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第10話 僕の持ってる幼馴染とやっぱり違う

 結局、あれからのICレコーダーをチェックしても何も有益な情報はつかめなかった。

 一緒に失敬したアリサちゃんのしまパンをいたずらに汚すだけで、あの地下でのことは夢でも見てたんじゃないかと思えてくる。

 だから僕は、この扉が開かないことを祈ってた。

 木曜日である今日の夕方、それはあの謎の放送の中で3日以内に汎銀河民主連邦への加盟を国連総会で決議しろと言った期限の時だった。

 僕はドキドキしながら、アリサちゃんの家の地下貯蔵庫の扉に手を掛ける。

 恐る恐る手前に引くと、扉はギーッと開いた。

 アリサちゃんの姿がどこにも見あたらなかったから驚くことではないのかもしれないけど、それでもやっぱりショックだった。

 裸電球を点け、あの奇妙な通路へと繋がる扉が変わらず奥に存在するのを確認する。

 仕方なく貯蔵庫に足を踏み入れてその扉を押し開けた僕は、自分が夢を見ていたわけではないことを嫌でも思い知らされた。


「……進むしか、ないよね」


 服の上からペンダントを握り締めると、僕は奇妙な通路を慎重に進んだ。





「どうして国連総会すら開かれないのよ!」


 アリサちゃんはプンプンと怒っている。


「だから言ったではないですか。あんなことをしても恐らく無駄だと」


「じゃあどうしろっていうの!?」


「命令通り、撤退しかありません。早急に地球から離れましょう」


「それじゃあ地球が侵略されちゃうじゃない!」


「もとより当初の入植者が少なすぎて一度文明を失った星です。最低限の自衛手段すら持たぬようでは、それも仕方ありません」


「それでもここはパパとママが愛した星なの!」


「緩衝宙域に旧世代艦で密かに配置され、定時連絡が途絶えれば帝国が侵攻してきたとみなされる過酷なピケット艦任務です。この星はいわば牢獄であり、炭鉱のカナリアにとっての死地なのですぞ。

 幸い帝国は、辺境とあなどったのか単艦で偵察に来ました。補足されていない今ならまだ無事に撤退できます」


「できない! それでもパパとママはこの星で幸せそうだったじゃない。それにこの星にはおじさんにおばさん、それにお兄ちゃんがいる。学校のみんなだっているのに、全員見捨てて私一人だけ逃げるだなんて。そんなの私には絶対できない!!」


「では、どうしますか」


「連邦の救援が来るまで、時間を稼ぐ……」


「帝国の来襲と救援要請は既に連絡ポッドで連邦に知らせはしましたが、果たして救援など来ますかな。事前命令は撤退なのですぞ。

 それに地球政府の連邦加盟がなければ正式な援軍の派遣などできません。未だ加盟の有無さえ議論されず、仮に可決したとしても連邦がそれを承認するか分からず。全ての手続きが終わるまでにはとっくに帝国に占領されてしまっていることでしょう」


「救援は来るもん。私が命令違反をしてでもここで粘ってみせれば、連邦だって無視はできないでしょ。救援さえ来れば地球も本気で議論するだろうし、連邦も緩衝宙域をできれば失いたくないはず。

 それに帝国だって、ここで連邦が強く抵抗すると分かれば手を引くかもしれないじゃない」


「命令違反の上に、来るかどうかも分からぬ救援と帝国の弱腰頼みですか。かなり分が悪いですな」


「それでもそれしかないなら……、私はそうしたい」


「帝国の偵察艦と、たとえ戦闘になってもですか?」


「そうよ」


「あちらは現行世代艦です。複雑な精神制御のパターン化も進んで制御効率に優れます。対してこちらは旧世代艦。制御のほとんどはパイロットによるマニュアル操作な上に、素人の子供が操縦するのですよ? もし戦闘になれば勝敗は目に見えています」


「それはまともにぶつかれば、でしょ。ドクター、前に言ってたよね。万一の事態を想定して、火星と木星の間にある小惑星帯にあらかじめ仕掛けが設置してあるって」


「あれは気休め程度です。どこまで敵に通用するかは到底保証できるものではありません」


「でも、ないよりマシでしょ。最終的にはそれで、迎え撃つ」


「ではどうしても地球を守ると?」


「…………うん」


 ドクターがため息をついた。


「そこまで言われるなら、致し方ありませんな。小惑星帯を最終防衛ラインにするなら、明日の早朝にはここを出発せねばなりませんよ」


「ごめんね、ドクター。こんなことに付き合わせちゃって」


「なに、お嬢様が赤ん坊の頃からの付き合いです。そのくらいの覚悟はとうに出来ております。

 ですが、お嬢様こそよろしいのですか? 事ここに至っては、せめて山田家の皆様には事情をお話になってもよいような気がしますが」


「ううん。連邦の私と関わりがあるってなったら、もしもの時にそれでマズイ立場に追い込まれちゃうかもしれないじゃない。だから、お兄ちゃんたちは何も知らない方がいい」


「そうですな。そうかもしれません。今ならまだ、何も知らずにいることができますからな」


「そうよ。おじさんやおばさんにそんな迷惑はかけられないし。ダサくて冴えないお兄ちゃんなんかにもし付いてこられても邪魔なだけだしね」


 だけどそこでアリサちゃんが急に言いよどむ。


「そ、それにもしもの時は、私はお兄ちゃんと、し、心中することになっちゃうじゃない。あ、あんなの全然理想の相手じゃないし、妹みたいな幼馴染の下着姿に興奮するような変態と一緒の最後だなんて…」


 そうしてアリサちゃんはキッパリと言った。


「私は死んでも嫌!!」


 そうかあ、それはよっぽど嫌なんだなあ……。

 アリサちゃんの魂の叫びに打ちのめされた僕は、身をひそめていた物陰からトボトボと通路を戻るしかなかった。

 確かに僕に出来ることなんて、何もない。せめてアリサちゃんの負担にならないように、黙って陰から見送るしかなかった。






 その日の夕飯でのアリサちゃんは、何だかいつもよりはしゃいでいた。

 もしかしたらこれが、最後の晩餐になるかもしれないからだろうか。

 そんなことを考えていると、僕はよく分からないうちに夕飯を食べ終わっていた。

 アリサちゃんは食べ終えた皿を台所へ持っていくと、流しで皿を洗う僕の母さんの背中にそっと抱き着く。


「あらあらどうしたの。そんなことされると、おばちゃんお皿が洗えないわ」


「えへへ、ちょっとこうしたくなっちゃって」


「そうお、なら仕方ないわね」


 そう言って2人は穏やかそうに笑った。

 僕はその光景を、とても見ていられなかった。




 夕食が終わってお風呂にも入り、一段落したところでアリサちゃんが自分の屋敷へと帰っていく。

 僕はそんな彼女の後を慌てて追いかけた。


「ア、アリサちゃん!」


 庭でそう彼女を呼び止める。

 アリサちゃんは笑顔で振り向いた。


「なあに、お兄ちゃん」


 でも僕は、それ以上何を言えばいいのか分からなかった。 

 僕にできることなど何もなく、同行することすら死んでも嫌だと言われてしまっていた。

 おまけに僕が地下格納庫で2度も盗み聞きしていたのは彼女には内緒なのだ。そんな僕に言えることなど、あるはずがない。

 ただ立ちすくむだけの僕に、「変なお兄ちゃん」とアリサちゃんが苦笑する。


「でもまあ、これが最後になるかもしれないし。いいよね」


 そう小さくつぶやくと、アリサちゃんは突然僕に抱き着いた。


「え、ちょ、なんで!?」


 僕は目を白黒させた。

 彼女はちょっと背伸びをすると、そんな僕の頬にチュッとキスをした。

 耳元でアリサちゃんの声がする。


「いつも私を助けてくれて、本当にありがとう」


 僕は今度こそ、本当にどうすればいいのか分からなくなってしまった。

 アリサちゃんは硬直したままの僕から体を離すと、少し寂しそうな顔をした。


「それじゃ、バイバイ。私のお兄ちゃん」


 そうして彼女は屋敷に戻っていく。

 高い塀に設けられた木戸がバタンと閉まるのを、僕は呆然と見送るしかなかった。







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