第六話 自由とはそういうものさ
前置き
WAVE非公式ウィキより 用語集
【あるきり】
初心者用プレイテクニックの一つ。
歩きながら斬りつける、攻撃をすること。
初心者によくある走りながら、あるいは移動しながらの攻撃ではなく歩くことを意識して攻撃するテクニック。
これを身に付けてようやくWAVE初心者卒業とも言われる。
三大ゲーからの複垢あるいは流れてきたPLほど習得に時間が掛かりやすい特徴があるため、コツとしては
リアルで散歩しながら木の棒などを振り回すと覚えやすいといわれている。
ただし通報されても責任は取れかねない。
【KY】
空気を読むこと、あるいは空気が読めない奴のこと。
WAVEでは気配(K)を読む(Y)という意味で使われている。
気配ってなんだよ(By編集者
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環桜/元芽の街
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しゃんと鈴が鳴った。
澄んだ音色に相応しい鈴のような少女だった。
それを見て思わずほぅと声を漏らしてしまった。
とてつもない美少女だった。
目を細めた造形の整ったどことなく狐を思わせる目つきに、鮮やかな紅色の口紅、艶かしい白い肌。
小柄な背丈でありながらピンと筋が入ったような背筋、髪は淡い銀色の細絹を左右に垂らしたツーサイドアップ、その先端には小さな金色の鈴が左右にくっつけられていた。鳴ったのはこの鈴の音色か。
次に目に飛び込んできたのは和装の肢体――それも黒く、揚羽蝶を思わせる漆黒のゴシックスタイルだった。
所謂和風ゴシックというべきか。
伸ばした手の甲の半分を覆い隠すほど長い袖に、不釣合いな分厚い皮製のベルトと刀を腰に巻きつけて、足は踵近くまで覆い隠すぐらいに袖も長い和装。
それなのに袖や裾にドレスのようなヒラヒラがついていて、着物というよりも和風で作ったドレスというべきか、なんというかこうよくわからないが、絵になる、映えているというのだけは実感出来た。
そして、その衣装に目を向けて自然と気付く。
緩やかな、だが間違いない巨大な流線型。細い腰つきの上の蠱惑的な婉曲。
それが揺るぎもせず、だがしかし、黒い和風ドレスの皺と隆起となってその存在を主張していた。
(巨乳……美少女だと!? 馬鹿な二次元の中の存在ではなかったのか?! いやこれゲームの中だったわ)
思わずくわわってしてしてしまった。
「――なにか?」
自分のくわわな声が聞こえたのか、少女がこちらに目を向けた。
細めていた目つきがこちらを睨んでいるようだった。
外装は身長と体型以外は幾らでも弄れる以上当てにはならないが、見た目通りなら中学生か行っても高校生ぐらいに見える。
「いえ、なにも」
なにもないです、ええ、はい。
「なにも? 凝視していたようですが」
「してません」
そういうと同時に俺は視線を彼女の顔のほうへと引き上げた。
男のチラ見は女のガン見と聞く。
もしかしたら胸を凝視していたのがばれたかもしれないが、俺は紳士なので――自然に少し離れた彼女の全身を視界に納めて会話することにした。
コツはちょっと遠くを見ることさ!
HAHAHAHA。
「……最低ですね」
「ぐふっ」
そんな俺の現実逃避にぐさっと美少女の声が突き刺さった。
がっくりとショックを受ける。
「これだからゲーマーという輩は最低です」
絶対零度の冷たさを感じる声だった。
軽蔑が混じった嫌味のような声音だった。
(なぬ?)
ちょっと酷い言い方に思わず凹んでいたのから顔を上げて、見えた。
「公衆の面前で破廉恥な会話、しかも人体的特徴をじろじろと見て、失礼だと思わないのですか? まったく、武器を振り回しておきながらそんな隙だらけの軟弱な」
「はいはい、言い過ぎだメー」
ぽんっと。
言葉を続けようとする少女の肩に、何時も間にか離れていたはずの看板を持っていた青年の手が置かれていた。
その手には既に看板はなく。
「確かに悪ふざけはしてたけどそこまで言わなくていいんじゃない、カグラちゃん?」
「相変わらず動きだけは早いですね、荼毘さん」
あれだけの人ごみの中でありながら既にいた。
ってあれ、どうやってきた?
「逃げ足と行列抜ける速度が速くないと、都会だと生きていけないよ?」
説得力がすげえ。
「なるほど、私絶対田舎から出ません」
そして田舎モノなのかこの子。
「そんなこと言ってると大人になれないぞー? いやおっぱいだけは立派なレディだったね」
「斬りますよ」
言葉よりも早く少女が腰の刀に手をかけていた。
(ん? あれ)
そこで気付いた。彼女の刀の柄だが"長い"。
握った少女の手からもまだ半分ぐらい柄が見えるぐらいだ。
彼女が前向きに屈めば柄が出っ張った胸にめりこみそうなぐらいに長い、奇妙な日本刀。
鞘の大きさは普通に見える、が。
「やめておきなよ、決闘でもないのにこれで僕を斬ったらPKになるぜ?」
「所詮――ゲームでしょう? 貴方もわたくしも慣れたものでしょう」
PKという言葉にまるでカグラと呼ばれた少女は怯まず、微笑みもしない。
「死なないんですから殺すことに躊躇うとでも?」
ビリッと少女の声に、肌が粟立つ。
見れば周囲を歩いていたプレイヤーが、なによりNPCたちがざっと離れていた。
全員が足を止めるほどではなく、少し外では平然と通り過ぎていることから"自然と足が避けている"とでも言う感じの光景。
ちなみに俺もかなり逃げたい、が。
(思いっきり目の前で会話されてるんですけどおおおお!!)
この状況で逃げるのも無理だろ、これ。
出来るのは座っていたベンチから腰を上げるのが精々だった。
「死にもしない殺傷ねえ……まあPKの返り討ちとかわりと慣れたことだけどさ」
やれやれと荼毘と呼ばれた青年が腰にぶら下げた短い短剣を叩きながら、肩を竦める。
「やめておきなよ。フィールドでもないタウン内だし」
微笑み両手を広げてこういった。
「僕は【KY】だぜ? 君の抜刀――"初撃だけなら僕には当たらないぜ?"」
躱したら一目散に逃げるしと、茶化すように彼は付け加えて告げた。
「……ど素人が」
ギリッと彼の言葉に、少女が細めていた目を少しだけ開いて、分かり易いほどに唇を噛み締めていた。
「自分のものではない力をひけらかして満足ですか」
「ゲームだぜ? 楽しんだもん勝ちさ、お互いにね」
ひらひらと手を回して、荼毘は彼女の頭をぽんぽんと叩くと、カグラが引き剥がすように刀の柄から手を離す。
あからさまに不機嫌な様子で見上げる彼女の目線に、彼はにこにこと微笑んで受け流していることからその余裕っぷりがわかった、が。
(どうやら知り合いみたいなんだが、俺のいないところでやってほしいなあこれ)
それとも痴話喧嘩かなんかだろうか。
それなら勝手にやってくれ、俺の見えない場所で。
壁殴ってるから。
「ああ、大丈夫かい? 文通相手くん」
俺の願いは届かなかったのか、荼毘がこちらに気付いてくれたようだ。
「この子悪い子じゃないんだが、少々短気で胸のサイズと比べて心の器がおこちゃまだからさ。とんだ迷惑をかけたけど、許してやってほしい。きっと今なら侘びで胸ぐらい揉ませてくれるよ」
「なんでわたくしの胸を家族でもない貴方に許可出されるんですか、斬りますよ!」
(家族だったらいいのか)
そしてまた斬られそうなんだけど!
「ええっ、じゃあ僕に揉ませてくれるのかい!? ちょっとまって今すぐリアルで手を洗ってくるから!」
「どうしてそうなるんですか!! しませんよ! すぷらったしていいですかね?!」
「通報されそうな会話はやめたほうがいいと思うんだが」
俺はぼそりと言いました。
結構な視線が二人に突き刺さってるのを見ながら。
二人が同時に周囲を見て、「つ、通報はされてませんよね?」 「だいじょうぶだいじょうぶ、これぐらいならちょっとしたフレンドトークさ」 「よかった、またGMに怒られるのは恥ずかしいですし」 「されたのか、君」 「忘れてください、幻聴です」とか言い出してる。
うん、ちょっと通報した方がいいかなこいつら。
主にネチケットというか俺の安全のために。
いや、ていうかまてよ?
「ではそろそろじぶんはしつれいしまーす」
小声で了承を求めてから俺は浮かせていた腰をそのままにすささと逃げ出し「ちょ、まちなさい!」 くそとめられた!
「な、なんですか」
「なんで逃げようとしてるんですか」
逃げない理由がどこにあるのか。
「いや、俺関係ないし」
「かんけいない?」
開いていた瞳をぎろりと細めて、まるで敵でも見るような目つきでカグラが睨んだ。
美少女故に眼福ものだが、その見上げる視線が痛い。ていうか結構強い。
「公共の面前であんな失礼な会話をしていて何が関係ないですか。それも荼毘の知り合いだからといってゲーム風情が上手いからといって調子にのっていい理由などありません。節度の一つや二つ、猿真似の武芸もどきに耽っているなら人間性の一つでも磨きなさい!」
え、え、え。
「いや、あの」
「嫌ですと? とことこ付け上がってますね、ならわたくしが」
しゃんしゃんしゃんと激しく鈴を慣らし、ぐっと拳を握り締めるのが見えた。
やばい、これ殴られるパターン!? 逃げ――
「いや、初対面なんだけど彼と僕」
「はい?」
ようと思ったら荼毘がようやく誤解を解いてくれた。
「僕と彼今日あったばかりだよ? 具体的にはついさっき」
「はっ? あんな息のあった会話をしていてですか?」
「出会ったばかりで馬があってもいい、自由とはそういうものさ」
「自由……」
えぇーて顔してるカグラ少女。
いや気持ちはわからないでもないが、そういうもんだから。
「え、あ、そ、その、まってください! 例え知り合いじゃなくても、それなりに貴方も精通したプレイヤーでしょう!!」
何故か気落ちしていたカグラ少女がしゃりんと鈴を鳴らして、向き直るとビシッと決めたような仕草でこちらに手を向けた。
ちなみに平手。
指で人を指しちゃいけないという教育は受けているようだ。一々仕草は洗練されてるんだが、うん。
「俺まだ初めて3日目というか、プレイ時間10時間越えてないんだけど」
主にデスペナとログイン時間の問題で。
「えっ」
いやなんでそこで予想外という顔してるんだい、君。
「あ、まだ初心者なんだ。意外だね、バッチリ着こなしてるからもう慣れたPLかと思ってたのに」
荼毘が意外そうなポーズを取る。
着こなしって、ああ。
(そういえばバイギャルさんの勧めで服装だけしっかり変えたんだっけ)
今の俺はリアルでも慣れ親しんだ青いジーンズを穿き、Tシャツの上に浅黄色の和装を羽織っている。
履物には初期装備の草履だと足がちくちくしたので黒い地下足袋。
腰にフロンティア製の革のベルトを金具で固定しそしてそのベルトに鉄心入りの木刀を佩いている。
バイギャルさんがサービスということでくれたベルトと黒い地下足袋以外はただの解放された素材加工品だ。防具装備としての防御力なんて欠片もない、ただの衣装である。
今日ログインしたあと衣装屋の試着室でしっかりと着替えてみたのだが、中々のオシャレさんじゃないだろうか。
(ていうかあの人、採寸もせずにぴったりの靴とかベルト教えてくれた辺り怖いわ)
オカマってすごい、そんな教訓がまた新しく俺の心に刻まれた経験である。
「……しょしんしゃ? いやばかな」
「あの、俺の武器です」
すっと自分の武器――ひのきの棒の次ぐらいに使うだろう値段とぼろく結構消耗してる木刀を見せた。
ドッグをそれなりにかち割ってそこそこ消耗しているやつを。
キョロキョロと俺の顔を見て、俺の腰を見て、また俺の顔を見て、腰を見て。
「…………」
今度こそ俺の顔を見たまま、カグラ少女が沈黙した。
なんだろうこの子、凄い美人で田舎暮らし? のお嬢様っぽいんだが、そのいまいち。
残念な子という印象がすごい。
「ごめんなさい!」
どうしたもんかと思っていたら、バッと少女が頭を下げた。
「えっ」
予想外の展開だった。
いやてっきり逆ギレとかあるいは逃げるかと思ったんだが。
「ごめんなさい、まさか初心者の人だったなんて……言い過ぎました、すみません」
真摯に頭を下げる少女。
うんだろうかこの子悪い子じゃないのを実感する。
「いやいやいや、気にしないで。ただのちょっとした誤解だから、あとそう頭を下げられてると困るし!」
「はっはっは、人は誰にだって間違いはあるよ。気にするものじゃないメー」
「荼毘さん! 貴方には言ってませんよ!? というかそもそもあなたがかなり元凶じゃないですか!」
「ええーなんのことかな?」
後ろから煽られ怒り心頭といった態度で振り返り、追い掛け回すカグラ少女と逃げる荼毘。
まごう事なきコントであった。
(もう帰っていいかな)
いやいいだろ、うん。
「あん? なにやってんだ、小僧」
その時、聞き覚えのある声がようやく聞こえた。
目を向ければそこには真っ黒な袴に白い作務衣、そして黒いレザージャケットを着た偉丈夫。
ていうかクロガネの爺さんが呆れた顔で歩いてきていた。
「おいじじい、それはこっちの台詞だ。とっくに時間過ぎてんぞ」
「ああ、悪い悪い。ちょっと言ノ葉と飯食ってたら時間食ってよ」
「言ノ葉?」
他に知り合ったプレイヤーか?
「俺の嫁」
「老衰で天寿全うしろジジイ」
思わず天を仰いで、呪詛を吐いてしまった俺はきっと悪くない。
え? 爆発しろじゃないって? さすがに夫婦とかそういう関係まで呪うのはどうかと思うわー。
「まあいいや、そろそろいこうぜじいさん。今日はちょっと目指したいところあるんでいいか?」
「あ~ん? どこじゃ、金策での狩りとやらか」
「ちゃうちゃう、それも兼ねるが」
といって町の外に指を指す。
方角は次の街、環桜第二都市。
「<花火諷>までいくだけいってみないか?」
「一度行けば転移設定されるし、ちょっと用事があるんだわ」
具体的に言えば先行してる友人を抱きこめる。
リアルでの金貸しならご法度だが、ゲームでなら多少金なり装備なり分けてもらっても問題ないし。
今からちまちま稼ぎならやるよりは幸先がいいスタートが切れるはずだ。
「ふむ。まあまだこの街も回りきってねえが、まあいくだけならいいぞ。わしも道中どうなってるか興味はあるしな」
よし!
これで問題は大体クリアされた。
俺が内心ガッツポーズを取り、歩き出そうとした時だった。
「<花火諷>までいくのでしたら狩猟ギルドに寄っていきなさい」
「え?」
そこには凜とした佇まい……ではなく、ぜーぜーと荼毘に振り切られたのか疲れた態度のカグラが街頭樹に手をかけて立っていた。
「? なんだぁ、このちみっこは。乳はでけえが」
「本当に失礼な人ですね! 貴方の周り、こういうか確かいませんの?!」
「すまない、男のサガなんだ。軽く受け流して欲しい」
むきーと怒るカグラ少女にはもはや最初のイメージが残ってなかった。
そして、気を取り直したのかごほんと息を吐き出し。
「次の街にいくなら狩猟ギルドで鈴を買っていくといいでしょう、これは脅しでもなんでもなく忠告です」
「すず?」
「<熊避けの鈴>です」
目を細め、冷たい声音で彼女は告げた。
「さもなくば貴方たちは生きて辿り着くことも出来ないでしょう、"琴柄山には多くの獣がいるのですから"」
小さく言葉を切り、こちらとクロガネの二人の目を見て彼女はこう言い結んだ。
「――人は最弱の生物です、例え武器と武芸があってもそう容易く覆せるものではありません」
「あ、じゃあその鈴はそのためか」
俺は納得した。
「この鈴は違います!! 確かに前にやられましたけど!」
「殺られたのか」
「~~!! 失礼します!」
顔を真っ赤に、しゃんしゃんと鈴を鳴らしてカグラ少女は去っていった。
なんというかええ子だったんが、こう色々心配になる子だった。
「で、どうする? 熊が出るっていうけど」
ていうか熊って、ゲームだろ? そこまで強そうな、いや、強くなさそうなイメージしかないんだが。
攻撃食らったら死ぬとか、タフとかいうイメージが強い。
「ふぅん、ま、忠告には従っておくか」
「お?」
じいさんが顎に手を当てて、素直に頷いたことに驚いた。
「他の獣もそうだが、熊は厄介だ」
「人は野生の獣よりも弱えいきもんだからな」
そんなカグラ少女と同じことを爺さんは呟いて、嗤った。
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【くまー】
熊避けの鈴やプレイヤー製の熊避け香水などが推奨される運営鬼畜モブエネミーの一つ。
出会ったら死ぬ。
類似品でINOSISI・鹿・UMA・カマキリなどなど。