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晴天に恵まれた五月後半の日曜日。
スターウィッチ第二戦が、大盛況の中、執り行われた。
開幕戦でも驚いたけど、国を挙げてのお祭りとも言える大会だけあって、目を見張るほど大勢の観客が集まっている。
スピーカーから大音量で国歌が流され、続いて花火までもが盛大に打ち上げられた。
開幕戦だけではなく、毎回こんなに派手なのか……。
田舎村出身のボクは思わず目を丸くする。
とはいえ、驚いてばかりもいられない。
このあと、大会の運営委員長であるアイカさんが挨拶を終えるまでに、ボクたちは準備をしなければならないのだから。
ホウキの穂先を念入りに調整し、柄の中にある燃料タンクにマナオイルを流し込む。
残ったマナオイルはピットへと運んでおく。
ボクがすべき準備はそれくらいなのだけど。
実際にレースに出るヒミカには、精神集中なんかも必要だろう。
ウィッチレースは魔女がホウキに乗って飛び、その速さと美しさを競う大会だ。
ホウキで空を飛ぶ魔女は、通常ならばホウキにまたがって飛ぶ。
だけど、それではあまり速度が出せない。
そこでレースの場合、魔女たちはホウキの上に立ち乗りして飛ぶことになっている。
ホウキの上に立った状態での高速飛行……。
そのままでは危険だけど、安全面の設備は相当充実しているようで、現在のウィッチレースではケガをすることもほとんどないと言われている。
それを実現しているのが、コースを覆っている巨大な透明チューブだ。
ウィッチレースのコースは、都市の真っただ中に作られる。
数多くの建物をすり抜けていくようにコースがレイアウトされているのだけど、コースに合わせて直径数十メートルもある防護チューブが通されている。
防護チューブは、ゼリー状の粘性の高い透明な物質で作られた安全性の高いものだ。
その透明なチューブの中を、ヒミカたち魔女はホウキに立ち乗りして飛行する。
仮にコースをそれて建物のほうへと突っ込んでしまっても、ホウキから投げ出されて落下してしまっても、ゼリー状の防護チューブによって衝撃は完全に吸収され、魔女たちは無傷で助けられることになる。
当然ながらそのレースはリタイアとなってしまうし、助けが来るまで自分ではほとんど身動きできない上、透明チューブになっているため観客からは無様な姿が丸見えになってしまう。
そう考えると、心の傷という意味では無傷とは言えないのかもしれないけど。
ともかく、魔女たちはそんなコースを何十周も飛び続けてタイムを競う。
そのあいだの飛び方など、見た目の美しさもポイントとして加算されるため、ただ速ければいいというものでもない。
また、超高速で飛ぶためには、相当な魔力が必要となってくる。
個人差はあるものの、魔女がホウキに乗りながら魔力を与え続けたとしても、レースに必要な速度を出すような状態では数分ももたないらしい。
でもウィッチレースは、持久力や忍耐力を競うという意味合いもあるレースなので、長時間飛び続ける必要があった。
そのためマナオイルという液体を用意することになっている。
オイルと呼んではいるけど、実際には油ではなく主となる成分は水だったりする。
水の中に魔女本人が時間をかけて魔力を溶け込ませた液体、それがマナオイルと呼ばれる燃料だ。
一回のレースで使うマナオイルを用意するのに、長い人だと一ヶ月弱くらいかかってしまう。
だからこそ、ウィッチレースは一ヶ月に一レースずつとなっているのだ。
マナオイルはホウキの柄の内部全体に及ぶ燃料タンクに流し込まれる。
それを少しずつ噴出し、ホウキに乗っている魔女本人の魔力と絡め合わせることで、強い推進力を生み出す。
このときに生じる化学反応によって、ホウキの穂先からは様々な色の火花が散ることになる。
高速で飛ぶホウキの穂先から舞い散る火花は、まばゆい光を放ちながらひと筋の輝く軌跡を描く。
その様子を見た人々がまるで彗星のようだと感じ、このレースに出場する魔女たちを『ホウキ星』と呼ぶようになったのも、素直に頷けるというものだろう。
さらに、このマナオイルを噴出する際に発生する音も、レースを彩る要素となっている。
ホウキの形状や噴出口の大きさ、マナオイルの成分など、複雑な条件によって変わるこの音は、それぞれの魔女特有の飛行音として印象づけられるからだ。
なお、燃料タンクに入るマナオイルの量は限られている。
魔力をどれだけ溶け込ませることができるかと、どれだけ燃費のいい飛び方ができるかにもよるだろうけど、最初に満タンまで入れたマナオイルでもレースを最後まで戦いきることはまず不可能。
そのため、ピットインする必要が生じる。
それでピットにファミリアーが控え、マナオイルを補給する役目を担うのだ。
ファミリアーの仕事はそれだけというわでもないのだけど、一番重要な任務となっているのは確かだろう。
☆☆☆☆☆
「行ってくる」
「ヒミカ、頑張ってね! ボクもピットで待ってるから」
「……うん」
ホウキを抱えてスタート地点へと向かうヒミカにエールを送り、ボクはピット方面へと歩き出す。
と、その途端、電話付き汎用携帯端末であるフォンピューター――通称フォンピから着信音が鳴り響いた。
ヒミカのお母さんからの電話だ。
ボクは素早く電話に出る。
「セスナくん。そろそろよね?」
「はい、おばさん。ヒミカはもう、スタート地点に行きましたよ」
「いつもながら、時間どおりね。だからこそ、電話したんだけど」
ボクはレース前、ヒミカには内緒で彼女のお母さんと電話で話している。
このフォンピューターは、村を出るときにおばさんから渡されたものだ。
ボクとヒミカの住んでいた村がいくら田舎だとはいえ、近代化の波は着実に押し寄せてきていた。
完全普及までにはほど遠いものの、こういった端末も出回っているし、テレビの電波だって届いている。
だから、全国放送されているスターウィッチのレースは、村にいるヒミカやボクの両親にだって見ることができる。
村で現在テレビがあるのは、レースに出ると知って購入を決めたヒミカの家を含め、まだ数軒だけみたいだけど。
それでも毎回近所の人を集めて、みんなで楽しんでくれているらしい。
開幕戦のレース前にも、おばさんから電話がかかってきていた。
それに続いて、今回で二度目。
テレビで様子が見られるとはいっても、やっぱり娘のことだから心配なのだろう。
どうも素直になれないらしく、直接娘のヒミカにではなくボクにかけてくるのが、少々可愛らしい部分であるとも言える。
実際のところ、ヒミカも同じ端末を持たされてはいるのだけど。
ヒミカは機械の扱いが大の苦手なので、まったく使いこなせていない。
そういった理由もあって、おばさんはボクのほうに電話をかけてくるのかもしれない。
「でも、毎回ハラハラするわ。前回だって、バランスを崩したりしてたし。もうわたし、心配で心配で……」
「大丈夫ですよ、おばさん。コースは安全だし、ヒミカはホウキの扱いだって上手ですから」
「だけど……事故っていうのは、起こってしまうものなのよ? どんなに安全でも、どんなに達人だったとしても……」
おばさんはかなりの過保護だ。
ボクはそんなおばさんの不安を吹き飛ばすように力強い言葉をかける。
「それに、ボクもついてますから」
「……ふふっ。さすが、ヒミカのナイト様ね」
ちょっと恥ずかしかったけど、安心はしてもらえたようで胸を撫で下ろす。
「あっ、そろそろボクもスタンバイしておかないと」
「あら、そうだったわね。それじゃあ、レースの様子、しっかり見守ってるから。頑張ってね」
「はい!」
ボクは笑顔で電話を切ると、そそくさとピット脇に設けられたファミリアーブースの席に座った。
ファミリアーブースのモニターには、スタートラインの様子が映し出されている。
観客たちのいる会場の大型モニターや全国放送のテレビにも、同じ映像が流れているはずだ。
レース開始を待ちわびる、緊迫した一瞬。
緊張と興奮をたたえた表情でスタートラインにつく、総勢二十人のホウキ星たち。
ヒミカも、アリサさん・オードリアさん・ミルクちゃんといったライバルたちも、伝説級のホウキ星であるママさんやフェリーユさんであっても、同じスタートラインに立つ。
条件はみな、同じなのだ。
そして今、レースのスタートを告げる鐘の音が高らかに鳴り響いた。




