無職からの脱却?
「失礼します。お父様」
入室の挨拶と共に荘厳な扉が開かれる。通常より大きなその扉は「キィィ」とひときわ大きな音を立てて開いた。
入った部屋もまた大きく、豪華な装飾がところどころに施されていた。
恐らく日常的に謁見に来る来客などを出迎える場所なのだろう。
そして入り口から真正面には階段があり、その上に鎮座している人物がいる。
あれが恐らくアイセアの父だ。
金髪の俗にいうオールバックに近い髪型。
鋭い眼光で瞳の色は金。唇の上に少しだけひげが生えている。
というかアイセアは今16歳くらいなのにこの人やけに若くないか?
見たところ30前半くらいなんだが。
というかなんか怒らせるようなことして異世界生活一日目から詰みたくないなぁ。
そんな憂鬱な気持ちを振るい落とすために軽く頭を振る。
出来るだけ前向きな気持ちで臨んだ方がいい―――と思う。
たぶん。
「私の名はイグニス・アニアス。国王よりここ一体の自治を任されている者だ」
「は、初めまして。カグヤ・アマクサと申します」
「貴様がアイセアが連れてきたという異国の者か」
「は、はい。おそらくは」
威厳に満ちた声で話しかけられ、正直に言うとかなりビビっている。
ここに来ても鍛え上げられた我がコミュ障は遺憾なく発揮されようとしているが必死にそれをこらえる。
ここでパニックになれば中世で考えると―――「もうよい。サクッと磔」―――なんて恐ろしいことになりかねない。
いや、俺歴史に全然詳しくないけど。
「うむ?何か違いがあったか?」
「あぁっ、とうぅああ、いえその…」
「お父様、カグヤさんは記憶をなくしておられると先ほど申したではありませんか」
「ああ、そうであったか」
娘のアイセアが話しかけたとたんに雰囲気が柔らかくなる。
どうやら目つきがおっかないおっさん…あ、いやあんまおっさんじゃないけど。
面倒だからおっさんでいいか。
そのおっさんもどうやら娘には甘いらしい。
まぁ目つきの悪さは俺も人のことあんま言えないけど。
「お、俺、あぁいえ、私が今わかるのは――」
「よい、無理に話し方を変えなくとも会話に差し支えない方が私も楽だ」
「は、はい。俺が今わかるのは自分の名前と年齢と―――使える魔術くらいしかないんです」
そう言った瞬間場が鎮まる。
周りのメイドや護衛の騎士たちも少し驚いたような顔をしている。
その空気の中できょろきょろと動いているのは俺だけだった。
えぇ!?どうしよう!?なんか俺変なこと言った!?やばい!?うえぇえ!!?どうしようみんなこっち見てる!!!
悲しいかな、引きこもりには集団の視線は効果抜群なのである。
先程までも部屋に入ってからずっと見られていただろと言いたいかもしれないが、緊張で気づいていなかったんだ。
生暖かい目で見守ってあげてくれ。
その空気を破ったのはイグニスだった。
「貴様、魔術を使えるのか?」
「え、あ、は、はい。たぶんですけど…」
「本当ですよお父様。先ほどこの方にステータスカードを使用していただいたときに私も確認しましたもの」
「そうか…。アイセアがそう言うのならばそうなのであろうな」
「な、何か問題でもありましたでしょうか…?」
焦りと緊張のあまり震えた声で客に初めてクレームをつけられたコンビニアルバイトのようなしゃべり方になってしまった。
それにしても魔術を使えるとまずいことがあるのだろうか?
魔女狩り―――とか?
いや、でもアイセアが俺にステータスカードの説明をしてくれた時にはそんな反応はしていなかったと思うんだが。
「そうか、貴様は記憶がないのだったな」
「は、はい」
「魔術というのは誰でも使えるというものではない。使える者は数千人に一人というようなごくわずかな確率でしか存在せん。だから魔術師はどこの軍隊や権力者も手元に置いておきたがろうとするのだ。ちなみに我が娘アイセアもその一人だ」
最後の部分をより一層強調して主張する。
先程まで威厳をオーラとしてまとったような雰囲気だったが、今は子供が自分のおもちゃを自慢するかのように満足げな表情でどや顔をかましている。
「お、お父様。恥ずかしいのであまり他の方にそういった自慢はおやめください」
「あ、あぁ、そうだな。気を付けよう」
もう形無しだな…。
最初の怖いイメージはもう完全に崩れていた。
親バカ(?)なイグニスが娘のアイセアに叱られる様子を見ているとだんだん緊張も解け、肩の力が抜けてきた。
それに代わってようやくまともに思考回路が回るようになってきた。
コミュ障が落ち着くと、その代わりに浮かんできたのはカグヤらしい考えだった。
そんな魔術師が必要とされてるんだったらここで雇ってもらえるんじゃね?
「それで、貴様はこれから行く当てがあるのか?」
「いえ、そこでイグニス様にご相談があるのですが」
「―――ほう?さっきまでと顔つきが変わったな。よい。申してみよ」
「―――――ここで雇ってもらえませんか?」
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