王都
ガタガタ馬車が音を立てて進んでいく。なかなかに道が悪いのか、先ほどから俺たちが乗っている馬車は小刻みに揺れている。
「王都に続く街道さえもろくに整備されていない。これがこの国の現状だ」
そう悲しそうな虚しそうな表情でイグニスが語る。
馬車の中には同じ顔をしたようなアイセアと俺の三人がいた。その空気は重苦しく、あまり居心地のいいものではない。ここまで来るのに約1週間。貴族用の椅子と言えど毎日長時間悪路で揺られていればさすがにおしりが痛くなってくる。こんな時になってから日本の電車の椅子のすごさとありがたみに気が付いた。
ちなみに王都に行くという事で王都から逃げてきたヨモギは見つかると面倒なことになる可能性があるのでアニアス邸で留守番となった。
どうやら俺が考えている以上にこの国のトップは国民に嫌われているようだ。王族に会いに行く。または挨拶に行くとなると必ず2択になるらしい。
まず一つは王族に気に入られるタイプ。この場合は王族の連中から都合のいい使いパシリやイエスマンになることであわよくばと待ち構えていると運が良ければ王族の恩恵にあやかられる。しかし、一生王族のいいなりになり、実質されるがままなすがままといった感じだ。この国に住んでいる者ならそれでもいいかもしれない。少し面倒なことがあったとしても一生遊んで暮らせる可能性があるのだ。全力で取り入ろうとするだろう。当然ほとんどの人間はそうするらしい。
もう一つは嫌われるタイプ。この国に残る数少ないまともな奴らがわずかな可能性に掛けて王族に意見をする。その結果はいたってシンプルだ。自分の意見に物を申した奴を返すわけもなく、貴族から一転して王族の奴隷に成り下がる。情状酌量の余地もなく反逆罪で一生そのままだとか。
これで平和で幸せな誰も傷つかない国の出来上がりだ。
なんて滑稽なんだろうか。まるでわがままな子供をそのまま国のトップに据えたような現状にため息しか出ない。
そんな相手だと聞かされて誰も会いたがらないとは思うが、俺はやったことがやったことだけに下手すると指名手配でもされかねない。
俺は少し前に魔族との国境であるラグリオ山脈から降りてきた魔物の軍隊、というか集団?を大規模な魔術の実験台にしてすべて変死体のような状態にしてしまっている。そんなサイコ野郎を王城に招いたら自分の意見に従わない。そんな危険でいう事を聞かない奴を野放しにするほど流石に例の王族もあほじゃないだろう。
急に石の多いがたがた道から多少静かに走るようになった。どうやら石畳になったようだ。
「カグヤさん。あれが王都ですよ」
そういいながらアイセアが窓の外を指さす。
視線を指の先に移すと、中心に白亜の大きな城がそびえる巨大な街が見えていた。
「思ったより活気があるな」
「一応はこの国で一番大きな街ですからね」
馬車は街中の大きな道路をゆっくりと進んでいく。
窓の外見える景色はまさしく俺が想像している異世界の街そのものだった。屋台が立ち並び、そこには店主と客との間で値段交渉という小さな戦争が勃発している。建物はオータスと同じレンガが中心ではあるが、オータスよりも住宅の密集度が少し高めな印象を受けた。
だが少し気になることがある。
「オータスじゃ獣人の冒険者はそれなりの数はいたと思うんだけど、この街じゃ見かけないね」
「それはそうだ。この街では、と言うよりはオータスの街が少し異常なのだ。あの街は私の意志を最大下受けて発展しておる。だから奴隷の売買は厳しい税をかけられ、そうそうみることは無い。そもそもなぜ獣人が虐げられているかわかるか?」
そう問われてかすかに先日呼んだ図書室の本の記述を記憶から絞り出す。
「確か大昔の戦争で人間に負けたんでしたっけ」
「そうだ。かつて獣人を含む亜人と呼ばれる種族はこの大陸に住んでいた。魔族の領域は変わらず、今の人間の領域を上下で半分に割った下側が亜人、上側が人間といった感じだ。そしてこの二つの種族間で戦争が起きた。その結果亜人は人間に敗れ、数を激減させた亜人たちは奴隷になるか冒険者となってその日暮らしをする者がほとんどになってしまった。例外もあるにはある。彼らにとっての王族のような役割の一族は大陸の南にある島にひっそりと暮らしているらしい。今だに人間に支配されていない亜人がその島でまだ生き残っているかは私も直に確かめたことは無いがな」
亜人、戦争、無能な王族。この先に待っている人間の屑ぶりを考えるとそれなりのいたずらならしてもいいんじゃないかと思えてきた。俺が今まで考えていた安打と少しぬるい気がしてきた。
ヨモギが苦しむ現況を作った王族とやらをどうしてくれようかとよからぬ構想を練っている俺の横顔を見てアイセアがまたも苦笑いを浮かべていた。




