第9話 星宮アリサの幼馴染の憂鬱
「おい、昨日の放送見たか。宇宙戦争が起こるんだってよ」
「ネットに上がってた奴をあとで見たよ。全世界同時テレビジャックだろ? すごいよなあ」
「どこかのテロ組織が革新的な量子コンピューターでも手に入れたんじゃないかって話まで出てたよね」
クラスの中は大騒ぎだった。
まああのテレビ東邦まで電波ジャックされたのだから、それも無理ないのかもしれない。
でも幼馴染のあまりに不審なやり取りを地下室で聞いてしまった僕は、うかつにその輪に加わるわけにいかない。曖昧な笑みで周囲の話を大人しくやり過ごすしかなかった。
放課後、僕は部室に行った。実は僕は天文部に所属していた。
特に部活に入る気などなかったのだけど、人数が足りないからと強引に拉致…もとい、勧誘されたのだ。
部室の戸を開けると、窓際でこちらに背を向けてその犯人が立っていた。
入室した僕にクルリと振り向き、自信に満ちた口調で言い放つ。
「やあ今日は早かったね、山田聡君。星宮アリサ君は一緒ではないのかな?」
肩口で切られた髪とスカートがサラリと揺れ、くびれた腰に右手を当てて立つ姿はなんとも魅惑的だった。
僕と同学年のはずなのに、とてもそうは見えない。3年生、いや下手したら新任の女教師にさえ見えかねず、セーラー服姿が少し浮いていた。
この4月に転校してくるなり、いきなり休眠状態だった天文部を復活させたという逸話は伊達ではなかった。
当時まだ帰宅部だった僕に目を付けた彼女は、
「君、星に興味ないかな。夜の校舎でお姉さんと一緒に星を見上げないかい? 今なら手取り足取り丁寧に教えてあげるからさあ」
などと言いつつ僕の腕を取って部室に引っ張っていく。
彼女に密着されて二の腕あたりに張りのある弾力を感じた僕は、そのままなすすべなく部室へと連れていかれる。
それを近くで唖然と見ていたアリサちゃんは、ハッと我に返ると「お兄ちゃんどこ行くの!」と反対側の腕に慌てて取りすがった。
ブラコンということにしているアリサちゃんにしてみれば、目の前で僕が見ず知らずの美人にフラフラと付いていくのは自らの沽券にかかわる緊急事態らしい。
ただ、アリサちゃんの方の感触が悲しいほどにスカスカなのはここだけの秘密だ。
そして結局、彼女の強引な勧誘を断り切れずに僕は天文部に所属してしまう。彼女に対抗してムキになったアリサちゃんも一緒だった。
ちなみに、山田聡というのが僕の名前だったりする。何の変哲もない平凡な名前で、実に僕にふさわしいと自負している。
そして星宮というのがアリサちゃんの苗字で、実に彼女にふさわしい優美な苗字だと僕は気に入っている。
「……たぶん、すぐに来ると思いますよ。桜井部長」
「そうかあ。うん、それは実に待ち遠しいなあ」
特に活動らしい活動もしてないので、僕とアリサちゃんは下校時の待ち合わせ場所代わりに部室を使っていた。
ここで少し無駄話をして時間を潰し、帰宅部の人の波が一段落したところでまた電車に乗って一緒に帰るのだ。
朝は痴漢避けで、今度はナンパや他校でも言い寄ってくるしつこい男避けというわけである。
半ば無理矢理入った部活でも、アリサちゃんとの待ち合わせに目立たず、時間調整にまで使えるので実は結構助かっていたりもする。主に僕の心労的に……。
学校でアリサちゃんがブラコンを装うと、実際にはただの幼馴染なのが一目で丸わかりなので周りからの奇異の視線がかなりきついのだ。
「あ、お兄ちゃんもう来てたんだ」
案の定、アリサちゃんはすぐにやってきた。
「よし、これで全員そろったね」
さすが元休眠状態の天文部。恐ろしいことにこれが実働人員の全てである。この分だと再度休眠状態に戻る日もそう遠くない。
「今日の議題はもちろん昨日のあの電波ジャックだ。なんとこの宇宙で帝国と連邦とに分かれて戦争をしているというのだからね。おまけに地球がそれに巻き込まれようとしているだなんて、天文部としてこれは放っておけない」
いや、そこはぜひ放っておいて欲しかった。
僕は早くも帰りたくなったけど、目をランランとさせた部長がそれを許してくれそうにない。
「でも部長、量子コンピューターを使った放送テロという話もありますよ。というかそちらの方がまだ現実的じゃないですか?」
僕は何とか宇宙戦争から話を逸らそうとした。
なにせここにはその張本人かもしれない人物が同席しているのだ。なるべく一般論で無難にこの話を切り上げたかった。
「ふむ、アリサ君はどう思うかな?」
「私は絶対あの放送は本当だと思います! もう、どうしてみんな信じようとしないのよ」
アリサちゃんがプンスカと怒っている。
きっとクラスでも誰も信じてくれなかったのだろう。今にも爆発しそうな勢いだ。これは非常にマズイ。
「でもだね、アリサ君。いくら全世界同時とはいえ、電波ジャックだけではそうそう宇宙戦争など信じられないのも無理はない。せめて衛星軌道上に宇宙船でも浮かんでいれば話は別なのだけどねえ」
とたんにアリサちゃんがシュンとする。
「そ、そんなこと、できるわけないじゃない……。そんなことしたら、緩衝宙域を密かに監視するっていう任務が台無しになっちゃうもの」
部長には聞こえない小さな声でそう反論していた。
ごめん、できれば僕にも聞こえないようにして欲しい。じゃないと僕は、やっぱり地下での出来事が本当なんじゃないかと錯覚してしまう。
「ん、どうしたのかなアリサ君。それとも他に何か、これが宇宙人の超科学によって引き起こされたという論拠でもあるのかい?」
部長はなぜかそうやってアリサちゃんに絡み続ける。
僕が何とかその流れを遮ろうとしたら、急にアリサちゃんが「そうだ!」と大きな声を上げた。
「あの放送はテレビだけじゃなくて、市ヶ谷やペンタゴンのシステムにも流れたそうですよ。そんなことができるなんて、やっぱり宇宙人しか考えられません!」
部長が思わず目を見張る。
「ペンタゴン、にも?」
その反応に気を良くしたのか、アリサちゃんが得意気に続ける。
「ええそうです。ついでにノーラッドにも侵入して、サンタじゃなくてUFOマークで偵察艦の予想位置を残していったって話です」
「核ミサイルの飛翔をも監視する、北アメリカ航空宇宙防衛司令部のレーダーにまでメッセージを残したのか!?
どうりで空自の幕僚がうろたえていたはずだ……」
部長は部長で何やら物騒なことをつぶやいている。
だけど元から芝居がかった人なので、どこまで本気なのか正直よく分からない。
それでもこのままでは話がどんどん危険な方に転がっていってしまうので、僕は慌ててその軌道修正を試みた。宇宙戦争だけに!
「あ、あのー。ネットのヨタ話や妄想もそこまでにしませんか? こんなところでそんな話をしててもしょうがないし、どのみち数日後にはまた動きがあるかもしれないわけじゃないですか」
僕の言葉に2人がハッとした。
「ああ、うん。確かにそのとおりだね。じゃ、じゃあ、今日はこれくらいにしようか」
「そ、そうだねお兄ちゃん。今日はもう帰ろっか」
「「アハ、アハハハハッ」」
2人の乾いた笑い声を聴きながら僕はどっと疲れた。




