第十二話 『彩られた夏』
神様は言った それがお前の使命だって
だから
あなたと出逢うために あたしは生まれたんだね
悠久の刻を経て 辿り着いた真実
神様に あなたに そして 運命に
ありがとう―――
この世界にはまだ たくさんの『夢』が溢れているよ
――――――――――――――――――――――――
あれ以来、俺は心から笑えなくなった。
目覚めるたびに感じた胸の痛み、今でも忘れやしない。
―――それでも無常に、季節は巡る。
夏が終わり、秋が過ぎて、冬が到来した。俺は冬休みを利用して、一人で親父の実家を訪れた。この村の冬景色を見るのは初めてだ。
あの日、じいさんが言った言葉。屁理屈っぽく聞こえるその言葉に、一縷の希望を見出した俺は、それに賭けてみようと思った。
ただ一人、俺の事情を知っているじいさんが、冬休みと春休みもここに来いと言ってくれた。本当にありがたかった。
家に着くと、俺の到着を待っていたじいさんが居間から顔を出す。
「じいさん、来たよ」
「んん?…キミは誰や?」
「貴方の孫の…、って毎回やるの?このくだり」
「なんじゃ、つまらんヤツじゃな。もう小遣いはやらんぞ!」
「貴方の孫のパパイヤ西野です。これで満足ですか?お小遣い下さい」
「23ボケーじゃな。投げやりじゃ~イカンよ」
何も知らないばあさんも、詮索することなく笑顔で迎えてくれた。
まだ陽が出ているうちに、俺は『世界樹』へと急ぐ。真冬の寒さが身に堪えたけれど、迷いはなかった。
記憶の中の緑の草原は、すっかり枯れ果てていて、違った世界に見えた。ただ、『世界樹』だけは、あの日のままに……神々しい姿でそこに在った。
そしていつもの様に、大樹に頭を預けて眠りに就く。
この空の下で少女と出逢う―――、そんな夢を願いながら。
次の日も、また次の日も、俺は毎日『世界樹』の下でひと時の夢を見る。
雨が降る日はレインコートを着て、雪の降る日は毛布にくるまりながら、ただひたすらに眠る。
夢の内容なんて忘れることも多い。もしかしたら、違う夢を見ているかもしれない。
けれど俺は、少女の夢だけを願いながら、そっと目を閉じた。
次の夏も、二人で―――
春休みもここに来た。
居なくなってしまったキミを想うたびに、言葉に出来ない悲しみと虚しさが込み上げる。
けれど、それでも空は晴れ渡り、桜の花びらは綺麗に舞い散っていた。
世界はこんなにも光に満ちている――と、俺は潤んだ瞳で見上げてみた。
擦り切れた心でそう思えたことが、せめてもの救いだったんだ…。
足を踏み入れたその大地には、生まれたばかりの草花たちがひしめき合い、『世界樹』の周りを色付けていた。
暖かな陽気に包まれながら、俺はいつもの様に眠りに就く。
そんな日々を繰り返しながら、少女に想いを馳せた。
時折、優しく吹く風が、懐かしいあの香りをそっと運んでくれた気がした。
もしかしたらすぐ傍で、彼女がそっと見守ってくれているのかもしれない。
姿は見えないけれど、今も隣で……。
そして、再び訪れた夏―――
夏休みが始まると同時に、俺は両親より一足早く、田舎へ向かう列車に飛び乗った。
数時間の旅路の途中、移りゆく風景をただ眺めていた。大切な日記帳と、期待と不安をこの胸に抱えながら…。
隣町の駅から、今度はバスに揺られて村を目指す。
あの夏の日に出逢ったこの場所で、俺はバスを降りてまず家へ向かう。
扉を開ければ、じいさんとばあさんがいつもの様に迎えてくれた。
「何じゃお前は!?娘はやらんぞ!」
「もうえ~ちゅーねんっ!」
いい加減イラっときた俺は、怒涛のツッコミを放った。関西弁で。
荷物を部屋に置いて玄関を出ようとした時、歩み寄って来たじいさんが言った。
「京一、『ドリームカムトゥリー』じゃ。『樹』だけにな。…とにかく、ワシも祈っておるよ」
その言葉が、俺の不安を掻き消してくれた。
「じいさん…、ずっと、ありがとな。あと…そんなに上手くねぇからな、トゥリーのくだり」
「かっはっはっはっ。礼を言うにはまだ早い、さっさと行って来い。あと…結構上手いからな、トゥリーのくだり」
その隣で不思議そうな顔をしていたばあさんも、俺を見て優しく笑ってくれた。
輝く真夏の太陽の下を、全速力で駆け抜ける。
幾つもの思い出たちが蘇る風景の中を、夢中で駆け抜ける。
何から話そう…。何て伝えよう…。そんなことばかりを考えながら、俺はただ『世界樹』を目指した。
春よりも生い茂った緑の草を掻き分けながら進み、辿り着いた夏の下―――
「………………………………………」
そこに、少女の姿は無かった。
キミを失ったあの場面が、脳裏に蘇る。
しばらくの間、俺は茫然とその場所に立ち尽くしていた。
色々なことが頭の中を駆け巡って痛かった。息切れを起こすこの身体よりも、ただ心が痛かった。これまでの全てが、無駄に終わった気がした。
二度と戻らない『時』は、涙に変わった。
「……もう、疲れたな」
俺は絶望したと同時にそう呟き、痛みに痺れる身体を大樹に委ねる。
そのまま……自分でも気付かぬうちに、遠い世界へと誘われた。
……………………………………。
夢を見ていた―――
少しだけ懐かしい、暖かな夢を。
ふと、記憶の中の声が聞こえた。
「ねぇ知ってる?この『世界樹』の言い伝え」
……ずっと聞きたかった声だ。
姿は見えないけれど、確かな気配がそこには在った。
「この『世界樹』の下で同じ夢を見続けるとね、その夢が叶うんだよ」
それは、泣きたくなるくらい切なくて、だけど愛おしい夢――――
その声に俺は応えた。
「でも、その夢が叶うのは……」
あの日、俺たちの夏は終わった。
もう二度と戻らない、短すぎた季節。
何もかもが輝いて見えた、夢の様な日々。
キミが隣に居るだけで、本当にそう思えていたんだ……。
すると、笑った様な少女の声が聞こえた。
「……今年もまた、『夏』がやって来たよ」
――――――――――――――――――!?
突然、そこで俺は現実へと引き戻された。
どれぐらい眠っていたのだろうか?辺りは黄金色に染め上げられていた。
すっかり痛みも退いた身体を起こして立ち上がった。
その時――――
俺は自分の目を疑った。
「……うんちゃ♪」
麦わら帽子をかぶった、白いワンピースの少女。
懐かしい声で、時代遅れのあいさつをする、愛しい少女。
その手には、俺が贈った腕時計。
話したかったことも、伝えたかった想いも、全て涙と共に溢れ出した。
「…ずっと、逢いたかった。諦めることなんて…出来る訳なかったから…。俺…、あれからもここに来て…、ずっと夢見てたんだ。冬休みも…春休みも…、この場所で、ずっと…」
「…知ってるよ…。ずっと見てたもん。でもまさか、また逢えるなんて…思ってもなかった」
彼女は今までで一番嬉しそうな笑顔のまま、涙を零した。
「神様にね…、行ってきなさいって、さっき言われたの。新たな夏が始まったって。それ
がお前の使命だって。……京一の純粋すぎる想いが、神様の心を動かしたんだね、きっと」
あの日、じいさんが言っていた通りだった。その言葉が今、現実のものとなった。
「それに…、あたし言ったでしょ?」
悪戯っぽく笑顔を浮かべた彼女が俺に告げる。
「 『世界樹』の下で、女の子から告白されて成立したカップルは、永遠に幸せになるって♪」
「……いつの時代のギャルゲーだよ!?」
あの頃の様にふざけて笑い合う二人。
そして、麦わら帽子をふわりと舞い落し、少女はこの胸に飛び込んだ。
俺はその小さな身体を、そっと包み込む様に抱き締めた。
「…おかえり、彩夏」
それは、願い続けた夢がもう一度導いた奇跡。
鮮やかに彩られた夏が、再び始まる―――
「……ただいま♪」




