望したと同時にそう呟き、痛みに痺れる身体を大樹に委ねる。

そのまま……自分でも気付かぬうちに、遠い世界へと誘われた。




……………………………………。




夢を見ていた―――


少しだけ懐かしい、暖かな夢を。



ふと、記憶の中の声が聞こえた。


「ねぇ知ってる?この『世界樹』の言い伝え」



……ずっと聞きたかった声だ。


姿は見えないけれど、確かな気配がそこには在った。



「この『世界樹』の下で同じ夢を見続けるとね、その夢が叶うんだよ」



それは、泣きたくなるくらい切なくて、だけど愛おしい夢――――



その声に俺は応えた。


「でも、その夢が叶うのは……」



あの日、俺たちの夏は終わった。


もう二度と戻らない、短すぎた季節。


何もかもが輝いて見えた、夢の様な日々。


キミが隣に居るだけで、本当にそう思えていたんだ……。



すると、笑った様な少女の声が聞こえた。


「……今年もまた、『夏』がやって来たよ」

――――――――――――――――――!?




突然、そこで俺は現実へと引き戻された。


どれぐらい眠っていたのだろうか?辺りは黄金色に染め上げられていた。

すっかり痛みも退いた身体を起こして立ち上がった。

その時――――

俺は自分の目を疑った。

「……うんちゃ♪」

麦わら帽子をかぶった、白いワンピースの少女。

懐かしい声で、時代遅れのあいさつをする、愛しい少女。

その手には、俺が贈った腕時計。

話したかったことも、伝えたかった想いも、全て涙と共に溢れ出した。

「…ずっと、逢いたかった。諦めることなんて…出来る訳なかったから…。俺…、あれからもここに来て…、ずっと夢見てたんだ。冬休みも…春休みも…、この場所で、ずっと…」

「…知ってるよ…。ずっと見てたもん。でもまさか、また逢えるなんて…思ってもなかった」

彼女は今までで一番嬉しそうな笑顔のまま、涙を零した。

「神様にね…、行ってきなさいって、さっき言われたの。新たな夏が始まったって。それ

がお前の使命だって。……京一の純粋すぎる想いが、神様の心を動かしたんだね、きっと」

あの日、じいさんが言っていた通りだった。その言葉が今、現実のものとなった。

「それに…、あたし言ったでしょ?」

悪戯っぽく笑顔を浮かべた彼女が俺に告げる。

「 『世界樹』の下で、女の子から告白されて成立したカップルは、永遠に幸せになるって♪」

「……いつの時代のギャルゲーだよ!?」

あの頃の様にふざけて笑い合う二人。


そして、麦わら帽子をふわりと舞い落し、少女はこの胸に飛び込んだ。

俺はその小さな身体を、そっと包み込む様に抱き締めた。

「…おかえり、彩夏」


それは、願い続けた夢がもう一度導いた奇跡。

鮮やかに彩られた夏が、再び始まる―――


「……ただいま♪」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ