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 こうやってカフェテリアで話していると、いろいろな人がやってくる。

 それは大会の関係者だったり、ウィッチレースに参戦する魔女やそのファミリアーだったり、リトルウィッチで修行中のまだ幼い魔女たちだったり様々だけど、このカフェテリアはみんなの憩いの場といった雰囲気になっている。


 大会関係者には、魔女ホテルの従業員の他に、ウィッチレースで各地を巡るあいだずっと選手たちについてくる運営委員の人が数人いる。

 その筆頭が、アイリーンジュリエルカさん――通称アイカさんだ。


 ウィッチレース運営委員長という肩書きの、この大会を仕切っている一番偉い人で、すべてがこの人の采配によって成り立っていると言っても過言ではない。

 国内六ヶ所にある魔女ホテルの役員と協力して、日夜ウィッチレースを盛り上げるための策を練っているらしい。


 落ち着いた雰囲気を持ちながらも美しさを保っているアイカさん。

 年齢は秘密とのことだけど、おそらくは三十代半ばといったところだろう。


 そんなアイカさんが、今こうして紅茶を飲んでいるボクたちのそばまで歩み寄ってきた。

 いきなりのお偉いさんの登場に、ボクは思わず身を硬くする。

 ヒミカは全然気にせず、というか気づいてすらいないのか、目の前のショートケーキのほうに夢中のようだけど。


「ごきげんよう、みなさん。仲よくご歓談中ですか?」


 アイカさんはゆったりとした口調で話しかけてきた。

 その後ろには、ふたりの女性が立っている。……十八歳らしいから、まだ女の子と言うべきだろうか。


 それほど派手ではない、シックな色調のメイド服に身を包む、まったく同じ顔をしたそのふたりの女の子も、運営委員会のメンバー。

 マナビヤーノセサミンさんとカナリアータエルミンさん――通称、マナミンとカナミン。

 区別できないほどの同じ顔をしていることからもわかるように、一卵性の双子だ。

 息の合った連携プレイで、大会に出場する魔女とそのファミリアーへの連絡や案内など、全般的な世話係を任されている。


「ええ。こうしてまったりとした時間を過ごせるのも、このホテルのいいところですわね」


 ママさんが微笑みをたたえながらアイカさんに答える。

 三年連続チャンピオンのフェリーユさんと、いまだ人気の衰えないママさん。

 ウィッチレースの大会には欠かせない存在となっているトップクラスのホウキ星であるふたりだからこそ、運営側としても気にかかるところなのだろう。


 今年から新たに参戦するヒミカや、そのファミリアーであるボクなんかには、全然興味はないに違いない。

 そう考えていたのだけど。


「ヒミリエリュフィーカさん」


 不意にアイカさんがヒミカに視線を向けると、そっと名前を呼んだ。

 ケーキを頬ばったままのヒミカは、自分の名前が呼ばれたことに気づいて顔を上げる。

 アイカさんを初めとする運営委員会の人たちは、大会に出場する魔女やそのファミリアーを、短い呼び名ではなく長い本名で呼ぶ。

 それは出場する魔女たちに敬意を払うという理由からのようだ。


「開幕戦のレース、とてもよかったと思います。結果としては残念でしたけれど……これからも緊張せずに、思う存分楽しんでくださいね」

「…………うん」


 相変わらずの人見知りで、なかなか言葉を返せなかったヒミカではあったけど、どうにか小さくそう答えていた。


『新人さんですと、なにかとわからないことも多いかと思います。なにかありましたら、遠慮なさらずにお申しつけくださいませ』


 マナミンとカナミンが、寸分の狂いもなくピッタリと声を合わせる。

 さすがは一卵性の双子だ。思わず感心してしまう。


「それでは、わたくしどもはこれで」


 礼儀正しく頭を下げると、アイカさんたちは足早に去っていった。

 他の出場者たちの様子を見たり、ホテルの従業員との打ち合わせをしたりなど、いろいろと仕事があるのだろう。

 運営側は少数精鋭主義らしく、アイカさんたちはいつも、忙しなくあちこちと行ったり来たりしているようだった。




 しばらくして、フェリーユさんとママさんにお礼を述べると、ボクとヒミカは席を立った。

 高い実力を誇るホウキ星であるこのふたり、レースでの勢いとは裏腹に、やたらとのんびりしすぎる性格で、何時間もカフェテリアに滞在することが多い。


 それにつき合ってゆっくりとお喋りを続けていても、べつによかったのだけど。

 新人であるヒミカにはトレーニングも必要だったため、お先に失礼させてもらうことにした。


 ヒミカは少々嫌がっているみたいだったけど、ここは素直に従ってもらった。


「頑張らないとレースに参戦させてもらえなくなるよ?」


 と言って脅してやれば、ヒミカはしぶしぶながらトレーニングに励んでくれる。

 なお、あとでデザート類を与えてあげるのも忘れない。

 これが正しいヒミカの扱い方だ。……なんて声に出して言ったら、殴られるだろうな。



 ☆☆☆☆☆



「あ~ら、ヒミカさんじゃないの! トレーニングに来たの? ふふ、少しくらい鍛えたからって、あなたじゃ無駄だと思うけど」


 ボクたちがトレーニングルームに足を踏み入れるなり、トゲのある声がかけられた。

 声の主は、アリスミシェルラテレサさん――通称アリサさんだった。


 両腕を胸の前で組み、ヒミカを睨みつけるようにして投げつけられた言葉の弾丸。

 アリサさんは、いきなり現れてスターウィッチに参戦することになったヒミカを目の仇にしているフシがある。

 ヒミカと顔を合わせるたびに、こうやって突っかかってくるような物言いで、トゲトゲしい言葉を浴びせかけてくるのだ。


 それだけではなく。

 アリサさんはヒミカの胸倉をぐいっとつかむと、壁に押しつけるようにして、さらに言いたい放題にまくし立てる。


「あたいのように優秀で能力に溢れた魔女じゃないと、フェリーユさんみたいにはなれないのよ。ヒミカさん、あなたじゃ力不足なの。わかる?」


 アリサさんはトゥインクルウィッチでたぐい稀なる才能を見い出され、一年前に晴れてスターウィッチへとステップアップした。

 有望な新人と期待されてスターウィッチデビューを果たしたアリサさんではあったものの、世の中そんなに甘くないということか、初年度の成績は散々なもので、生まれて初めての挫折を味わった。

 まだ十七歳と若いため、将来有望と評されているのは確かなのだけど。


 そんなアリサさんが、自分よりさらに若い十四歳でスターウィッチデビューを果たしたヒミカを煙たく思うのも、わからなくはない。


 しかもアリサさんは、フェリーユさんを神聖視するほど慕っている。

 アリサさんにとって、フェリーユさんは魔女としての目標なのだ。

 フェリーユさんが突然、どこの馬の骨ともわからないヒミカを連れてきてスターウィッチに参戦させると言い出したのだから、アリサさんには面白いはずがなかった。


 といったわけで、アリサさんはヒミカに突っかかってくる。そして当然のように、マッハの速さで手まで出る。

『マッハハンドのアリサ』という異名がついているくらい手の早い女の子、それがアリサさんなのだ。

 ヒミカはアリサさんの勢いに圧され、縮こまってしまっていた。


「や……やめなよ、アリサ。あまり言いすぎると、問題になっちゃうよ?」


 頭に血が上って真っ赤になっているアリサさんを止めるのはいつも、ファミリアーであるメロンクレッシェンディさん――通称メロディさんの役割だった。

 とはいっても、制止の言葉をかけるだけで、実際にはおろおろわたわたするばかりなのだけど。

 まだ十五歳で、アリサさんの妹といった雰囲気のメロディさんは、どうやら不測の事態にはめっぽう弱いようだ。


「あうあうあう~、アリサ~、やめてくれないと、ウチ泣いちゃう……」

「泣くなこら!」


 ヒミカの胸倉をつかみ続けながらも、顔だけメロディさんに向けて怒鳴りつけるアリサさん。

 その表情は、まさに鬼。……なんて、口に出して言えるはずもない。


「……ふん。ま、いいけどさ。でもヒミカさん、あなたも黙ってないで、ちょっとは反論するとかしなさいよ。ライバルとして張り合いがないわ!」

「…………」


 少しは気持ちが冷めたのか、アリサさんは胸倉をつかんでいた手を離しながら言い放つ。

 それでも、なにも言い返せないままのヒミカ。

 ボクは黙って成り行きを見守ることしかできなかった。


 アリサさんも、べつにヒミカのことが嫌いなわけじゃない。それはよくわかっている。

 アリサさんがヒミカをしっかりライバルと認めていることからも、その思いが見て取れる。


 だけどボクとしては、ヒミカにもう少しはっきりと自分の思いを口にするようになってほしいと考えている。

 だからこそ、アリサさんとのやり取りを黙って見守っていたのだ。


 それはヒミカにとってすごく大変なことだと、幼い頃からずっと一緒だったボクにはよくわかっている。

 でも田舎村から飛び出し、こうして環境が変わった今、ヒミカ自身も変わっていくための転機を迎えていると言えるだろう。

 ボクはそう思っているのだけど。


「……セスナ、部屋に帰る」

「ん、わかった」


 ヒミカの命令口調に、ボクは相変わらず頷くことしかできなかった。

 ……ヒミカが変わるよりも前に、まずはボク自身が変わらないとダメなのかもしれないな。




 アリサさんの横をすり抜けていこうとした矢先、新たな声がボクたちに向けられた。


「あらぁ~? ヒミカさんにアリサさんではありませんかぁ~」


 両手を胸の前でパチンと打ち鳴らし、そのポーズのままおっとりした口調で話しかけてきたのは、オードリエルセイレンティアさん――通称オードリアさんだった。

 ぱぁーと明るい笑顔を見せるオードリアさんは、まるで背景にたくさんの花を咲かせているかのようだ。

 その背後には、ファミリアーのマリンフィートミゼリアさん――通称マリアさんも控えている。


 オードリアさんはお金持ちのお嬢様で、マリアさんはオードリアさんの家に使用人として仕えていたらしい。


 十八歳の若さとは思えない気品を備えたオードリアさんは、外見だけで考えれば完璧なお嬢様だ。

 ただ、相当なのんびり屋で、さらにかなりの天然ボケだったりする。


 そんなオードリアさんにツッコミを入れるのが、マリアさんの役目となっている。

 二十三歳だからマリアさんのほうが年上とはいえ、仮にも仕えていた家のお嬢様に平手打ちをお見舞いするわけにもいかない。

 そこで編み出した技(?)があった。


「仲よく手を取り合って、おふたりで一緒にトレーニングなんて、とっても喜ばしいことですわね~」

「手を取り合ってないし! 胸倉つかむ仲よしさんがありますかっての! それにこのフロアのトレーニングルームは個室ばかりよ!」

「ぐえっ! ぐえっ! ぐえぇっ!」


 両手を胸の前で組み瞳をキラキラさせながら、こぼれ落ちそうなほどの笑顔で声を上げていたオードリアさんに、マリアさんのツッコミが炸裂!

 マリアさんのツッコミ方は、言葉のひと区切りごとにオードリアさんの背中にまで伸びる長い髪を思いっきり引っ張る、というもの。

 オードリアさんは髪の毛を引っ張られるたび、苦しそうな表情で頭を後ろに反らし、とてもお嬢様とは思えないうめき声を吐き出す。


 いくら平手打ちがダメだと思ったからって、これはこれでひどい気がする。

 過去にはお嬢様と使用人の関係だったというのが、どうにも信じられないところだけど……。


 こんな感じでボケとツッコミを繰り返すふたりには、『オーマリア』などというコンビ名までつけられている。

 なんというか、そのまんまではあるけど。

 それ以前に、コンビ名って、お笑い芸人かなにかなのだろうか。


 もっとも、ふたりの行動が笑えるかと言われれば、それもまた微妙なところ。

 唖然とするボクとヒミカの目の前で、オードリアさんは涙を浮かべながらゴホゴホと咳き込んでいた。




「わわわっ、みんなして集まって! なにか楽しいことっ? ミルちゃんもまぜてまぜてっ!」


 オードリアさんとマリアさんに続いて、さらに元気いっぱいの声が割り込んできた。

 ミルフェリアフレークちゃん――通称ミルクちゃんだ。

 元気いっぱいなのは声だけじゃなく、行動にも如実に表れていて、ミルクちゃんはぴょんぴょんと飛び跳ねながらボクたちに近寄ってくる。


 フリルのついた可愛らしい真っ白な衣装を身にまとって飛び跳ねる様は、まさにウサギといった感じ。

 もちろん、ウサ耳カチューシャなんかをつけたりまではしていないけど。


 見た目がとっても幼い印象のミルクちゃん。

 思わず「ちゃん」づけで呼んでしまう容姿の彼女、実は二十二歳のお姉さんだったりする。

 甘いもの好きのミルクちゃんは、いつもケーキとかチョコとかをパクついている。

 そのせいで、たびたび口の周りに生クリームやチョコがべったりとくっついている、お子様風味の女性なのだ。


 ちなみに、オードリアさんたちに『オーマリア』というコンビ名をつけたのは、このミルクちゃんだった。


「……みなさん、こんにちは」


 ミルクちゃんの斜め後ろに控えめに立っているのは、彼女のファミリアーであるサクラメントエアリーさん――通称サリーさんだ。


 おとなしくて、いつもミルクちゃんに振り回されている感じのサリーさんは、十九歳にしては落ち着いた雰囲気を持つ。

 長いストレートの黒髪も、そんな印象を深めている要因なのかもしれない。

 せいぜい十歳くらいにしか見えないミルクちゃんに振り回されている姿はさながら、わがままな子供に手を焼いているお母さんといった様子で、見ていて微笑ましいものがある。


「なにを話してたのだっ!?」

「うふふ、ヒミカさんとアリサさんのことですわ~」

「おおっ! ふたりがラブラブで百合百合だってことだなっ!?」

「な……なんでそうなるのよ!?」

「…………」(ポッ)

「おおおっ! ヒミカちゃん、やっぱりそうなのだなっ!」

「ちょ……ちょっと、ヒミカさん! 誤解を招くような反応するんじゃないわよ!」

「おーっ! アリサちゃんがヒミカちゃんの胸に手をっ! やっぱり完全に百合百合なのだなっ!」

「違うっての! 胸倉をつかんだだけよ!」


 微笑ましい思いに浸っていたボクの目の前で、なにやらそんなやり取りが展開される。

 ヒミカも、なにを真っ赤になっているんだか。


 ミルクちゃんはどうも、百合話が大好きらしい。

 一応解説しておくと、百合というのは女の子同士の恋愛関係なんかを示す隠語だ。


 ウィッチレースの世界は女性ばかりだから、そういった人が多いのも事実だと、話には聞いたことがあるけど。

 とはいえ、ボクの知る限り、みんな健全な女の子たちだ。……たぶん。

 ミルクちゃんにしたって、そういう話が好きというだけで、自分自身にはまったくその気がないらしいし。


「ミルちゃんはそういうのはしてないよっ! 見る専門なのだっ! ミルちゃんだけにっ!」


 なんておどけながら言っていたっけ。

 そんなミルクちゃんを見つめながら微かに頬を染めるサリーさんの様子は、なんというか、娘を見つめる母親というよりも、恋人に熱い視線を送る乙女といった印象がなきにしもあらずだった気がするのだけど……。



 ☆☆☆☆☆



 そんなこんなで、いつの間にか騒がしくなってきた。

 ボクたちを含めて総勢八名が今、トレーニングルームの前に集まっていることになる。


 アリサさん、オードリアさん、ミルクちゃんの三人は、スターウィッチに参戦するホウキ星の中でも、有力な若手として注目されている優秀な魔女だ。

 数年前から参戦中のオードリアさんと去年から参戦しているアリサさんは、順調に人気を獲得している。

 ミルクちゃんは今年からスターウィッチにステップアップした身ではあるけど、リトルウィッチの時代から注目されている逸材だという。


 スターウィッチに参戦できる魔女の人数は決まっていないため増減はするものの、毎年だいたい二十人前後というのが通例だとか。

 その中でも優勝を争えるのは一部の魔女だけ。

 今年も優勝争いはディフェンディングチャンピオンのフェリーユさんと、伝説のホウキ星とも呼ばれるママさんふたりで繰り広げられると予想されている。

 そして、そのふたりに続く活躍を期待されているのが、今ここにいる若きホウキ星たちなのだ。


 有力な若手のホウキ星三人に加えて、リトルウィッチやトィンクルウィッチすら未経験の新人であるヒミカも、フェリーユさんからの推薦という噂が流れてしまったため、同じように注目されている。

 そんなに注目されたら、ヒミカは無駄に緊張してしまいそうだし、正直、非常に困るのだけど。


「ま、あたいにはトレーニングなんて必要ないんだけどさ。そう、様子見って感じね。とくにヒミカさんの!」

「……べつにわちを見たって、面白くもない」

「いえいえ、面白いですよぉ~? 正確に言えばぁ~、アリサさんとヒミカさんの言い争う様子を見るのが面白いのですけれどぉ~」

「あはははっ! そうだね~、ミルちゃんもそう思うよっ!」


 こんな会話を聞いていると、彼女たちがすごい魔女だなんて絶対に思えない。

 なんというか、人は見かけによらないものだ。


 ボクたちはこのあと、しばらくのあいだ無駄話を続けてから、それぞれの部屋へと戻っていった。


 ……あれ?

 結局、誰もトレーニングしなかったんじゃ……。


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